10

鉄平の意識が戻ったという知らせを聞いたのは、それから4日後のことだった。




その日も、学校帰りにちとせと2人で鉄平のいる病院にやってきたら、ひと足先に来ていたてつやが、ものすごい勢いで走ってきたんだ。


「佐河ーーーーーっ!」


あたしとちとせの前で立ち止まると、ゼーゼー息を切らしながらこう言ったんだ。


「鉄平の意識が、戻ったっ」


「………え」


ほんの数秒間、あたしはその状況が把握できなくて。


「奈々っ。鉄平の意識が戻ったって!」


ちとせに肩を揺すられて、ハッとした。


「ホ、ホントなの……?」


鉄平の意識が戻ったのっ?


「マジ!早く行こうぜっ」



や、やったーーーーーーーっ!!



鉄平!!


てつやに腕を引っ張られて、あたし達は鉄平のいる病室へと走ったの。


鉄平の意識が戻ったーーーーーーー。


言いようのない嬉しさが、胸に込み上げてくる。


『いてててっ』


なーんて言いながら、うっとおしそうに点滴や包帯を見ている姿が目に浮かぶ。


早く会いたい。


あの笑顔が見たい。


あたしは、喜びと安堵感と期待と……いろいろな気持ちが混ざり合い、まさに興奮状態の絶頂に達していた。


だけどーーーーーーー。


今、あたし達が開けようとしているその扉の向こうで。


一体なにが待ち受けようとしているかなんて。


ただひたすら舞い上がっているあたし達には、予想すらできなかったんだ。



そうーーーーーーー。



その扉の向こうには。


まぶしい太陽のような、喜びに満ちた光だけがあると信じ切ってるあたし達には……。




鉄平の笑顔だけを信じているあたしは、1秒でも早くその扉を開けるために走っていた。


ただ、なにも知らずにーーーーーーー。






「鉄平っ!」


バンッ。


病室に飛び込んだ途端、なぜかひどく懐かしいような……そんな気持ちが、胸いっぱいに広がった。


そこには、ずっと閉ざしたままだった瞳を開いてべッドの上に座っている、鉄平がいた。



明るく笑って声をかけるハズだったのに。


ダメだ、涙出そう。


あたしは、ベッドの傍らで慌てて涙をぬぐった。



「……鉄平。おかえり!」



あたしは笑顔で鉄平に言った。


「……心配させんじゃねーよっ。オレ、マジでおまえが死んじゃうんじゃないかって……。ビビってたんだからなっ」


てつやがふざけてパンチする真似。


「でも、よかったよぉ。ホントに」


ちとせもホッと胸をなでおろしている。


ああ。


ホントに、ずっと待ってたよ。


こうしてまたみんなで笑い合える日が来るのを。



そこへ、鉄平のおじさんとおばさんが病室に入ってきた。


「あ……おじさん、おばさん。よかったですね!ホントに……」


あたしは笑顔で声をかけた。


おじさんとおばさんの喜ぶ顔が見れると思ったのに、なぜか2人は複雑な笑みを少し浮かべただけで黙り込んでいる。


「………?」


なんとなく変に思ったけど、今のあたしはそんなおじさんとおばさんのことを気に留める余裕などなく、目の前の鉄平のことで頭がいっぱいだったんだ。


だから特に聞きもせず、ちとせやてつやと3人ではしゃぎながら、次から次へと鉄平に話しかけていたんだ。


だけど。


なにか鉄平の様子がおかしいことに、あたし達はようやく気づいたの。


なんだか、変な違和感を感じたんだ。


あたし達が一方的に話しかけてるだけで、鉄平はなにもしゃべらないんだ。


鉄平の反応がないんだ。


あまりにも気持ちが高ぶっていて、最初は気がつかなかったんだけど。


無反応でキョトンとしている鉄平の姿に、あたし達は不安げに顔を見合わせた。


「……鉄平?」


なんとなく変な空気が漂っている。


まさか、声が出ないとか………?


それとも。


あたし達の声が聞こえないとか………?


まさか。


あたしは不安な気持ちを抑えながら、静かに鉄平に問いかけてみた。



「ーーーーー鉄平、どっか痛いとこある……?」


あたし達は、息を飲んで鉄平を見守った。


もしこれで反応がなければ……。


これは、ただごとじゃないかも……。


すると。




「ーーーーーー痛いとこ?んぁ……頭、いてぇや。ちょっと」


そう言って、うっとおしそうに頭の包帯をいじった。


「……な、なぁんだ、脅かすなよぉ。ちゃんと声出るし、耳も聞こえてんじゃねーか。オレ、おまえがしゃべり方忘れちまったのかと思って焦ったぜー」


てつやが、笑いながら軽く鉄平をどついた。


あたしも同様、ちょっと焦っちゃったよぉ。


なんだ、全然いつもの鉄平じゃん。


よかったぁー。


「もうっ。ガラにもなく無口だったから、ちょっと焦ったよ。でもまぁ、元気に生きててくれたから許すっ」


あたしがそう言うと、隣のちとせがニヤニヤしながら。


「鉄平、よかったじゃん。あの〝ピンクの水玉スカート事件〟許してくれるってさ」


「な、なに言ってんのよ、ちとせっ。それとこれとはっ……」


ホントはもうとっくに許してるけど。


「オレも見ちゃったもんなー。ピンクの水玉」


「てつや!」


ベシッ。


横にいるてつやを叩いてふざけていたら。




「………へぇ……ーーーー?」


鉄平が、他人事みたいにキョトンとしている。


「へぇーって、鉄平っ。アンタの話でしょっ」


そうあたしが言っても。


「え?ああ……?」


やっぱりキョトンとしている鉄平。


「……鉄平?」


今、鉄平のこと話してたんだよ……?


なのに『へぇ……』とか『ああ……?』って。


……やっぱりなんかおかしい。


ちとせとてつやもそう感じてるみたい。


一度は消えた得体の知れない不安が、再び戻ってきた。


「ーーーーー鉄平……?」


あたしは、鉄平の目をしっかり見て呼びかけた。


キョトンとしている鉄平が、頭の包帯を触りながらあたしの顔をじっと見た。


そして、あたしに向かってこう言ったんだ。




「ーーーーー誰だっけ……ーーーーーー?」




………と。





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