12■後日談
数日後、体調が戻り、イェオリに朝稽古をつけてもらっていたところだった。
「それで、エトスロット子爵エーリク・フランセンとその他男爵はフェリシア・フランセンが主犯だと言っているのだな?」
「ええ……。まったく、やりづらいですな」
「フェリシア・フランセンはまだ喋らないのか?」
「多少痛めつけたのですが、伯爵様としか話さないと、堅くなで。見た目が可愛いと、拷問もやりづらいです。未成年ですし」
「そうか、では俺が行こう」
カナタは城の地下の階段を下りる。石積みが露出し、高窓と蝋燭だけが明りの薄暗い場所だ。鉄で補強された厚い木の扉があり、その向こうに尋問室がある。
さらに奥に鉄格子のドアがあり、近衛は鍵を外して中に入る。そこは独房の廊下だ。ここは警備兵ではなく近衛の管轄になる、伯爵の直接的な敵を閉じ込める為の地下牢である。
鉄格子の嵌った覗き穴のついた堅い木の扉の鍵を開ける。
扉を開くと、薄闇の中、フェリシアが椅子に座り、こちらを見ている。艶やかな赤髪を肩に垂らし、まるで囚人には見えない。
「席を外してくれ」
カナタは近衛兵に指示するが近衛は戸惑う。
「なんとでもなるさ」
「わかりました」
近衛が去り、カナタは扉の入口に背を持たれる。
「話とは何だ?」
「わたしを解放してくださいませ」
「解放してどうする? もうお前の家はないぞ」
「メイドとして雇って下さいませ。これでも行儀見習いのため侯爵家でメイドをしていたのです」
「ほう、その経歴は知らなかったが、良いな。それで、そちらの提供するものは何だ?」
「情報ですわ。わたくしが知りうる限りのディマ教と蛇の」
意外というか、順当というか、フェリシアは自分の組む相手のことを分かってやっていたようだ。
「情報による」
「ストールグリンド伯爵領における、教会の位置、司教スティグソンの立ち位置、蛇の大まかな構成。これでいかがです? こんな話、一介の近衛などには聞かせられませんわ。そう思いませんこと?」
「だから俺を呼んだのか」
「自分が狙われる相手を知らずに寝るのは寝つきが悪いでしょう?」
「いいだろう。メイドとして使ってやる」
「わたくし、勝てると思ってましたのよ。ディマ教と組んで、カナタ・ディマを殺せると」
「だろうな。じゃなきゃやらないだろう」
「ディマ教がなくとも、カナタ様を殺せると思いあがっていましたわ。稀代の英雄、カナタ・ディマを殺した女。そう呼ばれたらどんなに嬉しいか。それを想像して悶えておりました」
何言ってんだこいつ……?
「でも、負けました。ディマ教という強力なカードを持ちながら負けたのです。これはもう、完敗といってよろしいでしょう」
「潔いな」
「別に、カナタ様に恨みがあってやったことではありません。自分の力を測る為のただのゲームですわ」
なるほどというか、そういう性格なのだと分かるといろいろと筋が通る。
「策謀をゲームとは、豪気だな」
「でも、そういう人間も、一人くらい許嫁にいてもよろしいのではなくて?」
「……は?」
「女というものは、自分より強い男に惚れてしまうといいます。きっとこれがそうなのでしょう」
「あいや、そういう話だったか?」
「わたくしにとって、こちらの話の方が重要ですわ。わたくし、メイドから、カナタ様の夫人へとなり上がってみせますわ!」
この少女が本気になるとやりかねないなと、カナタは内心不安にだった。
■
城を攻めた子爵、男爵は処刑した。
王の裁定により、フランセン家はあらゆる爵位をはく奪された。残された親戚はそれぞれ商会を頼りに生き残った。
元伯爵の孫フェリシア・フランセンの情報提供により、レクセル王国の各領にディマ教会があり、貴族と結びついているらしいということが分かった。
グリンド市にあるディマ教会を突き止め強制捜査し、信者のリストを手に入れることが出来た為、官僚に潜むディマ信者は排除できた。
だが、肝心のディマ教司祭などは見つからず、全貌は分からぬままとなる。
フェリシア・フランセンはカナタと婚約者付きの傍仕えメイドとなる。敵意は感じられなかったのと、目の届かないところにおけるような人物でもなかったからだ。それは、カナタの許嫁を目指すと公言するフェリシア・フランセンにとっても好都合のようだった。
ストールグリンド伯爵領の内患を排除する話は、ここで終わりだ。
こうして、商人であり、冒険者であり、貴族であるカナタの、金を……領地をめぐる冒険譚は続いてゆく。
遥か彼方のファンタジー~異世界商人の金をめぐる冒険譚 風呂河修 @furokawa_osamu
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。遥か彼方のファンタジー~異世界商人の金をめぐる冒険譚の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます