5■二度目の冒険1

 次の日、夜明けとともに気分の良く目覚めたカナタは、堅パンとリンゴを齧ってから、垢だらけの前の服を井戸端で洗い、それをバルコニーに干す。


「しまった!」


 急に思い出して短刀を鞘から抜く。一か月近く前のゴブリン戦以来一切触れていない。錆びとゴブリンの緑の血糊と油でかなり汚れている。石鹸と砥石で短刀を血糊ごと砥ぎ直す。乾いた布でよくふき取ったあと、布の切れ端で油を塗りこむ。


 弓が無く、槍を買いそびれているので、前に行った中古武器屋に行き、弓矢と組み立て式の槍を買う。元冒険者の店主はまた丁寧な対応をしてくれた。


 そして、前回怪我をしたことから、何の防具も無いというのはまずいことに気づく。中古武器屋の近くにある中古防具屋で、動きやすく軽い革鎧、鉄で補強された膝まである頑丈な革ブーツ、同じく鉄で補強された肘まである革の手甲、同じく額が鉄で補強された革の兜を買う。革防具フルセットだが中古品なので金貨1枚で済んだ。


 帰宅して昼食に堅いパンと広場の屋台で買った鶏串を頬張りながら、紙に書いた必要な物リストを眺め、ほぼ終わったことを確認する。


「よし、次は基本的な魔術を覚えないと」


 いそいそと火の魔術を習得しようと試行錯誤しはじめる。宿の女将でさえ使えるのだから、恐らく各魔術の最低レベル魔術というのは、生活で使われる魔術のはずだ。

 『着火』のレア度も一般だったことから、望めば誰でも手に入るはず。カナタは宙に指を突き出し、熱い輝きをイメージして集中する。


「着火!」


 何も起きない。暖炉に薪を一つ置き、それに向かって集中する。


「着火! 着火! 着火!」


 しかし、魔術の感覚というものが分からない。使えないスキルである以上、人物鑑定というヘルプも使えない。


「どうやるんだ?」


 転移魔法陣はもう何度も使っているので微細な感覚まで記憶にある。それと比較して考える。体の中の流れがぐにゃりと歪み、それが手から外に押し出される感じだ。そういえば、転移も亜空間収納魔法陣も、体の中でぐにゃりと歪んでから、発動する。あのぐにゃりが重要なのかもしれない。

 指先を薪に当て、体の中で流れる何かをぐにゃりとさせ、それを押し出して薪に押し当てる。

 カッ、と高い音がした。


『空間切断 を習得しました。』


 目の前には繊維と直交するように薪が割れていた。


「いや、違うって!」


 斜め上の結果だ。しかし、転移も、転移魔法陣も、亜空間収納も、空間切断もぐにゃりだ。ぐにゃり以外にどうしろと。


「ぐにゃり以外……?」


 カナタは目を閉じ、体内の感覚に注意する。体の中の温かい流れを確認する。そして、それを熱い炎に置き換えて巡るのを想像する。どんどん体が熱くなってくる。指先を立て、体内の炎を指先から押し出すようなイメージ。ぼっ、と指先に炎が灯り、薪を焦がす。


『火魔術スキルがLV1となりました。着火 を習得しました。』


「よし!」


 思わず声を上げる。推測通り、最初に体内で力を魔術の素のような何かに変換するイメージが必要らしい。空間魔術の場合は、体内の流れが歪むイメージが必要だったが、火魔法は熱いイメージが必要だということ。

 分かってしまえば簡単で、次はキッチンのシンクの上で試す。体の中の温かい流れを水に変換してから、指先から押し出す。ぴゅーと水が出る。


『水魔術スキルがLV1となりました。水生成 を習得しました。』


 指先から水が噴き出し、シンクの排水溝へと流れてゆく。


「次はお湯か……」


 そこで、はて、と止まる。熱い炎が巡るイメージと水が巡るイメージを同時にやるのだろうことは論理的には推測できるが、それってどんなイメージなのか。とりあえず、右半身を熱い炎が巡り、左半身を水が巡るイメージをする。それを体の中で混ぜ合わせ、指先から……。

 爆発するように湯気が広がり、ぼこぼこと煮立った熱湯が指先から噴き出てシンクで跳ねる。カナタは慌ててキッチンから逃げ出す。


「あちっ、あちあちっ!」


 火半分、水半分の比率イメージが良くなかったのだろう。確かに水の中にでかい火をぶち込んだら沸騰して煮立つはずだ。


『魔術融合スキルがLV1となりました。湯生成 を習得しました。』


 シンクに桶を置き、次は火1、水3くらいの比率のイメージで魔術を発動する。指先から細くぴゅうとお湯が桶の中に注がれ軽く湯気を上げる。お湯は40度くらいで丁度良い湯加減だ。


「よし。次は、お湯の魔法陣だ……」


 ダイニングテーブルの上に紙とインクと羽ペンを用意し、着火の魔法陣、水生成の魔法陣を思い浮かべる。

 次に、お湯の魔法陣を思い浮かべる。大丈夫、はっきり分かる。魔術陣の外周に、火の刻印を1つ、水の刻印を3つだ。それを紙に描くと、魔力を通す。

 またキッチンに移動し、魔術陣を描いた紙をシンクの中に置く。それに手を触れ、体の中の力を魔術陣へと押し出す。紙の魔法陣からお湯が沸き、シンクから湯気が出る。手を放すとお湯は排水口に流れて消えた。


「次は魔道具か……」


 魔法陣スキルについて鑑定してみる。魔石を使った魔道具とするには、魔力が流れるインクによって魔術陣を描き、魔石と魔術陣を繋ぐ必要がある。

 魔術陣も紙だと水で溶けるので、何か板を買う必要がある。板の上部に小さなポケット状のものを張り付け、その中にクズ魔石を入れ、中で魔力インクに接触する状態にし、その回路をポケットの外へと延長。途中でスイッチ回路を挟み、板中央の魔術陣へと接続。それで魔術陣の中央からお湯が出るはず。



【魔力インク】レア度:1% 相場:金貨1枚~/一瓶

 魔力を通しやすい素材で作られたインク。一般的なのは、錬金スキルを用いて大量のヒルラン草を焼いた灰を、速乾性の油で練って作られる。最高級品は魔石の微粉末を使う。

 その他、強大な魔物の血は高級な魔力インクとなるが、血は長期的な耐性に劣る為、安定剤を混ぜ合わせられる場合が多い。



 入門魔術と言えど魔術を4回も使ったせいか、頭がくらくらして眠い。それでも、風呂のためと思えば……。


 家を出て大通りを走って南下する。南通りの家具屋に飛び込み店員を捉まえると、襲い掛かる勢いで浴槽を求める。しかし、数が出るものではないので受注生産しかしておらず、早くて3日はかかるとのことだ。出来たら配達すると言うので、設計図のあるものから選ぶ。

 他、道具屋で40cm角の板、小釘、ハンマーを買う。

 東の冒険者通りに移動し、革製品を扱う店で革の端切れを手に入れ、ポーション屋で金貨1枚の魔力インクを手に入れる。帰り広場の屋台で肉串を5本買う。


 帰宅して早速、板に魔力インクで魔法陣を描く。回路を上へと伸ばし、スイッチ回路を描き、さらに上へ伸ばす。板の上の方でぐりぐりと黒い大きな丸を描く。その大きな丸を覆うように革の端切れをポケット状にして小釘で打ち付ける。ポケットにクズ魔石を入れる方式だ。


「よし、鑑定」



【お湯の魔道具(魔石消耗式)】レア度:10% 相場:金貨1枚

 火と水の魔術を起こし、お湯を作る。浴槽あたり極小魔石を1g程度消費する。



 鐘が五つ鳴る。日の入りだ。厨房で竈に薪を入れ、着火の魔術で火を点ける。鍋に水を入れて乗せる。お湯が沸くまでの間に干し肉と根菜を薄く切り、鍋が沸騰したところに入れ、10分。塩は干し肉に入っているので十分だ。

 鍋ごとダイニングテーブルに置き、2日ぶりのスープを味わう。干し肉と野菜の旨味が体に染みる。堅パンと一緒に腹いっぱいになるまで食べる。かなり貧乏食に慣れてはいたが、自分で作ったスープの方が宿より美味しい。干し肉の量によるのか?


「やっぱりスープあると無いとじゃ満足感が違うなあ……」


 欲を言えばあとは焼いた肉とサラダがあるといいのだが。今ある干し肉はかなり乾燥していて、堅くてしょっぱい。ステーキとして食うのは向いてない。大きい肉の塊をローストして周りだけ塩を塗り込み軽く乾燥させれば1週間くらいは持つかもしれない。


 リビングのソファでゆっくりするとお茶が欲しくなった。大家のマーサさんに聞いて、明日の帰りにお茶を買って帰ろう。

 浴槽が届くのは3日後だ。その間にお湯を出すためのクズ魔石を集める。ゴブリンを退治する必要がある。

 あとは気を失うギリギリまで魔術の練習をしようなど殊勝なことを考えていたのだが、既になんども魔術を使っていたせいか、ソファに座ったまま眠ってしまった。



 次の日、カナタは冒険に出ていた。

 南に大きな野牛を見つける。肉が食いたいところだが、今回のお目当ては魔石だ。あれは動物なのでパスする。


『視覚探索スキルがLV1になりました』


 カナタは辺境の草原を西へと進んでいた。草の丈は腰以上あり、草原が開けているため風が吹いて草が常に揺れている。なので、身を低くしていれば草に隠れて移動できる。カナタは周囲を確認しながら慎重に進んでゆく。

 西の大森林の手前にはいくつか小規模な林があり、草原とは言ってもそれなりの起伏はある。小さな丘の稜線を越えるところで匍匐前進をして向こう側を覗く。


『視覚隠密スキルがLV1になりました』


 向こう側は窪地で、下ったところに小さな林があり、その手前に小さな影が見える。ゴブリンだ。2匹が向かい合って何か食べている。他には何も見つからないが、森の中に巣があって、あの2匹は警備役の可能性がある。


「どうしようか……」


 1匹は倒せたとしても、2匹目がすぐ倒せないと応援を呼ばれる可能性がある。応援を呼ばれたら逃げるしかなく、魔石を取り出すために解体する時間がない。


 おびき寄せるしか無いか。


 稜線にある草の根元に糸を結び、数メートル後ろの草の根元にも糸を結ぶ。カナタはその2点から伸びる糸をもち。側面に回って身を顰める。稜線部分の草を何度か揺らし、じっと待つ。



 ゴブリンの1匹が稜線際の草が動きに気づく。2匹は警戒して注視する。しかし、時折モサモサと草が動くだけで何かが出てくる様子は無い。

 1匹が様子を見に丘を登る。登りきったところで、さらに向こう側の草が揺れているのに気づく。


「ギャ?」


 ゴブリンは何か小動物かと考え、食料になるだろうと、錆びた剣を抜く。これはニンゲンを殺して奪った宝物だ。そして、稜線の向こう側へと進む。1メートル、2メートル、3メートル。

 左のこめかみに矢が刺さる。ゴブリンは声を上げることもなく倒れる。


 カナタはそのゴブリンを引きずり、かなり遠いところまで移動する。




 残されたゴブリンは仲間がなかなか戻らないことに腰を上げ、丘を登る。

 稜線を越えた時、風切り音と共に鼻先を矢が掠める。カッとなって矢が来た方向へと駆ける。

 ニンゲンだ。弱いニンゲンだ。草むらに隠れているニンゲンを見つけた。ニンゲンは寝っ転がったまま弓を引いている。矢が左腕に刺さる。

 それでも人間を殺しに駆けてゆく。もう少しというところだった。

 だがニンゲンは草むらから槍を取り出し、ゴブリンの胸に突き刺す。




「これだけ気持ちに余裕持てれば当たりやすいな……」


 カナタはほっとする。奇襲で、距離は10mを切る。弓矢でも10mで静止した的ならほぼ当たるし、槍を突き出すのも簡単だ。

 糸を回収し、ゴブリンの死体二つを出来る限り元居た場所から移動する。また新手が出てきたときに警戒されにくいようにだ。

 解体用の小さいナイフを取り出し適当に太い動脈のありそうな首、太腿に深く傷を入れる。血が多いと作業がしにくいので血抜きだ。最初は勢いよく、次第に弱まって緑の血が流れる。


「ったく、臭いし気持ち悪いな」


 ゴブリンで使える素材は魔石くらいだ。ナイフで腹の上部を切り開き、胸骨の下から心臓を引っ張り出す。心臓に張り付くようにしてある小指の先ほどの結晶体を切り取る。布で血を拭きとり空に透かして見ると、黒の半透明でツヤツヤしている。比重はそれほどでもない。


「へえ、これが金と同額ね……」


 10gに満たなければクズ魔石らしいから当然クズ魔石なのだが、重量単価が金と同じで銀貨5枚/gもするのだ。買取価格は恐らく6割程度になるだろうが。一つ1gちょっとくらいなので、一体討伐で銀貨3枚なら……。


 うーん、やっぱり命を懸けるには安い気がする。乱戦であっという間に10匹くらい倒せるくらいの腕がないと割に合わない。


 2匹目も手早く処理し、クズ魔石を手に入れる。



 ついでに窪地の森も偵察してみることにする。カナタ側は緩い草原の斜面だが、窪地の外縁の一部は急斜面になっており崖地にへばりつくように森がある。

 森に侵入し、慎重に偵察する。森の中は隠れる場所は多いが、風も無く葉と木が音を吸ってとても静かだ。音が目立ち、移動速度は草原よりもゆっくりにならざるをえない

。草原は風にざわめく葉音がノイズとして多いが、逆に見晴らしがいいのと対照的だ。

 ここで金属補強付きのブーツを呪う。足裏が固いので、どうしても音が出やすい。冷や冷やしながらできる限り音を立てず、ゆっくり動き、できる限り目と耳と皮膚感覚を研ぎ澄ます。


『聴覚隠密スキルがLV1になりました』


 木が多いので隠れやすい。だが、見通しも悪いので発見するのも難しい。目より耳を使った方がいい。微かな音に気づいて様子を伺う。前方の崖の傍で、ゴブリンがまた二匹地面に座って何か喋っている。ゴブリンの後方にどうやら洞窟らしき岩の裂け目がある。ここに陣取っているということは、あれが巣だろう。


『聴覚探索スキルがLV1になりました』


 一度出来たことはそう難しくない。カナタは草原のゴブリンと同じ方法でゴブリンを始末する。草原のゴブリンと同じく、死骸はできるだけ元の位置から離しておく。これでクズ魔石が4つ。

 洞窟はスルーして崖際を通り過ぎ、他に出入り口がないか、崖の上の草原も探索する。他に入口は無いと確信できるまでよく探す。今回はそこで終わりにする。


 実際に冒険してみて得た教訓は多かった。狩というのは見つかる前に見つけることだ。つまり、見つからないことが第一前提であり、それさえ出来れば先に見つけることはそう難しくない。

 見晴らしが良い場所は風があり、音が聞き取りにくい代わりに目視しやすい。

 森など障害物が多い場所は風がなく、目視しにくい代わりに音がしやすい。

 姿と音、両方を消さないと十分な隠密は出来ず、探索にならない。特に、森の探索では肝が冷えた。このブーツは丈夫で安全だが底が固すぎる。もっと柔らかくて地面を足の裏で察知できるようじゃないと、地面の凸凹に応じて力を調整するのが難しい。




 サンダールの街に戻ると、冒険者通りの中古防具店で手ごろなブーツを手に入れる。思い付きで羊の毛皮の端切れを買い、小さな膠の塊を手に入れる。

 家に戻ると、ブーツの底に膠の欠片を置き、火であぶって溶かす。スプーンで靴裏全体に塗り、そこに羊毛を張り付ける。あとは、ナイフで靴型に合わせて切り取るだけだ。これで、足の裏が柔らかくて分かりやすく、かつ、羊毛で音がしにくいブーツができた。


【無消しのブーツ】

 足音が50%軽減する。


 なんだかいいものができた。



 それから数日はゴブリンが強く警戒しているだろうと考え、冒険はしなかった。生活用品を買い、倒れるまで魔術を使うことを繰り返す。


 そして入居4日目、待ちに待った浴槽が来た。カナタはバルコニーの壁側に浴槽をくっつけて置き、壁にお湯の魔道具を膠で貼り付ける。板上部についた革のポケットにゴブリンの魔石を入れ、回路を作動する。魔法陣の中心から適温のお湯がどぼどぼと湧き、浴槽を満たしてゆく。

 早速服を脱ぎ散らかし、お湯に浸かる。


「ヴえええええええ……」


 お湯の気持ちよさに思わず変な声が出る。

 やっと、浴室のある理想的な住居を手に入れることができた。


 カナタが実際にお湯の魔道具を作ってみて思ったのは、魔道具は意外と儲から無さそうということだ。


 まず、卸と小売りというのは、商品を作る生産者から、商品を欲しがっている消費差へと商品を到達させる仕事だ。馬車で都市間を行き来する商人が卸売を担い、店を構えて客に直接売る商人が小売りを担っている。

 誰でも買う小麦のような商品なら、生産者から消費者へ到達する一人当たりのコストは小さくなるが、たまにしか買う人がいない高級品なら、生産者から消費者へ到達する一人当たりのコストが大きくなる。それらが大きくなると、その分、生産価格に乗せないといけない。

 例えば、ラーベ氏はカナタから小売価格の65%でマジックバッグを買い取った。これは需要はあるが、供給はほぼゼロ。場合によっては小売価格は大幅に上昇する。

 しかし、買いたい人は沢山いても、金貨100枚を払える人はそういない。金を払える人を探すネットワークを持つ商人でないと売ることができない。そして、もちろんそういう金持ちと懇意になるにはそれなりの出費が掛かるというわけだ。

 なので、どうしても、流通と小売りの分の利益は確保しないといけない。自分にそれができない以上、誰かに頼むしかないからだ。


 それを前提にお湯の魔道具を考える。魔道具は生産が可能だ。それも、低レベルの魔術スキルの組み合わせによってである。魔術陣スキルのレア度が1%でも、職業人口と考えるなら、だぶついている可能性さえある。

 特にお湯の魔道具というのは、設備であり、消耗品ではない。買える人間の数が決まっていて、かつ、買い替え期間が長い以上、そう大きな市場とは思えない。

 作るにも、魔力インクが高い。モノによって耐久性が異なり、一番安く小さい瓶で金貨1枚だが、1つ魔術陣を描くと3割くらいつかう。これだけで原価が銀貨30枚となる。さらに材料費を合わせ、小売りの取り分を考えると、カナタの労働力と利益は恐らく銀貨10枚も無いかも知れない。

 つまり、大量にお湯の魔道具を作っても、価格が下落して利益が無くなるだけ。むしろ、既に近い状態なのではないか。一般市民も買えれば良いのだが、魔石の値段が下がるか、魔道具の消費効率が数倍に上がらないと普及は難しい。

 ヒルラン草も同じで、毎日1000枚も採取したらあっという間に相場が下落する。一つ一つ採取するのが面倒だが、誰でもできる仕事だ。毎日安定して採取するなら、銀貨10枚程度だろう。


 魔道具を作っても、採取しても、日々食べてゆくことはできるだろう。だが、生活費以上の利益を出さなければ運転資金は増えず、取引は大きくならず、商会を構えるような商人にはなれない。


 今は金はあるが、それで一生暮らせる額ではない。まだこれから利益を出していかないといけない。

 金を騙し取られ、素寒貧でスラムで過ごした日々はカナタにとって強烈なトラウマになっていた。たまたまラーベ氏と再開できたが、一度小汚い貧民に落ちれば、その身なりだけで嫌悪され、最下層から上がることが出来なくなる。

 金が無くなるのが恐ろしい。じりじりと焦りが募る。マジックバッグを売れない以上、何か自分にしかやれない、それでいて、利益が出て、かつ、儲け過ぎず、悪目立ちしない商売はないものか。


 だが、そんな都合の良い商売はそうそう思いつかない。ならば、今は目先を変えるしかないだろう。あちこちぶつかって歩けば何か思いつくかもしれない。

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