8■二度目の商売2

 ある日のこと。魔術陣の紙の束を持って工房へ行った時だった。建物の暗い廊下を通り、工房のドアにカギを差し込み、開ける。

 中に入って青ざめる。中庭側の窓が破られ、部屋が荒らされていたのだ。

 魔術陣の紙もスタンプも魔力インクも自宅に置いていたので致命的な被害は無かったが、ワンドの筒が100本入った麻袋が無くなっていた。被害額は竹筒だけなので金貨5枚分だ。

 慌てて大家の部屋に駆け込み、事情を話すと、サンダールの警備兵が呼ばれて現場検証を始める。犯人が中庭へ入り、そこから窓を破って侵入したのははっきりしている。中庭は住人が水汲みや洗濯で出入りする為、鍵を掛けていないのだ。

 メインエントランスの鍵も、住人が出入りする為、開けっ放しが普通だ。


「ああ、あの目つぶしの魔道具を作っていたのはあんたか。最近導入されたんだ」


 警備兵は腰にぶら下げた竹のワンドを見せる。そのせいか人当たりが良かい。しかし、この事件の対応としては、周辺警備を強化することと、もし発見したら返却するという話で終わってしまった。


「あの、犯人の捜査はしてくれないんですか?」

「悪いが、金貨5枚の盗難じゃ捜査まで出来ない。犯人の目星がついていれば捕縛はするんだが」

「そんな……」

「悪いな」


 衛兵が去り、カナタは愕然として立ち尽くす。被害は小さいのでまだいい。ただ、この工房が中庭から潜入できると分かった時点でもう使えない。大家には引き払う旨を伝えた。



 モッシ工房には事情を説明し、一時生産を止めるよう連絡した。



 ラーベ氏には盗難に会ったので納期を伸ばすよう頼みに行った。


「くそっ……、言い忘れてた」


 ラーベは応接室のソファにどかっともたれ、片手で顔を覆う。


「目を付けられやすいことをやっているんだから、潜入できない工房を借り、護衛も付けるべきだ。おまえは間抜けだ。だが、俺も儲けに浮かれて忠告するのを忘れていた」


 一般的な工房や店舗の場合、人が入れる大きさの窓は木窓で閂がつけられるか、ガラスだと鉄格子が嵌めてあるらしい。あとは正面の大扉を閉めれば侵入は難しいように作られているという。確かに、スラムで侵入した空き家は木窓で閂があった。

 個人住宅と、商会や工房では、置いておく資産の額が違う。だから、建物のセキュリティの度合いも違うのだという。


「ちゃんと工房を借りろ。金貨は持たず商業ギルドの口座に預けろ。自宅に高価なものは置くな」


 ラーベは険しい顔のまま吐き出すように言う。


「理想を言えば、警備を雇って三交代で工房を見張らせるべきだ。儲かっているなら、おまえ自身に護衛をつけろ。できれば自分以外に動ける信頼できる人間を確保しろ」

「はい……」

「商売するってのはそういうことだ。それが揃うまで、納品するな」


 カナタは苦い空気に項垂れる。ラーベが言うのはもっともだ。


「俺が囲うことは出来るが。工房を整えて用意することもできる。どうする……?」


 ラーベの目には試すような色がある。どのような形であれ、それはラーベに雇われるということだ。雇われても商売に関して学べるが、それは商人じゃない。今まで経験した欲望、歓喜、焦燥、不安、絶望、は雇われていたらなかったものだ。


「自分でなんとかしたいです」


 迷わずそう答えるとラーベの目にうっすら笑みが浮かんだように見えた。

 ただ、一人この街に流れ着いたカナタにとって、恐らく一番重要であろう信用できる人間を確保することが一番難しい。


「取り敢えずシーラを護衛に使え。あと、できればおまえを補佐する人間が欲しいところだが、誰か動かせる知り合いは……、いないんだろうな」

「ええ、商売と関係ない知り合いはシーラくらいです……」

「そうか……。どういう方法でも、今すぐ良い人材が見つかるわけじゃないからな。シーラ今冒険に出ていていない。戻ったら話しておく」


 それきり話は途切れた。



 カナタは項垂れ、大通りを広場方面へ向かって歩く。まずはちゃんとした工房を借りないといけない。盗難に会ったのはフッリ不動産商会のせいではないが、またあの商会に頼むと思うと苛立ちがこみ上げる。

 しかし、いざフッリ不動産商会へ行ってみれば、そんな思いが吹き飛ぶような出来事が待ち受けていた。


「申し訳ございません。今、工房の空きが無く……」

「え、半月前は数件ありましたよね?」


 対応した店員はどこかよそよそしく、謝るばかりで要領を得ない。他の店員もこちらを見ないようにしていると感じる。

 訝しく思いながらも店を出ると、視線を感じた。広場を見ると屋台の前でたむろしていた男の一人がこちらを見ていたように感じたが、顔を上げた時には視線が逸れていた。

 商業ギルドへ行って他の大手の不動産仲介を探すが、やはり工房の賃貸物件は無いと言われる。


「カナタさんですね。お久しぶりです」


 次の不動産屋を出ると先ほど視線を感じた男が立ち塞がる。まだ若いが身なりは良く、どこか人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。それは、カナタに呪いの短剣を売ったエクレフだ。後ろには明らかに荒事担当の屈強な男が2人控えている。

 カナタは怒りを抑えつつ対応する。


「どちらさまです?」

「嫌ですね。あなたの躍進を願って短剣を売って差し上げたエクレフですよ」

「この糞野郎が……!」


 エクレフの後ろにいる男二人が剣の柄を握る。


「まあ押さえて。用件を済ませましょう。うちの会頭があなたにお会いしたいと言っておりまして、ぜひ一緒に来ていただけないでしょうか?」

「どこの商会です?」

「まあ、来れば分かりますよ」

「いえ、行きません」


 エクレフは笑みに嘲りを滲ませる。


「そうですか。ところで、工房、借りれなかったみたいですね」


 どうしてそれを知っている……?

 背中が冷たくなり、同時に腹の底が熱くなる。嫌な感じが大きくなって繋がってゆく。このタイミングはおかしい。


「うちの商会ならご紹介できると思いましてね。いかがです? お話だけでも」


 カナタが工房を解約したのを知っていて、次の物件を借りようとしていて、そして、借りれなかったと知っている。つまり、こいつらが盗みを働き、解約させ、フッリ不動産から借りさせないよう妨害したということ。店員の様子がおかしかったのはこいつのせいだ。


「お、おまえらが……」


 カナタは歯噛みして睨みつける。

 しかし、エクレフは表情も変えずカナタに近づき、耳元でこう言う。


「粋がるな。おまえに選択肢なんてないんだよ」


 全身の力が抜け落ちる。エクレフが言ったことこそ、カナタの現実だった。抵抗する気力を根こそぎ奪われ、立ち尽くす。

 ぽん、と肩を叩かれ、促される。掌の上で転がされていた。敵がいることに気づく前に負けていた。戦う前に靴を舐めさせられようとしている。どうすればこうならなかったのか、必死で考える。だが、答えは決まっていた。それはさっきラーベが言っていたことだった。


『ちゃんと工房を借りろ。金貨は持たず、商業ギルドの口座に預けろ。自宅に高価なものは置くな』

『理想を言えば、警備を雇って三交代で工房を見張らせるべきだ。儲かっているなら、おまえ自身に護衛をつけろ。できれば自分以外に動ける信頼できる人間を確保しろ』


 行く先は北通りにある大きな商会だった。カナタは看板を見上げ、思わずつぶやく。


「サンダール商会……」


 領主の親戚が経営するサンダール一の商会で、強引な手を使うから気を付けろと、ラーベに忠告を受けていた商会だ。


「会頭がお待ちだ。入れ」


 護衛の男が扉を開け、エクレフがカナタの背中を乱暴に押す。ホールは高価な意匠で設えてあり、ところどころに金があしらわれている。質素なラーベ商会とは全く違る。

 応接室に通される。突っ立ったままでいると背後のドアが開いて口髭をたくわえた中年の背の高い男が入ってきて、ソファに座った。


「こいつがカナタです」


 エクレフは口髭の男に説明する。


「私がこの商会の会頭である、フロッドシダ男爵、ヘドバル・サンダールだ。おまえが熱風目つぶしの魔道具を作っているんだな?」


 こいつが、領主の親戚の貴族か……。黙っているとエクレフが腿の後ろを膝蹴りする。カナタは痛みに呻きながら答える。

「はい、そうですが?」

「ラーベとの取引をやめてうちに売れ。単価は銀貨50枚だ」

 ラーベへ売る価格の半分だった。原価は銀貨30枚。その他の経費、工房を借りて警備を雇ったらもう利益はほぼ無い。それ以前に、こんな手を使うようなやつに売るつもりはさらさら無い。


「それだと、原価と経費で赤字になります。単純な商品ですから、他の魔道具師に作らせてはいかがでしょうか?」

「ならば、魔術陣を寄越せ。買ってやるぞ」

「お断りします」


 横っ腹にエクレフの拳がめりこみ、体が痛みに固まる。ヘドバル・サンダールが手を上げるとエクレフは直立姿勢に戻った。


「いいか、カナタとやら。私の言うことは聞いたほうが良いぞ。でないと、運悪く商売自体ができなくなることもある。これは親切心からの忠告だ」


 何が親切心だ。人を人とも思っていない。カナタは歯を食いしばりつつも感情を抑える。


「ありがとうございます。しかし、栄えあるサンダール商会と取引など、私の身には余る仕事でございます。今回は辞退させていただきます」

「ふん、まあいい。サンダール商会はいつでもおまえを歓迎する。うちと取引するなら、悪いようにはしない」

「そのときは、是非」


 それ以上、何かを無理強いされるということもなく、カナタは解放された。


「カナタさん、いつでもお待ちしておりますので、御用の際は私にお申し付け下さい」


 エクレフはそう言い、カナタを見送る。

 カナタは舗装の石を睨みながら北通りを南下する。最初はゆっくりと歩き、そして、徐々に速足になる。


「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……」


 大通りから一本道を入り、見慣れた建物の大扉を潜り、階段を登る。


「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……」


 自分の部屋に入り鍵を掛けると、腹の中に溜まった苛立ちを声に吐き出した。


「何が、いつでもおまえを歓迎する、だっ!」


 腸が煮えくり返っている。うろうろとソファの周りを歩き回り、時折ソファを蹴る。悔しくて悔しくて、だけどどうしようもない。犯罪の証拠が見つからないよう、強引な手でねじ伏せる手腕は見事だと言わざるを得ない。

 ラーベが忠告していたが、具体的にそれをされて初めて実感できた。あんな手を次から次へとやられたら、確かに他の商人は目を付けられないよう、息を潜めるしかない。


 幸いというか、一応この街には法がある。直接的な犯罪は避けざるを得ないのだろう。だから搦め手を使っているのだ。どんな妨害をしてくるか分からないが、例えば、魔道具を作らせたいのだから、直接的にカナタを攻撃したり、モッシ工房を攻撃したりはないはずだ。

 ラーベ商会にだって、そこそこの規模の商会だ。直接的な手は使わないはず。ラーベもそれが分かっていて、それなりの対処をしてきたはず。


 むしろ、一番狙いやすいからカナタに狙いを定めて来たのだ。カナタの心が折れ。サンダール商会に屈すればそれで話は終わる。人的被害もない。生産者が売る相手を変えるだけの話だ。

 先が見えない。だが、負けるわけにはいかない。心を折るにはまだ早い。あんなやり方に屈する気にはなれない。


「切り抜けてやる……!」


 サンダール商会の力がまだ及んでいない不動産仲介を探すか、大家と直接契約するかしかないだろう。この際、安いプライドを守っている場合じゃない。ラーベに相談し、サンダール商会の影響が少なそうな不動産仲介を紹介してもらおう。


「そうだ。そうしよう……」


 あれこれと考え、ソファの周りを回り続ける。



 五つの鐘が鳴り、気づくと日没だった。昼飯を食べていないことに気づき、夕食と合わせ多目に食べる。



 夜は更けてゆくが、気が立って眠れそうになかった。

 ソファに座り、立ち、座り、お茶を入れ、飲み終わる。


「ダメだ、落ち着かないな……」


 バルコニーの風呂を満たし湯に浸かる。体を伸ばし温まると、少し気分が落ち着いてきた。イライラしていても仕方ない。魔術を使ってさっさと疲れて寝てしまおう。

 空間魔術スキルのレベルを上げたいと思い、リビングで転移を繰り返す。


『空間魔術スキルがLV2になりました』


 数回の転移の後、レベルが上がる。

 そのとき、南の空が少し明るくなる。何だろうと窓の外を見るが、すぐにまあいいやと思い直して眠る。



 次の日の朝、カナタは昨日寝付けなかったのもあり目覚めるのが遅かった。そろそろ鐘二つが鳴る時刻に差し掛かっていた頃だ。

 ドンドンと扉を叩く音で目が覚め、何事かと飛び起きる。


『カナタさん、モッシ工房のもんだ!』


 慌てて鍵を開けると、いつもワンド制作を担当してくれている職人だ。


「おはようございます。朝早くから騒がしくてすいません」

「いえいえ、慌ててどうしたんです?」

「昨日、カナタさんの工房に盗みが入ったってんで、生産を一時止めるよう親方から言われたんですが」

「はい、昨日モッシ親方にそう伝えましたが」

「こっちも作れなくなりまして。火事があって……」


 カナタは思わず男の肩を掴む。


「工房が燃えたんですか?!」

「いやいや、そういう訳じゃないです。材木屋で不審火があって、うちに納入されるはずの竹が燃えちまったんですよ。材木屋も倉庫が燃えてそれどころじゃなくて。竹を沢山あつかう材木屋ってあそこだけなんで……」


 工房を借りるのを妨害されるだけでなく、材料を燃やされるなんて、想像の範囲を超えている。


「そ、そうですか、材木屋さんもお気の毒に。こちらもまだ良い工房が見つからなくて。ゆっくり待ちますから気にしないでください」


 血の気が失せるのを感じつつも、カナタはそう言って励ます。

 職人は人懐っこい笑みで挨拶し、去って行く。

 やられた……。動きが速すぎる。昨日の今日で次の手を打たれるなんて……。

 カナタはソファにもたれ、天井を見上げる。



「すまん。サンダール商会に安い魔力インクを押さえられた。ヴェストラプラ侯爵領から代替品を送らせるが、輸送費でどうしても高くなる」


 ラーベに相談しに行ったら、先に謝られた。


「こちらも報告がありまして、実は……」


 昨日の出来事と材木屋の火事を報告すると、ラーベは溜息をつく。

 カナタもそれ以上何も言えず黙り込む。


「会頭、大変です! サンダール商会が……」


 ラーベの部下が応接室に飛び込んできた。カナタがいることに気づいて口ごもる。


「いい、言ってみろ」

「不当にインクの買占めをしたと、うちを、ラーベ商会を訴えると。商業ギルドから召喚状が来ています」

「なんだとっ?!」


 ラーベは怒り立ち上がる。サンダール商会は自分たちがやっていることをラーベ商会の罪にして訴えることにより、第三者を混乱させ、自分たちに手が及ぶまでの時間稼ぎをしているのだろう。逆にサンダール商会を訴えたところで、裁判が収束するにはそれなりの時間がかかる。どちらにせよ、ラーベ商会はその対応に追われることになり、カナタの魔道具を売る動きが鈍る。


「ったく、セコい手を使いやがって!」


 これでは当分の間、魔道具を作ることも売ることもできない。待つとしても、サンダール商会は次の手を打ってくるだろう。


「ほとぼりが冷めるまで待つしかないですかね……」


 時間を引き延ばす以外、手が思いつかない。次はずっとうまくやる。今回はその授業料だと思えばいい。勝てない戦だが負ける必要はない。金はあるのだ。


「力になれなくて、すまない……」


 ヨン・ラーベは力なく呟く。


「いえ、こちらが巻き込んだようなものです」

「はあ、頼りにならない先輩だな、俺は……」

「そんなことないですよ」


 こうやって、サンダール商会との戦いは、一矢報いることもできずに負けとなる。



「ふうー。このお茶、いい香りですね」


 シーラは紅茶を一口飲むと、ご機嫌で焼き菓子に手を伸ばす。カナタもテーブルに置きっぱなしにしたカップを思い出したように口に運ぶ。


「この焼き菓子もおいしいですね。どこで手に入れたんですか?」

「うん……」


 シーラはカナタの護衛として昼間は一緒にいることになった。カナタは彼女を遠ざけようとする元気もなく、また、シーラもカナタを気遣っているのか、以前のような暑苦しさは鳴りを潜めている。


「カナタさん、冒険行きましょうよ」

「ああ……」


 カナタはその言葉が聞こえないかのようにソファに背中を沈め、ぼんやりと天井を見る。


「最近、南西の草原にヒュージスネークがいるって噂ですよ。魔物の森から出てきてゴブリンを餌にしているとか」

「うん……」

「ここのところ、うんとああしか言ってませんよ」


 無気力で考える元気さえ無かった。


「サンダール商会だって冒険の邪魔まで出来ないですよ。冒険行きましょうよ」


 その名を聞いて胃の辺りがとぐろを巻く。カナタは思わずため息を漏らす。


「あ、すみません……」

「悪い。でも少し放っておいて欲しいんだ」



 シーラは肩を落とす。ラーベに言われ喜び勇んでカナタの護衛についたが、ずっとこの調子だ。正直なところカナタの気持ちが理解できない。面倒で失礼なサンダール商会から逃げられたならそれでいいと思うのだが、そうではないらしい。

 それは叔父のヨン・ラーベも同じで、最近元気がない。

 前回は勢いでカナタを抱きしめたが、気持ちが理解できないことに踏み込むのは嫌がられそうで躊躇がある。かと言って黙っているのも寂しいので話しかけるが、帰ってくる言葉は『ああ』とか『うん』とかだけ。

 そして、とうとう放っておいてくれとはっきり言われてしまった。内心、ガーンとショックを受けながら、自分を慰めるようちびちびと紅茶を飲む。



「いや、ごめん。シーラの言う通りかもな。目先を変えるために何かしたほうがいいかもな」


 カナタがそう呟くと、シーラの表情が輝く。目に見えてご機嫌だ。何でも自分ひとりでやろうとしたから失敗したのだ。シーラがいるのだから二人で出来ることをやった方が良いのではないか。カナタはそういう風に考え直す。


「じゃあ、そのヒュージスネークを狩りに行こう」



 というわけで、早速、冒険者ギルドにヒュージスネークの情報を集めに行ったのだが。


「本当に、ヒュージスネークを狩るんですか?」


 久しぶりに顔を合わせた顔見知りの受付嬢にヒュージスネークについて尋ねると、訝しげに聞き返してきた。


「何かまずいんですか?」

「お二人とも、魔術スキルはそれほど高くないですよね?」


 仕事柄なのか、受付嬢は人物鑑定スキル持ちらしい。

 ヒュージスネークとはその名の通り、太さ50cm以上、長さ10mを越える大蛇で、単体で行動する魔物らしい。その大きさから、人や鹿やゴブリンくらいなら丸呑みしてしまうらしい。

 噛みつく動作が速く、5mを一瞬で飛びかかる。牙の麻痺毒を流し込みつつ、体に巻き付き全身の骨を折る。巻き付かれるとまず解けない。麻痺毒には蛇用の解毒ポーションが一応効くが、牙が長く噛みつかれた後で振り解くことが無理なため、運良く生き残れた人用だという。

 ただ、例外なくそれなりの大きさの魔石を持ち、皮は高級革鎧の材料になり、毒腺はそのまま毒として使ったり、解毒ポーションの材料になり、胆のうや血は回復ポーションの材料になり、牙は武器の素材になる。肉は意外と美味く滋養強壮に効果があるらしい。

 鱗が固く、刺すことはできても斬るのはそれなりの腕がいる。筋肉の塊なので打撃はほとんど効かないという。接近するのは危険だが、弓矢ではよほど急所でも貫かない限り大したダメージを与えられないらしい。

 できるだけ皮を傷つけないよう攻撃部位を絞り、距離を取って中級以上の魔術で攻撃する場合が多いと言う。


「そうなんですか、考えてみます」


 もちろん、考えるのは倒す方法だ。2人はギルドに併設された食堂のテーブルに座り、バッファローのステーキを頬張りながら相談する。

 ゴブリン殲滅戦に続き、今回も格上相手だ。ルールに従って強さを競うスポーツじゃないので、いかにルールと思い込んでいる方法以外を探すか、それが重要だ。


「でも、どうやって蛇を見つけましょうか。探していたら実は後ろにいて後ろからパックリやられそうな気がします」


 シーラの懸念はもっともだ。よく見える草の短い場所にどかっといてくれればいいのだが、そんな訳がない。ゴブリンと違って喋らないし、音を立てずに移動するのは人間よりずっと上だろう。森や草むらに隠れていれば見つけるのは困難だ。そして、近くを通りかかればパクリだ。つまり、索敵、隠密で蛇には勝てない。先に見つけられない。


「それに、ゴブリンよりかなり強そうですね。落とし穴掘っても簡単に這い出て来るでしょうし。油かけて火を付ければ倒せそうですけど、素材がダメになっちゃいそうですね。高級革鎧が魅力的なんですけど」


 シーラが意外と真面目に考えている。


「囮作戦でいこう。シーラが血清を飲んで走り回って、噛まれて巻き付かれたところで、俺が蛇にトドメを刺す」

「囮どころか餌になってるじゃないですか!」

「冗談だ。確かに難しい。ゴブリンは人に近い生き物だから、煙が効くとか唐辛子が効くとか想像しやすかったし、喋るし、見張りを立てる。けど、蛇に何が本当に効くのかっていうのが想像しにくい」

「そうですね。唐辛子とかそもそも辛いとか感じるのかどうか」

「熱風の魔道具もそんな大きな蛇にどれだけ効くのか。ん、まてよ……」


 確か、蛇にはピット器官という赤外線を感知する感覚器があり、視界の悪い夜間でも動物を狩ることができると聞いたことがある。また、爬虫類というのは変温動物のため、寒いと地下に潜り、冬眠、仮死状態となってやりすごす。冬眠中に起こしたりすると寒さで死ぬとも聞いたことがある。

 やはり、恒温動物でない以上寒さには弱いのだろう。つまり、熱さと寒さを上手く使えばおびき寄せたり、皮を傷つけずに倒せるかもしれない。


「なるほど、流石がカナタさんです!」

「真っ向からゴブリン狩りをしているシーラのほうが凄いと思うけどな」


 自分が格上になるまで鍛錬するか、格上に勝てるせこい方法を探すかの違いだ。そもそも、カナタは冒険者としてろくに鍛錬していないので後者しかとる術がない。


「どこにいるのか具体的に分からないし。ゴブリンと違って巣があるかどうかも分からない。地の利に頼らない方法を考えないと」


 その話の後、中古武器屋に行き、ナイフを10本ほど買う。素材保管用の缶をいくつか買う。念のため、油を小樽で買って自宅に届けてもらう。盗難の際に残されていた20個ほどの竹ワンドに魔法陣を作って用意する。

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