12■ノシュテット子爵

 次の日、三人は遅い朝を迎え、昼前に寝ぼけた顔でホールに降りて来た。黒パンを齧り、ソフィアの淹れた紅茶を飲む。


「領主様!」


 そこへアンドレ村長が飛び込んできた。


「どうした、アンドレ殿?」

「先ほどノシュテットから早馬がありまして……大変なことが」

「何かあったのか?」

「ノシュテット子爵が更迭され、新しい領主を迎えるとか!」

「そうか、それは良かった」

「ん……良かった?」


 不思議な顔をする村長とは対照的にソフィアはふん、と鼻息を吹いた。


「どうせお主の仕業だろ?」

「ああ、フィアーグラン卿に頼んでおいた件だ。これで塩田を狙うやつもいなくなる」

「良かったですね。それで、更迭ってなんですか?」


 シーラはきょとんとした顔で問い返す。



 それから20日ほど後のこと、カナタ達一行は領都サンダールの城の謁見場にて跪き、首を垂れている。

 カナタの肩に大剣が置かれる。

 肩に冷たい重みを感じるが、大剣は普通の鋼のものになっている。


「カナタ・ディマよ、おぬしは配下と共にたった3人で、西の森から来たオーク軍を成敗した。その才、その功に報い、おぬしをノシュテット子爵に昇爵ずる。ただし、フィアルクロック男爵地位について取り上げる。心してかかれ」

「はい、以前に増して励みたいと存じます」


 子爵。それは城を、街を預かる爵位である。カナタは深い感慨を味わうようにぐっと奥歯を噛み締める。

 次に、フィアーグラン卿は大剣をシーラの肩に置く。


「シーラ・ラーベ。お主の比類なき強さは証明できた。【オークキング殺し】の二つ名と、騎士の称号を与える。あるじであるカナタを守るのだ。よいな?」

「はい、ありがとうございます!」

「そして、その【鬼切丸】はそなたに授ける」

「ほんとうですか、閣下、ありがとうございます!」


 シーラはそう言ってパッと顔を笑みに綻ばせる。

 最後に、ソフィアの肩に大剣が置かれる。


「ソフィア・ニーダールよ。おぬしは類稀な魔術により仲間と共にたった3人で西の森からオーク軍を成敗した。その功に報い、おぬしをフィアルクロック男爵に任ずる」

「あ、ありがたく承ります」


 それはソフィアにとって予想外のことであった。ニーダール夫妻はソフィアに駆け寄って抱き寄せる。失った男爵領を娘が取り返したのだ。


「よい娘をもったの、ニーダール夫妻」

「はい、まったくでございます!」

「そして、ボリス・ニーダール、ビルギット・ニーダールよ」

「はっ!」

「はい」

「今回の騒動の一端は、そなたらを領都に留め置いたことにも原因がある。娘一人で領地を経営するのは困難であろう。もし不満でなければ、そなたらも領地に戻ってよいぞ」

「不満どころか、有難いお言葉です、閣下。今度こそ領地を守ってみせます!」

「ありがたき幸せです、閣下」

「それとだ、カナタ殿はまだ若い。頼る者もおらぬ慣れぬ地で子爵としての責務を果たすのは大変なことであろう。どうだ、カナタ殿に官吏として雇われるというのは?」

「夫妻がよろしければ、是非お願いします」


 カナタからもお願いする。


「カナタ殿に仕えるのであれば喜んで」

「私でもですわ」


 こうして、ライ麦から始まる一件は、斜め上の決着を見せるのであった。



「まさか子爵にまでなるとはな……」


 ラーベ商会会頭ヨン・ラーベは仏頂面でカナタを見やる。ここはラーベ商会の応接室だ。


「正直自由になる金が増えるのはありがたいですが、計算違いですね……」

「というのは?」

「男爵になるよう道筋を作ったつもりではいました。その為に最高級黒パンを各都市に出す予定だったのと、海塩の製造を軌道に乗せたのに……。領地が変わればまた最初からですよ」

「まあ、子爵様にまでなってしまったら、先輩面もできないな」

「そんな水臭い。スラムで死にそうになっていたのを救ってくれた恩は一生ものです」

「あれはお前が商機に勝っただけだ。俺はそれに乗っかっただけだ。まあいい。そうだ、おまえが貴族となっても助言できることはある。信用できる仲間と配下を作れ。特に鳴り物入りで急に子爵になったんだ。ノシュテットを治めるのも一苦労だろ」


 ラーベは笑みを湛える。


「難しい課題ですね。信用するには本音を知らなければいけないし、本音を知るには表面上の付き合いじゃ難しいし……」


 どうも自分から愛想よくして縁を繋ぐのが苦手だ。薄い繋がりの相手と一緒の船には乗れない。


「当たり前だ」

「当たり前ですか?」

「先に動き、先に話し、先にぶつかれ。素直に繋がれるやつ、我慢すれば繋がれるやつ、敵対するやつ。それも判別できる。沢山の人と会って、沢山の人に嫌われた分、信用できる奴も増えるってことだ。数撃ちゃ当たる戦法だ」

「はは、それならできそうです」

「俺もそうしてきが、それ以外のやり方は知らん。草原でたまたま会った流民の若造でも、まず話をした。だから今おまえとこうして話しているわけだ」


 そう、あの四月の草原でラーベが相手にしてくれなければ今のカナタはなかった。


「ありがとう、ございます」


 カナタは深く頭を下げる。



 こうして、商人であり、冒険者であり、貴族であるカナタの、金をめぐる冒険譚は続いてゆく。

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