11■召喚転移
「はーい、呼びましたかー? あれ、ここって……」
シーラはカナタから呼ばれたような気がして気が付くと、グリンド城の執務室にいた。
ぐるりと周りを見回す。
近衛の鎧を着た男が三人、そして、転移でどこか分からぬ場所へとシーラを連れていった老人。
そして、床に倒れ、腹部に剣を突き立てられた、カナタ。
シーラの瞳は瞳孔が開き、口は獣のように歯が剥き出しとなる。
一瞬で状況を理解する。
「カナタさんから離れろおおおおおおおおおお!」
背中の鬼切丸を抜くと同時に一閃、鮮血とともにデニスの首が飛ぶ。
「な、シーラだと、どうやって?!」
スティグソンが叫ぶ。
カナタの視界に表示が浮かんでいた。
『空間魔術スキルレベル8になりました。召喚転移を覚えました』
首の無い体が倒れる前に、シーラはソファを飛び越え、カールへと飛び掛かる。
シーラの上段からの攻撃をミスリルで受ける。
しかし、シーラの膂力はそれを圧倒し、剣ごと押し込んだ。
「うがあっ!」
受けた剣、そしてシーラの鬼切丸、二つの剣に押し切られ、カールは四つになって地面に転がる。
「狼狽えるな、行け!」
司教スティグソンが鋭く指示する。
「くそっ、化物があっ! 右に炎!」
バートの剣身に炎が走る。そして、渾身の突きを放つ。
シーラはそれを思い切り弾き返す。
勢い余った炎が宙を焼き、シーラは体で躱す。
「これでもくらえ!」
バートは連続突きを放つ。剣身から遅れて炎が飛び出す。
シーラは一つ一つを丁寧に躱し、鬼切丸を下から振り上げる。
がいん、と金属音が響き、剣が打ち合わされる。
「くそっ、手が……」
バートは手が痺れて取り落としそうになる。
シーラはすかさず飛び込んむ。鬼切丸の長身を生かした突き。
バートはそれを弾こうと叩いたがびくともせず、喉元まで伸びる。それを紙一重で躱しバックステップする。
シーラはふう、と息をつき、上段に構える。
バートは再度連続突きの構えを取る。
シーラはバートの攻撃を待つ。来るなら来い……そんな小さな炎なんて、掻き消してやる……!
バートの高速突き。炎が飛び出し、火線がシーラへと伸びる。
五発。たった五発!
シーラは、ただ、速く、とても速く振り下ろす。
その剣閃は炎を両断して掻き消し、バートの顔に真空の刃を飛ばす。
片目の上から真っすぐ一文字に血が噴き出る。
「うおあっ!」
「みんなを、カナタさんを、よくもよくもよくもよくも!」
シーラは八相の構えで飛び込み、袈裟切りに斬り下ろす。
バートが防御した剣は弾き飛ばされ、鬼切丸はそのまま左肩から右脇へと奔る。
「くそ、小娘がっ!」
司教スティグソンが消える。
反射的に背後を水平切りに斬る。
しかし、……
スティグソンはカナタの傍に屈み、喉に短刀を振り下ろしているところだった。
「カナタさん!」
カナタは咄嗟に右腕で短刀を受け、喉を守る。ミスリルナイフはカナタの右腕の骨を貫通し、先端が突き出ている。
スティグソンは左手の指をカナタの眼球目掛けて突き出す。
カナタは咄嗟にその手首を掴む。しかし、その力は老人のものとは思えなかった。
目を狙う指が顔のすぐ傍に迫っている。
シーラの水平切りがスティグソンの首を刈り取る。
しかし、スティグソンはシーラの背後に転移し、ナイフで脇腹を抉る。
「これくらいでえええ!」
シーラは振り返りざま鬼切丸を振るう。
そこには既にスティグソンはおらず、ソファの背もたれが鬼切丸で切り飛ばされる。
しかし、微かな感触はあった。
「小癪なあああああああ!」
部屋の隅に転移したスティグソンは右頬が裂け、唇の裂け目と繋がっていた。真っ赤な血を流し、片側だけ切れ上がった口と歪んだ皺だらけの顔は人のものとは思えない。
血の混じった唾液がぽたぽたと顎から垂れ、人を食らう化物かのようだ。
シーラは迷う。
追えばカナタがやられる。
かといってカナタの近くから動かねば、攻めあぐねることになる。
また、スティグソンが掻き消える。
自分の周囲に鬼切丸を一閃する。
だが、スティグソンは上にいた。
そして落ちて来た。ミスリルナイフを構えたまま。それはシーラの頬から胸部までを切裂く。
次の瞬間には、司教はまた部屋の端に戻っている。
胸郭を、肋骨を数本切断された。息をするたびに軋むような痛みが走る。だがまだ死ねない。
こんなの、まだまだです……!
シーラは腰の治癒のワンドを外し、床に転がす。
カナタさん、生きて!
スティグソンはからはソファの陰になって見えていないはず。
カナタはそれをしっかりと掴むと、すぐに治癒の魔術を発動する。
スティグソンは転移を繰り返す。
右、左、背後、そして上、自在に転移してはシーラの虚を突き、シーラの傷が増えてゆく。
まだ、まだまだまだまだ……!
そのとき、オーケことトールビョルン・トールリンと、カロリーナが部屋に飛び込んできた。
「戻りました!」
「そいつが蛇かっ?!」
スティグソンは咄嗟にカロリーナの背後へと転移する。
「させるかああああ!」
さらに背後へとシーラのワンドで回復したカナタが転移し、スティグソンの右腕を掴む。
「くっ……!」
スティグソンは呻く。カナタの親指が皮膚を破って骨と骨の間に突き刺さっている。
「右に結界、左に結界、整列結界!」
オーケが整列結界の魔術を発動する。これで転移ができなくなった。
司教スティグソンが青ざめる。
「こい、シーラ! ヤツはもう転移が使えない!」
カナタはが叫ぶ。
その声に応じ、シーラが飛び出す。
「殺すな、脚を切り落とせ!」
オーケが叫ぶ。
シーラはちらとオーケを見、剣を振りかぶる。その剣閃は地を這い、スティグソンの両足が血飛沫とともに飛んだ。
「うごああああああ!」
「次、右腕!」
カナタの声に、シーラの剣が跳ね上げられ、スティグソンの右腕が飛ぶ。
スティグソンの体が床に投げ出される。四肢のうち三つを切り落とされた老人は床の上で痛みにもがく。
「よし、いいぞ、上に光、右に水、下に土、治癒!」
オーケは手足を失った切断面に手をあて、魔術を唱える。
手早く三か所を治癒すると、左手だけになった老人を蹴り飛ばす。
「魔王ディマはどこにいる?!」
オーケは怒鳴りつけるように訊く。
「ふん、喋るとでも思っているのか?!」
「斬って、治して、斬って、治して……。さあ、どれほど耐えらえるだろうな……。俺はエルフだ。寿命が長い。10年そうしてたっていいんだぞ?」
「ぬうぅ……!」
その皺だらけの顔に脂汗が浮かぶ。
スティグソンは左手だけの体で寝がえりを打つと、床を這って逃げ始める。
逃げられるわけがない。だが、逃げている風に見えた。
そして、うつ伏せに倒れる。
スティグソンは残った右手で、オーケから陰になった懐から魔石を包んだ紙の魔術陣を掴んでいた。
「どこへ行こうというのだ?」
「お前たちと、地獄へなっ!」
老人はそれを宙に放り、力強く呟く。
「炎嵐!」
それはソフィアの時と同じ状態だった。
急速な空気の膨張と高熱。部屋の中は一気に燃え上がり、出口のない結界内でそれはさらに高熱となってゆく。
「整列結界解除!」
「右に水、左に水、水生成!」
「右に水、左に風、凍結!」
オーケ、カナタ、カロリーナが叫ぶ。
爆発が起こり、部屋が吹き飛んだ。
■
次の日、カナタの自室で、近衛兵イェオリが立ったまま報告する。
「襲ってきた男達は全て蛇の入れ墨がありました」
「そうか、そうだろうな……」
カナタはまだ貧血状態から立ち直れず、ベッドの中だ。
「スティグソンとかいう老人の死体は黒焦げになってて何もわかりませんでした」
「仕方ない……。ところで、エトスロット子爵はどうだ?」
「ええ、地下牢に入れて随分と尋問したんですがね、フェリシアの言う通りにしたと、それしか言いませんで。蛇の入れ墨の男や司教スティグソンとかいう老人のことはさっぱりです」
イェオリは肩を竦める。
「そうか……」
「そうそう、そのフェリシア・フランセンですが、エトスロット城から姿を晦ましておりまして、捜索を出しておりますが、未だ行方知れずです」
「逃げられたか。と言っても、身を寄せる場所など無いと思うんだがな……」
「じゃ、わたしは警備に戻りますんで」
近衛兵副長イェオリは立ち上がると、部屋を出て行く。
それと入れ替えに入って来たのは、トールビョルン・トールリンであった。
「まだ体は癒えぬか……」
「そっちは随分とピンピンしているな」
「実はあのとき、自分にだけ魔術結界を張ったからな」
トールビョルンはそう言って、にやりと笑う。
「まったく、薄情なやつだ……」
「そう言うな。あれは咄嗟のことで間に合わなかったのだ」
「まあいい。それで、どうしたんだ? お前の方から来るなんて」
「詫びようと思ってな。蛇から守ると言っておきながら守れたとは言い難い結末だった。許してくれ」
「これは殊勝なことだ」
「エルフにとっては、軽口でも口約束でも、約束は約束だ」
「その約束が破られたわけだが、どうするんだ? 詫びるだけか?」
「性格の悪い小僧だな。まあ、年齢の概念自体が違うのだから、小僧は言い過ぎか」
「それで?」
「詫びの印に、質問に答えようと思う。俺に訊きたいことが沢山あるんだろう? 沢山答えるつもりはないが、三つだけなら答えてやる」
トールビョルンは挑発的な笑みを浮かべる。
カナタは息を飲む。知りたいことはたくさんある。
何を聞くべきか、厳選しないといけない。
何を聞けばいい……?
「魔王とは、何だ?」
考える間もなくそう問う。
「良い質問の仕方だ。魔王とは、突如現れた力を極めた者たちのことだ。彼らは2000年より少し前、この世界を破壊した。そして、わたしが殺したオスキャ以外、今もどこかで生きている」
ヒューマンにとってこの世界の歴史は2000年しかない。
それは、一度破壊されたからということだろうか。
まだ生きているというのは、エルフなのだろうか。
世界を破壊したという意味の具体性が分からない。
だが、ここでそれらの質問するには勿体ない。
「では、ディマとは何だ?」
「また、良い質問だ。ディマはどこにでもいて、どの時代にもいる。空間と時間を渡ることができると言われている。ディマは魔王たちを神にした立役者だ。自分たちの都合の良い歴史へと書き換えている、その実行役がディマだ。我々は、ディマが書いた歴史に沿ってしか生きることができない。だから、殺さねばならない」
空間魔術の歴史が失われているのも、魔王が神とされているのも、すべてディマの仕業ということなのか?
だが、歴史を書き換えるとは一体……。
「では、最後の質問だな。どうする?」
聞けば聞くほどに知りたいことが増える。
しかし、カナタは迷うことなく最後の質問を訊く。
「俺と友達になってくれないか? 友達が少なくてさ」
「ふっ、ははっ、はははははっ、そ、そうくるとは思わなかったぞ!」
トールビョルンは腹を抱え、しきりに笑う。
「笑い過ぎだ」
「悪かった。良かろう! おまえを友と認めよう」
彼は腰の巾着、おそらくマジックバッグと思われるものから小さな枝を取り出す。枝には様々な色の紐が結び付けられており、美しい工芸品のようだ。
「おまえにはこれをやろう」
「これは、何だ……?」
「わたしの出自を示すものだ。家系図が分かるよう枝と紐が記号になっている。エルフの身分証明書のようなものだ。エルフに会えばこれを見せるがいい。友の証となるだろう」
「こんなものを貰っていいのか?」
「ああ、ただの身分証だ。また作ればいい。ただの枝と紐だ。特別なものではない」
「そうか、ならば大事にとっておこう」
不意にトールビョルンは椅子から立ち上がる。
「では、さらばだ。もしお前がディマに近寄ることあれば、また逢う日もあるだろう。わたしはもう行かねばならん」
「そうか。達者でな……」
「ああ、カナタよ、おまえこそな」
背の高い金髪のエルフは、そう言って背中を向ける。
「そうだ、置き土産をやろう」
そう言って振り返る。
「土産はもう貰ったぞ」
「それは質問の返答だ。それとは別だ」
エルフはベッドに寝るカナタの傍に来ると、人差し指を伸ばし、カナタへと近づけるた。
「な、なんだ?」
「いいから黙っていろ。お前に役立つものだ」
長い指がカナタの額に触れる。
『結界魔術のスキルレベルが1となりました』
「ではまた逢う日まで」
トールビョルンは部屋を出て行った。
■
五つの鐘が鳴り、夕食となる。自室に料理が運ばれ、ベッドの上で食事をした。今日はノシュテット風に、黒パン、貝のスープ、魚の干物のシチューだ。
消耗しきった体に旨味が染み渡る。これで体を作っているのだ。
たくさん食べて早く回復しないと……。
「はあ、美味いな……」
がらんとした部屋の中に独り言が響く。
シーラもソフィアも自室で療養しているため、顔を合わせることが無い。
ただ、ソフィアは先に回復しており、トールビョルンが去った後、午後に顔を出してくれた。
こんこん、と扉がノックされる。
「わたしだ」
ソフィアの声だ。
「どうぞ」
扉が開き、白いワンピースを着た小さな影が中に入って来る。長い髪が動きに合わせて揺れる。
「どうだ、調子は?」
「まあまあだ」
「そうか」
ソフィアはそれだけ言うと、窓際の椅子に座り、窓の外の夕日に目をやる。
「どうしたんだ?」
「うむ、ちょっと顔を見にきただけだ。一人で食事は寂しかろう?」
「そうだな。ちょっと寂しかったところだ」
「すごく寂しいと言え」
「すごく寂しいです」
「そうかそうか」
ソフィアは足の付かない椅子からひょいと降りると、ニコニコと笑いながらカナタの方へと寄って来た。
「助けに来てくれて、嬉しかったぞ」
ベッドの傍に手を突いて寄り掛かり、カナタの上へと覆いかぶさるように顔を近づける。
唇が近づく。吐息がかかる。長い髪がカナタの頬をくすぐる。
カナタはその手を掴み、捻り上げる。
その手には抜身のナイフが握られている。
「痛っ、何をするのだ!」
「何をするんだはこちらのセリフだ。フェリシア・フランセン!」
ソフィアの姿をしたフェリシアは驚愕する。
カナタはベッドから飛び起きると、腕をねじり、そのままフェリシアをうつ伏せに床に押し倒す。
「な、なぜ分かったのですか!」
「俺もおまえと同じく鑑定偽装が使えてな。実は人物鑑定はLV10なんだ」
「なんですって?!」
「とはいうものの、お前が間抜けな真似をしなければ人物鑑定などしなかった。フェリシア、今のソフィアを見ていないだろう。ソフィアの髪は焼けて短くなっているぞ?」
「くっ!」
「イェオリ! フェリシア・フランセンはここにいるぞ!」
カナタは廊下に向かって叫んぶ。
外に控えていたイェオリがドアを破るように入って来る。
「ソフィア様では無かったんですか!」
「ソフィアの髪は今は短いだろ」
「え、そうでしたっけ?」
カナタがバタバタを暴れるフェリシアを抑え込み、イェオリは腰のロープで手足を縛り、猿轡をする。
「地下牢にぶち込んでおけ」
「はい!」
イェオリはフェリシアを小脇に抱えると部屋を出て行く。
「何だ今のは?」
そこへ入って来たのは、髪が肩まで短くなったソフィアだ。
前髪も短くておでこが出ている。
「フェリシア・フランセンがソフィアに化けて俺を殺しに来た」
「終わっておらんかったのか……」
ソフィアはそれだけ言うと、窓際の椅子によいしょと座る。
足が僅かに床に着かないのだ。
「どうしたんだ?」
「うむ、ちょっと顔を見にきただけだ。一人で食事は寂しかろう?」
「そうだな。ちょっと寂しかったところだ」
「そうかちょっとか……」
「すごく寂しいです」
「そうかそうか」
まるでデジャブのようなやりとりだ。そう思うと、やはりフェリシア・フランセンの演技は真に迫っていた。
だが、ソフィアは椅子から降りてカナタにキスしようとしたりはしなかった。
「やっぱ、そうだよな……」
カナタは溜息をつく。
「何がだ?」
「やっぱりソフィアはそうだよなって」
「だから何がだ!」
ちょっと惜しいというか、悔しい感じもする。
だが、いくら婚約者とはいえ、これが今の距離なのだった。
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