11■逆転の目

 シーラはというと、衛兵たちの計らいで、城壁にへばりついた兵舎で寝かされていた。

 しかし、異常な気配に感づいて目が覚める。そろりとベッドから起きると、木窓から兵舎の外を伺う。


「銀髪の女はどこだあああああ! 伯爵殺しはどこだあああああ!」


 『蛇の体』の大男は炎を纏ったミスリルの剣を両手に持ち警備兵を袈裟切りにする。

 その剣は衛兵を燃やし、じゅう、と肉が焼ける音を立て、真っ二つにする。男の剣を受けるとその延長線上が焼け焦げ、盾で受ければ盾が焼け、剣で受ければ体が焼ける。

 出て行ってあの男を止めたい。

 だが、


「カナタさん……」


 大男がどうこうよりもカナタが心配だ。

 こちらにあの男が来ているということは、カナタの方にも何者かが行っているはず。シーラは近衛兵筆頭というカナタを守る大義名分を与えられ、いつも一緒にいていいと許された立場だ。兵士たちには申し訳ないが、彼らよりカナタの方が大事だ。

 シーラは迷うということがない。常にやるべきことが決まっている。

 身を低くし、素早く夜のノシュテットに飛び出すと、カナタを探して走り出す。

 城壁の上にいるか、それとも……。

 シーラは城壁を上る。そして、二人の男を見つけ、石の手すりに身を隠す。


『蛇の体』だ……。

 だが、カナタもソフィアもいない……。


「くそ、転移された!」


 リーダーの男が吐き出す。

 ということは、カナタかソフィアのどちらか、もしくは両方が重い傷を負ったのだ。じゃなければ戦いが続いているはず。

 シーラはカナタが転移する場所を目指してすぐに動き出す。

 一番近い転移場所でまだ安全な場所。カナタの寝室だ。

 シーラは走って街を抜けると二の城壁、一の城壁を潜る。

 城門を潜り、謁見場の横を抜け、城の最奥、内廷を目指す。


「シーラ!」


 そこでカロリーナに呼び止められる。


「どうしたのですか?」

「分からないです、カナタさんがどこかに行っちゃったんです!」


 二人は内廷に入り、カナタの部屋を叩く。


「シーラです!」


 返事がない。嫌な予感がしてドアを開け、中に踏み込む。

 そこには、床に倒れた小さな姿があった。


「ソフィアちゃん!」

「ソフィア!」


 二人は駆け寄って膝を折り、様子を窺う。すうすうと息をしてただ寝ているように見える。


「ソフィアちゃん、起きてください!」

「む、むう……、寝てしまったか……」


 ソフィアはむくりと上半身を起こすと小さな手で目を擦る。


「どうしたんですか? カナタさんはどこへ行ったんですか?」


 シーラは急かす様に問いただす。


「あ、あやつ、どこへ行ったのだ?!」

「それを聞いているんです」

「お、思い出したぞ……。あやつ、わたしを治療したあと、逆転の目に掛けるとか言ってな。上手く行くか分からないから、とりあえず蛇の体から逃げろとだけ言って転移しおった。わたしもまだ体が痛かったからな、ここで横になっていたら寝てしまった」

「逆転の目? どういうことですか?」

「わからん……」



 カナタは王都ナラフェンの屋敷に転移していた。

 走り、ある場所へと向かっている。その邸宅はカナタの子爵邸とほぼ同じ規模だ。

 門兵に止められ、カナタは名乗る。


「ノシュテット子爵カナタ・ディマだ! 夜分遅くに申し訳ないが、サードラスロテット子爵に至急の用がある!」


 すぐに屋敷に通され、ホールに入ると、寝間着姿のサードラスロテット卿が降りて来た。


「どうしたこんな遅くに?」


 サードラスロテット卿は浅黒い精悍な顔をしかめ、カナタに問いかける。


「ノシュテットが壊滅の危機にある」


 カナタは真剣なまなざしでサードラスロテット卿を見つめる。


「ストールグリンド伯爵同盟軍とやり合ってると聞いた」

「ノシュテットが壊滅すれば、塩の精製方法を教えることができない」

「協力しろと言うのか?」

「ああ、友達が少ないものでな」

「ははっ、友達か……」


 サードラスロテット卿はふん、と鼻で笑いつつも唇の端を上げる。


「それに貸しがあるはずだ」

「そうだったな。いいだろう、言ってみろ」

「そちらにも良い条件だ」

「もちろんそうだろう。じゃなきゃ、話にならん」

「ストールグリンド伯爵の弟を、牢から解放してほしい」


 カナタはとある書類をサードラスロテット卿に渡す。

 サードラスロテット卿は目を細め、カナタの意図がどこにあるのかを考えるが、すぐに気づき、笑みを浮かべる。


「分かった、なんとか馬を乗り継ぎ、最短で仕上げてみせよう。持つべきものは友達だな」




 カナタは自室へと転移する。

 そこではシーラとソフィアとカロリーナが床の絨毯の上で寝ていた。


「ただいま」


 カナタは、そっと小さい声で言う。

 三人はその声に気づいて目を覚ます。


「カナタさん、どこへ行ってたんです?!」

「なんの説明もなくどこかへ行きおって!」

「心配させないでください!」


 シーラ、ソフィア、カロリーナは、三者三様にカナタを叱りつける。


「交渉はうまくいった。耐え忍べば、俺たちは勝てる、……はずだ」

「そこはもっと自信をもって言ってください!」

「そうだ。カッコ悪いだろうに」

「そういうところも含めて、わたくしはカナタ様を愛していますわ」

「カロリーナちゃんはずるいです!」

「そうだ、こやつをダメにするぞ!」

「あら、ダメダメなカナタ様も可愛いじゃないですか」


 こほん、とカナタは咳をする。


「日中はストールグリンド伯爵同盟軍と戦う。蛇のやつらを仕留める為の策も考えた」



 街の広場に設置したカナタの陣に、外務官が入って来た。


「閣下、フィアーグラン辺境伯軍とヴェストラプラ侯爵軍は領境を跨ぎ対峙し動きません」


 老人同士の駆け引きだ。自領で軍を動かすのは自由だが、先に領境を超えれば宣戦布告となる。それが分かっているから両軍動かない。

 だから、こちらの戦況も変わらずだ。

 ノシュテット子爵軍は籠城しつつ、5倍の敵兵相手によく耐えている。

 昨日、カナタ、シーラ、ソフィアでストールグリンド伯爵同盟軍を削ったが、次の日には後発の部隊が増えている。

 しかしながら、この寒さと被害の大きさが堪えるのか、敵は無暗に攻撃を仕掛けてこなくなった。特に、盟主ストールグリンド伯爵以外の軍は露骨に被害を避けようとしている。

 最北の冷たい冬の風に晒され、雷槌の魔女が雷を落とし、ノシュテット卿が放つ小さな光が降り注いで爆発し、シーラという鬼神のごとき働きをする英雄もいる。

 敵軍はやや遠巻きにノシュテットを囲み、攻撃は散発的になっている。


「敵軍は士気が低いため、今のうちに兵を交代で休ませます」


 兵長サンテソンが報告する。


「兵長殿に任せる」

「はっ!」



 夜、カロリーナは治癒魔術が使える為、傷病兵を集めたテントにいた。逆に言えば、内務が停止し、立場上戦力にするには危うく、魔術が治癒しか使えない彼女には、ここしか活躍する場所が無かった。


「上に光、右に水、下に土、治癒!」


 手の平から淡い光が出て傷を負った兵士の刺し傷に照射される。これで自然回復速度が数十倍に跳ね上がる。


「ありがとうございます……」


 兵士は辛うじてそう返す。

 次の負傷兵を探し見回したとき、ローブ姿の男がナイフを振り上げ、横たわる兵に突き立てるのが見えた。


「な、何をしているのです?!」


 慌てて駆け寄るが既に心臓を貫かれ、兵士は息絶えている。


「【治癒】の魔術では治せない兵士を楽にしてやっているのです」


 そう言って振り向いた老人は元近衛魔術師筆頭で、今は次席の人物だ。


「【身体透視】や【骨肉固定】を使える者は僅かしかおりません。【治癒】だけで直せる負傷者だけでも、追いついていない状態です」


 老人は溜息混じりに首を振る。

 人体の構造を把握し、身体透視と骨肉固定ができなければ、潰れた臓器や食い込む骨などの位置を修正できない。それどころか、負傷者の数が増える一方だ。


「でも……。いえ、なんでもありません」


 状況が理解できないカロリーナではない。テントの隅には魔力を使い切って倒れている魔術師が数人いるのを見てため息をつく。もうすでに許容量を超えているのだ。黙々と治癒の魔術をかけてゆくしかない。それで助かる命だけでも、より多く助けるしかない。

 頭痛と眩暈がしきた。ソフィアに教わった魔力回復法をしつつ治癒を続けるが、それでも限界が近い。


「少し、休んできます……」


 カロリーナはふらふらと中央広場のテントを出て城へと向かう。少しでも魔力を回復しながらと思い、周囲から魔力を吸うことに集中しつつ歩く。


「ご苦労様です!」


 開け放った一の門を守る兵士が敬礼する。


「ご苦労様」


 城の敷地に入り、そのまま城を目指して進む。

 そのとき、背中にちくりと感じ、体の力が抜ける。


「内務次官殿、しっかり! おまえたち、担架を運んできてくれ!」


 男の声がする。だが、どこかで聞いた覚えがある。

 そして、体の中に歪んだ感覚が通り過ぎる。



「おい、起きろ」


 頬を張られてカロリーナは意識を取り戻す。周囲は蝋燭の火しかない暗い部屋で床は汚れた冷たい石の床だ。手首が後ろで縛られ、足首も縛られている。


「ここは……?」


 顔を上げると、以前街道で襲ってきた三人組がいる。リーダーの一人はノシュテット子爵領の鎧を着ている。兵に紛れ込んだのだろう。

 大男に乱暴に抱えられ、椅子に座らされる。


「ちょろいな。兵士から装備をはぎ取って着ているだけで、城の奥に入れる。こんなんでいいのか、内務次官様よ?」


 大男は馬鹿にしたように椅子に縛られたカロリーナを小突く。


「そう言っていられるのも今のうちです」

「おい、こいつ気が強いな! 俺はこういう女好きだぜ」

「わたくしは、あなたみたいに気が強いだけで取り柄の無い男が一番嫌いです」

「なんだこの女!」


 男はカロリーナを平手打ちするが、カロリーナの涼しい笑みは消えはしない。


「やめろ。そいつが死ねば何の価値も無くなる。下手に怪我させてヤツを刺激してもいいことはない」


 リーダーの男はそう言って大男の背中を叩く。


「あ、ああ。そうかもな……」

「それで、奴はくるのか?」


 細い男が尋ねる。


「一人で来ないと殺すと書置きをした」


 リーダーがそう答える。

 大男はカナタの来訪に備え、入口付近の木箱に腰を下ろす。

 細い男はカロリーナの傍、そしてリーダーはその中間あたりの椅子に座る。


「俺たちと奴らの腕はほぼ互角だ。だが、やつには転移がある。一瞬で複数で来られたら後手をとるかもしれない」

「転移陣のないところに来るには短距離しか移動できない。それに、その場所を記憶していないと無理だ。ここは奴も知らないはずだ」


 細い男とリーダーが細かいところを詰めていく。


「この女が転移陣を持っていたらどうする?」


 細い男の言葉にリーダーは頷く。立ち上がり、カロリーナの襟を無理矢理開くとボタンが飛ぶ。カロリーナがロケットを身に着けているのを見つけ、鎖ごと毟り取る。ロケットを開け、中にあった小さく畳んだ紙を開く。


「おまえの言う通りだった。これを焼いてくれ」

「わかった」


 細い男は紙に着火し、床に落とす。


「まったく、油断ならんな……」


 だが、


「カロリーナ、迎えに来たぞ」


 突如、カナタ・ディマが現れ、カロリーナの後ろに立っている。


「待っていましたわ!」

「帰ろう」


 そして二人が消える。


「あの女! 別の魔術陣を隠していたのか?!」


 リーダーが叫ぶ。

 細い男は見た。カナタが何か丸いものを放ったのを……。


 そして、次の瞬間、カナタ、シーラ、ソフィアがそこに現れる。


 カナタは細い男の背後に転移し、頭を抱え、首を掻っ切る。それは一瞬の出来事だった。血飛沫が舞い、細い男は断末魔も無く息絶え、その場に倒れる。



 ソフィアは大男に炎風の魔術を唱える。

 判断が遅れた大男は逃げ遅れ、その場で発火する。

 悶え、苦しみ、床に転げる。


「み、水! 右に水! 水せい……」

「遅いわ! 右に炎、左に風、炎嵐!」


 駄目押しの一撃で男を包む炎が大きくなる。



 シーラはリーダーの男へと突き進み、突きを放つ。

 男は辛うじてそれを鋭角に弾く。

 シーラはそれを見て、確信を得る。

 こいつは戦士じゃない!

 理由なんてはっきりしたものなんてない。ただなんとなく、だがはっきりとそう思う。二度、三度、四度、シーラのミスリルの剣が叩き付けられる。男はよろめき、態勢を崩す。そして五度目、シーラの鬼切丸が、男の左肩から右脇腹へと一閃する。

 男は血をまき散らしつつも自ら石床の上を背後に転がる。男の左手が上げられ、シーラを捉える。


「遅い!」


 素早く追従したシーラが剣を振り、その左手が手首から離れ、宙を舞う。



「ここで死ねるかあああああ!」


 炎を纏い、体中を赤い爛れた皮で覆われた大男が、ソフィアの魔術から跳ね起きる。

 カナタが背後に転移する。しかし、その刃が剣で弾かれる。

 ソフィアが下がる。

 シーラが目標を変え、大男の前に出る。

 男はミスリルの剣を振りかぶる。

 だが、シーラの袈裟切りが先に男の体を通り抜ける。ずるりと男の体がズレ、上半身が落ちる。続いて、下半身が倒れた。



 カナタはリーダーの男の上に転移し、膝で腕を押さえる。


「なぜ、俺を殺そうとする?」

「上からの命令だ……」

「そもそも、お前たちは何者なんだ?」

「言うと思うか?」

「いや」


 カナタは男の首にミスリルナイフを当てる。そのときだ。男の剣が青白い光を放ち、ぐわん、と歪んだ感覚がする。



 転移……?!



 次の瞬間、男とカナタはどこか森の中にいた。カナタは呆気にとられていた。

 男はその隙を見逃さない。押さえられた腕をふりほどき、カナタへと剣を振り上げる。カナタは仰け反ってそれを躱し、背後へ下がる。

 二人は離れ、素早く立ち上がる。月明りの届かぬ薄暗い森の中、互いのミスリルの獲物だけが薄青い光を放っている。

 剣の技ならカナタが不利、怪我は左手と血を失った男が不利。互いの能力は拮抗している。

 だが、男は考えていた。長期戦は血を失うこちらがより不利である。

 素早く三連突きをカナタに向かって放つ。

 カナタは転移して躱し、男の背後に立つ。攻撃を加えようとするが、男の反応は速く、ナイフは軽い。打ち合いになると負けてしまうのだ。

 カナタはナイフを鞘に納めると、地面を転がって下がる。


「上に闇、夜の帳……」


 辺りの闇が濃くなり、ナイフを鞘に納めたカナタの姿が霞む。


「くそ、どういうつもりだ!」


 男が叫ぶが、次の瞬間気づく。

 ミスリルの剣が光っている!

 男は素早く背後を振り返り、剣を水平に振るう。同時に両足の踵に熱いものを感じる。

 まさか……。

 男の背後に、地に伏せたカナタがいた。

 男はアキレス腱を斬られ、その場に膝を着く。剣をカナタに突き出すが、動きを読まれていたのか、突き出した腕ごと切り飛ばされる。

 そして、青白く光るナイフは男の首に食い込む。血が噴き出し、リーダーの息が絶える。


「厄介な敵だった……」


 カナタは男の剣を取って月光にかざしてみる。柄には大きな魔石が嵌っており、転移魔術陣が回路化されている。


「これを作れる奴がいるってことか……」


 カナタは鞘ごと男の剣を奪うと、元の地下に転移する。



「勝ったんですね?」


 シーラとソフィアは顔を明るくしてカナタを迎える。


「勝った。けど、結局やつらが何なのか分からなかった。みんな、怪我はないか?」

「大丈夫です!」


 勝因は相性を考えたスイッチだ。

 戦士に戦士、魔術師に魔術師、暗殺者に暗殺者をぶつけても拮抗する。なので、カナタが最初に魔術師を斬り、ソフィアに魔術で戦士に先制攻撃させ、シーラにはリーダーを追い込ませた。結局はカナタとリーダー、似たタイプが戦いになったが、事前に手傷を追わせたために勝てた。


「気を取り直して、また戦争を頑張るしかないな」


 ソフィアはため息をつく。

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