10■オークキング・グラーン2
ソフィアの炎嵐の魔術がオーク軍を舐めてゆく。しかし、オークたちの勢いは強く、一人で前線を支えるのは至難の業だ。
「そろそろ持たぬぞ!」
ソフィアが叫んだ。
「カナタさんは絶対やってくれます!」
そう言いながらオークジェネラルの腕を切り落とし、そのまま連撃で脇腹を刺す。
そのとき、オーク軍の動きが鈍った。軍の後ろで何かが起こったらしい。オークたちは翻ると、その向こうにある何かへと向かって行く。カナタが何かをしたのだ。そうでなくては突然オーク軍が転進するとは思えない。
「追うぞ!」
「はい!」
ソフィアは背中を向けるオーク軍に対し、背後から炎嵐の魔術を放つ。それで数十匹が火だるまになるが、オークリーダーやジェネラルがこちらに向かって来る様子がない。
これは不審な状況と見るべきか、好機と見るべきか、ソフィアは迷う。
だが、シーラは迷わず、背中を向けるオークジェネラルを切って捨てる。それでも、オークがこちらに向かって来る様子は無い。
「シーラ、オークに構うな! カナタのところに行け!」
シーラは振り向いてソフィアを見ると、少しだけ迷った素振りを見せる。
「大丈夫、わたしも行く。ただ、脚が遅くてな」
「じゃあ、こうしましょう!」
シーラは脇にソフィアを抱える。
「こら、なんてことを!」
「一緒に行きますよ!」
シーラは最速で走る。
道を行くオークたちの脇の草叢を疾走しオークたちを追い越してゆく。
■
オークキング!
見つけた、あいつが元凶だ!
カナタは走りながら、腰のミスリルナイフの柄を握りしめる。
オークキングの傍らで馬に乗る男が一人いた。蛇の鱗の男達とよく似た黒い頭巾をかぶっている。
どうしてやつらがオークキングを……?
いや、考えても仕方ない。
「カナタ・ディマだ!」
レイグラーフは叫ぶと、一斉にオークどもがカナタへと向き、襲い掛かかる。
「炎嵐!」
炎が吹き荒れ、オークたちを撒きんでゆく。だが、次から次へと怒涛の如くオークたちの波が押し寄せて来る。カナタにとってオークキングを倒せば終わる戦いであるように、オークにとってはカナタを倒せば終わる戦いなのだ。
「しつこい!」
『転移』
カナタは馬上のレイグラーフの背後に転移する。まずは原因となる人間を潰しておく必要がある。男の頭を抱えると、素早く腰からミスリルナイフを抜き、喉笛を掻き切る。レイグラーフは誰なのかも知られず、あっけなく首を落とされ、体が落馬する。
『転移』
さらに、3メートルに及ぶオークキングの背後に転移する。カナタはその脊椎を切断するよう、ミスリルナイフを切り込む。
なんで……?!
しかし、だが、どうして、なぜか、ナイフはオークキングの背中の皮一枚を切っただけで、骨で止まる。
カナタの思考が止まる。どうして良いのか分からない。
これがシーラならば迷わなかっただろう。迷わず次々に力いっぱいに切りつけただろう。戦士は戦場で迷わない。それは死を意味するから。そうすれば、致命傷にまではならなくとも、痛手を負わせたに違いない。
だが、カナタは戦士ではなかった。商人であり、魔術師であり、暗殺者ではあり、ペテン師だが、戦士ではなかった。
オークキングは振り向くと、虫を払うかのようにその手でカナタを払う。そのゆったりとした、それでいて優雅な動作はそのままカナタを押しやる。
体が宙を舞う。視界が回転し、方向を失う。十数メートルも飛ばされ、地面に叩き付けられ、前後不覚に陥る。
「フム、ディマヲ、ナノルコトダケノコトハ、アルノカ……」
キングはそう呟くが、それが何を意味するか分からない。
グラーンは先ほどの転移を見て、ディマの片鱗を感じていた。しかし、王の名を名乗る以上、生かすわけにもいかない。グラーンはカナタにゆっくりと近づく。
カナタは起きようとするが、まだ目が回って平衡感覚を失ったままだ。それに、全身を打ち付けられ、その衝撃で体が痺れて動かない。ぐるぐると回る目でも大きな体が近づいているのは分かっていた。
そして、グラーンの杖が振り上げられる。
「オウヲ、カタルモノニハ、ハリツケノケイヲ」
ごす、と嫌な音がした。激しい痛みが駆け上がり脳を痺れさせる。
「うがあああああああああああ!」
杖の先が右の膝を潰している。
さらに杖が振り上げられ、再度下ろされる。
「あ、あ、あああああああ!」
次には左の膝が潰される。
右ひじ、左ひじが順に潰されてゆく。
意識が飛びそうでいて、飛ばない。
グラーンの杖が振り上げられる。
次に狙っているのは、確かに首だった。
「カナタさんの…………馬鹿ああああああああああああああ!」
がいん、と金属音が響き、杖が逸れ、カナタの首筋の皮を削いで地面に突き刺さる。頸動脈から血が迸る。
カナタの視界に銀髪が翻り、バスタードソードが煌めく。シーラはグラーンの手を狙いすまし、剣を振り下ろす。
グラーンはその杖で剣を弾く。軽く動かしただけだというのに、シーラが打ち負け、態勢を崩し、下がる。
カナタの視界の隅にちっこいローブ姿が見える。
「右に炎、左に風、炎風!」
ソフィアの手から高温の風が流れ、グラーンを包む。グラーンのローブが燃え、髭が燃え、炎に包まれる。
オークたちはグラーンの戦いに干渉せず、ただ立ち止まって見ている。
シーラは構わず、グラーンに切りかかるが、またしても軽くあしらわれ、下がる。
炎に包まれながらもグラーンは一向に動揺を見せない。ただ風が吹くのを気にせぬように燃えるに任せている。
シーラは八相の構えをとり、ゆっくりとグラーンに近づく。
集中、集中、集中、ただ、斬ることに集中する。邪魔になるものはない、何もかも切ってしまえばいい。ただそれだけを考えて、斬る。二の太刀は考えない。
ただこの一撃をもって……。
シーラが踏み出す。そのまま袈裟切りが炎に包まれたグラーンへと振り下ろされる。
グラーンは杖を出すが、シーラは顧みず剣を振るう。
…………杖が、斬れた。
そのまま剣はグラーンへと向かい、一筋の風を巻き起こす。
炎が消える。グラーンは炎では全くの無傷だった。髭が燃え尽きスッキリした顔は年齢を感じさせない。その肉体は若々しく、全身が隆起した筋肉に覆われている。
ただ、胸元から腹へと、斜めに浅い傷がつき、そこから血が流れている。
「ヨイ、センシダ」
グラーンは改めて腰の剣を抜く。それは剣というよりは鉄の塊と言ったほうが良い、刃もなにもない分厚く長い鉄板のようだ。ただし、その長さは刃渡りだけで2メートル近い。グラーンはその長く重い剣を右手で振りかぶる。
シーラはそれを鋭角で受けて右手を狙う気でいた。
しかし、
次の瞬間、シーラは吹き飛んでいた。
「シーラ!」
ソフィアが叫ぶ。
バスタードソードごと叩き折られ、地面に叩き付けられ、カナタの傍に転がる。胸元に大きな傷を受け、血がまき散らされる。
「おい、シーラ! シーラ!」
シーラは痛みか傷か脳震盪か、意識を飛ばしており、ソフィアが揺すっても反応しない。
グラーンがソフィアに近づく。
ソフィアは恐怖で縮み上がる内臓を叱咤しつつ、グラーンに立ちふさがる。自分が二人を守らないといけない。なんとかここから逃げないといけない。それが出来るかどうかなんて考えている暇などなかった。
「右に水、左に風、吹雪!」
空気が急激に冷やされ、凝結した空気が霧となり、さらに冷やされダイヤモンドダストとなる。
もっと、もっと、もっと……。雪が生まれ、さらには氷となり、極低温の竜巻となる。巻き込まれたオークが凍り付き動かなくなるなか、オークキング・グラーンだけはそよ風のごとくその中を進む。
「右に火、左に風、炎嵐!」
その魔術が発動した瞬間、極低温まで冷やされた空気が、逆に膨張し、空気が破裂してオークどもを吹き飛ばす。
炎の中、グラーンの影が立ち止まる。
「右に水、左に風、吹雪! さすがにこれはきくであろう!」
さらに再度、極高温の炎の渦を、再度極低温の氷の嵐とする。膨張した空気が再度冷やされ、急速に収縮する。その中心点がオークキング・グラーン。膨張して収縮した、その中心点が真空状態になる。
再度集まる空気が氷の粒の乗せたかまいたちとなり、オークキングを全方向から切りつける。細かな切り傷が全身を包み、そして、真空の空気はシーラのつけた傷を含め、血を吸い上げる。オークキングは噴き出した血の赤い霧に包まれる。
しかし、全身血塗れのグラーンは一歩一歩ソフィアへと近づいてくる。その足取りに不安げなものは無い。
「ムウ、ヨイマジュツシダ……」
効かぬのか……?
いや、諦めてはならぬ。
だが……。
グラーンはその2メートルはある剣を振り上げる。その威力、その強さ、自分ならば肉片となって吹き飛ぶであろうことは容易に想像できる。
「むう、ここまでか……」
ソフィアは終りが来たことを感じた。だが、悪くない終りだ。オークキングと言う、伝説の魔物に殺されるのだから。
「さあ、好きにするが良い!」
ソフィアは立ち上がり、倒れた二人の前に立ちはだかる。
「カナタを殺したくば、わたしを殺してからにしろ!」
カナタと会ってまだ幾らも経ってはいないが、一家の大問題を解決してくれた恩はある。先に死ぬくらいのことはしてやっていいだろう。
「ソウカ……」
オークキングは目を細める。
ソフィアは目を見開き、前に出る。
「こい、オークよ! わたしを先に殺せ!」
オークキングは剣を振り上げる。しかし、それは軽く振られただけだ。ソフィアは吹き飛ばされ、カナタとシーラの傍に転がされる。体が痛い。痛くて硬直している。
それでも、最後の一瞬まであきらめるつもりはない。
「お、おおおおおおおおお!」
ソフィアは立ち上がる。
「……フィア」
ソフィアはカナタの声を聞いた。
「カナタ? どうした!」
カナタの上に屈みこむ。
「手を……」
「手? 手をどうすんだ?!」
カナタの口に耳を近づける。
「手を……シー……も」
「なんだ? 聞こえんぞ、ハッキリいうのだ、カナタ!」
「チイサキモノ、モウタタカワヌノカ?」
グラーンはさらに一歩、ソフィアに近づいた。
「うるさい、今大事なところなのだ!」
「手を……繋ごう……シーラ、も……」
ソフィアは傍に倒れたシーラの手を引き寄せ、カナタの手に重ねる。
「これでいいのか? こういうことなのか?」
「……フィアも手を……」
ソフィアは涙を浮かべながら、その重なった二人の手を握る。
「こうか? これでいいのか?」
「ああ……これで、いい……」
「そうか、いいな、三人で握ろう。いいな、これ……」
ソフィアは冷たくなる二人の手を強く握る。
「カナタ、シーラ、おぬしらと過ごしたこの二か月、本当に、楽しかったぞ……」
零れて来る涙を袖で拭う。
「もう、休め……」
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