2■カロリーナ・カンプラード2
謁見が終わり、子爵の執務室のソファにカナタはいた。
「あんな感じでよかったかな?」
「かっこよかったです!」
「良いのではないか?」
近衛兵としてシーラは立ち、ソフィアは隅っこに座っている。
そこでノックが聞こえた。
「内務上級官メルケル・ヤンソンでございます!」
「入れ」
「お呼びでしょうか、閣下……」
「やあ、ヤンソン殿。掛けてくれ」
カナタは対面のソファを指さす。
ヤンソンは恐る恐る腰かける。
「そんなに固くなる必要はない。貴殿が再度わたしの身内を害したりしないうちはな」
額に浮かぶ脂汗をハンカチで拭きとりながらヤンソンは頭を下げる。
そこで再び、ノックが聞こえた。
「警備兵団第4001分隊長ラルフ・マイエルでございます」
「入るが良い」
「掛けたまえ」
「はっ!」
「貴殿がフィアルクロック男爵領から住民を誘拐した実行犯でいいかな?」
「はい。ヤンソン上級内務官のご指示がありまして、実行いたしました」
ヤンソンと異なり、そこに悪びれた態度が微塵もない。
「わたしは貴殿らの仕事ぶりを評価している」
「……は?」
ヤンソンが訝し気な目をカナタに向ける。
「ヤンソン殿の主君の為なら躊躇わない意志、マイエル殿の手際の良い誘拐の腕。両方とも使う方向を間違わなければわたしの剣となるものだ。そうは思わないか?」
「……はあ」
「そこで、二人に頼みたい仕事を説明する。貴殿らはこのノシュテットを調べ上げ、『蛇の鱗』の情報を掴め。これを機に、ヤンソン殿の担当は内務諜報となる。マイエル殿は内務官、第101分隊の面々は、内務官補佐とする。意見があるなら聞く」
「いえ、閣下。ご意志のままに」
ヤンソンの目に意志が宿る。自分のやるべき仕事さえあれば無能ではないようだ。
「ヤンソン殿、塩田の際はちょっと意地悪をしてしまったな」
「い、いえ、滅相もございません」
「あれは内務長官に相談し引き継いでほしい。資料を整理してくれ」
「分かりました」
「では下がって良い」
「「はっ!」」
「侍従長、外務長官殿と警備兵長殿を呼んでくれないか?」
ドアの近くに控えていた侍従長が頷く。
「承りましてございます」
侍従長が去って行く。
しばらくしてノックが鳴り、中に入れる。
「外務長官ビルギット・ニーダールでございます」
「警備兵長サムエル・サンテソンでございます」
「座ってくれ」
「ビルギット殿、この子爵領には諜報部門はあったか?」
「いえ、ございませんでした、閣下」
「そうか。サンテソン殿、そなたから諜報工作に向いた50人ほど兵を貰い、外務官付けにしたいのだが」
「はっ、仰せのままに」
「大森林方面の偵察兵は足りるか?」
「すぐ募集し、訓練いたしますゆえ」
「ではビルギット殿、その50名を使い、この王国内で、諜報活動をしてもらえないか?」
「分かりました、閣下。当面は50名いれば十分足りるでしょう」
「今いる外務官は他領の情報収集の為に外遊させろ。領間の儀礼事などは最低限に絞って構わない。……いや、その前に子爵着任のあいさつの品が必要だな。それについては内務の方で用意させる」
「はっ、仰せのままに」
「それとサンテソン殿」
「はっ!」
カナタは背後に控えたシーラに振り返る。
「シーラ、近衛はどうだった? フィアーグラン卿のと比べて」
「もっと弱かったです」
警備兵団長サンテソンは俯く。
「警備兵長殿、近衛が弱すぎるのはどういうことだ?」
「はい、先代の子爵が付き合いのある貴族の子弟を、名誉ある近衛兵として引き立てておりましたが、ええ、怠慢だったと存じまず」
「では、シーラに近衛の選定をやり直させるので協力してくれ」
「はっ!」
二人はカナタの執務室から去って行く。
「今日はこれくらいか……」
カナタがそう言った時、ノックがあった。
「内務長官カロリーナ・カンプラードでございます」
「入れ」
「お邪魔いたします」
カロリーナはカナタの背後にいるソフィアを見る。
「あなたは……フィアルクロック村のソフィアですよね?」
「うむ、久しいの。カロリーナ」
二人は顔見知りだったらしい。問いたげなカナタを見てソフィアが説明する。
「隣の領だからな。わたしはサンダール育ちだが、夏になるとフィアルクロック村に行っておった。その度に遊んでおった」
「懐かしいですわ……。貴族だからと領民と遊ぶのを禁じられておりましたので、ソフィアが毎年来るのを楽しみにしていました。いつからか来られなくなって随分寂しい思いをしましたわ」
「厳しい家庭だの。わたしは逆に、身分差に慣れろと言われてサンダールで近所の子らと遊んでおったわ。偉そうにな」
ソフィアが偉そうなのはそういうことか。
「まあ、そういう仲の良くなり方もあるのですね」
カロリーナはそう言って笑う。
「二人でどこかで話して来たらどうだ?」
カナタの配慮にカロリーナは首を振る。
「いえ、申し訳ございません。ソフィアとはまた別の機会にいたします」
「そうか」
「閣下は次々と命令を出しておられるようで、内務長官であるわたくしにもなにかお申し付けくださいませ」
その表情にはカナタの指令を楽しみに待つ余裕がうかがえる。
「それは、他の者が自主的にやりたいことが無いからだ。カロリーナ殿にはやりたいことがあるだろう。自由にやっていいんだ。……そうだ、塩田の仕組みはソフィアが知っている。使ってやってくれ」
「どうぞよしなに」
ソフィアが一歩前にでて挨拶する。
「やりたいことは沢山あります。ですが、閣下にもお考えがあるのではないかと思いまして。その考えに興味がございます」
「ああ、そうだ。急ぎしてもらいたいことがある。何か、海産物でも匂いの少ない乾物を、スープの素として他領に売りたい。既に市井にあるだろう。それを他領に売るための宣伝を行いたい。至急、他領に外遊する外務官に挨拶の品として持たせてくれ」
「では、貝を煮て干したものをご用意いたします」
「貝か。たしかに匂いが少なそうだ」
「海の魚は川魚ともまた違うもので、他領の外務官が来た時など、料理を出すのがなかなかむつかしいのです。その中でも貝は人気がございましたので」
「シーラは内陸の育ちだ。シーラ、どう思う?」
「海の匂いは少し苦手です。でも、貝は大好きです」
「それで頼む」
カナタは海産物が大好きだが、実はシーラはそうではないようだ。海に面している土地がごく限られた王国である以上、内陸の人間の海産物に対する好き嫌いは大きな障害になりうる。
「貝については外務長官殿にお伝えしておきます。ソフィア、明日塩田を視察しますのでご一緒願います」
カロリーナ・カンプラードはそれだけ言って部屋を去る。
日没、五の鐘が鳴った。
■
城塞都市の防衛機能は幾重にも囲われた城壁によって成り立つ。その中央部に、領主が住み働く宮殿がある。なので宮殿には大した防衛機能が必要ない。
だが、レクセル王国では砦として拠点を作ってから周囲に城壁を増設していくことが多かったため、中央の城は宮殿というには武骨な代物だったりする。なので、意図的に壮麗に建てられていない宮殿の場合、ただ『城』と呼ばれることが多い。
ノシュテット城も辺境の城。もれなく同様だった。
城は政務機能を持つ外朝と、領主の生活エリアである内廷に分かれる。合わせて朝廷だ。
内廷の作りはレクセル王国の一般的な貴族の邸宅と同じだ。入るとまずホールがあり客を受け入れる大きな空間となる。一階は使用人が労働・生活するエリアで、2階以上に領主一族が生活する私室群がある。
元々使用人は地下室で活動するもだったらしいが、下水が敷設されることが流行ってから、地下は倉庫程度にしか使われないようになった。地下に水場を設けても水位差で排水できないからだ。
そして、厨房とホールが一階にあることから、客を招くことのある食事室も一階に設置されている。
カナタ達が内廷のホールに入ると男性使用人の統括である執事と、女性使用人と料理人の統括である家政婦が身を低くして待っていた。
「シーラとソフィアは客として住まわせるので、一緒に面倒を見てやってくれ」
「それではこちらから傍仕えをお選び下さい」
後ろには見目の良い下僕とメイドがいる。
「俺たちは元冒険者なので全員に傍仕えは不要だ。一人、内廷と執務室についてきてくれ。あとは必要に応じてでよい」
「承知いたしました。では、この者を侍従長としますのでお使いください」
「よろしくお願いいたします」
侍従長は執事ほどではないが既に老齢に差し掛かった男だ。
「家政婦の予算も俺が管理する」
通常、男主人の下に執事が付いて指示し、女主人の下に家政婦がついて指示するのだが、シーラたちは部下であってカナタの妻というわけでもない。
「承知いたしました」
■
翌日の午前。
ノシュテットから少し離れた砂浜に、内務官メルケル・ヤンソンが作りかけだった試作の塩田がある。内務長官カロリーナ・カンプラードは、近衛魔術師ソフィア・ニーダール、内務上級官メルケル・ヤンソン、新たに担当となる内務上級官、その他、ヤンソンの部下だった内務官を連れ、その塩田まで馬車で移動する。
ソフィアが馬車から降りると内務官たちは作業員に海から水路を引かせ、丘側に作られた塩田を見る。塩田は形だけは整っている。10メートル角程の塩田が4つ、並んでいた。
「ヤンソン殿、金貨1000枚を払えばこんな面倒なことにならず、お主の手柄になったのにな」
ソフィアの言葉にヤンソンは小さくなる。
「それは言って下さるな、ソフィア殿……」
「お二方はお知り合いだったのですか?」
カロリーナは二人を見る。
「ああ、以前フィアルクロック村に来られ、塩の作り方を聞きに来られてな、その後いろいろあったのだ」
「申し開きもございませぬ……」
「今ではもう同僚だ。気にすることも無かろう。それに、おぬしにはおぬし向きの仕事を主が与えたのだ。わたしがごちゃごちゃ言うものでもない」
ソフィアは塩田の中に入ると、小さな手で地面を掘る。そこは、小さな砂利と砂であった。
「うむ、やはりか……」
「やはりとは?」
興味深げにカロリーナが訊く。
「塩田の底が砂だと海水を吸ってしまうのだ。少し移動しよう」
ソフィアは陸側に移動し、短い草が生えるあたりで止まる。
「下に土、土変形」
数秒で3メートル角で深さが3メートルほどある大きな穴ができる。
「まあ、魔術ですか。さすがは近衛魔術師筆頭殿」
「ほう」
カロリーナとヤンソンは感嘆の声を上げる。
ソフィアは穴を覗き込む。
「そこから下の層が粘土層だ。あれを塩田の底に敷け」
ソフィアは背後に並ぶ内務官たちに振り返る。
「はっ!」
「それで、作業員には一日いくら払っておる?」
「銀貨6枚です」
「それでは集まりが悪かろう。銀貨10枚に上げるのだ。今を逃すと冬になる。農閑期とはいえ、冬の作業は冷たく、さらに集まりは悪くなる。今のうちに一気に塩田を作ってしまった方が良かろう」
「……ソフィア殿、一日銀貨10枚というのは払い過ぎではないか?」
ヤンソンが小声で疑問を呈す。
「フィアルクロック男爵領で閣下が塩田を作った時、一人銀貨10枚だったのだ。投下した資本はすぐに戻って来た。それに、全員に銀貨10枚をやるというのではない。厳しく査定してやる気を出させるのだ。最大銀貨10枚貰えるということだ」
「分かりました。大丈夫です、ヤンソン殿。領民に対して厳しくしても飢えるだけで、税収は上がりませんわ」
「そういうものですか……」
ヤンソンの部下だった内務官は正式にカロリーナの配下へと異動した。
すぐにノシュテットの街の広場に看板が立ち、塩田建設員の公募が発表された。各農村にも代官からの公布がなされ、男爵領にも協力の要請が行われる。3人ほどの内務官は、労働者の名簿の作製、工事道具の調達、労務費の支払いに目まぐるしく追い回された。
10人ほどの内務官補佐は冷たい潮風の中、現場指揮に当たった。
■
内務上級官以下は鐘一つから鐘四つ、つまり日の出から昼下がりまでが業務時間だ。長官クラス以上は鐘二つから鐘五つ、日没まで。領主の政務は謁見などを除けば鐘三つから五つとなる。尤もカナタは謁見も午後に押し込んでいたが。
これらわざとずらしてある。内務上級官が鐘三つまでに仕事の報告を長官クラスに上げ、長官クラスは鐘四つまでに領主へ報告にゆく。これはその日の仕事をその日のうちに領主まで届け決済できるようにするための仕組みだ。
というわけで、昼下がり鐘四つになると、カナタの執務室でお茶を飲みながら話をするというのが、内務長官カロリーナ・カンプラード、内務次官ボリス・ニーダール、外務長官ビルギット・ニーダールの習慣になっている。
いわゆる長官次官クラスがカナタのところに集まり、一日の業務を報告し議論するわけだ。
近衛兵筆頭と近衛魔術師筆頭であるシーラとソフィアはカナタの傍に侍っている。
塩田視察の次の日、内務長官カロリーナ・カンプラードはカナタに新たな報告を行った。
「閣下、これが賄賂防止法の草案です」
「早いな」
「前から考えていたことです」
その草案は既に次官クラス以上のサインが書かれている。それは、賄賂を贈った者と受け取った者両者にその賄賂額の同等の罰金を科し、領庫に納めるというものだ。さらには、その賄賂も別に徴収することになる。実質、送る方も受け取る方もその金額の2倍を損失することになる、というものだった。
「いいんじゃないか?」
「これを、官吏だけでなく、領民にも公開します」
「わかった」
それを聞いてシーラが不思議そうな顔をする。
「どうして賄賂が悪いんです? 商人同士が融通し合うのと何が違うんです?」
カナタはシーラに説明する。
「商人同士なら商談して融通すればいい。だが、ノシュテット子爵領という商会の会頭はわたしだ。
何か権限を持った官吏が、金を貰って、その権限を使ってやったとする。それは、商人に雇われた店員が、自分の商会の商品を勝手に横流しすることと一緒だ。そんなに融通して欲しければ、わたしのところに来て直接商談すればいい」
「なるほど、良く分かりました!」
「領地を商会に例える方は初めて見ました」
カロリーナはそう言って笑う。
「違うところはないと思うが」
「でも、貴族には領民を守るという義務がございます。商人にはそのような義務はございません」
「顧客に利のない取引をしていたら商会は潰れる。取引相手が豊かでなければ、取引は豊かにはならない。領民に利の無い政策ばかりする領地で税収は上がらない。そんなもの、義務以前の話だろう?」
カロリーナの顔が輝く。
「なるほど。確かにそうですわね。取引相手が豊かでないと取引は豊かにならない。閣下は領民を豊かにするおつもりなのですね」
カロリーナは納得したように何度か頷く。
「次に、穀物についての報告がございます」
「というと?」
「現在、ノシュテット子爵領と近隣の男爵領では、7割が寒冷地小麦を生産しているようですが、面積単位の生産量を考えると、寒冷地小麦は、ライ麦に比して7割程度の生産量しか上げられておりません。遠方に売るのが目的であれば小麦の方が売りやすいのですが、自領で消費するにはまったく理に適っていない状態です」
「前子爵が小麦に変えた地域をライ麦に戻してくれ。今のタイミングならぎりぎり間に合うだろう。小麦に切り替えた近隣の男爵領にもその事実を伝えろ。ライ麦は無理に他領に売る必要はない、領内で消費すればよい」
「はい、閣下。これでまた領内が少し豊かになります」
■
「お待ちなさい」
「はっ、何でしょう?」
カロリーナに書類を提出した内務上級官は踵を返そうとして踏み留まる。
「今チェックしてしまいます」
事業ごとの莫大な桁数の支出の細目がカロリーナに届けられ、100枚に及ぶその束一枚一枚目を通してゆく。そして、チェックを入れ、端を折る。
「計算に間違いがあります。22ページ目と50ページ目の小計が間違っているせいで、表の計、総計がすべて間違いになっています」
「はっ? 何と」
カロリーナは机の上で書類を押して返す。内務官は指摘されたページを見て頭を抱える。どうしてさっとしか見ていないのに合計が分かるのか不思議で仕方ない。
「申し訳ございません、何度もチェック致したのですが。書類を作り直して参ります!」
内務官は汗の滲む思いだったが、カロリーナは笑顔で返す。
「いえ、作り直す必要はありません。修正を入れるだけで結構です。無駄な時間をかけず、出来るだけ早く仕事を終え帰宅してください。それと、数字はわたくしがチェックしますので、あなたがする必要はありません。書類としての体裁だけきちんとチェックしておいてください」
このところ塩田工事に関する管理業務が膨大に膨れ上がり、内務官以下は基本的に日の出と同時に登城しているにも関わらず、退城時刻が日没を越えることが多々あった。かなりのハードワークだ。ミスが目立つのも疲れからだろう。
以前なら、間違いが見つかれば怒鳴られ、書類作製のしなおしを命じられたものだが、それどころか、この若い女性長官は、チェックはするから早く帰れと言う。
内務官は喜び勇んで部屋を出て行く。
この見れば計算ミスが分かる女性上司はすぐに麾下の内務官を惚れさせていた。
「あんな人事で上カロリーナ嬢が上司になるとは、最初はどうなるかと思ったが、本当に助かる。まだあんなに若いというのに……」
内務官は自分たちの執務室へと戻ると、同僚に先のことを話して聞かせた。
カロリーナが数字のチェックを一手に引き受けるようになってから、内務官の退城時刻が早くなり、それに応じてミスも少なくなってゆく。
■
カナタの子爵就任より20日ほど後、外務長官ビルギット・ニーダールは近隣領地から帰還した外務官達より報告を受け、それを鐘四つからの会議で報告する。
「ええ、貝のスープは非常に喜ばれ、どの領もすぐに買い付けたいとのことです」
「まあ、それは良かったです!」
カロリーナの顔が輝き、カナタが頷く。
「舌の肥えた貴族には料理に見栄を張るチャンスだろう。貴族の食卓に欠かせないものになればいいな。これは事業化するのか、カロリーナ?」
「いえ、事業化はしません」
カロリーナは涼しげな微笑を浮かべる。
「悪いようにはしません。貝の干物で税収を上げてご覧に入れます」
「分かった、任せる」
「ビルギット殿、引き続き、各領地に宣伝して頂けますか」
「分かりました」
貝の干物について、カロリーナ・カンプラードが部下に命じたのは意外なことだった。
初めに、売買を目的に一定量以上の貝漁をするものは全員登録を命じ、その貝は市内のみで売って良いこととし、さらには罰則を定めた。つまり、密猟を禁止し、販路を領内のみに狭めたのである。
これは事実上、以前と何かが変わった訳ではない。これまで、ノシュテット沿岸で取られた貝は、基本的にノシュテットだけで消費されていたからである。
しかし、他領が求めるとなると話が違ってくる。各地の貴族が高価な貝の干物を外務官経由で買っていたが、それを直接調達しようとする者がすぐに現れることになる。
「荷を改めるだと? わたしはミルド子爵領外務官だぞ!」
警備兵は男の言うことを何も聞かず、二人が馬を止め、二人が馬車を改める。
「ありました、貝の干物です!」
「重量、測れ!」
「30キログラムです!」
「では、輸出関税、金貨3枚でございます」
「ふざけるな、わたしは外務官だぞ! 何を言っているのか分かっているのか?」
「ノシュテットの法にございますゆえ、支払いが無い場合、捕らえた上、罰金刑となります。それは馬車を持つ方には入るときにご説明しているはずですが?」
「そんな金払えるか!」
「払う気が無いようだ。こいつは密輸業者だ、取り押さえろ!」
警備兵たちは外務官とともに御者や外務官補佐を捉え、牢獄へと放り込む。
数日後、ミル子爵領より別の外務官がやってきた。
出迎えたのは若き女性の内務長官カロリーナ・カンプラードだ。
「これはこれは、遠いところ、ご苦労様です。此度はどのような御用向きかしら?」
「あの、数日前、うちの外務官がこちらを訪れたと思うのですが……」
「いえ、城には来られておりませんが」
「私用で街に入ったと思われるのですが、戻って来ません」
「その外務官殿は、どのような御用だったのでしょう?」
「いえ、それが……」
「貝の密輸業者であれば、一件捕縛してありますわ。そういえば、馬車にミル子爵領の紋章があったような……」
カロリーナは笑顔のまま首を傾げる。
「貝の密輸業者ですと!」
「ええ、貝の干物は輸出関税が掛けられております。その税の支払いを拒否し、警備兵に暴言を吐いたため捕らえました。罰金刑なのですが、持ち金が足りなかったため、塩田の労働へと回そうとしていたところです」
「密輸業者ではありません、それは確かにミル子爵領の外務官です!」
「いえ、それが誰であろうと、法で決められたことを破れば犯罪者には変わりありません。外務官だからといって密輸してよいことにはなりません。そうでしょう?」
「お、おっしゃる通りですが……」
「輸出関税、金貨3枚と、罰金、金貨3枚。揃えて払って頂ければすぐに開放いたしますが?」
「……わ、分かりました。払いましょう」
カロリーナが行った政策は、貝の干物にかけた膨大な輸出関税であった。事業にして利益を取ると領内で値段が上がってしまうが、輸出関税なら、増産さえすれば、領庫を潤しつつ、市内での貝の干物の価格は安いままだ。増産については漁師や水産加工業者が市場価格を見て勝手にやってくれるので関与する必要はない。
徒歩で貝を買い付ける者もいたが、周辺住民もいる為、相当量を持たない限りは取り締まりの対象にしなかった。
徒歩で少しずつ買い付けるか、馬車で関税を払うか。歩きの旅商人ならともかく、比べてみれば馬車で関税を払う方がまだマシなことは、商人ならすぐに気が付いたのだ。
夕暮れの会議で、貝に関わる進捗の発表があった。
「貝に関して、登録や取締りの人件費に比して、関税の徴収が目に見えて上がってきました」
カロリーナはそう言って笑みを浮かべる。
「輸出関税で対処したのか。何より良いのは、ノシュテットの領民には何の不利益も無いことだ。よくやった、カロリーナ」
「お褒めに預かり恐縮ですわ、閣下」
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