3■カナタの日常1

 城は政務を行う外朝と領主のプライベートエリアである内廷に分かれる。

 内廷ではシーラとソフィアに私室を与えて住んでもらっている。カナタ一人で住むのは流石に寂しいし、二人も当然一緒に住むつもりでいるようだった。


 ある日、内廷のホールでカナタがシーラとソフィアとだべっていた時だ。


「なあ、ソフィア。光魔術って、ぴかっと光るくらいしか使ってないんだが、他に何に使えるんだ?」


 ちょくちょく使っていたので光魔術スキルLV4なのだが、ほんと、ぴかっと目くらましとか、部屋を明るく照らすとかしか使ったことが無かった。


「おぬしは余計なことに頭が回る割に、本当に何も知らんな……。光はそれ単体で使うよりも、水と大地と合わせて治癒を使ったり、闇と合わせて幻影を生み出したりすることに使われとる」


 幻影を生み出す? カナタは少し興味が沸いてきた。


「幻影って例えばどういうことだ?」

「それは、強大な魔物を見せたり、自分の姿を変えて見せたり、姿をくらませたり、いろいろだ。ただ、光と闇両方のスキルを上げないと使えぬし、闇の魔術はあまり外聞の良い魔術ではないゆえ、使う者も少ないが」

「自分の姿を変えるか。姿をくらませるのも俺のスキルと相性いいな……」

「うむ、姿を変えたいとは誰しもが思うのだが、見た目だけ変えても人物鑑定スキルで看破できるため、意外と使い道が少ないのだ」

「ふふふ、実は俺は、鑑定偽装スキル持ちだ」

「な、なんと!」

「じゃないと空間魔術なんて使えないだろ?」

「そう言われてみればそうだな……」


 今は空間魔術と鑑定偽装のみを見えないようにして、その他を上限レベル5にしている。


「その、変装するには、どれくらいスキルが必要なんだ?」

「光と闇両方、スキルレベル4だ」

「闇の魔法の使い方は分かるか?」

「魔術学院を卒業したからな。足りないスキルは色々あるが、理論的には大抵のことは分かるぞ」

「闇の基本魔術は何だ?」

「【夜の帳】だ。辺りを暗くする」

「やってみる」


 どんよりとした薄暗闇が体の中に広がり、それを掌から押し出す。


『夜の帳』


『闇魔術スキルがLV1になりました』


 部屋が夜のように暗くなる。なるほど……。

 だが、スキルLVが低いので一回使うだけでくらりと来る。


「きつい……、寝る前にすべきだった」



 それから毎日、寝る前に闇の魔術を使い、倒れるように寝る。魔術訓練を真面目にやったのは久しぶりだ。

 スキルは低レベル程簡単に上がる。最初はサクサクスキルが上がり、徐々に消耗が小さくなる。魔術を訓練することに慣れていたせいか、1か月後には闇がLV4となった。


「上に光、下に闇、変装!」


 夜の自室、ソフィアの指導があったので、真似をして言ってみる。たしかに言葉に出した方が体内の魔力が速く動き出す感じがある。

 鏡の中の自分の姿が歪み、ソフィアの姿になる。


「おお、これはすごいぞ! ちっこくて生意気そうだ!」


 くるりと回って姿見の中を見る。よし。

 カナタは調子に乗って、その姿で自室を出る。隣の部屋をノックする。ここはシーラの部屋だ。


「はーい」


 間の抜けた声がしてドアが開いた。


「ちょっと用があってな」

「何やってるんですか、カナタさん?」

「え、なんで分かった!」

「声も匂いもカナタさんですから、間違えないですよ」


 匂いはともかく、声は盲点だ。声を変える魔術も覚えるべきか。風の系統だと思うから、そこまで難しくはないだろう。


「出直してくる」


 ちっこい影はさらに隣の部屋のソフィアの部屋のドアを叩いた。


「ソフィア、起きてるか?」

「なんだ遅くに」


 ソフィアが顔を出し、その顔が引きつる。


「なあ! なんでわたしの格好をしているのだ?!」

「シーラに見せたんだが、声と匂いですぐバレてな、匂いはともかく、声を変える魔術を教えてくれ」

「上に風、変声。……どうだ、俺の声は」


 それはカナタの声だった。

 なるほど。


「上に風、変声。……どうだ、ソフィアの声になったか?」

「うむ」

「よし、もっかいシーラのところに行って来る」

「おぬしは何をやっておるのだ……?」


 ソフィアはジト目でカナタを見る。


 再びシーラのドアをノックする。


「わたしだ。シーラ、起きておるなら開けよ」


 シーラが顔をだした。


「あ、あれ、もしかしてカナタさん?」

「どうだ、ソフィアの声だ。すごく生意気そうなガキではないか?」


 そう言った途端、後頭部を殴られ振り返る。ソフィアだ。


「痛っ、何すんだよ!」

「何をやっておるのだ。さっさと寝んか、馬鹿者!」



 とある日の早朝、カナタは変装の魔術を使った。


「右に光、左に闇、変装」


 その姿はシーラの銀髪と、キリリとしたカロリーナの顔を参考に、若干男臭く変えたものだ。


「この顔を覚えないとな。それにしてもイケメンだ……」


 カナタは鏡の前でポーズを取る。

 さすがに女性に変身してはボロがでそうだし、いちいち声を変えるのも面倒だったので、男の姿にすることにした。背もほぼ同じにする。実際は寝間着だが、上等な外出着とマントを羽織った風に変装している。

 さらに、鑑定偽装で、マクシミリアン・マグヌソン 25歳 と設定にする。


 そして、あらかじめ転移魔術陣を設置しておいた城外の深い草の中に転移する。

 城門では、流民として銀貨2枚を払い、魔道具で人物鑑定を受け、入市札を受け取る。広場へと歩き、商人ギルドへ登録すると金貨を支払い、一気に銅ランクの商人となる。

 ちなみに、商人ギルドに登録すると契約書が保証され、ギルドが裁判の後ろ盾になる。

 木ランクは屋台の開業が許される。

 銅ランク銀ランクは店舗を借りたり所有したり、従業員を雇える。年会費は従業員数と店舗数により異なる。

 さらに規模が大きくなると金ランクで、税の査察が入り細かい帳簿などまでチェックされる。

 すぐに不動産商会へ行き、厩と住居の付いた小さな空き店舗を借り、寝室に紙の転移魔術陣を置く。


「これで俺は自由だ!」


 子爵としての生活は面白いものであったが、まったくもって肩ぐるしく、息苦しかった。それを発散する場所が必要だと感じたのだ。


 次の日の午前は大工を雇い、店舗を改装し、看板に『マグヌソン商会』の看板を掲げる。店舗の壁に、マグヌソン商会の人員の公募の紙を貼り、さらに、ギルド経由でも人員を募集する。

 これらは全て午前に遂行され、午後は領主として政務を行っていた。正午の三つの鐘から四つの鐘までで謁見を行い、四つの鐘から会議を行っている。そのため、午前を部屋でゴロゴロしていると思われていたのだ。



 マグヌソン商会に新しく店員を雇い入れることができた。歳は18でまだ若い。とはいえ、カナタより年上なのだが。他の商会で見習いをしていたが、マグヌソン商会はすぐ商売を任すと書いた募集に惹かれて来たらしい。


「ウルリク、おまえはどんな商売がしたい?」

「会頭、わたしは海産物を扱いたいです。海産物はノシュテットの誇りですから」

「ではまず、貝の干物を遠くの領に売るのがいいな」

「はい、レクセル王国の端まで行って貝の干物を売って参ります」

「じゃあ、銅クラスの護衛を二人雇おう。まずは南端のストールグリンド伯爵領を目指して南下し、その後、北東のリッテングリンド伯爵領を目指して北上する。そうすれば、おおよその場所を通過するだろう」

「はい、会頭」

「それと、このマジックバッグを貸してやる。貝を売って、何か面白いものを買って来い。マジックバッグは高価で貴重品だから無くすなよ? 金貨は全てこのバッグに入れて、常に身に着けておけ」

「はい、会頭。良い商売をして戻って参ります」

「それと、これはお守りだ。これも常に身に着けていろ」


 それは、転移の魔術陣を小さな紙に描き、それを丸めて入れたロケットペンダントだ。これがあればいつでもウルリクのところへと転移できる。


「ありがとうございます!」


 そうしてウルリクと護衛二人を乗せた馬車は旅立って行った。



 ウルリクが最初に目指したのは南だ。マクシミリアン・マグヌソンがストールグリンド伯爵領に行けと言ったからだ。

 ウルリクは、子爵以上の貴族の領地で、移動距離に比して少しずつ高くしながら、貝の干物を10kg単位で売って行く。

 20日もすればストールグリンド伯爵領に着いた。


「ここは、確か岩塩の生産地だったか……」


 ウルリクは貝の干物を持ち、二の壁の城門にてストールグリンド伯爵との謁見を求める。飛び入りの商人は謁見の優先度が低く待たされることが多いが、目的がはっきりしている為、門前払いということはない。


「貝の干物、1kgあたり銀貨30枚でお売りします」

「噂の貝の干物か……。むう、高いな」


 ストールグリンド伯爵は唸る。


「いえ、輸出関税を払い、そして護衛を付けての旅。これ以上安くすれば利益はございません」

「そうか、仕方あるまい。ならば、20kg買おう」

「ありがとうございます」


 こうしてウルリクは何事も無く貝の干物を売って、次へと旅立つ。



 最南端のストールグリンド伯爵領から折り返して北東へ向かう。その途中に王都があった。

 そして、レクセル王国国王との謁見の機会を得る。


「そなたは貝の干物を売って歩く商人だと聞いたが?」

「はっ、その通りでございます」

「では、全部買おう」

「申し訳ございません、陛下。全部は売ることができません」

「なんだと?」

「このレクセル王国を隅々まで移動することがわたしの目的でして、今全てを売っては商材が無くなりますゆえ」

「分かった。最大限売れるのはどれくらいだ?」

「100kgまでであれば売ることができます」

「分かった。それでよい」

「有難きお言葉。では、1キロ当たり銀貨40枚、計、金貨40枚を頂きます」

「良かろう。支払ってやれ」


 侍従長が金貨袋をウルリクへと渡す。



 それからウルリクは最北東にあるリッテングリンド伯爵領へと向かう。


「1kgあたり、銀貨50枚でお売りします」

「それはちと高すぎないか?」


 リッテングリンド伯爵は眉を顰め、跪く商人に言った。


「輸出関税を払い、銀クラスの冒険者を護衛に雇い、すでに40日。この値段でなければ赤字になりますがゆえ」

「ふむ、ならば仕方あるまい。残りをすべて買おう。どれだけある?」

「30kgございます」

「そうか、買おう」


 そしてウルリクは貝の干物を売り切り、各地で珍しいモノを買い集め、ノシュテットへの帰路へとつく。



 さらに35日後、ウルリクはマグヌソン商会へと戻って来た。


「ご苦労だったな、ウルリク」


 イケメン商人マクシミリアン・マグヌソンこと、カナタは、ねぎらいの言葉をかける。護衛は既に城門を入った時点でウルリクが給与を払い、去っている。


「とても勉強になる旅でした。最終的には、リッテングリンド伯爵にkgあたり銀貨40で売れました」

「ずいぶん吹っ掛けたものだな。まあ、リッテングリンド伯爵領は王国の北東の端だ。貝の干物は噂だけでまだモノを買ったことはないだろう。良い値付けだ。では、自分で護衛費を含めて収支を計算してみろ」

「はい」


 貝の干物の売り上げが金貨120枚。

 貝の仕入れと税が金貨40枚。

 護衛の費用が75日間で、銀貨30枚x2人x75日で、金貨45枚。

 食料や宿が、75日間で、銀貨6枚x75日で、約金貨5枚。

 経費の合計で、金貨50枚となる。


「粗利で金貨30枚か。いいんじゃないか?」

「ですが、マジックバッグだけでも金貨100枚ですから。二頭立ての箱型荷馬車も金貨40枚はしますし。経費を引くとまだまだです」

「他にも何か買ってきたのだろう? 何だこれは」


 馬車には布の小袋が山と積まれている。


「ストールグリンド伯爵領に行った時に買った胡椒です」

「あそこで胡椒が取れたか?」

「いえ、辺境の南方に近いのでそこから取り寄せているそうで、値段が安かったのです」

「なるほど、良い判断だ。長旅に疲れたろう。数日休め。胡椒はわたしが売りに行こう」

「はい、ありがとうございます!」

 ウルリクはそう言って店を出て行く。


 さて、城に戻るとするか……。



『転移』


 城の自室。そこには、なぜかソフィアとシーラが待ち構えていた。


「どこへ行っていたのだ?」

「一人で楽しそうなことをするなんて酷いです!」

「なんで俺の部屋に二人がいるんだよ?!」

「最近、午前中部屋から出てこぬから、シーラと二人で中を確認しておったのだ」

「昼食に戻るだろうと思って待ってたんです!」

「プライバシーの侵害だ!」

「被害者面してもちゃんと吐くまで許さんぞ、変な変装をしおって」

「そうです、そうです! 変な変装です!」

「なんでだよ、美形だろこれ?」


 ドアがノックされる。


「閣下、カロリーナ・カンプラードです」


 うえええ! なんでここにカロリーナが?!


「何かあったんですか? 入りますよ」


 カナタは元の姿に戻る。ギリギリセーフ!


「ソフィアにシーラ殿。何かありましたか?」

「こやつ、午前中、どこかへ行って遊んでおったようなのだ」

「わたしたちを置いて遊びに行くなんて、ゆるせないです!」

「まあ、閣下、どこかへ行ってらしたのです?」

「別に遊んでたわけじゃない! というか、どうしてカロリーナが内廷にいる?! ここは俺の屋敷だぞ?」

「ええ、近衛に適当なことを言って入ってきましたわ」

「適当なことって……ええ?」


 そこで丁度三つの鐘が鳴る。


「昼飯だ!」

「逃げるな!」



 カナタが大きなダイニングテーブルで優雅な食事をとっている。そして、左右からシーラとソフィアの恨みがましい目がカナタを睨んでいる。さらになぜか、カロリーナ・カンプラードが同じテーブルで優雅に食事をし、三人を見て微笑んでいる。


「どうして、カロリーナまでいる?」

「ご一緒させて頂いておりますわ、閣下」

「……いや、答えになっていないと思うが?」

「ええ、閣下たちがとても可愛らしくてつい」

「……やはり、答えになっていないと思うが?」

「政務をなさる閣下は領主として毅然とした態度をとられていますが、普段の閣下は普通の十代の男の子のようでとっても可愛らしいと思います。それに、シーラ殿もソフィアも」

「わたしは20歳だぞ!」


 ソフィアは抗議の声を上げるが、何を勘違いしたのかシーラも声を上げる。


「わたしは17歳ですっ!」

「わたくしは21歳です!」


 カロリーナはなぜか嬉しそうに言って微笑んだ。



 食事が終わり、カナタは執務室に来たのだが、なぜか三人ともついてきている。シーラは近衛兵筆頭、ソフィアは近衛魔術師なので、常に侍っているのが当然だが、カロリーナには仕事があるはずだ。


「カロリーナ、仕事はどうした?」

「ええ、午前中のうちにすべて終えております」

「ぐっ……」


 執務室は微妙な沈黙に包まれる。


「だからやめいと言っておるに、その馬鹿力、他に使うのだ!」

「ソフィアちゃんは可愛いいんです!」


 またシーラが無理矢理ソフィアを捕まえ、強引に膝の上に乗せている。両腕がソフィアの腹に回され、ガッチリロックされた。


「こら離せ、カナタも何とか言え!」

「シーラ、ハウス!」

「わん!」


 シーラは丁寧に自分の隣にソフィアを置く。


「くうっ……」


 カロリーナは顔を両手で覆い、俯く。なぜか耳まで真っ赤だった。


「閣下のお傍にいれば、こんなに愛らしいものが見ることができるのですね……」

「は?」

「シーラ殿もソフィアも可愛らしすぎます。閣下はこんな可憐な少女を侍って悦に入っているのですか?」

「な、何を言っている、カロリーナ・カンプラード?!」

「分かりました。わたくしも覚悟を決めましょう」

「だから、何を言ってるのだ!」

「わたくしも、カナタ様に結婚を申し込みます!」

「「「は?」」」


 そして三人は顔を見合わせる。


「なんか勘違いをしていないか、カロリーナ?」

「ダメです、カナタさんはわたしの旦那様になるんです!」

「むう、カロリーナがそう言うのであれば、わたしにも用意が無いこともないが……」


 三者三様の反応だが、カロリーナの言葉は意外なものだ。


「わたくし、第三夫人で結構ですわ」


 その言葉に、シーラとソフィアが食いつく。


「それならいいですよ。わたしが第一夫人です!」

「うむ、わたしも異論ない。第二夫人で構わん」

「どうしてそうなった? というか、シーラは前からこうだが、どうしてソフィアが!」

「……そんなこと言わせるな! どうしてずっと一緒にいると思っているのだ?」


 ソフィアはそう言って顔を赤くし、そっぽを向く。

 カロリーナがそれを見て両頬を抑え、震える。


「ま、まあ、ぜんぜん分からないが、カロリーナ殿はなぜわたしなのだ?」

「はい、優秀で懐の広い男と子作りしたくなるのは女の本能かと」

「あの、冷静に言われても困るんだけど……」

「はい、閣下はシーラ殿とソフィアを引き連れオークキングを殺し、オーク軍を撃退し、子爵となっては政務で次々と決断し次代を考えた指示を行って見せました。もともとこのカロリーナ・カンプラード、閣下が腑抜けであれば籠絡して夫人の座を射止め、子爵領を掌握することを考えておりました。ですが、その必要がありませんでしたわ!」

「考えてたのかよ!」

「しかし、この可愛らしさに仲間入りできるのであれば、もうそれを待つこと叶いません」

「ちょっと待て!」


 カナタが叫ぶ。


「俺はまだ16だ。妻を持つなど考えたこともない」

「えー、そんな、酷いですー」

「……この腰抜けが」

「意外と優柔不断ですわね…………でも、そこも可愛いです」


 シーラ、ソフィア、カロリーナが勝手なことを言う。


「とにかくだ、そんなことは今話すことじゃない」

「では、こう致しましょう。第三夫人として婚約者になることで手を打ちます」


 カロリーナ・カンプラードは涼しい笑みを浮かべる。


「そんな話はしていない!」

「じゃあ、わたしは第一夫人として婚約します!」

「では、わたしは第二夫人の座を約束いただくとしよう」


 シーラとソフィアも勝手なことを言う。


「もう、勝手にしてくれ!」 


 その言葉を聞いたカロリーナが薄く笑うのをカナタは見逃していた。



 次の日の午前、あっという間に婚約の件は子爵領の官吏たちに広がっていた。


「閣下の婚約の話を聞いたか……?」

「近衛兵筆頭、近衛魔術師筆頭だけでなく、内務長官のカロリーナ嬢までとは……」

「あれだけ若いのに、いや、あれほど若いから見境が無いのだろう」

「そうなると、娘を差し出す親も増えそうだ……」


 婚約の噂を流したのはカロリーナとソフィアだ。

 シーラも含め、カロリーナの執務室で悪だくみをしていた。 


「うむ、いい具合に噂が広まったの。あの腰抜けに任せたらいつになるかわからん」

「言質を取った以上、まだまだこんなものではありませんわ。すぐに子爵領内の領民に知れ渡りましょう」

「そろそろ、お酒ですわね」

「そうだな」


 ソフィアとカロリーナの悪い表情にシーラも感づく。


「お酒ですか?」 

「ええ、お酒ですわ」


 内務官補佐の手で中央広場に100近い酒樽が置かれ、立札に領主婚約の旨が大々的に発表される。酒は市民に振る舞われ、周囲の屋台が活気づく。領民の半数が朝っぱらから中央広場に集まり酒盛りするという異常事態が起こった。

 子爵領はただでさえ、塩田による好景気で人々が浮かれていたところ、さらにその事業を指示したノシュテット卿が婚約したとなれば、さらなる浮かれっぷりになるに十分だった。

 あちらこちらで人々は婚約話を口にし、それを祝う。もちろん、理由があった方が酒が進むからだ。


 マクシミリアン・マグヌソンとして商会にいたカナタは、中央広場の騒ぎに気づいて様子を見に行った。官吏の噂を知らず、街に出ても商会にいるだけのカナタは全く気づいていなかった。


「なんでも、領主様が、美女三人と婚約するとかで、そのお祝いだそうです!」


 一緒についてきたウルリクが説明する。


「どうしてこうなった!」

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