3■強くなりたい2
「そこのお前、訓練生だろう? 来い」
木剣の先はマクシミリアンの首から下がる木札を指している。
「あ、俺ですか……?」
「訓練しにここへ来たのだろう?」
「はっ、はい!」
マクシミリアンは躊躇しつつも前へと出る。
「わたしはトールビョルン・トールリン。エルフで、『神殺し』と呼ばれている。お前は?」
「マクシミリアン・マグヌソンです」
トールビョルンは目を眇めてカナタを見る。
「おまえは魔術師なのか? それとも……」
人物鑑定をしているらしい。カナタは空間魔術、鑑定偽装を0に、その他を上限5に偽装している。
「商人です」
「随分とあれこれと欲張って器用貧乏だな」
「旅商人には使えるものを使ってなんとか荷を守る必要がありますので」
「それで、おまえは何をどうしたいんだ?」
「剣の腕を上げたいのです」
「剣か、分かった。木剣を取れ。こちらから攻撃することは無いが、一番隙だらけと思う行動には寸止めで入れる。寸止めを無視するような礼の分からぬ愚か者は叩いて躾ける」
「あの、体で覚えるように、寸止めでなく入れてくれませんか? もちろん本気は無しで」
これはより良く覚える為の方法だ。痛いのを我慢するほどに切羽詰まっていた。
「ああ、いいだろう」
マクシミリアンは片手用の木剣を持ち、右前の突きの構えになる。素早く踏み込み、トールビョルンの胸元を突くが、ガン、と剣を叩かれ、手が痺れて剣を落とす。
「いってて……」
「……おまえ、今まで剣を握ったことが無いんじゃないか?」
「は、はい」
「そもそも最低限の握力が足りてない。毎日剣を振って基礎的な筋力をつけろ」
「……はい」
か、カッコ悪い……。かあっと顔が熱くなる。なんという初歩的な問題。話にならない。
「拾って続けろ」
「はい!」
再度、右前の構えになる。完全に体を横にし、さらに体を低くする。相手から見える投影面積を最小限にして、剣とともに飛び込む。
トールビョルンはそれを軽く剣で弾く。
マクシミリアンはバックステップし、再度飛び込む。
それも軽く剣で弾かれる。
下がらずに振り上げ、袈裟切りに降ろす。
それも軽く弾かれる。
「力が足りてないなら突きの方がいい。剣を叩かれぬよう体と剣の出入りを速くしろ」
「はい!」
マクシミリアンは連続突きを放つが、悉くが軽く受け流される。
「いいぞ、その調子でいい。だが、突きを連続で100発放っても剣先がぶれない程度の基本的な筋力体力は必要だ」
マクシミリアンは肩でぜいぜいと息をしていた。
「は、はい……」
トールビョルンは立ち止まり、考える。
「攻撃の方はもう少し筋力体力がついてからじゃないと先に進まないな。まずはよく走って、よく振るんだ」
「わかりました……」
「じゃあ、次は防御だ。こちらから攻撃するから、それを躱してみせろ」
「はい」
大ぶりの袈裟切りが来る。
マクシミリアンはバックステップで躱して見せる。
そこから連続突きが来る。
一撃目を剣で鋭角に弾き、二撃目も鋭角に弾く。
「ん? もしかしておまえ、ナイフ使いか?」
「はい、ナイフを使ってました。ただ、ナイフでは限界を感じて、剣を使えるようになりたいと思いまして」
「攻撃はまるでど素人だが、防御の方はそれなりにいい。剣を握れる力がつけばそのまま全体的に良くなるはずだ」
「ありがとうございます」
「そろそろ時間だが、何か他に訊きたいことはあるか?」
「あの、どうやってジョブスキルを得るんですか?」
トールビョルンは意外な顔をする。
「ああ、人物鑑定スキル持ちだったか。気にしてなかったな……」
腕を組み、躊躇するように宙を睨む。そして息をつく。
「……お前には無理だ」
「どうしてです……?」
「おまえは死を怖がって限界を越えられない」
「……どういうことです?」
「ジョブスキルというのは、明らかに格上の相手と戦って、限界を超えた力を発揮できて、初めて手に入れることができる。死を怖がり、先回りして保険をかけてしまうような臆病者には得ることができない」
マクシミリアンことカナタはそう言われて腑に落ちる。確かに、死を怖がり、何重にも保険を掛けていなかっただろうか? 確実に勝てる方法を探して時間を引き延ばしていなかったかだろうか? もちろんそれはイエスだ。
シーラは目の前の敵を倒すことしか考えない。だから、危うくも、戦士スキルを手に入れられたのではないだろうか。
「わたしもそうだったから分かる。そういう人間は意図的に自分を追い込まない限り、ジョブスキルを得ることは出来ない。
わたしがジョブスキルを得たのは、戦の神オスキャと戦ったときに死に物狂いになったせいだ。それまではジョブスキルを得ることは出来なかった。だから、それを教えるに良い教師とは思えん。許せ」
トールビョルンはそう言うと目を伏せ、背中を向ける。
マクシミリアンは黙って後ろに一歩引いた。
■
カナタは、次の日から訓練を始めた。
早朝からマクシミリアンとなってグリンド市の外壁の周りを走る。最初はすぐに酸欠で動けなくなるが、数日続けているとそれも慣れて来る。
朝食を終えると、蛇の体から手に入れた剣を部屋で1000回振る。剣を振る。無心で、思い切り振る。数日である程度思い通りに剣を振れるようになる。
よく走ること、よく剣を振ること。
神殺しトールビョルン・トールリンに言われたことを真面目にこなす。
「俺はまだまだ強くなれる!」
そういう思いだけで、ただただ無心に走り、剣を振る。
■
「お願いします!」
マクシミリアンは再びギルドの訓練場に来た。あれから10日ほど、基礎体力の向上と剣を握れるだけの力をつけていた。
「よし、どれだけ変わったか見せてみろ。まずは攻撃からだ」
マクシミリアンは右前に体を低くして構え、相手からの投影面積をまず小さくすることを考える。
「ふっ!」
飛び込み、連続突き。
トールビョルンは全ての突きを最小限に鋭角に弾いて防御する。
ガン、と木剣を叩かれた。が、今度は落とすことなく、弾かれて流れたところから踏み込み、切り上げる。
「もっとだ。もっと本気で来い」
細かな前進とバックステップを繰り返しつつ突きを放つ。
トールビョルンが弾こうとする。
マクシミリアンはその剣の根元を狙って逆にはじき返す。確かに剣が上手くなっているのを実感できる。剣先をどこに置こうとしているのか、考えた通りの場所に通すことができる。
あとはどうやってあの鉄壁の防御を越えるか。考えながらも攻撃を絶やさず、そして、考える。
そうか、フェイント……。
突きを入れようとしてトールビョルンの木剣がそれを弾こうとする。瞬間、剣を引き抜き、その軌跡を躱し、再度突き入れる。トールビョルンは後ろに飛び退るが、剣先がトールビョルンの胸元に僅かに触れた気がした。
『利手武器スキルがLV5となりました。ダメージ+10%
刺突スキルがLV4になりました。攻撃速度+10%、命中率+10%。』
スキルが上がるのが速い。確かな何かを掴んだような気がする。
しかし、
「今はそれでいい。だけど駄目だ。それじゃ駄目だ」
トールビョルンが剣を下げ、首を振る。
「選べ。おまえは、人として強くなりたいのか? それとも、人を越える何かになりたいのか? 人として強くなるならフェイントもありだろう。だが、魔物相手のフェイントにどれだけ意味あると思う? それがお前の限界を作る。
もしおまえが、戦士のジョブスキルを手に入れたいのなら、防御出来ない最強最速の一撃を手に入れろ。理解できるな?」
確かにそうだ。強大な、それも、オークキングやオークジェネラルのような相手に、小手先の騙しで相手を上回ることができる訳が無い。そもそもあんな一撃ではオークジェネラルの皮膚さえ斬れない。
「はい、よく分かりました……」
シーラの素直さ、真っすぐさが剣に現れるように、自分の小賢しさ、セコさも剣に現れる。恥ずかしい。痛々しい。どこかに隠れたい。でも、自分の剣からどうやって隠れろというのか。
「じゃあ、次は防御だ」
「はい!」
最初はゆっくり、それから徐々に攻撃間隔と速度が上がって行く。カナタは集中し、それをすべて鋭角に弾く。
『武器防御スキルがLV5となりました。回避率+10%。』
■
正午、カナタは城に戻りホールに降りたところ、ソフィアから報せを受ける。
「カロリーナが倒れた?」
「うむ、貧血状態気味なところに過労が重なったようだ。2,3日寝たら良くなる」
カナタは立ち上がると二階へと駆けあがる。そんなになるまで自分を追い詰めていたのか……。カロリーナの部屋に飛び込むと、椅子に座っていたシーラが顔を上げる。
「カロリーナは?」
「今は寝てます」
カナタはベッドに近づき、カロリーナの顔を覗き込む。病的に青白い肌に、僅かに目に隈がある。
「ずっと傍にいたんだろ、無理を止められなかったのか?」
「何度も止めたんです」
それを聞いてカナタは肩を落とす。
「そうか……」
「……カナタ様?」
カロリーナの瞼が開く。
「体調はどうだ、少しは良くなったか?」
「シーラを責めないでください。わたくしの我儘に付き合ってくれたんですから。それよりも、無理を承知で進めておいてこのざま。わたくしを叱って下さいませ」
どうしてカロリーナはこんなに無理をしてまで強くなろうとしているのか。あのときはショックで自分のことしか考えられなかったカナタだったが、今になってやっと分かった。
「強くなりたい気持ちを察してやれず済まなかった」
「バレていましたか……」
「随分疲れた顔をしていたから、心配してたんだぞ」
「常に護衛の必要な身ではいたくありません。ノシュテットでも、わたくしが蛇の体に捕まることで彼らのアジトを襲いました。囚われの姫になどなりたくありません。カナタ様に弱点を作りたくないのです」
カロリーナは自分だけが守られていることに、弱い自分に、引け目を感じていた。だからそれをすぐ変える為に練兵に混じって腕を磨き、午後は通常の業務を行っている。その意志の強さはカナタには真似のできないものだ。
「もういい。いいから。ゆっくり休んで、それから考えよう」
■
まだ日の出前の早朝、カロリーナははっと目を覚ました。体の怠さは取れている。熱はもう下がっている。集中力もある。もう大丈夫だ。
鎧が着れるようパンツとジャケット姿になり、髪はうなじで纏める。姿見で身支度を確認し、両頬を打つ。そして、部屋を出る。
「カロリーナ、今日も練兵に行くのか?」
声を掛けられ、振り向くとカナタがいる。
「……駄目、ですか?」
「兵士の中に反勢力がいないとも限らない。少々危険じゃないか? 腕を磨くなら他にも方法があるだろ」
「他の方法?」
カナタはカロリーナの手を取り1階に降りる。
内廷はロ型をしており、50m角はある大きな中庭を囲むように配置されている。1階は中庭に面して吹きさらしの石の廊下となっている。
廊下には武器を掛ける台が用意され、木剣や刃引きの剣、それに弓が並んでいる。弓の的も中庭の対角線上の向う側に置いてある。高い木の上にも鉄の的をぶら下げてある。
多くの植栽があるが、それを抜き去って地面を均すようなことはしなかった。魔物相手や刺客相手に、平らで広い練兵場のような場所で遭遇することは稀だからだ。
「昨日用意させたんだ」
「まあ、わたくしの為に、こんな……」
「実は俺も密かに訓練しててさ。最初からこうすれば一緒に訓練できたのになって」
カロリーナの手を握ると、ぎゅっと手を握り返してきた。
「剣の師匠ならシーラがいるし、魔術の師匠ならソフィアがいる。普段の訓練はここで十分だろう? 俺と一緒に腕を磨こう」
「はい」
「これで、安全に訓練ができるな」
「なんだか矛盾していますね」
カロリーナはそう言って笑う。
「それと、こないだ俺たちを襲った『蛇の体』が持っていたミスリルの剣だ。カロリーナも常に持っていてくれ」
カナタは亜空間収納から剣を取り出すとカロリーナへと渡す。
「確かに預かりました。常に身につけ、自分の身を守って見せますわ」
「じゃあ、回廊を走ろうか」
50メートル角はある中庭の周りをロの字の建物が配され、中庭には吹きさらしの回廊が面している。1周200メートル。
二人は一時間ほど走り続ける。
「カナタ様、体力がありますね」
「カロリーナこそ」
「こんなに素敵な訓練場を作ってくれたのですもの。俄然やる気も湧いてくるものです」
「良かった。喜んでくれて」
「素敵なプレゼントだと思います」
しばらく走っていると、ソフィアがねむねむと小さな手で目を擦って下りて来た。
「おお、わたしも走ろうかの。ちょっと運動不足気味だ」
そう言ってカナタ達の後ろを走り始めるが、1周もしないうちにソフィアが音を上げる。
「い、いつまで……、走るの……、だ?」
カナタは後ろを見る。ソフィアは息が切れて既にふうふう言ってる。
「二つの鐘までだ。毎日走ってればどんどん伸びていくよ」
「そ、そうか、もうわたしは無理、だ……」
ソフィアはよろよろと廊下にあるベンチに腰かけ、項垂れる。
カナタは随分慣れてきた。
カロリーナも無理をしているようには見えない。
カナタとカロリーナは二つの鐘まで走り通した。
食堂へ行くと、シーラが先に食事をしていた。
「おふぁようおあいあふ」
黒パンを両手に持って食べている。
「おはよう」
シーラは特別訓練している風はないのだが、疲れたところを見たことが無い。それも、あのジョブスキルとかいう戦士の力なのだろうか。
「食事が終わったら剣の稽古をしたい。シーラ、付き合ってくれ」
「はいれす」
■
「俺とカロリーナは剣の腕を磨きたいんだ。攻撃の練習と防御の練習をそれぞれじっくりやりたい」
カナタがそう言うと、シーラは首を傾げて考える。
「じゃあ、わたしは最初カロリーナちゃんに攻撃しますから、カナタさんはわたしに攻撃してください」
「ん?」
「どういうことです?」
その意図がカナタにもシーラにも分からない。
「二人纏めてやってしまいましょう。それが終わったら攻撃をカナタさんに切り替えて」
カナタは一瞬、ムカッとする。カロリーナの微笑にも一瞬険しさが浮かぶ。だが、実際それでも敵わないくらいに差がある。2人はプライドを飲み込む。
「分かった。俺がシーラに攻撃をする」
「わたくしがシーラから防御します」
3人は木剣を持つ。なぜか、シーラも大剣ではなく片手剣の木剣だ。
「シーラは大剣じゃなくていいのか?」
「大剣をもっている人はそれほど多くないです」
シーラなりに考えてくれているらしい。
「では行きます」
ふっと一瞬の踏み込みでカロリーナの目前にいた。
カロリーナは驚きに目を丸くしつつも、シーラの袈裟切りをギリギリで潜る。
カナタはシーラの背後に突きを入れるが、体ごと躱され、カロリーナを盾にされる。
「くそっ!」
追っても追っても、自然とカロリーナを盾にされ、シーラに届かない。
くやしいが、なるほど! これだけ見事な立ち回りをされると、相手が何人いようが関係なくなってしまう。
シーラは自分より数多い敵と戦ってばかりだった。戦う相手を一人に絞るような立ち回りをいつの間にか学んでいるのだ。カナタが転移があるからと余裕ぶっているとき、シーラは常にこうやって戦ってきたということ。
カロリーナが限界になり肩で息をするようになった。
カナタも息が切れていた。
「休憩にしましょう!」
シーラの言葉に、二人はその場に崩れる。
「ダメだ、差があり過ぎる……」
「そう、ですわね……」
二人は地面の上で仰向けになって中庭の四角い空を見上げる。
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