10■グリンド城騒乱2

 カナタが内廷へと戻ると、煙の臭いがした。何かが爆発したのだ。

 ソフィアはどうなっている?

 階上へと上がると、ソフィアの部屋からもうもうと煙が上がっている。

 そして、廊下に近衛兵が2人。


「来たか……」


 バートとカールはミスリルの剣を構えると、カナタへと飛び込んでくる。

 カナタは亜空間収納からミスリルの剣を取り出す。


「ソフィアに何をしたああああああああああ!」


 一人が一人の盾となる位置どりをし、敵の剣を鋭角に流し、そのままその右腕を刺し貫く。


「ぐあっ!」

「怯むな! こいつを殺せば終りだ!」


 バートが怯み、カールが叱咤する。


「右に炎、左に風、炎風!」


 カナタは叫ぶ。

 剣を交わす位置からの二人纏めての攻撃。

 しかし、二人は床を転がり、その範囲から逃れる。


「ちっ、慣れてんな!」


 カナタは剣を鞘に納める。


「上に光、雷光! 上に闇、夜の帳!」


 眩いばかりの光から一変、辺りが薄暗くなる。カナタは敵のミスリルの剣の青白い光を見て、背後に転移する。

 そして、カールを背中から刺し貫く。


「おがっ!」


 一人……!

 バートはすぐさまミスリルの剣を鞘に納めると床を転がって階段へと移動する。


「待てっ!」


 カナタは煙の中、廊下の窓を叩き割り、そして階段を降りる。



「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」


 カロリーナは肩で肩で息をしていた。右手を斬られ、右足を斬られ、左手に剣を持ち替え、左前に構え敵兵に剣を向ける。

 敵兵は鮮血を浴びても怪我をしても全く引かないカロリーナに気迫で押されている。

 カロリーナは敵兵の背後にシーラを見える。

 敵兵は真っ二つになり、床に転がる。


「カロリーナちゃん! 大丈夫?!」

「なんとか生きています……」


 廊下の敵は既に半数を割り、敵はシーラの恐ろしさに腰が引けている。


「どうして倒せんのだ? たった二人だぞ!」

「無理だ、あんなの無理だ!」

「命が無くて金もくそもあるか!」


 兵士たちは次々に剣を捨て、逃げてゆく。


「おい、俺を置いてゆくな!」


 エトスロット子爵エーリク・フランセンは逃げ行く兵士を追うように走り出す。


「逃がしません!」


 シーラは一瞬で追いつくとエーリクの脚を切りつける。

 エーリクは勢いのまま床に転がり、脚の痛みに呻く。


「ひいっ、た、助けてくれ! お前たち、逃げるなっ!」

「あなたからは話を聞かないといけませんから、殺しませんよ?」


 シーラは小さなマジックバッグからロープを取り出すと、エーリクを縛り上げ、執務室へと放り込む。


「速く、カナタさんとソフィアちゃんのところに行かないと!」

「済みません、わたしはもう限界です……。治療してから行きます」


 カロリーナはそう言って辛そうにソファに腰を下ろす。


「上に光、右に水、下に土……、治癒」


 右前に構えていたので、右半身に幾十もの切り傷を受けている。手をかざし、それを順に治してゆく。


「わかりました。行ってきます!」


 シーラは廊下を駆ける。

 あの爆発音はただ事ではない。誕生節に貰った胸元のロケットをぎゅっと握る。

 そして城の区画がもうそろそ終りのころだった。

 廊下にローブを着た老人が蹲っている。

 何の下仕事をしているのか、皺だらけでかなり高齢のようだ。


「大丈夫ですか?」

「シ、シーラ様……。な、何が起こっているのでしょうか! 腰が抜けて立てなくなってしまい……」

「うーん、これ効くんでしょうか?」


 シーラはカナタから貰った治癒のワンドをいつでも使えるよう、腰にぶら下げている。


「ちょっとやってみますね」


 ワンドを持ち、老人の腰に当てる。


「治癒!」

「転移……」


 老人の目が細められ、そう呟く。


「……え?」


 その瞬間、ぐにゃりとした歪んだ感覚が体を突き抜ける。

 気づくと、石壁に囲まれた暗い部屋だった。


「よし、これで最大の難関を排除できた」


 老人はすっくと立ちあがると、その深い皺を愉悦に歪め、眼に光を灯しシーラを見る。


「あなたは?」

「ではな、小娘……」


 次の瞬間、床には魔法陣を描いた紙だけが残されていた。


「転移を使えるなんて!」


 シーラは珍しく驚いていた。

 カナタと一緒だ。

 そして、きっと、蛇の男達ときっと関係がある。

 カナタが危機に陥っている。

 その部屋は石壁ででき、唯一あるドアには鉄の格子が嵌められている。

 シーラは鬼切丸を抜くと集中する。そして、袈裟切りを一閃。格子がバラバラに切り刻まれる。

 部屋の外も石の壁の廊下だ。その廊下を進んでゆくと階段が見える。暗い階段を上がり、暗い部屋に出る。ドアを見つけ、それも斬り倒す。

 外に出た。

 そこは見覚えのない森の中だった。


「もう、ここはどこですか?!」



「くそっ! どこだ! 出てこい!」


 カナタはホールに降りた途端に見失った近衛兵を探していた。

 ちょっと待て……。

 ソフィアを探しに来たのに、いつの間にか敵に寝返った近衛兵を探している。

 カナタは下りた階段を駆け上がると、ソフィアの部屋に突っ込む。既に火は消えていた。床は水浸しで、煤で真っ黒だった。火災が一部屋で済んだのは石造りの建物だからこそだろう。

 ソフィアがやったのだろうか。

 その中、窓際に倒れた小さな体を見つける。


「ソフィア!」


 カナタは駆け寄る。

 それは無残な姿だった。

 服は全て焼け、全身の皮が焼けて捲れあがり、てらてらとした肉が見えて血が滲んでいる。

 カナタはソフィアの口に耳を近づける。微かに息がある。


「ソフィア! おいソフィア! 上に光、右に水、下に土! 治癒!」


 何度も何度も治癒の魔術をかける。

 徐々に全身の火傷が塞がり、子供のような肌へと元に戻ってゆく。


「ソフィア、起きてくれ! ソフィア! 上に光、右に水、下に土! 治癒!」


 なんども声を掛けながら、何度も治癒の魔術をかける。

 魔力切れて頭痛がしてきた。体がだるい。眠い。


「むう、カナタか……?」

「おお、生きてるか?」

「生きておるようだ」

「良かった……」


 カナタはふうと息をつき、座ったまま後ろ手を着いて天井を見上げる。


「女にいつまでもこんな格好にさせるものでない」

「そうだな……」


 とは言うものの、すべてが焼けてしまっている。

 カナタはソフィアを抱き上げるとカナタの部屋に移動する。ソフィアをクローゼットの中に寝かせ、ベッドから毛布をはぎ取ると、その体を包む。


「まだ敵がいる。しばらくここで待っててくれ」

「頼んだぞ……」


 ソフィアはそれだけ言うと眼を瞑る。

 きい、とクローゼットを閉め、そして、部屋のドアを開ける。周りに敵はいない。

 階段を降り、ホールへと入る。


「ようやく会えたな、カナタ・ディマよ」


 そこには見覚えのないローブを着た老人が立っていた。

 そして、その後ろには、バート、デニス、エッベがいる。


「お前が蛇の首魁か……」

「わたしは司教スティグソン。ディマ神よりディマ教を預かるものだ。至高の神であらせられるディマを騙り、そして、ディマ教に属さずにディマの恵みを得た者よ。ここで死ぬがよい」

「神でなく、魔王じゃないのか?」

「不敬なやつだ。しかし、好きに言うが良い。お前にもう勝ち目はない」


 何を言っている?


「あのソフィアとやらを治療したのだろう? もう魔力も殆ど残っていまい」

「シーラとカロリーナはどうした?」

「さあな。予想してみるがいい」


 ソフィアと分断されただけじゃなく、シーラ達と分断させられたもの計算のうちだったのか……。

 この対面で眠気は吹き飛んだが、魔力の限界が近いのは確かだ。ここで何度も転移を使えば、敵を殺す前に意識を失ってしまう。


「シーラ! シーラ!」


 大声で叫ぶが、シーラの気配がない。だが、こいつらがシーラを殺せたとは思えない。

 シーラはカロリーナについていた。だから、カロリーナは無事なはず。

 だが、どういうわけか、シーラ達とうまく分断され、ソフィアはやられ、自分ひとりの状況となってしまっている。


「くそ、今回はそちらが上手だったってことか……」

「よく理解できたな。今まで散々恥をかかされてきたが、今回で終わりだ。

 行け、カナタ・ディマを殺せ!」


 蛇の体が動く。

 カナタは剣を抜き、デニスをバートの盾とするように間合をとる。

 しかし、さらにもう一人、エッベはカナタの背後に回り込んだ。


「上に光、雷光! 上に闇、夜の帳!」

「目を塞げ!」


 バートが叫ぶ。

 デニス、エッベは素早く対応する。


「ちっ!」


 一度した失敗は二度しないか!


 転移!


 背後のエッベのさらに背後に転移し、連続突きを入れる。

 エッベは振り向きながらも咄嗟に後退しつつ、剣で剣を受ける。

 さらに追い込み、連続突き。その一発がエッベの腕を切りつける。


「くそっ!」


 エッベが呻く。

 デニス、バートが散開し、カナタの背後へと回り込む。

 これじゃキリが無い!


「さっさと殺さんか!」


 司教スティグソンが叱咤する。

 そうだ……。

 カナタはスティグソンの背後に転移し、そこから突きを放つ。

 しかし……

 目の前からスティグソンが消えた。

 転移……?!

 後ろから首を押さえられ、脇腹に熱い感触がする。


「がはっ!」

「わたしに転移で勝てると思うな。若造が」


 背後からカナタを刺したのはミスリルの短刀を持ったスティグソン自らだった。

 スティグソンはカナタの背中を蹴り飛ばす。カナタはそのまま前のめりに数歩歩き、元の場所、カール、デニス、エッベの真ん中に追いやられる。


「さっさと殺せ」


 スティグソンは底冷えするような冷たい声で命令する。

 カナタは痛みに呻きながら、カールの斬撃を打ち払う。

 しかし、覚束ない脚ではそれもすぐ終わりとなる。

 背後から脚を斬られ、背中を斬られ、ミスリルの刃はあっさりと骨まで到達する。

 カナタは血塗れで崩れるように倒れる。


「転移……」


 寝室に転移しようとして、それが出来ないことに気づく。


「寝室の転移陣は処分させてもらったぞ」


 司教スティグソンは笑みを浮かべ言う。

 すかさず他の転移陣に移動しようと考えるが、はたと考える。

 どうやってここに戻れば良いのか。婚約者たちを置いて逃げるのか?

 いや、それは駄目だ。

 そうだ、預けたロケットがある。誰のところに転移すればいい?

 ソフィアは駄目だ。ソフィアに害が及ぶ。

 シーラだ。

 シーラなら何とか……。

 そしてシーラのところへと転移しようとする。


「あれ……?」


 なぜか転移できない。

 遠すぎる? 遠すぎるのか? シーラは一体どこにいるんだ?

 じゃあ、カロリーナのところに……。


「転移……」


 カナタの姿が掻き消える。

 蛇の男達は司教の判断を頼り、振り返る。

 司教スティグソンは舌打ちをする。


「ちっ……逃げられたか。しかし婚約者たちを置いては行かないだろう。

 おそらく誰かに持たせていたのだ。シーラは遠い場所へ連れて行ったから、カナタ本人が転移陣を持っていなければ行けはしない。

 残るはソフィアとカロリーナだが……。ソフィアはどこにいるか分からんが、虫の息だ。おそらく、カロリーナのところだろう。行くぞ」


 司教と蛇の男たちは内廷を出てカロリーナの居る執務室へと向かう。



 カナタは床に伏せた状態でカロリーナの執務室へと転移していた。


「カナタ様!」


 カロリーナは驚いて倒れるカナタへと屈みこむ。


「悪い、カロリーナ。脇腹を刺されている。治癒してくれないか……」

「はい! 上に光、右に水、下に土、治癒!」

「すぐにやつらが来る。シーラが転移でどこかに飛ばされているが、魔術陣を持ってなかったせいで、遠いらしくて行けなかった。ソフィアは俺の部屋のクローゼットに隠してある……」

「はい」

「でも、もう、シーラのところに行って連れて帰ってくるだけの魔力が……ない」

「はい」

「だから、オーケを……、トールビョルン・トールリンを、探してくれ。あいつなら、奴らに勝てるはずだ……」

「わかりました! 一応、この魔術陣を置いておきます。魔力が回復したら使って下さい!」


 カロリーナは目に涙を溜めながらも、首にぶら下げたロケットをカナタのポケットに入れる。そして立ち上がり、廊下を駆けて行く。

 カロリーナの足音が遠くなる。音は小さくなり、そして聞こえなくなった。

 ふう、と息をつく。とりあえず、これでカロリーナも安全だろう。婚約者たちの安全だけはなんとか確保できたはずだ……。

 やつらがどこを探すのかは分からない。それまでの間になんとか回復すれば、シーラも連れて来ることができる。それまでの時間だ。

 たったそれだけ。

 30分だ、30分あればいい……。

 頼む。それまで、やつらが気づきませんように……。

 しかし、無情にも、速足に近づく何者かの足音が聞こえた。

 それも内廷の方から、恐らく数は四人。スティグソンと蛇の男達だ。


「くそっ、バレバレかよ!」




 司教スティグソンとバート、カール、デニスは領主の執務室に飛び込む。


「居るはずだ。探せ!」


 司教スティグソンの声に男達はきびきびした動きで部屋を探す。

 バートは床の血を発見する。その血は擦れてソファの下に入り込んでいる。バートは他の二人に床の血を指さして見せる。

 デニスはソファの背後に回り、ミスリルの剣を振り上げ、ソファごと貫く。

 呻き声は無い。しかし、肉を刺す感触はあった。

 デニスは何度も突き刺し、10回は突き刺しただろうか。

 バートはソファを倒す。


「なっ……」


 しかし、そこにあったのはエトスロット子爵の兵士の死体だった。




 カナタはその隣のソファに隠れていた。

 兵士は偽装だ。ちょっとした時間稼ぎでしかない。

 誰でもいい、来てくれ。トールビョルンでもいい。

 誰か、来てくれ。

 頼む。

 もう、持たない……。

 終わりたくない……。

 まだまだこれからなんだ。

 頼むから。

 頼むから……。




 バートは身を低くして下を覗く。


「いたぜ、隣だ」


 デニスは剣を振り上げ、ソファに刺す。

 カナタは寸でのところで躱し、床を転がってソファから出る。

 頭に浮かんだのはシーラだった。

 自分は馬鹿だなと思う。おそらく一番遠くに飛ばされているシーラ。それが来るはずが無い。

 トールビョルン・トールリンの方がまだ可能性が残されていたが、その気配はまだない。


「大人しく死にな!」


 デニスが吠え、振り下ろされた剣が、カナタの腹部を貫く。


「誰か、来てくれええええええええええええ!」


 カナタは最後の声を張り上げて叫ぶ。

 カロリーナから預けられた魔術陣の入ったロケットが光った。

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