4■初めての商売2

「金が用意出来たら使いを出す。どこに泊ってる?」


 ラーベは契約書に書き込みつつそう言う。カナタのサインを残して3枚仕上げ、それを羽ペンとインクと一緒にカナタへ押し出す。


「まだ決まった宿がないので、こちらから顔を出しますよ」


 カナタはそう言いながらサインする。シーラに居場所を知られたくないからだ。


「ところで、冒険者もしているんだって? シーラが名前も知らない人に命を救われたが、逃げられて探しても見つからないとか言っていた。それがおまえなんだろ?」

「ええ。シーラに巻き込まれて仕方なく助けたというか……」

「あいつも先日冒険者に登録したばかりでな。パーティーになる人は決まっているのだと、ずっとカナタを探していてな。もし冒険者も続けるっていうならシーラの面倒を見てくれないか?」

「……考えておきます」


 失礼にならない範囲で濁す。


「考える必要はありません。決断し、パーティーを結成しましょう!」


 バン、と音を立ててシーラが入ってきた。どうやらずっと聞き耳を立てていたらしい。


「あのなあ、自分が敵わない相手を引き連れて俺を巻き込んだんだぞ? 少しは反省しろ!」

「専門外の俺が言うことじゃないが、どういう状況だったんだ?」


 ラーベの疑問にカナタは説明する。


「冒険者登録した当日、特に戦闘スキルも無いので薬草を採取していたんですが。そしたら、西からゴブリンを10匹引き連れたシーラが逃げて来たんです。びっくりして逃げたらシーラが追ってきまして。そして、シーラが転んでゴブリンに囲まれ……。

 仕方ないので覚悟を決めてゴブリンを倒して、気を失ったシーラを抱えて逃げ、どうにか東門の衛兵に預けて来たんです。おかげで買ったばかりの弓を置いてきてしまって……」

「ああ、分かった。すまんな、カナタ。面倒見ろなんて言って……」


 ラーベは呆れた顔で額を押える。


「しょうがないじゃないですか。私だって数匹ならどうにかできますが、10匹もいたら逃げるしかないですよ!」


 シーラは駄々をこねるように言う。ダメだこいつ、何も分かっていない。


「そいういうことじゃない。勝てない数の集団に、逃げて振り切れないような距離で見つかったことが失敗だ。何の用心もせず、魔物が見つかるまでずんずん進んでたんだろ?」

「うぐう……」

「しかし、ゴブリン10匹程度、シーラでも敵わないものか?」


 しょげるシーラを見て、ラーベは思わぬ反応をする。シーラでも? 意外や意外、シーラはラーベに評価されているらしい。

 どれどれ見てみよう。



【 名 前 】シーラ・ラーベ

【 性 別 】女

【 種 族 】ヒューマン

【 年 齢 】17歳


【戦闘スキル群】

 両手武器スキルLV5 利手武器スキルLV2 非利手スキルLV1

 殴打スキルLV2 刺突スキルLV3 斬撃スキルLV5

 回避スキルLV5 武器防御スキルLV3


【移動スキル群】

 長走スキルLV2 瞬走スキルLV5



 近接戦闘向きというか、それが専門だった。


「だって、ゴブリンて臭いし、気持ち悪いし、近づくとぞわってなるじゃないですか。それが10匹もいたらもう!」

「それは慣れの問題だ。誰だってあんなのが襲ってきたら怖いし気持ち悪い」

「そ……そうですか。慣れですか?」

「そんなにスキル高いならゴブリンなんて一撃だろ?」

「そうですね、ゴブリンなら一撃です!」

「落ち着いて、間合い維持して、一匹ずつ削るんだ。なるべく、相手に囲まれないよう、複数に攻撃されないような位置取りをするんだよ」


 カナタは自分には出来なさそうなことを適当に言う。


「落ち着いて一匹ずつ、相手に囲まれないよう、複数に攻撃されないような位置取り……」


 シーラはぶつぶつとカナタの言葉を繰り返し、ゴブリンとの戦いを思い出しているのか視線を落とす。しばらくそうしていると顔を上げて目を輝かす。


「なるほど、さすがは未来の旦那様です!」

「誰が未来の旦那様だ!」


 そこに、ラーベが険しい顔で割って入る。


「カナタ、おまえ、人物鑑定スキルを偽装しているのか?」


 カナタは思わず口を押えるが今更だ。人物鑑定スキルLV3に偽装しているのにシーラの高いスキルが分かるのだ。偽装していますと自分からばらすようなもの。ちょっとした迂闊さで大きな秘密を暴露してしまうことになる。


「迂闊だな。次は気を付けろ。人物鑑定持ちってのはどうしたって警戒されるからな。鑑定偽装持ちならなおさらだ」

「は、はい。肝に銘じます……」

「人物鑑定スキルなんて、沢山人と会う仕事をする人間は誰もが持っているもんだが、俺の人物鑑定スキルはまだそれほど高くない。シーラの戦闘スキルのレベルまで分からない。だから高いのだけは分かっていたんだが。それで、シーラはどうなんだ?」

「両手武器スキル、斬撃スキル、回避スキル、瞬走スキルがLV5ですね。完全に近接戦闘向きです」

「ほお、既に銀クラスか!」


 ラーベは自分のことのように嬉しそうだ。


「え、そうなんですか?!」


 シーラの顔がぱっと輝く。


「銀ランクの冒険者は護衛のリーダー役で雇うからな、話を聞くからそれくらいのスキルレベルなのは知っている。冒険者はどれだけ稼いだがでランクが決まるだけで、ランクイコール強さってわけじゃないみたいだが。それでも、ランクを上がって生き残ったということは、積み重ねがあるってことだろう。あとは経験を積めばいい冒険者になれるんじゃないか?」


 なんだか甘い。叔父が姪を見る目は甘い。


「というわけで、改めて頼む。シーラに冒険者の稽古をつけてやってくれないか?」


 やっぱり甘かった。カナタはなるべくこっちにお鉢が回らないよう頭が高速回転する。


「俺の戦闘のスキルはどれもLV1ですよ? シーラほどの実力はないです」

「いいですね。じゃあ、カナタさんを護衛します!」


 藪蛇だった。ラーベはカナタをみてニヤニヤしている。ずるずると引きずり込もうとする算段が透けて見える。



 どうにか流れを切ってこれでお暇しようと店を出る時、ラーベが呼び止める。近づいてくると周囲に目配せし、耳打ちする。


「一つ言い忘れた。サンダール商会に気を付けろ。もしまたマジックバッグを手に入れるようなことがあるなら余計にだ。街の名と同じだから分かると思うが、ここの領主の分家の男爵が会頭だ。最近、かなり強引な手を使って好き放題やっている。周りも貴族相手だからと眼を瞑っているが、それで余計に付け上がっている。

 ここの領主は辺境を仕切る辣腕で有名で、いつまでも不正を許すような方ではない。どの商会もそのうちヤツが処断されることを待って息を顰めている状態だ。そんなところで今目を付けられるのは損だ。しばらくは目立たないようにしろ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」


 着替えは弓代だと言われ、以前よりやや高級な服が上下揃ってしまった。


 ところで、最初にカナタを追い出した護衛はというと、笑顔を顔面に張り付けて見送っていた。



 ラーベ商会を出て店構えを見る。4層になっており、2階から上が住居だ。1階の右端に鉄製の大きな門がある。トンネル状に中庭に続いている部分が馬車の荷下ろし場で、中庭に厩があるようだ。そういえばと他の店を見るが、この辺りの店は同じような作りになっている。


 金が欲しい。

 住居が欲しい。

 厨房が欲しい。

 風呂が欲しい。

 店舗が欲しい。


 しばらく別の地方へ行くつもりも無いし、冒険者でも商人でも駆け出しならこの辺境都市サンダールは良い場所のはず。ここで生活を組み立てる必要がある。

 宿に泊まるより、住居を借りた方が宿より安くつくだろう。今金が一番きついのは宿なのだ。一か月泊れば金貨1枚銀貨50枚。部屋を借りれば単純に半分になるはず。



 北大通から広場へ入る。カナタは広場の中心にある銅像に気付いた。前からあることは知っていたが余裕が無くて通り過ぎていたのだ。

 厳つい鎧を着た男が背丈ほどあろう大剣を地面に突いている。台座には像の名とこの都市の歴史が書かれた青銅版が嵌めこまれている。


『初代辺境伯サムエル・サンダール』


 王国歴1515年、森に覆われた魔物の地を切り開くべく結成された開拓団の兵長であったサムエル・サンダールは、ここにあった森を支配していたオークキング・ブローを、激戦の末、大剣【鬼切丸】で斬った。それを切っ掛けにオークの国は後退し、南北に渡って広大な辺境地域を領土として獲得した、とある。

 そこに開拓団の砦を作り、その周りに練兵場や屯田を作った。それを囲うように城壁が出来た。これが一の城壁。

 その後、ここは西の辺境の為、東門の前に市が立つようになる。定住する者も出てきたため、魔物から守るよう東側を大きく囲うように城壁を建てた。これが二の城壁。

 さらに時代が下り、街に人が増えたため、さらに東側を大きく囲うように城壁を建てた。これが三の城壁。これが今の一番外側の壁らしい。

 そうやって、西側の城壁だけを共有した偏った三重の円の城壁が形成されたという。三の城壁が出来てから区画整理が行われ、一の城壁は城の敷地となり、二の城壁は貴族や官僚の為の高級住宅街となり、三の城壁が市民街となったという。

 この像は区画整理事業の成功を記念して設置されたらしい。


「だから市民街が三日月型なのか」


 この街の中心部である広場が貴族街の入口である二の壁の門に面しているのも、そういう構造だからだ。

 改めて、自分がこれから住もうとする街がどういうところか再確認できた。



 商業ギルドを訪れ、年会費を払ったあと、窓口の男性に部屋を借りるにはどうすればよいか尋ねる。


「端のコーナーで、不動産仲介屋からの案内がまとめられています」


 どこの不動産仲介屋も商業ギルドに情報を出しており、そこで見つけた物件を扱う不動産仲介を尋ねるといいと教わる。

 ということで、そのコーナーを見渡すと、売買と賃貸、どちらも金額で分類されており、銀貨50枚以下、金貨1枚以下の分類もある。

 ぺらぺらと捲ってみるが、単身者用の募集は家で空いている部屋を貸す、いわゆる下宿のようなものがほとんどだ。銀貨30枚でただ部屋を貸すものから、二食付きで銀貨60枚ほどのものが多い。中には、『公衆浴場が近いです』という売り文句もある。


「公衆浴場があったのか……」


 誰もがラーベ氏のような家や魔道具、そしてクズ魔石を維持できるはずがないわけで、公衆浴場は当然あるのだろう。しかし、それでも自分の家に浴室が欲しい思いは変わりがない。自分の家にあるかどうかでかなり満足度が変わる。

 幸い、冒険者だし、クズ魔石とやらもゴブリンから手に入るようだ。何より、魔道具作りは魔術陣スキルを使える自分ならできるはず。


 しかし、風呂があるのは金貨2枚以上の物件からで、家族用の住宅だった。考えてみれば、三日に一度、月に10度入ったとして、クズ魔石が月に銀貨50枚分必要なのだ。賃貸住居に金貨2枚払えない者が、風呂の為に銀貨50枚出せるわけが無い。


 下手に大きな物件を借りたら、小金持ちの若造が現れたと詮索する人間がいるかもしれない。風呂は諦め、身の程をわきまえた物件を借りることにする。

 そう決断してしまえば結構快適そうな物件がいくつかある。一つ気に入った物件があったがサンダール商会不動産部門だったので、ラーベの言う通り避けておく。

 気に入った物件以外にも沢山物件を扱っているフッリ不動産商会へ向かう。ギルドのすぐ近くで北大通りに面しているようだ。


「いらっしゃいませ。どのような物件をお探しですか?」


 店に入るとカウンターのまだ若い男性店員が立ち上がる。


「商人ギルドでいくつか見て来たんですが。ええと、北通りの……」

「ご案内いたします」


 メモしてきた住所を伝えると、店員は見学の案内をすると言って先導する。

 物件の場所は北通りの奥の方から一本入ってすぐで、ラーベ商会に近い。市民街でも北はやや高級な場所らしく、道は静かで、歩く人は誰もが身なりが綺麗だ。カナタはそれを見て、ラーベにもらった着替えがあって良かったと安堵する。

 石造りの外壁に五段ほどの階段がへばりついており、その上に大きく立派な木の扉がある。店員がドアを開けると中は真っすぐの廊下で、正面突き当りにガラスの嵌ったドアが明るく見える。中庭に続くのだろう。入口すぐ左手は階段で、右手と左手奥にドアがある。店員は右手のドアをノックする。


「随分若い方が来てくれたのね。良かったわ。四階だから、若い人じゃないと階段がキツイのよ」


 裕福そうな少しふっくらとした中年の女性が出て来た。


「ここの大家さんでマーサさんです」

「ああ、いいのよ。挨拶は住んでくれるって決まってからで」


 店員の紹介にのんびりした声で大家さんが答える。


「見学させていただきます」


 店員が鍵を預かり、促されて階段を上がり、最上階である四階に着く。相場からすると安いのは四階だかららしい。一階と同じ構造なのか、廊下が真っすぐ続き、階段側にある部屋が1LDK、反対側の部屋が2LDKで、どちらも空いているという。

 1LDKを借りるつもりなので、中を見せてもらう。中庭側に大きなガラス窓のついた20畳はあるリビングダイニングルームがあり、窓と逆側に暖炉がある。古いソファとローテーブル、ダイニングテーブルと椅子数客がある。運び出すのが大変だからと前の住人が置いて行ったので好きに使っていいとのこと。

 キッチンは暖炉の裏で、丁度暖炉と背中合わせの位置に竈がある。煙突を共用しているらしい。据え付けの作業台と陶製シンクがあり、排水設備があると言う。なかなか立派な厨房だ。そのさらに裏はトイレと小さな倉庫だ。意外なことに、この町には下水が存在し、厨房やトイレの排水が完備されているらしい。街の近くを通る河の下流側に放流されているとのこと。

 街路側は12畳くらいの寝室で、ベッドが残されている。


「中庭の井戸から水を汲んで上がるのは大変ですが、月銀貨50枚というのは、この辺りの相場から考えるとかなりお得な値段ですよ」


 給水設備はないが、魔道具を作れば済むだろう。


「バルコニーを見せてもらっていいですか?」


 一番の嬉しい誤算は、バルコニーが存在することだ。洗濯ものを干す場所として使うもので、このサンダールの街は割合新しい為、一般的らしい。

 バルコニーは中庭側からリビングダイニングルームへ食い込むように3メートル角くらいある。


「これも下までちゃんと排水管があるんですか?」

「ええ、この地方は初夏に大雨が降りますから、バルコニーの水は下水に繋がっています」

「決めました、ここにします」


 早速、大家さんのお宅に向かい、契約書を交わし手数料と初月の家賃を払う。


「入ってくれる人がいて助かったわ」


 大家宅をお暇して四階の自室へ入る。


「俺の家だ……」


 やっと安心できる居場所を確保でき、思わず呟く。


「ええ、二人の愛の巣です!」


 シーラは感激したように胸元で両手を組む。


「なんでシーラがいるんだよ?!」

「カナタさんがうちを出たときからずっと見守っていました!」


 それはストーカーだろ!


 シーラを構う暇などない。やるべきことが山積みだ。水汲み、掃除用具、洗濯板と桶、倉庫に少し残ってはいたが竈や暖炉用の薪、鍋や調理用具類、マットと毛布、食料などなど買い出しに行かないといけない。


「ほら、買い出しに出るから手伝え」


 マーサさんに店の場所を聞いて買いに行く。生活用品の店は南大通り沿いにあるが、住居が北通りだと言うと安く届けてくれるという。

 カナタは南大通りで買い物をし、食料と小物だけ運ぶ。保存の良い乾燥させた堅いパン、塩漬けした豚の干し肉、日持ちの良い根菜類、ビタミン摂取用の果実をいくつか。


「荷物持ちますよ?」


 一人で持つには重いのでシーラにも持たせる。結構な量を持たせたが余裕そうなので遠慮なく荷物運びとして使う。


 南大通りから戻り広場に差し掛かったところで鐘が五つ鳴る。日の入りの鐘だ。

 広場の屋台で売っていた大きな鶏の肉串を5本買って包んでもらう。痩過ぎた体をなんとかしないといけないが、料理をするほどの気力が無いのだ。


「1本やるよ。じゃあな」


 部屋に戻るとドアの前でシーラに鶏串1本を押し付け、鍵を掛ける。


「いじわるです!」


 その夜は、できる限り肉と堅パンを食べ、満腹で身動きが出来ない状態で眠りについた。

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