11■オークキング・グラーン3

『転移』


 ソフィアが歪んだ感覚から解放されると、目の前には手を握ったままのカナタとシーラが寝ている。

 そこは、カナタの匂いのする締め切った寝室。ソフィアは窓を開け、外を見る。夕暮れの中、四階建ての建物がびっしりと並んでいる。


「領都か? ということは、ここはカナタの部屋か!」


 助かったのだ……。


「こいつ、諦めたのかと思ったら味な真似をしおって!」


 カナタはポケットに転移魔術陣を描いた石を入れていたのだ。

 ソフィアは再度二人に屈みこんで心音を確認する。

 二人とも生きている。まだまだ間に合う。


「上に光、右に水、下に土、治癒!」


 まずは出血のひどいカナタの頸動脈を、治癒の魔術で自然回復速度を数十倍に上げる。

 次にシーラを見る。胸元から腹にかけて陥没し、そこから心音に合わせて血液が流れだしている。


「上に光、下に水、身体透視!」


 音と光で体内の構造が透けて見える。肋骨が上から下まで全て折れ、肺が傷ついている。傷の深さはシーラの方が深刻だ。


「回復魔術は専門ではないのだがな……。上に光、下に水、骨肉固定!」


 回復魔術は、人体の構造をある程度把握していないと癒着が起こる。ソフィアは回復魔術の教本にあった人体の構造の図解を思い出しつつ、慎重にシーラに【骨肉固定】をかけ、潰れたり折れたりしたパーツを正常な位置で固定してゆく。


「上に光、右に水、下に土、治癒!」


 おおよその位置を固定できたところで、自然回復速度を上げる。

 次はカナタだ。こちらは手足だけで内臓が関係しないので、はっきり思い出すことができた。粉砕された骨を正常な位置へと戻し、潰れた筋繊維の形を整える。

 それが終わると、治癒の効果時間を考え、カナタとシーラを交互に【治癒】をかけてゆく。



 それは二十数回目の【治癒】だった。


「上に光、右に水、下に土、治癒! う……」


 光のスキルが低いせいで、魔力の消費が大きい。頭痛と倦怠感、そして眠気が襲ってくる。

 ソフィアは立って眼を瞑り、深呼吸をする。そして、体の中心に向かって『吸う』。何度か『吸』って、直立のまま瞑想する。そしてまた、『吸う』。それを何度か繰り返すと、頭痛と倦怠感が収まって来た。


「よし」


 再度、カナタとシーラに交互に治癒を施す。


「上に光、右に水、下に土、治癒!」


 二人の傷がなんとか治癒できた。


「カナタ起きろ! こら、起きろと言うてるに!」


 ぺしぺしとカナタの頬を叩く。


「うっ……。ああ、ソフィアか。……俺たち助かったのか?」

「まったく心配させるでないわ!」


 ソフィアは少し安心したのか、途端に涙があふれて来た。


「泣くなよ……」

「泣いとらんわ!」

「泣いてるって」

「泣いとらんと言っとるだろうが。そんなことより、水を飲んで肉を食え。回復魔法は体力の消耗が激しい」


 そう言って袖口で涙を拭う。


「分かった」


 だが、カナタは起き上がろうとしてすっころぶ。


「痛ってええええええ!」


 体が痛いのだ。もちろん、まだ完全に治りきっていないからだ。


「おぬしよりシーラの方が重傷だ。少しは我慢せい!」

「シーラが危ないのか?!」

「今さらだな。肋骨が上から下まで折れて内臓が傷ついていた。今やっと傷口が塞がって、骨が繋がったところだ」

「うう……」


 シーラが呻いた。


「シーラ! 目を覚ますのだ、シーラ!」

「シーラ、起きろ!」

「はい?」


 シーラはぱっちり目を開ける。


「体は痛くないか? 大丈夫か?」

「はい!」


 シーラはぴょんと跳ね起きた。


「あれー、ここカナタさんの部屋じゃないですか!」


 そう言ってカナタのベッドに飛び込んだ。


「んー、カナタさんの香り! すんすん」

「勝手に人のベッドに潜り込むな! 勝手に匂いかぐな!」

「ほんとシーラはブレないのう……」



「オークと戦うんだから、オーク肉でも食って、体を完治させないとな」


 カナタはオークリーダーのステーキをたっぷり三枚フライパンで焼く。商品に扱ってから手に入れていた胡椒と、フィアルクロック産の海塩をたっぷりまぶした逸品だ。


「おぬしら、たっぷり肉を食って、水を飲め。まだ治療は途中だぞ」

「分かってる」

「おいしーです!」

「それにしても、ソフィアが天才魔術少女じゃなければ俺たちくたばってたな……」

「二十歳で少女はないだろう」

「大丈夫だ」

「何が大丈夫なのだ!」

「ソフィアちゃんは永遠の少女です」

「やかましい、早く食え!」



 三人がステーキをたらふく食ったあと、シーラは伯父のヨン・ラーベに顔を見せに行くと言って出て行った。

 まだ午後を少し過ぎたばかりで、一日を終えるような時間ではない。カナタはリビングのソファによりかかり呆然と天井を見上げている。ソフィアは正面のソファに座り、黒パンを掴んだまま俯いている。シーラという天然の元気印がいないと、空元気も出なくなる。


「フィアルクロック村が心配か?」


 ソフィアがそう呟くように聞いた。


「ああ、心配だ……」


 オークの目標がカナタだったのは分かった。だから、カナタがいなくなった場所で、オーク達がどのような行動にでるかが分からない。だが、オークたちを止めるには、あのオークキングを倒す必要がある。しかし、その、オークキングを倒す方法が分からないのだ。


「なんでも良いから助けを乞いに行くぞ」


 ソフィアはそう言って立ち上がる。


「どこへ行くんだ?」

「こうなれば、より大きな力を持つ者に話をするしかあるまい」

「そうか、フィアーグラン卿を頼るか……」



 二人は部屋を出ると、ラーベ商会へと行く。


「おう、戻って来たのか」


 ヨン・ラーベは席を立って二人を迎える。


「何かあったのか? おまえら、喧嘩でもしたか?」

「いえ、してませんよ」

「シーラのやつ、滅茶苦茶怖い顔で上に上がって行って、話しかけられなかったんだ……」


 カナタとソフィアは顔を見合わせる。シーラがいないと陰気になると思っていたが、シーラもあれで強がって明るく振る舞っていたのだ。

 そう、今はシーラが陰気になるほどの窮地に立たされている。その現実を受け入れ、対策を練らないといけない。それも、早急に。


「馬車を貸してもらえますか?」

「いいぞ、今一台空いている」


 カナタはそれだけ確認すると、店の上、ラーベ邸へと上がる。そして、さらに階段を上がり、シーラの部屋の前に立った。


「シーラ、フィアーグラン卿に会いに行く。一緒に行こう」


 扉がぎいと空き、俯いたシーラが顔を出す。


「大丈夫か、胸は痛まないか?」


「胸が痛いです……」

「本当か? ソフィアに見てもらって、まだゆっくりしていたほうが……」

「違うんです! わたしにオークキングを倒す力があれば! カナタさんがあんな目に会うことも無かったんです! それにあのとき、あの一振りが届いていればもう終わっていたのに……。わたしのせいです!」


 シーラはそう言って握った拳を震わせる。

 カナタは激痛の中、シーラの鬼気迫る一振りを見た。オークキングの杖を両断し、ミスリルナイフでさえろくに切れない強固な肉体に傷をつけた、あの一刀を。


「いや、シーラのせいじゃない。俺のせいだ。俺が倒すと言ったのに、俺の力じゃミスリルナイフで皮しか切れなかった。普通の剣でオークキングの杖を切って、あの強靭な肉体を傷つけるのは、シーラしかできないんだ」

「ほんとうですか?」

「ああ、本当だ。シーラは強い。本物の戦士だ。ノシュテットに行く途中、オークリーダーと戦ったのを覚えているか?」

「はい」

「あの時はオークリーダーになんとか勝った。なのに、さっきはオークジェネラルを一撃で葬っていた。だったら、次は、オークキングだ。だろ?【オーク殺し】のシーラ」

「はい、頑張ります!」

「ソフィアが待ってる。一緒にフィアーグラン卿に会いに行こう」



 三人はすぐに城へと向かい、謁見の間でフィアーグラン卿に状況報告する。


「なんと、オークの軍勢とオークキングだと?」


 フィアーグラン卿は髭を梳こうとした手が止まる。


「数日遅れてノシュテットから救援の要請があるのではないでしょうか」

「こちらも防衛体制と整えないとまずいな……」

「かのオークキングの目的は恐らくわたしです。ですから、戦いを避けて通るわけにはいきません。少しでも有利な条件を整え再戦するつもりです。オークキングさえ倒せば、オーク軍はあの規模をまとめられなくなるでしょう」

「ふむ、そなたたち三人だけでオーク軍を半壊させたという話はいささか信じ切れないが、目的がフィアルクロック卿であれば、確かに避けて通ることもできまい。わたしが代わりに討伐軍を5000出しても、甚大な被害をこうむるのは目に見えておる。このような大事、そなたたちに押し付けるようで心苦しいが」

「いえ、協力を頂きたいのは兵力ではありません。何か、我らが使えるような、強力な武器などをお貸し頂けないかと」

「ほう、それなら協力できるかもしれん」

「特に、両手剣が無いでしょうか? シーラがオークキングに一太刀浴びせたのですが、剣が折れてしまったので」

「両手剣ならある」


 フィアーグラン卿は立ち上がると、迷わず玉座の背に差してある大剣を抜く。授爵の際はカナタは俯いていたため見えなかったが、その剣は青白い光で輝いでいる。


「それはまさか、ミスリルですか?」

「大剣【鬼切丸】。初代辺境伯はこの剣でオークキングの一人を斬り、辺境を拡大し、辺境伯となった。丁度良い伝説付の大剣だ。これを持っていけ」


 カナタは中央広場の銅像に書いてあったことを思い出す。伝説が現実としてそこにあった。


「なんと、それはフィアーグラン辺境伯家の秘宝ではござりませんか!」


 甲冑を着込んだ近衛兵の一人が叫ぶ。


「おやめください! このような者の与太話の為に、そのような宝剣を貸し与えるなど!」

「こやつら、閣下のご好意を利用しようとしているのです!」


 近衛兵は新参者のカナタ達が気に入らないらしい。

 フィアーグラン卿は玉座から離れ、甲冑の兵の間をゆっくりと歩きながら左右の顔ぶれを見る。


「おぬしたち、この者が与太話をしていると思うのか? まあ、それも仕方のないことであろうな……。では、シーラよ。普通の両手剣を貸し与えるので、こやつらと戦ってそなたの強さを証明してみよ」

「はい!」


 近衛兵の一人が壁にかかった両手剣を掴み、シーラへと渡す。


「では私から参ります」


 近衛兵の一人が前に進み出る。


「いや、お前たち全員でかかれ。オークキングを相手にすると言っておるのだ。人の膂力など容易くしのぐであろう」

「なんと、このような若く華奢な女に全員で切りかかれと仰るのですか?!」

「そうだ。それができんのか?」

「しかし……」

「フィアルクロック卿が嘘を言っていないのであれば、シーラ殿は容易くお前たちを凌ぐことになる。それに、お前たちを倒せずしてオークキングなどを倒せるわけがなかろうに。そうだな、フィアルクロック卿?」

「はい、閣下。人としか戦ったことのない者には及ばない領域がございます。皆様方がそれをシーラから学べば、今後も閣下をお守りする糧になりましょう」


 カナタは嫌味ったらしく自信満々に答える。


「金で爵位を買った流民上がりが、我らを侮辱する気か!」

「事実を述べたまでです。そうだな、シーラ」

「はい、あんまり強そうじゃないです!」

「なんだと!」


 一人がシーラへと進み出る。


「すいません、ちょっと待って下さい」


 シーラは手を挙げた。


「なんだ、言うてみい」

「この人たち殺しちゃダメなんですよね? 殺さず生かさずというのは結構難しいです」


 その発言が近衛兵たちの怒りを絶頂まで引き上げる。


「構わん、優秀な治癒師がおる。思い切りやれ」

「この女、治癒院送りにしてやる!」


 一人がシーラに切りかかる。

 シーラは脇構えから凄まじい水平切りを放ち、男の両足を甲冑ごと切り捨てる。


「なっ!」


 飛び掛かろうとしていた二人目、三人目、四人目がそれを見て踏み留まろうとする。

 しかし、シーラはその硬直を逃さない。

 袈裟切りで一人を甲冑ごと押し切り、返す刀でもう一人の腕を甲冑ごと切り捨てる。

 防御した四人目は剣ごと切られ、床に伏す。

 それは30秒に満たない一方的な展開だ。


「もうよい、治療師を呼べ!」


 フィアーグラン卿は手を挙げて叫ぶ。


「おまえたちも、シーラ殿が強いのは分かったろう?」


 残った近衛兵たちはガタガタと震え、甲冑が鳴っている。


「失礼したな、フィアルクロック卿、シーラ殿」

「いえ、お手間をおかけして申し訳ございません」

「それではあたらめてお貸ししよう。シーラ殿」

「は、有難くお借りいたします。閣下」


 シーラは膝を突き頭を下げ、両手を出す。

 フィアーグラン卿はそのミスリルの大剣【鬼切丸】を、シーラに授けたのだった。



『転移』


 カナタ達は男爵邸前に転移する。時は夕暮れ前、三人は急ぎ、戻っていた馬に乗る。


「領主様!」


 丘の下からアンドレ村長が駆け上がってくる。


「あれからどうしたのかと心配しましたぞ!」

「オーク軍の半数を倒したのだが、オークキングと戦い傷を負った。なんとか命だけは助かって逃げ、ソフィアの回復魔術で回復した。もう傷も無い」


 カナタは真面目な顔で説明する。


「なんと、ソフィア様にそのような力が……」

「それより、数時間空けてしまって申し訳ない。村に被害は無いか?」

「はい。オーク軍は村とノシュテットの間で止まったまま動かないのです」


 それを聞いてほっとする。


「そうか、それは良かった。万が一私たちが負けたとしても、オークたちは西の森へ帰ると思う。その後のこともフィアーグラン卿に頼んである。安心するが良い」

「領主様は……」


 カナタの、そしてシーラ、ソフィアの覚悟を理解したのか、アンドレ村長は顔を青くする。


「これから三人でオークキングを倒しに行く。大丈夫、なんとかなる」


 馬はソフィアの蹴りで走り出す。


「ご武運を……!」


 アンドレが言えたのはそれだけだった。


 アンドレの言う通り、オーク軍は街道に座り込んだままだった。

 それが、カナタ達の蹄の音を聞いた途端、立ち上がる。群れが二つに割れ、奥からオークキング・グラーンがゆったりと歩いてくる。グラーンは全身を血で汚しながらも、胸元の傷は塞がりかけ、その他の傷はすっかり癒えている。

 キングはオーク軍の前に立つと、武骨な鉄の塊の剣を腰から抜き、高く掲げる。オークたちは勝負を邪魔するつもりはないらしく、オークキングのいる場所から20mほど下がる。


「こいつはありがたいな……」


 カタナ達三人は馬を下り、尻を叩いて帰らせる。


「ワレハ、サイショノオークカラウマレタ 10ノヒトリ、グラーン!」


 最初のオークから生まれた一人? 一体何歳だよ。


「俺はカナタ・ディマ」

「わたしはシーラ・ラーベ」

「ソフィア・ニーダールだ」

「ディマヲナノルモノ、ヨキセンシ、ヨキマジュツシヨ。メイヤクノフエニシタガイ、オマエタチヲタオス」


 オークたちが足踏みしはじめ、数百の足音が地響きのように広がる。


「オークの王グラーンよ。俺もただでは死にたくないんでね。シーラ」

「はい!」


 シーラが背中から大剣【鬼切丸】を抜く。彼女の決意が込められたようにミスリルの大剣の青白い光は眩いばかりだ。

 オーク達から唸り声が上がる。


「ソレハ、アニ、ブロー、ヲコロシタ【オニキリマル】デハナイカ……」


 兄だと? こいつ、【鬼切丸】を知っている。辺境が出来て数百年。このオークはその前から生きているということ。


「テブラデモドッタノデハナイヨウダ。ヨロシイ、カカッテコイ」


 シーラが飛び出す。グラーンの防御も気にせずにただ真っすぐ進み、袈裟切りを斬り下ろす。その斬撃はグラーンの鉄の塊とも言える剣に食い込む。

 グラーンはそのままシーラを振り払う。

 シーラは大きなバックステップでそれを躱す。

 再度シーラは飛び込む。その剣は速く、強く、再度グラーンの剣に食い込む。


「ムウ……」


 グラーンは唸る。これを繰り返していればいつかはグラーンのあの武骨な剣と言えども、【鬼切丸】が寸断してしまう。


「オオオオオオオオ……」


 グラーンは低く唄うように唸りながら、執拗に繰り返されるシーラの攻撃を弾く。

 他のオークたちはその声に呼応するよう、唸り声を上げる。


『転移』


 カナタはグラーンの背後に転移し、背骨を狙ってミスリルナイフで切りつける。しかし、やはりというか、皮一枚のみしか切れない。


『空間切断』


 ミスリルは魔力を伝達する。カナタはミスリルナイフに空間切断の魔術を乗せて斬る。しかし、二度目を食らう前に、グラーンはその巨体に似合わぬスピードで身を捻り、空間切断をかわしてみせる。


「オオオオオオオオ……」

「やああああああああ!」


 グラーンがカナタに気を取られた瞬間、シーラが踏み込む。

 集中、集中、集中……。

 ただ目の前にあるものを斬る。

 一刀で終える! これで、斬る!

 武骨な鉄の塊を切り落とすつもりでシーラの一刀が振り下ろされる。

 次こそ切れる! シーラは確信していた。


「オオオオオオオオ……」


 しかし、鈍い金属音が響き、グラーンの剣がシーラの攻撃を防ぐ。


「なっ!」



 グラーンの剣が青白い光に包まれたのだ。



 【鬼切丸】の光が月の夜の水面ならば、その光は荒れ狂う海原の煌めきだった。


「魔力だ、あの剣に魔力が流れておるぞ!」


 ソフィアが叫ぶ。

 そこからグラーンの連撃が始まった。オーク特有の終わらないラッシュ。

 シーラは出来るだけ鋭角に受け流すことで衝撃を逃がす。土を踏みしめる足が、一撃ごとにずれ、かかとが土を押し分け、体が下がる。

 あの鉄の塊には【鬼切丸】と斬り合える魔力が流れている。鋭角に流すことを一度でも失敗すれば、あの暴力的な鉄の塊で即死する。


「させるか!」

『転移』


 カナタが背後に転移し、空間切断を乗せた一撃を加える。

 しかし、グラーンは予想していたのか、その長い手でカナタを払う。


「うあっ」


 カナタは数メートル飛び、地面を転がされる。辛うじてミスリルナイフは落とさなかったが、全身を打ち付けられ痛みで体が硬直する。


「しっかりしろ、カナタ!」

 ソフィアの叱責に立ち上がり、再度転移を試みる。


『転移』


 それは背後ではなかった。オークキングの右側の空中。グラーンは咄嗟に肘でカナタを払おうとするが、先にカナタの一撃が入る。



『空間切断』



 ミスリルナイフの先、巨木のような太さのオークキングの右腕が飛ぶ。

 そこへシーラが踏み込む。

 グラーンは体の大きさに似合わぬ素早さで後ろに下がる。だが、胸元に再度、斜めの傷が入り、血が吹き上がる。

 グラーンは宙に飛んだ自分の右腕から左手で剣を引っ手繰ると、足元のシーラへと叩き付ける。

 シーラは剣を背負うようにして直上からの攻撃を鋭角に弾く。そして、大きくバックステップを繰り返して距離をとる。


「ソフィア!」


 カナタが叫び、シーラの位置まで転移する。



「右に風、左に風、真空!」


 

 ソフィアは体の中で準備してた魔術を吐き出す。グラーンの周囲の空気が一気に四方八方に向けて動き出す。


「ガアアアアアアアアア!」


 傷口からおびただしい血が噴き出し、去ってゆく空気に合わせて飛び散る。それはたった数秒のことだが、グラーンは再び真っ赤な血塗れとなる。だが、今回は前回と比較できないほどの出血。ソフィアは最初から血を抜き去るつもりで真空の魔術を使ったからだ。

 グラーンは片膝を突き、剣で体を支える。その剣から青白い光が消え失せている。明らかに大きなダメージを与えることができている。

 シーラは躊躇することなく八相の構えで飛び込む。

 グラーンは立ち上がり、剣を持った左手を大きく上段に構える。


 耳を塞ぎたくなるような強烈な金属音が響く。


 シーラは剣を振り切っていた。

 グラーンも剣を振り切っている。


「ヨイ、センシダ……」


 魔力の光を失ったグラーンの剣だけが折れ、地面に転がっている。

 巨体が揺らぐと、そのまま後ろへと倒れ、絶命する。グラーンは左肩から右脇まで斬られ、体が真っ二つに分かれている。

 オークたちの雄叫びも、足踏みもやんでいた。

 辺りを静寂が包む。

 やった……。


 オークたちは何も言わず、翻る。西の森へと戻るのだ。


 カナタ達は沈黙のままオークたちを見送る。


「強かった。あんな強い魔物がおるのだな……」

「【鬼切丸】を知っていた以上、最初のオークから生まれたというのも本当なんだろう」


 ソフィアとカナタは戦の感傷に大きく息をつく。

 『転移』がなければ全員死んでいたが、あのときギリギリまで必死に戦ったからこそ、勝ち方が少しだけ見えた。

 ただのバスタードソードではなく【鬼切丸】で、

 ただのミスリルナイフではなく『空間切断』で、

 そして、炎や氷ではなく、真空によって血を吸いだしたことは、ギリギリまで戦ったからこそ気づけたこと。

 この戦法を思いつかなければ勝てなかった。


 シーラは倒れたオークキングへと跪く。シーラにもシーラの思いがあるのだろう。ところが、シーラはふやけた顔でいそいそと背中のマジックバッグを下ろすと、オークキングをしゅるりと収納する。


「……おい」


 鼻歌混じりでオークの死体を物色し、オークジェネラルを中心にマジックバッグに詰め込んでいく。


「カナタさんもソフィアちゃんも早く! 日が暮れちゃいますよ! オークキングのステーキ、食べないんですかー?」

「「食べる!」」

「魔石解体はあとだ、まずはオークジェネラルとリーダーを中心に収納するぞ!」

「「おー!」」


 先の感傷はなんだったのか、カナタたちは熱心に強個体オークをマジックバッグに入れてゆく。


 カナタ達は歩いてフィアルクロック村に戻ると、祝いのパーティーを開いた。


「危なく死にそうな場面もあったが、どうにか無事、三人でオーク軍を追い払った! もうこの村も無事だ!」

「領主様! カナタ・ディマ様!」

「シーラ様!」

「ソフィア様!」 


 村人が歓声を上げる。


「というわけで、今日はオークジェネラルの肉がある。みんな、存分に楽しんでくれ!」


 オークジェネラル2体を解体し村人にふるまう。ジェネラルは体が大きく、1体200kgは肉が取れそうだ。1000人なら足りるだろう。

 この時ばかりは領民の前であろうとカナタもソフィアもがっつく。シーラはもちろんだ。


「オークジェネラルうめえ!」

「うーん、美味しいですー!」

「魔力が漲ってくるぞ!」


 アンドレ村長が控え目な態度で三人へと近寄って来る。


「カナタ様、シーラ様、ソフィア様、村を守ってくれて、ありがとうございます!」


 実際は狙いがカナタだったので、村を守ったわけではないのだが……。


「もう二度とこういうことはないだろう。安心してくれ、アンドレ殿」

「それにしても、このような上等な肉、頂いても宜しいのでしょうか」

「大丈夫。まだまだ沢山ある。好きなだけ食ってくれ」

「ええと、もう、肉がなくなりそうなのですが……」

「なんだって!」


 領民もオークジェネラルの肉はオーク以上に腹に入るようだ。

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