12■領主アレクシス・サンダール
あれから数日が過ぎた。
サンダール商会とヘドバル・サンダールの自邸は、深夜、火事で燃え崩れた。フロッドシダ男爵家当主であるヘドバル・サンダールの死体は見つからなかった。同日に出火したことから、何者かによる犯行であると予想されたが、それを後押しする証拠がまったくないまま、いたずらに日が過ぎて行った。
何より、かの商会を恨みに思う人間が多すぎ、特定など出来なかったからである。
むしろ、悪逆非道のサンダール商会の消滅により、多くの商会が救われたと喜んでおり、それを断罪する雰囲気はかき消されてしまっていた。
そんなある日、ヨン・ラーベは城から呼び出しがあった。それも、カナタも一緒にということだった。
「どういうことでしょうか……?」
「まあ、ばれることもないだろう。どちらにせよ、断るわけにもいかないしな」
二人は馬車に乗り、二の壁、いわゆる貴族街への城門で警備兵に招集状を見せて中門を潜り、貴族街を直進し、さらに一の壁の城門を通った。
「あれが、サンダール城ですか……」
サンダール城は一の壁の中で独立して建つ正方形の壁に囲まれた要塞だった。その脇に3階建ての大きな建物が二つ建っており、城に収まらない政治機能を収容しているのが想像できた。
三度、城門の前で警備兵に招集状を見せ、馬車が通れる中門が開く。ラーベは何度も入ったことがあるらしく平静を保っていたが、カナタはそうはいかず真新しい現実に釘付けになった。
城壁に入ってすぐ馬車は止められ、城門から少し離れた場所にある石造りの城に案内される。城の周りは濠がめぐらされ、大扉が架け橋となっている荒々しい作りだ。
城に入ってしばらく進むと、そこは領主の謁見場であった。石床に絨毯が敷かれ、左右に甲冑姿の近衛兵が30人ずつ並んでいる。他は傍仕えらしき女が一人いるだけだ。
正面には老年でありながら目を輝かせる領主、アレクシス・サンダールがいた。
「招集を受け参上いたしました。ヨン・ラーベでございます」
ラーベが片膝を突いて頭を下げるのを真似、カナタも言った。
「カナタと申します」
「ようこそ、ラーベ殿。そして、カナタ殿、非殺傷武器なるものを開発したのはそなたであるな?」
低く通る声が石造りの城に響いく。
「はい、閣下」
カナタは慣れない敬語に焦りながらもそう答えた。
「今日は、二人と少し話したいことがあってな。急な呼び立てをして申し訳ない。あと、そこまで畏まる必要はない。わたしにそなたたちへの直接の命令権があるわけでもなし。まあ、あまりに失礼でもなければへそを曲げたりせん」
フィアーグラン辺境伯 アレクシス・サンダールはそう言って笑う。
「はっ、ありがたきお言葉」
「オデアン、部屋に案内せい」
「はい、閣下」
オデアンと呼ばれた傍仕えに改めて二人は小さな部屋に案内される。どれくらい小さいかと言えば、4人掛けのテーブルが一つ入るくらいであり、実際、席が4つしかない。
ヨン・ラーベ、カナタ、アレクシス・サンダールが座り、辺境伯の背後にオデアンが控える。
「あまり肩ぐるしいのはわたしも嫌いだ。率直に話したい」
「はい、閣下」
ラーベが答える。カナタは自分がオマケだと思っていたので二人の話を見守るつもりでいた。しかし、……
「カナタ殿、ヘドバルの件では随分迷惑をかけた。それどころか、ヘドバルの馬鹿を内密に処理してもらい、申し訳なく思う。この通り、許してくれ……」
そう言って、アレクシス・サンダールは頭を下げる。ラーベも、カナタも、あまりのことに衝撃を受け、何も言うことが出来ない。
「閣下、悪趣味です」
背後のオデアンがそう呟く。
「やっぱり? ちょっと調子に乗っちゃった?」
アレクシス・サンダールはニヤニヤしながら二人の反応を観察している。
「わたしは、これまでのサンダール商会ヘドバル・サンダールのやりすぎを見かねていた。奴も貴族なので、怪しいので捕えてから証拠を押さえるという真似ができん。できるだけ多くの証拠を揃え、きっちり息の根を止めようと考えていた」
そう言って、カナタの目をじっとみる。
「それでサンダール商会にも数人間諜を入れていた。そんなとき、そなたとヘドバルのあれこれを知った。また一人被害者が増えそうだったが間に合いそうもなかった。その中で無視できない情報があった。……そなたが、マジックバッグを作れるという話だ」
ぎゅっと内臓を握られるような不快感と緊張感が沸き、額に汗が浮いてくるのを感じる。
「つまり、失われた空間魔術が使えるということであり、おそらくは転移が使えるのだろう。ヘドバルを暗殺するのも、サンダール商会を焼くのも自由と言うことだ。わたしを暗殺するのだって簡単だろう?」
この人は全てを見通しているのか、それとも……。
「……まさか、そんなわけ無いじゃないですか」
カナタは張り付いた笑顔で辛うじてそう答える。
「はは、確かに、そんな訳ない。そんな顔するな。今のは冗談だ」
どういうつもりで言っているのかがまだ掴めない。ここで空間魔術が使えると断じられ、捉えられ、いいように使われるのだろうか……。
「カナタ殿。わたしは、そなたと友人になりたい。対等の関係だ。君を支配したいとも思わない。それはそなたが本気を出せば、決して出来ないことだからな。
だが、それを可能だと思う馬鹿者が存在するかもしれない。いや、確実に存在するだろう。
友人になったわたしならば、そんな馬鹿者を止めることができる。もっと早くに出会っていれば、今回のことも防げたはずだ。言っている意味、分かるな?」
この人はすべて分かって言っている……。
「え……ええ、辺境伯と友人になれるとは望外の喜びです。ぜひ、良しなに」
「勘違いしないでくれ。わたしは感謝しているのだ。そして、謝罪したいのだ。その借りがあるので、そなたの身を案じるのだ」
「閣下、面白そうだから仲間にしてくれと素直に言ったらどうです?」
アレクシス・サンダールは深刻な顔だが、背後に立つ従者オデアンはにべもなかった。
「おまえ、絶対面白がって言っているだろう」
「もちろんですわ、閣下」
カナタとラーベの心痛をよそに、フィアーグラン辺境伯と従者オデアンには緊張感の欠片もない。
「まあ、つまりだ。友人として、たまには頼みを聞いてくれれば、こちらも相応の頼みを聞くし、他の愚かどもから守ってやることもできるという話だ。どうだ、乗らないか?」
カナタにとって、それは思いもかけぬ福音だ。
「そなたが空間魔術、つまり、転移を使えるという推論はわたし個人のものだ。つまり、今話したことは、わたしと、オデアンしか知らん。そして、マジックバッグの作成が出来るという推測については捜査した系統だけに極秘にしてある。口外はせん。もし、不埒なことを考える者が現れたならわたしを頼るが良い。力になってやろう」
「あ……ありがとうございます」
こうして、カナタはフィアーグラン辺境伯との友誼を得た。
■
商人としてのカナタは、サンダール商会の邪魔が無くなり平穏な日々を過ごした。財産は金貨2000枚を超え、ゆうに商会を構えられるだけのお金が貯まっている。
冒険者としては、カナタとシーラは2人組でオークを狩るパーティーとしてギルドで名が売れていた。2人しかいないのにそれより多いオークを狩るので余計に目立つのだ。
大量の熱風の魔道具を作っていたことで火と風の魔術スキルばかり上がったカナタは、炎風の魔術を多用したため【炎風】の二つ名がついた。
シーラは単独でオークを倒したことで【オーク殺し】と呼ばれる。
他の冒険者に一緒にパーティーを組もうと誘われることもあったが、亜空間収納とマジックバッグの存在を隠していた為、カナタは誘いを断った。
ある日、二人は城から西の草原を身を低くして進んでいた。辺境の森に近づいたところでオークの集団を見つける。その数7匹。2m近い巨体が並んで歩くのはそれだけで威圧感がある。今まで一番数が多い。
「今日は俺の魔術の実験が先だからな?」
炎風の魔術は素材を駄目にして買い取り価格が下がる為、今回は少し方針を変えている。
「わかってます!」
カナタは昨晩試した魔術を再現してみる。水と火と風を使った魔術だ。タンパク質は60℃で変質する。
「熱の雨!」
なので、59℃の土砂降りをオークの一軍に降らせる。湿度100%を超える濃密な蒸気がオークたちを包み辺りが白くなる。低温だが水の比熱は空気よりずっと高いため伝導する熱が大きい。オークたちは高熱に喘ぎ、息もできず上がる体温でその場に倒れてゆく。
「シーラ頼む!」
カナタの声にシーラが走り、倒れたオークたちの首筋に剣を振り下ろす。どれも一発で首の骨を折っていく。
「おわりました!」
「大漁だ!」
カナタの亜空間収納とマジックバッグにオークの巨体が収納される。空間魔術スキルLV3の亜空間収納は900kgの重量を入れることができ、それで作ったマジックバッグも同様だ。その二つがあればオーク7匹あれど収納できる。
東門の近くの小さな森に行くと、ヨン・ラーベが荷馬車を用意している。カナタの亜空間収納とマジックバッグのオークを移し替え、帰路へとつく。マジックバッグを持っていることを隠すためだ。
「いつまでも俺が待ってるわけにはいかないぞ?」
ヨン・ラーベは呆れたように言う。彼には仕事があるのでいつまでも頼るわけにもいかない。
「分かってます」
「でも、オーク肉のステーキは食べたいですよね?」
シーラは肉のことで目を輝かせている。
「ふん、当たり前だ!」
ヨン・ラーベも乗り気だ。
小売価格で鶏肉1kg銅貨60枚、豚肉1kg銅貨80枚、牛肉1kg銅貨100枚。だがオーク肉はと銅貨150枚。かなり上等な肉なのだ。200kgもある巨体は魔石と肉と皮を合わせると買取価格で金貨1枚を超える。
「今日はオーク肉祭りですね!」
こうして、商人であり、冒険者であるカナタの、金をめぐる冒険譚は続いてゆく。
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