34話 穢れ対浄化

「おおおおおおおおお!!!」


全てを焼き尽くさんと、黄金の炎が俺の肉体を覆い尽くす。

それに抗うべく、俺は冥界の力を全開する。


相手が正義の浄化なら。

此方は汚泥の如き罪の力で対抗するまでだ。


バチバチと耳障りな音が響き、穢れた黒いオーラと浄化の炎がせめぎ合う。

力と力のぶつかり合い。

その衝撃に耐えきれず、轟音を立てて神殿が崩壊していく。


「くそがっ!」


リーンの操る神炎の力は想像以上に強力な物だった。

魔王から得た冥界の力をもってしても、凌ぐので精一杯だ。


「全てを受け入れ!神の身元へ行きなさい!ガルガーノ!」


黄金の炎が津波となって押し寄せ続ける。


「お前が……一人でいけぇ!」


猛火の激流の中、流れに逆らって足を一歩踏み出す。

足を上げた瞬間吹き飛ばされそうになったが、俺は歯を食い縛り、前に進む。


確実に殺す。


さっきは心臓を握り潰すだけで済ませたが、今度は違う。

冥界の力けがれを奴の体内に流し込み、内側から粉々に吹き飛ばしてやる。

幾ら奴が神の力を手に入れたとしても、跡形もなく吹き飛べば流石に耐えられまい。


俺は更に一歩、足を進めた。

ここに来るまで鍛え上げ続けた肉体が、俺の気持ちに応えてくれる。


努力は決して裏切らない。

俺の鍛え、育て上げた鋼の肉体は奴の力に逆らい進む。

しっかりと大地に足を踏み締め、一歩、また一歩と足を前に踏み出す。


「この……罪人がぁ!」


思い通りにならない俺にイラついてか、リーンが吠えた。

もう奴と俺の距離は目と鼻の先だ。


拳を突き出せば届く距離。

だがこの状態で拳を振るっても、奴の体を貫くのは難しいだろう。

だから――


「口が悪いぜ!聖女様よ!」


俺は地面を強く蹴り、リーンに飛び掛かる。

彼女は慌てて後ろに下がろうとするが――――遅い!

俺は素早く組み敷き、そのまま押し倒した。


「放せ!汚らわしい!」


リーンが憤怒の形相で此方を睨みつける。

その表情からは、清らかさの欠片も感じない。

これで聖女などと持て囃され、次期聖母なのだと言うのだから笑えてくる。


「穢れるのは、これからだぜ」


彼女の全身から放たれる炎など物ともせず、俺は勢いよくリーンに口付けし。

冥界の力をその唇から流し込む。


さあ、存分に汚れろ。

糞女。


「ん……うぅ……」


リーンは狂ったように暴れ、抵抗する。

だが単純なパワーなら此方の方が遥かに上だ。

俺はリーンを逃さず、組み敷いたまま抑えつける。


「っ!?」


口や胃に猛烈な痛みが走り。

リーンと目が合う。

気付けば、彼女の体から神炎は出ていなかった。


彼女は神炎を。

その全てを。

唇を通して俺の中に吹き込んでいた。


俺はリーンのその行動に驚愕する

恐るべき女だ。


自らの内に穢れた力を流し込まれ、全身を激痛が襲っているだろうに。

そんな状態でも冷静に状況を把握し、リーンは神炎を防御ではなく攻撃に使う事を選んだのだ。


俺の穢れが。

彼女の浄化が。

お互いの体内に注ぎ込まれる。


パワーの大半をリーンに流し込んでいる為、冥界の力による肉体の防御は薄れている。

オーラを突き破った神炎が、全てを喰らい尽くさんと俺の体内を蝕んでいく。

熱と痛みで悲鳴を上げてしまいそうになるが、俺は構わず力をリーンに流し続けた。


こうなれば我慢比べだ。

奴が吹き飛ぶか、俺が焼け死ぬかの。


勿論勝つのは俺だ。


それはどれぐらい続いただろうか。

恐らくは数十秒足らずの短い時間でしか無かっただろう。

だが、その痛みを伴う濃密な時間はまるで数時間の様に感じる。


限界に近かった。

もう駄目だと思ったその時、異変が起こる。

俺を内から食い破っていた熱が引き、痛みが少し収まった。


見るとリーンは白目を剥き。

ビクンビクンと体を痙攣させている。


どうやら先に限界を迎えたのは彼女の方だ。

俺は自らの勝ちを確信し、その全てのパワーを彼女の体内へと注ぎ込んだ。


リーンの体が黒く変色し、膨れ上がる。

穢れで風船の様に膨れ上がった彼女の体は――やがて限界を迎え、盛大に弾け飛んだ。


「がぁっ!」


その爆発で俺は勢いよく弾き飛ばされ。

胸を強く打って、一瞬呼吸が出来ずむせる。


先程迄のダメージと合わせて、もう指一本動かせそうもない。

だが俺の勝ちだ。

粉々に吹き飛んだ以上もはや――


「貴方のした事は、許されざるべき罪です」


馬鹿な……

そんな馬鹿な……

罪の力で全身をくまなく穢し、粉々にしてやったんだぞ……

それなのに……


「ですが、許しましょう。貴方のお陰で、私は真に神の力と一つになれたのですから」


声の方へと視線を向ける。


何もない空間に、小さな灯が浮かんでいた。

その火は黄金に輝いたかと思うと、人型へと姿を変えていく。


黄金に輝く聖女リーンの姿に。


俺はその姿を、言葉も無く、呆然と眺める事しかできなかった。

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