30話 潜入

「小さいな」


渡された服に袖を通すが、窮屈だったので文句を言う。

これから大聖堂せんじょうに向かおうというのに、この格好では戦い辛い。


「すいません。余っている服ではそれが一番大きなサイズなんです。破っても文句は言いませんので」


ならば遠慮なく、戦いになったら引きちぎらせて貰うとしよう。

だが――


「これ以上閉まらんぞ」


どう頑張っても、ボタンが上から2つは止められそうもない。

これから大聖堂に関係者のふりをして潜入するというのに、胸元のボタンが開いていたのでは制服を着ていても周りに怪しまれてしまうだろう。


「では、こうしましょう」


そう言うと、リーンは棚から白いスカーフを取り出し俺の首へと巻き付けた。

確かにこれならボタンの部分は見えないだろうが。


「もうじき夏だぞ?」


「細かい事です」


全く細かくないような気もするが、どうやら彼女はかなり大雑把な性格の様だ。

きっちり潜入さえできるのならどんな格好でも問題はないのだが、本当に大丈夫だろうかと心配になって来る。


「大聖堂には多くの信者が集まりますから。少し個性的な人が混ざっても、周りはそんなに気にしませんよ」


「だといいがな」


「そのスカーフは特別製なので、ちゃんと身に着けててくださいね」


そう言うと彼女は扉を開け、小部屋を出て行く。

俺もそれに続いた。


着替えていたのは教会の一室。

建物を出て、大通りを抜けていく。

その最中、街の人々が此方へとお辞儀してくる。


教会の本拠地となる街だけあって、そこに住まう人々はその大半が神を信仰する信徒達だ。そのせいだとは思うのだが、それにしてもその数が多すぎる。

見かける殆どの人間が彼女にお辞儀をしていた。


「大人気だな」


そう言えば、最初に教会に連れてこられた時もそうだったなと思いだす。

ひょっとしたら彼女はかなり高位の人間なのかもしれない。


「一応、これでも聖女の端くれですから」


「聖女!?お前がか!?」


驚きに、思わず声を上げる。

ハッとなって辺りを見渡すと、周りの人間が俺を不審げに見ていた。


いかんいかん。

俺とした事が取り乱してしまった。

これから大聖殿に潜入するのに無駄に目立ってどうする。


「ふふふ、だから言ったじゃないですか。聖女リーンによく間違われると」


成程。

同じ職位に同じ名前。

それだけ紛らわしければ、そりゃ間違われもするわけだ。


「聖女は現在4人います」


4人か。

そのうち二人がリーンと言う名で、片方は人類を滅ぼしかねない神の炎の封印を解こうとし。もう片方がその相手の暗殺を企てる。

碌でもない話だ。


「聖女の座を捨てるのは、勿体ないとは思わないのか?」


俺がリーンを殺せば、誰が手引きしたかは直ぐにばれてしまうだろう。

そうなれば彼女は聖女のままではいられまい。


「何のお話です?」


彼女は不思議そうに首を傾げる。

盗み聞きを警戒したのだろう。


その心配はないのだが。

冥界の瞳で辺りに異常がないか逐次チェックしている俺とは違い、彼女にはわからない事だから仕方ない。


≪私は単独で動いている訳ではありませんから。問題ありません≫


彼女が何か魔法を唱える。

すると、俺の首元から小声が聞こえて来る。

どうやらスカーフの仕掛けを起動させた様だ。


「そうか」


どうやらちゃんと手は打っている様だ。

まあ彼女の行く末など、俺にはどうでもいい事ではあるが。


≪大聖殿が見えてきました≫


何故その報告を態々極秘通話したのだろうか?

聞かれて困る話でもなし。

案外この女はスパイごっこを楽しんでいるのかもしれないな。


暫く歩くと巨大な門に辿り着いた。

多くの人間が身分証を提示して中に入る中、俺はリーンに連れられ正門を顔パスで通りぬける。

聖女の肩書は伊達では無いらしい。


通り抜ける際、衛兵を注意深く観察する。

もし騙し打ちするつもりなら、その旨は衛兵にも伝わっている筈だ。

だが特に緊張している様子はなかった。


問題なし……か。


いや、まだ安心するには早い。

引き続き冥界の瞳を使って警戒を続けるとしよう。


正門を通過した俺は、誰に見咎められる事無く大聖堂へと乗り込み。

リーンの元を目指す。

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