32話 祈りには拳を

地下へと続く長い階段を、俺はゆっくりと下る。

ここから先は警備などはいないそうだが、俺はリーンのその言葉を鵜呑みにする気はなかった。


冥界の瞳で周囲を確認しながら、慎重に進む。


リーンとは地下室への隠し扉の前で分かれている。

流石の彼女も、聖女殺しに直接関わるのは憚られるのだろう。


だがまあ丁度いい。


同じ聖女でも、2人の能力には天と地ほどの差がある。

元パーティーメンバーであるリーンの能力は、他の聖職者とは一線を画す。

その為、彼女について来られても足手纏いになる可能性が高かった。


らせん状に続く薄暗い階段を下り続けると、漸く終わりが見えて来た。

ゆっくりだったとは言え、軽く1時間は掛かっている。

恐らく地下1㎞以上は軽く超えているだろう。


昔の人間は、何を考えてこんな深い穴を掘ったのやら。

それとも、神の炎とはそこまでしなければならない程危険な物だったという事だろうか?


階段を下りきり。

目の前の扉を潜ると、そこには広大な空間が広がっていた。


「あそこか」


前方には、薄ぼんやりと輝く白亜の神殿が見えた。

あそこで間違いないだろう。


神殿の前まで来ると、巨大な門に行く手を阻まれる。

これは恐らく只の門ではない。

神聖魔法による封印に近いものと考えていいだろう。


門の中央には窪みが六つ開いている。

形状的には、宝玉か何かを嵌め込む仕掛けなのだろう。

勿論俺はそんなもの持ち合わせてはいないので、力づくで通らせて貰う。


「やはり駄目か」


試しに門に拳を叩き込むがびくともしない。

やはり通常のパワーでは駄目なようだ。


「やれやれ」


俺は溜息を軽く吐き。

冥界の力を発動させた。


体の内で黒い炎が燃え上がり、全身から黒いオーラが立ち昇る。

俺は拳に力を集中させ、目の前の門を撃ち抜いた。


白く美しかった門が黒く変色していく。


ボロボロと音を立てて、門は見る間に崩れ去り。

守護すべき神殿内部を俺に晒す。


その様を見て、この力が危険な物だと改めて認識させられる。

とは言え、この力抜きで勝てる程リーンは甘い相手ではない。

今は余計な事は考えず、彼女を殺す事だけを考えよう。


「くそっ」


門を潜った所で思わず毒づく。

それまで見えていた冥界の瞳に、何も映らなくなってしまったからだ。


ここは結界の中。

門を破壊したとはいえ結界自体は健在で、それが瞳による探索能力を阻害していた。


「力は問題なく使えるか」


冥界の力迄封じられたのでは勝ち目が無くなる。

確認の為発動してみたが、どうやら力の方は問題なく使えそうだ。


「仕方ない。慎重に進むか」


こういった場所には罠がつきものだ。

これまでも出来うる限り慎重に進んではきたが、此処からはより一層慎重に進む必要があるだろう。


「なにも無し……か」


拍子抜けする程に容易く神殿奥の部屋へと辿り着いてしまう。

どうやら外敵対策は結界だけで、罠の類は仕掛けられていなかった様だ。


両開きの巨大な扉に手をかけると、バチバチッと電気が走り、手が弾かれる。

どうやらこれも封印様だ。

扉には正門と同じく、六つの窪みが穿たれていた。


俺はその扉に、冥界の力を込めた拳を遠慮なく叩き込む。

視界がクリアになった俺の目に、巨大な祭壇の前に立つ2人の人影が飛び込んでくる。


1人は紫のローブを身に纏った老人。

恐らくは大司教だろう。

そいつが、驚いたような表情で俺を凝視している。


そしてもう一人は――


「リーン!!」


俺の言葉に彼女はゆっくりと微笑んだ。

まるで今日ここに俺が来る事を知っていたかの様な落ち着きようだ。


「丁度いい所に来てくれたわ。ガルガーノ」


彼女は右掌を上へと向け、腕を此方へと伸ばす。

その掌には、黄金に輝く炎が灯っていた。


「ちっ」


俺は思わず舌打ちする。

俺を案内したもう一人のリーンは、少なくとも儀式に半日はかかると言っていたが、どうやらかなり早く済んでしまった様だ。

こんな事ならもっと急げばよかったと後悔する。


「あら、舌打ちなんて感心しないわ。でも許してあげます。自らの罪を悔いて、態々浄化されに来てくれんですもの。でもその前に――」


リーンはその手を、一緒に居た男へと向ける。

何をするつもりだ?


「聖女リーンよ。何のつもりだ?」


大司教が口を開く。

どうやらこの老人も、リーンが何をする気なのか把握していない様だ。


「大司教様。貴方が私と共に、世界を導くに相応しいかを確かめさせていただきます」


どうやらリーンは、大司教が罪人かどうかをあの炎で確かめる気の様だ。


「神の炎で我が罪を試す……か。いいだろう。私は何ら後ろ暗い事など持ち合わせてはいないからな。神の炎の洗礼で、この身の潔白と信仰心を証明して見せ様」


大司教は両手を広げ。

「さあ来るがいい」と宣言する。

だが原罪とやらが本当にあると言うのなら、例え清廉潔白に生きてきても、炎は老人を燃やし尽くす事になるだろう。


2人はそれを理解してやっているのか?


「では」


リーンの手から黄金の炎が放たれ、瞬く間に大司教の体は黄金の炎によって包まれる。


「ぐぁぁぁぁぁ!!」


絶叫が響き渡り。

大司教が狂ったように暴れまわる。


「私は!私は神の従順なぁぁぁぁぁ!!」


老人はその場に倒れ込み。

びくびくと体を痙攣させる。

やがてその動きが止まり、黄金の炎はその体を燃やし尽くす。


全てが終わった時。

そこには元人間だった灰だけが残った。


「あらあら、大司教様は罪人だったのですね。悲しい事です」


悲しいと口にしてはいるが、彼女は笑顔のままだ。

悲壮感の様な物は一ミリも感じない。


その様子を見て、背筋が寒くなった。

俺は確信する。

こいつは間違いなく狂ってると。


「神の身元で許しを得。次の時には、清らかない生を全うされる事を祈っていますわ。大司教様」


彼女は膝を折り、掌を組み合わせ祈りのポーズを取る。

自分で殺しておいて死者への哀悼のつもりなのだろうか?


何にせよ、その隙を見逃してやる程俺はお人よしではない。

迷わず突っ込んで、目を瞑る彼女の顔面に全力の拳を叩き込んだ。


死ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る