最終話 新たなる一歩を仲間達と
「大賢者を舐めるなよ」
そう言って拳を構え、睨み付ける。
するとラキアは怖気づいたのか一歩後ずさった。
どうやら上手く行った様だ。
生物は理解できない事に直面すると、その事象に恐怖を覚える物だ。
今のラキアは不自然な俺の状態に酷く警戒している。
そうそう襲い掛かって来る事は無いだろう。
「終わりだ、ラキア。何か言い残す事はあるか?謝罪を聞き入れるつもりはないが、話位は聞いてやるぞ」
実はダメージは回復し切っていない。
今も俺はリピと力を合わせて、ラキアにバレない様魔法で回復を行っている状態だ。
俺の回復魔法はリピのサポートのお陰でとんでもない回復速度を誇るが、それでも流石に1分程度で回復しきるのは無理がある。
「謝罪?冗談でしょ。魔王である私が、誰かに謝ったりするはずないじゃない。私は世界の支配者になるのよ」
「俺を倒せればな」
不敵に笑う。
冥界の力を失った今、ダメージが残ったまま戦ったのでは話にならない。
だからこうしてハッタリで時間を稼いでいるのだ。
“回復”の時間を。
「いくらダメージが回復したからって、冥界の力を失った貴方に勝ち目があるとでも思っているの?」
「確かに、パワーもスピードもお前が上だろうな」
「だったら――」
「だがそれだけだ。お前は人の殴り方を知っているか?切り方は?突き方はどうだ?さっきは槍をバンバン投げて悦に浸っていた様だが、それはイナバ達との間に大きな力の差があったから通用しただけにすぎない。何の訓練もしてこなかったお前の攻撃を見切るなど、今の俺には容易い事だ。嘘だと思うのなら、俺にも投げてみるといい」
話だけで時間を稼ぐのには限度がある。
だからあえて捌きやすい攻撃を誘い、最小限の対価で時間を稼がせて貰う。
「ふん、良いわ。そんなに槍での串刺しがお望みなら、望み通りにしてあげる!」
ラキアは俺の言葉に乗って来た。
此方を警戒している為、本能的に接近を避けたのだろう。
視線をチラリと動かす。
少し離れている場所で、リーンがレイラとイナバを介抱している。
いや、正確には介抱している様に見せかけている、だが。
頼んだぞ、リピ。
≪うん!任せて!≫
心の中で小さく呟くと、元気な返事が返って来る。
複数の事を同時に頼んでいるため大きな負担がかかっている筈だが、そんなそぶりを彼女は欠片も見せない。
頼もしい相方だ。
「4本同時よぉ。大口叩いたんだから、これぐらい余裕よね」
ラキアは後ろ足で立ち上がり、自身の両腕と魔王の両腕に槍を生み出した。
俺が4本投げるなら、まずは最初に2本投げ、相手の始動から動きを呼んでもう2本を投げる。
だが戦闘経験皆無のラキアは、当たり前の様に4本同時に投げつけて来た。
雑な攻撃だ。
躱す事は容易い――俺が後ろにいた為受け止めざる得なかっただけで、レイラ達も躱す事なら出来た筈。
だが避ければ逃げたと思われ、折角の警戒が解かれてしまう。
だから少し無理をする。
「ふっ!」
両腕を振り上げ、左右2対の形で飛んでくる黒い槍を俺は全力で叩き落した。
回復しきっていない内臓が悲鳴を上げ、腹から飛び出しそうになる。
だが俺はそれをぐっと堪え、平然とラキアを睨み付けた。
今の感じだと、ダメージの回復まで後30秒と言った所だろうか。
もう少しだ。
「ふ、どうだ?」
「くっ……」
ラキアは一歩後ずさり、恨めし気に俺を睨み付けた。
「……」
沈黙が場を支配する。
それが長ければ長い程俺には有難い。
≪回復オッケーだよ!≫
リピが俺に回復を告げる。
これで準備は整った。
「さて……にらみ合いっこしててもしょうがないな」
俺は魔法を唱える。
それを見てラキアの顔色が変わった。
「譲渡された魔力は回復で使い切ったんじゃ!?」
勿論使いきっている。
“リーンからさっき譲渡された分は”
俺はラキアの言葉には応えず、魔法を避けられない様に突っ込んで間合いを詰めた。
ラキアは俺の接近を阻止しようと槍を産み出すが、此方の方が早い。
「ヘルズファイア!」
「ぎゃあぁぁ!!」
放たれた黒い炎が彼女を包み、盛大に燃え上がる。
俺は続いて別の魔法を唱えた。
「ヘルズライトニング!」
炎に包まれ藻掻くラキアに青い閃光が直撃し、衝撃でラキアが吹き飛ぶ。
魔王なら2発目はきっと躱していただろう。
いや、それ所か一発目すら当たらなかった筈だ。
どれだけ強力な力を手に入れたとしても、それを扱うのが素人のラキアである以上、その強さは魔王に遠く及ばない。
「なんで!?なんでよ!もう魔力なんて残ってない筈でしょ!」
「ああ、俺の魔力はな」
「俺の……魔力?……っ!?これは!!」
ラキアは俺の言葉を理解したのか、その目を見開いた。
その目には冥界の瞳が発動している。
冥界の瞳はその流れ込む膨大な情報量故、脳に苦痛に近い不快感を生み出す。
だからラキアはその力を使わず、俺が口にするまで気づかなかったのだ。
俺がどうやって魔力を回復しているかを。
「私の作った人形の癖に……ゴミ共がぁ……」
ラキアは視線をリーン達3人に向け、みしりと奥歯を軋ませた。
彼女達の手には聖剣が握られ、剣から聖なる波動が溢れ出している。
本来聖剣はブレイブにしか扱えない剣だ。
だがレイラ、リーン、イナバ。
3人はブレイブの細胞によって生み出されていた。
そんな彼女達に聖剣は反応する。
彼女達はありったけの力――それこそ生命力までもを注ぎ込み、聖剣から大量の聖なる波動を放つ。
そしてその波動を、同じくブレイブの細胞を持つリピが吸収して魔力へと変える。
これが俺の魔力が回復したカラクリだ。
「さあ、死ぬ覚悟はいいか?」
「ふざけるな……ふっざけるなぁ!たかが!たかが魔力が回復した位で!!」
確かに魔王だったなら、魔力が回復した所で冥界の力を失った俺に勝ち目はなかっただろう。
だが相手は所詮ラキアだ。
冥界の力など無くとも、ダメージと魔力さえ回復していれば戦える。
「ガルガーノ!!」
激高したラキアが雄叫びを上げて突っ込んで来る。
俺はそれを冷静に迎え撃つ。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
槍と剣を生み出し、ラキアは滅茶苦茶に振るう。
早さはあるが、その素人丸出しの動きをいなして俺は拳を叩き込んだ。
勿論追撃の魔法もくれてやる。
「がぁぁ!?なんで!なんで当たらないのよぉ!!」
「それはお前が無能だからだ」
槍を躱し、回し蹴りを入れる。
パワー差があるため打撃では大きなダメージを入れられないが、態勢を崩す事ぐらいならできた。
「ヘルズファイア!」
「くそがぁ!!」
仰け反ったラキアに魔法をぶちかます。
炎に包まれたラキアは、だが痛みを気にせず槍を振るって来た。
まるで狂戦士だ。
俺は冷静にその出鱈目な攻撃をいなしつつ、反撃を叩き込み、着実にラキアの体にダメージを刻み込んでいく。
「ぐぅぅ……糞が!糞が!糞がぁ!!」
それでもラキアは狂った様に槍を振るい続ける。
だがその動きに先程迄の速さはもう残ってはいない。
奴の肉体は限界を迎えつつある。
「はぁっ!」
俺は槍を躱し、渾身の拳をその顔面へと叩き込んだ。
「ぐぅ……あ……ぁ……」
立っていられなくなったラキアが膝から崩れ、その場に倒れ込む。
勝負ありだ。
「終わりだ、ラキア」
「あ、あぁ……待って、ガルガーノ……そうだわ!私と手を組みましょう!私と貴方の二人でなら、世界を好き放題自由に出来るわ!ね、そうしましょう!」
「ラキア。俺が自由にしたいのは、お前の生き死にだけだ」
最後までふざけた女だ。
あれだけの事をしておいて、俺がそんな案に乗る訳が無いだろうに。
醜く足掻くその様子に、今までこんな女に好き放題されて来たのかと思うと、腹立ちを通り越して虚しくなってくる。
俺は魔法を詠唱する。
俺の持つ最強の魔法の詠唱を。
「待って!待ってよ!お願い!」
ラキアは怯えた表情で俺を見る。
勿論まってやる気などない。
「消えろ!ジ・エンド!」
全ての魔力を注ぎ込んだ特大の極大魔法。
その光の濁流は、醜く足掻くラキアを容赦なく飲み込んだ。
「こんな!……わたしは……わだじなぁすべでをぉ……でにぃ……」
破壊の光によってラキアの肉体は完全に分解され、塵となって消えさった。
もう流石に蘇って来る事は無いだろう。
これで……今度こそ終わりだ。
体から力が抜け、自然と尻もちをついた。
≪終わったね≫
「ああ……リピのお陰だ……ありがとう」
≪えへへへ≫
「やったじゃない。ガルガーノ」
「邪悪が滅せられるのは素晴らしい事です」
「あんな化け物を倒しちまうなんて、流石は大将だ」
レイラ達が起き上り、こっちへとやって来る。
彼女達も相当疲労している筈だが、その表情は明るい。
全てが終わっという安堵感からくる物だろう。
「レイラ、イナバ、リーン。助けに来てくれてありがとう。お前達のお陰でラキアを倒す事が出来た」
この勝利は彼女達の力あってこそだ。
俺は素直に頭を下げる。
「へへへ、面と向かって言われると照れ臭いな」
「あたしたちは仲間でしょ?協力するのは当たり前よ」
「そうそう」
仲間……か。
かつて仲間達に裏切られ、俺は何もかも信じられなくなった。
だが今は違う。
胸を張ってハッキリと言える
世界を救うために共に戦った彼女達は、間違いなく信頼できる俺の仲間だと。
「まあ私は違いますけどね。此処に来たのは聖女として邪悪を滅する為ですし」
「おいおい、なんだよ。命がけで共闘した仲だろ?だったらあたし達はもう仲間だって」
イナバに背中を叩かれ、リーンが前のめりにつんのめる。
それを咄嗟にレイラが受け止めた。
「ちょっとイナバんさん!?馬鹿力で叩かないで下さい!?」
「ははは、悪い悪い」
リーンに文句を言われても、イナバは反省していなさそうに笑って答える。
「イナバには何を言っても無駄よ。基本暴れる事しか考えてないからね」
「やれやれ、そんな事で魔族の王が務まるんですか?」
「ん?魔族の王?務まるも何も、ガルガーノが王なんだからあたしには関係ないだろ?」
イナバが俺を見る。
確かに魔王を名乗ってはいたが、それは一時的な話なのだが。
「はぁ、何言ってんのよ?ガルガーノは人間なんだから、オケアノス諸島に来るに決まってるでしょ?」
「レイラさんは何を言ってるんです?神炎をその身に宿している以上、彼は教会に所属すべきです」
「そんなの教会側の勝手な都合でしょ?ガルガーノが付き合う必要なんてないわよ。ね!ガルガーノ!」
そう言うと尻もちを搗いている俺の前にレイラがしゃがみ込み、ずいっと俺に顔を近づける。
「いやいや、ガルガーノは魔王を続けるんだよな」
イナバもレイラに続いてしゃがみ込み、顔を近づけ俺の目を覗き込んで来た。
「ガルガーノさん。神炎は教会が管理すべきものです。その辺、分かってますよね」
そこにリーンまでも加わる。
雁首3つも顔の前に並ぶと、正直ちょっと鬱陶しい。
だいたいまだ終わったばかりで、いきなり先の事を決めろと言われても困るんだが。
俺は3人の顔を手で押しのけてゆっくり立ち上がった。
「取り敢えず、今はゆっくり休みたい。答えはその後で良いか?」
「ああ、魔王にも休息は必要だからな」
「オケアノスの皆も待ってるし、早く他の2人に引導を渡して上げてよ」
「確かに神炎の暴走も危惧しなければなりませんから、少し休んでから教会へ参りましょう」
3人の視線が交錯し、火花を散らす。
どうやら誰一人として自分の主張を譲る奴はいない様だ。
「やれやれ」
≪王子!私はずっと一緒だよ!≫
「ああ、ずっと一緒だ」
俺は笑顔で足を踏み出す。
過去に囚われていた自分と決別し、未来へと進む一歩を。
後に教会・オケアノス諸島・魔族を取り込んだガルガーノは、人も魔族も分け隔てなく暮らせる国を建国する。
1000年もの長きに渡り繁栄した国を後世の人々はこう呼ぶ、世界を救った大賢者の国と。
~FIN~
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