35話 傲慢

「ふふふふ。さあ、今度こそ神の身元へ送ってあげる。自らの罪と共に燃え尽きなさい」


もはや、リーンの肉体は神炎そのものだった。

炎と化した彼女の体が辺り一面を取り囲む。


起き上ろうとするが体が動かない。

先程の攻防でダメージを受け過ぎて、俺の肉体はもはや限界を迎えていた。


「さようなら。ガルガーノ」


神炎が迫る。

抵抗しようにも、身動き一つできないのではどうしようもない。

このまま俺はこの炎に焼かれて死ぬだろう。


但し――それはリーンが聖人だったならの話だ。


「リーン。燃えているぞ」


「私は神炎と一つになったのですから、当然でしょう?」


リーンは表情を怪訝そうに歪める。

彼女はまだ気づいていない様だ。

自分の身に何が起こっているのかを。


「くくく。肉体を失った事で、痛みも熱も感じていないようだな」


「死の恐怖で遂に狂ってしまったようですね。安心してください。今神の身元へと――」


「自分の体をよく見て見ろ。それから判断しろ。どちらが狂っているのかを」


「戯言を」


リーンは俺の言葉を戯言と一笑に付す。

だが少しは気になったのか、その視線を自分の胸元へと落とした。


「がっ!な……」


その両目が見開かれる。

その両の眼は焼けただれ、崩れかけていた。


目だけではない。

髪が、皮膚が、その全身が神炎によって焼けただれ、崩れ落ちていく。


「そんな!何故!!」


「簡単な事だ。神炎はお前を罪人つみびとと認めたという事だ」


「ふざけるな!!」


リーンが激高する。

もう一人のリーンが言っていた。

人は原罪を背負って生まれて来ると。


つまり人である以上、目の前の聖女様にも償うべき罪が存在するという事だ。


もっとも。

仮に原罪など無くとも、彼女の場合はそれ以前の問題ではあるがな。


「さっきまでは平気だったのに……なんで!?」


「さっき迄、お前は本能的に炎が自分の肉体に影響を及ぼさない様コントロールしていただけだよ。聖女様」


神炎を備わった力としてコントロールしていた為、彼女に被害はなかった。

だが完全に一体化してしまったのなら話は別だ。

自分の肉体が神炎その物である以上、体を傷つけない様、炎の影響を収める事は出来ない。


「こんな事はあり得ない!私は……私は神の教えに従い生きてきた!私に罪なんてない!」


この状況でもなお、自分を聖人とのたまうか。

それこそが、自身の罪深き部分だと彼女は気づきもしない。


「お前の罪。それは傲慢だ」


他者を罪人つみびとと見下し、自身を聖人とはばからぬその姿勢。

そして自分の考えや価値観が全てだというその思想は、正に傲慢そのものだ。


「傲慢……ですって!?」


彼女が必死の形相で俺を睨み付ける。

体は大きく焼け爛れ、美しかった姿は見る影も無い。


「聖女も所詮は人間でしかない。神でも何でもない只の人間が、神の代行者を気取る。それが傲慢でなくて、何が傲慢だと言うんだ?」


「只の人間……違う……違う違う違う違う!私は選ばれた存在なんだ!神に愛された!」


「その結果がその様か?」


「これは……これは何かの間違いよ!」


「全てを受け入れろ。リーン」


間違いでも何でもない。

これが現実だ。

彼女は何度も俺に罪を受け入れろと口にしていた。


だが本当に罪を受け入れるべきは――


彼女自身の方だった様だ。


「あああああああああああああああああああああああ!!!!ワタシハアアアアァァァァァァヴァアアアアアアアアアああああああげいぇあああぐうぇあああぁぁぁぁ……」


やがてその断末魔は細く小さくなり、崩れいく肉体と共に消えていく。

自らの信じた神の炎に燃やし尽くされたのだ。

さぞあいつも本望だろう。


ざまぁ見ろ。


レイラを殺した時は……かつての仲間を手に掛けた事に、正直苦い気持ちでいっぱいだった。

だがリーンぐらい突き抜けていてくれると話は別だ。

殺せてよかったと心の底から思える。


「……イレヨ」


突然声が聞こえ、俺はぎょっとする。

一瞬リーンが死ななかったのかとも思ったが、違う。

その声は彼女とはまるで似つかわない、重く低い声だ。


「……ウケイレヨ」


もう一度声が聞こえて来た。

声のする方へと視線を向けると、小さな火が揺らめいていた。


黄金の炎……神炎だ。


声は炎から発せられていた。

だがその中にリーンの気配は感じられない。

つまりこの声は、神炎そのものの声と言う事になる。


炎は三度声を発した。

今度は囁くな様小さな物では無く、はっきりとした言葉で。


「ワレオウケイレヨ」


言葉と同時に炎が目の前に迫る。

とんでもないスピードだ。

俺は咄嗟に手を突き出して払おうとするが、突き出した手から炎が俺の体の中に――


「あああああああぁぁぁぁっぁ!!」


直後凄まじい熱が体を襲い。

全身が焼ける様な痛みに視界が明滅し、俺は叫び声を上げる。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁ……ぐぁ……」


やがて痛みは治まっていく。

だが分かる。

これは熱が収まったわけではない。

余りの負荷に俺の神経が耐え切れず、焼き切れてしまっただけだと。


その証拠に、左足は火傷の痛みでじんじんと痺れている。

左足だけは被害が少なかったからこそ、痛みが残っているのだ。


リーンの次は俺か……


左足以外、痛みや感覚はない。

だが分かる。

神炎が次の依り代に俺を選んだ事に。


成程。

これは封印されるわけだ。


次々と宿り先を変え、その度に主を焼き殺す炎。

放っておくには余りにも危険な代物だ。

封印されていたのにも納得がいくという物。


どうやらここまでの様だ……


聖女でもない俺に、この力を制御する事など不可能だった。

悔しいが……俺の運命もここまでの様だ。

せめてもの救いは、左足以外痛みを感じていない事だな。


ん?

待てよ?

何故左足だけ被害が少ない?


俺はその事を疑問に思い、視線を必死に左足に向ける。

すると、左足から強烈な青い閃光が発せられているのが見えた。

正確には神封石からだ。


これはまさか……神封石が、俺の体内に入った神炎の力を抑え込んでいるのか?


だとしたら――


理由は分からない。

だがもし神封石に神の炎を封じる力があると言うなら、試してみる価値はあるだろう。


俺は全身に魔力を巡らせる。

神炎を完全にコントロールする事は不可能だが、魔力を使って一時的に一か所に集める事ぐらいなら出来る筈だ。

体の中を暴れまわる炎に魔力を無理やり混ぜ込み、の左足へと誘導する。


「――っ!?」


神封石が一際強く輝き、左足に集めた神の炎がその勢いを陰らせた。

俺は更に魔力を籠め、神炎を無理やり左足首に集約させる。


≪オノレ……ニンゲンメ……マタ……ワレヲフウジルカ……≫


その怨嗟の様な声を最後に、俺の体から神炎の気配が消えた。

どうやら、神封石による封印は成功した様だ。


「生き延びた……か」


だが……体が動かない。

必死に足掻くが、指一本動かせそうになかった。


この酷いダメージ状況。

手当も出来ない状態でここに留まれば、俺は確実に命を落としてしまうだろう。


「一難去って……また一……難か」


悪魔を呼び出し救いを求めようとしたが、ポトフは透明化以外で協力をする事は出来ないと言っていた事を思い出す。

彼は自分の出来る事しかしないだろう。

悪魔である彼に、情けを求めても無視されるのは目に見えていた。


くそ……どうすれば……


「王子様!」


その時、救いの声がその場に響く。

それはリピの声だった。

真っすぐ、此方へと飛んでくる姿が見える。


出かける時、宿で留守番している様に指示したんだがな……


どうやらまた人の言う事を無視した様だ。

困った奴である。


困った奴ではあるが……俺は嬉しくてつい微笑んでしまう。


「今回復するね!」


そう言うとリピは魔法を唱える。


「ははっ」


どうやら妖精も回復魔法が使える様だ。

リーンが見たら、きっと罪人扱いされるんだろうな、なんて考えて思わず笑ってしまった。


「リピ……ありがとう……」


俺はリピの治療を受け。

ボロボロに崩壊した地下神殿を後にする。

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