39話 戦士イナバ

母は強い人だった。

魔族の中でもその名を轟かせる程に。

そんな母は、魔族領に迷い込んだ人間と恋に落ちる。


当時は魔王がまだ召喚されておらず。

戦争状態でなかったため、人間と魔族は明確な敵対関係では無かったが。

それでも多種族との婚姻は忌み嫌われていた。


まあそれは当然の事だ。

隣に住む若く美しい女が、がある日巨大なイボ蛙と結婚して子供を産んだらどう思う?

それを笑顔で祝福する者など、早々いないだろう。


そんな子供にでも分かる事を、母は理解していなかった。

母が戦士として優秀だったのもあるだろう。

強い自分には誰も逆らえないと、そう考えての行動だったのかもしれない。


だが現実とは残酷なものだ。

母は強かったが無敵では無かった。

ある病気で弱った所を、あっけなく殺されてしまう。


それからは地獄だった。


1人になった無力な俺は――父は俺が生まれる前に人間の国へ帰ったらしい――街の奴らに見つかれば、殴る蹴るの暴行を受け。

それを避けるために俺はボロ布で姿を覆い隠し、怯えながらこそこそと街の片隅でゴミを漁って飢えを凌ぐ毎日を送っていた。


何も悪い事などしていないのに、どうして自分だけこんな目に合わなければいけないのか?


苦しさから、俺を生んだ母を憎み。

救いに来てくれない父を恨み。

俺を虫けらの様に扱い、ストレス発散とばかりに暴行を加えて来る魔族を憎悪した。


ある程度成長すると、体が大きく育ち。

その結果、ボロ布で姿を隠すのが難しくなった俺は人間の世界へと向かう。

頭部から角が生えている以外、俺は殆ど人間と見た目が変わらない。

つまりそこだけを隠せばいい、人間の世界の方が生きやすいと考えたのだ。


だが世の中そんなに甘くはなかった。

結局人間の国でも直ぐにハーフである事がバレてしまい、再び孤立する。

ハーフを雇ってくれるような場所も無く、結局ゴミ漁りの日々。

そんなある日、俺は人攫いに攫われ、奴隷として売られてしまう。


幸いだったのは、売られた先が石切り場だった事だろうか。

そこでの作業は苦しかったが、死ぬ程ではなく。

強い母の血を引いていた俺はメキメキとパワーを付け始める。


力が強くなればそれだけ作業が捗るため、奴隷にも拘らずそれ相応の待遇が用意され。そこは正に天国だった。

少なくとも、幼い頃に比べればの話ではあるが。


石切り場で体を鍛え、満足な食事を得る。

充実した日々。

奴隷という身分でこそあるが、此処こそが俺の居場所だとそう思っていた。


だが周りはそう思っていなかった様だ。

日々強靭になって行く俺に周りの人間は恐れを抱き始め、そしてついに俺の処刑が決まる。


所詮は非合法な奴隷だ。

所有者が不要と判断すれば容易くその首は落とされる。


「何故だ!俺は必死に働いてきた!それはあんたも認めてくれたじゃないか!」


「ああ、お前はよく働いてくれたよ。だが危険なので処分する。恨むんなら自分の出自と強すぎるその体を恨むんだな」


「俺は……俺は……」


子供の頃からの思いが胸に渦巻く。

魔族からは迫害され、人間には拒絶され生きてきた。

そんな俺がやっと見つけた場所。

そこでも俺は排除される。


その時、やっと気づく。

この世界に、俺の居場所など何処にもない事を。


「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」



気付けば辺りには血の匂いが充満していた。

そこに生きている物は誰もおらず。

人だった物の臓腑なごりが辺りには散らばっていた。


どうやら主人や自分が思っていた以上に、俺は強くなっていた様だ。


「結局……どこにもなかったんだな」


居場所が欲しかった

自分を認めてくれる居場所が。

俺の願いは、只それだけだったんだ


けど、どこにもそん物はなかった。

だったら――


「居場所がないなら、自分の手で作るまでだ……」


世界が俺を拒絶すると言うのならば、そんな世界など壊してしまえばいい。

俺はその時誓う。

今以上に強力な力を身に付け、この世界に復讐する事を。


その後自らを鍛え続けた俺は、その力を見込まれ勇者パーティーに召集される。

さあ、復讐の幕開けだ。

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