56話 魔王の僕

「っ!?」


ラキアの纏う力に目を見開いている隙に、彼女の顔が近づき。

その唇で俺の口が塞がれた。

その温かい唇から、何かぬるりとした物が俺の口の中に入って来る。


それは俺の喉を通り、腹の中に入り込んだ。


「ぐぅっ!?」


咄嗟にラキアを振り解くが、腹の中の違和感は消えない。

何かが俺の中でのたくっているのだ分かる。


「ラキア……何をした!!」


「あらやだ。只の祝福のキスじゃない。そんなに嫌がらなくってもいいのに」


真面に答えるつもりはない様だ。

俺は冥界の瞳でそれを確認するが、何も見えない。


やがて腹の中の違和感は消える。

だがラキアが何かをやったのは間違いない。

取り出すのが難しい以上、目の前の糞女を始末して対処するしかないだろう。


だが――


「ラキア。なぜお前が冥界の力を使える!?」


彼女の纏う力は間違いなく俺と同質の、魔王の力だった。

だが魔王は真実の秤トゥルーの魔法で真実を詳らかにしている。

その中で、奴は俺と契約中は他の誰かと追加で契約しないとハッキリと宣言していた。


その為、ラキアが魔王と契約出来るはずがないのだ。


「ああ、これね」


ラキアは楽しそうに手をヒラヒラとさせ、邪悪なオーラを噴出させて見せる。


「魔王は俺が生きている限り、誰とも契約できない筈だ」


「それってあれでしょ?貴方と契約して以降って話でしょ」


ラキアが口の端を歪め――帽子は口付けの際落ちている――馬鹿にした様な目で俺を見た。


「まさか……」


その一言で俺は気づく。

ラキアが契約したのは、俺の後ではなく――


「そ、貴方より先に契約していただけよ」


俺が確認したのはあくまでも契約後の話。

確かにあの時点でラキアが契約していたのなら、嘘にはならない。


「因みに。魔王討伐前の慰問にいった時には、もう契約してたわよ」


「なっ!?」


「魔王様はね。負けるって分かってたのよ。貴方達に。だから私に契約を持ちかけたの。負けた後のリカバーの為にね。でも貴方って間抜けよねー。森に着いた時点で穴は開いていたんだから、誰かがその穴を開けてるんだって気づかなかったの?まあ逃げるのでいっぱいいっぱいだったのかしら……ねえ、大賢者様」


「くっ……」


ラキアが小ばかにした様に笑う。

だが確かにこいつの言う通りだ。

俺が脱獄の際、王都の西の森には既に穴が開いていた。

それは即ち、その時点で誰かが冥界の力を使って穴を開けていた事を表わしている。

そんな簡単な事にすら気づかなかったとは……大賢者が聞いて呆れる。


仲間の事といい。

魔王の事といい。

見落としだらけの自分の間抜けさが恨めしい


「だが何故だ?お前は一国の王女だろう?」


彼女は王女として何不自由なく生活していた。

魔王と契約する理由などない筈。


可能性があるとすれば、それは脅しだが。

契約時なら兎も角、少なくともこの世界から逃げ出した魔王には、ラキアに手出しする手段はなかった筈だ。

その状態で冥界の穴を開けた意味が分からない。


「そう、私は一国の王女。でもただそれだけ。どれだけ頑張っても一国の王にも成れない。たった一国の王にもよ。そんな国一つ動かせない立場より、魔王様の腹心として世界を支配した方が楽しそうでしょ?ふふふふ」


ラキアは楽しそうに笑う。

悪意や害意はなく、只々楽しいと言う感情からの屈託のない笑顔。

俺はこんなにも純粋で、醜い笑顔を見た事がない。


「ラキア……」


「あらあら、そう睨まないでよ。それよりブレイブとの勝負はどうだった?楽しんで貰えたかしら?」


ラキアのその言葉と、ブレイブの異変が繋がる。

間違いなくこいつがブレイブに何かをした。

だから戦いの最中、おかしかったのだと確信する。


「ブレイブに何をした?」


「ブレイブには何にもしてないわよぉ。手を加えたのは剣の方。正確にはそこに取り込んだ宝玉の方ね。流石に完成されてたら手出しできなかったけど、彼が自分で調整する前にちょろっと精神に作用する様にしておいたのよ。でもお陰でいい勝負が出来たでしょ?」


その口ぶりから、俺とブレイブの戦いをこの女はずっと見ていた事が分かる。

貴方が勝ったのねと言っていたが、白々しい演技だった様だ。

ブレイブとの戦いを穢されたなどと言うつもりはないが、この女の手の上で踊らされていたのかと思うと、腹が立ってしょうがない。


「ふふ、怖い顔ねぇ」


この女に一矢報えぬままでは死んでも死に切れん。

だが現状、真面に動けない体でラキアに勝つのは難しい。

長話で回復の時間を稼ごうにも限界があり、それに腹に入れられた物も気になる。


一体どうすれば……


進退窮まった状態に俺は歯軋りする

だがその時、救いの神は現れた。


「「ガルガーノ!」」


「王子様!!」


姿を現したのはリピ達だ。

まさに最高のタイミングでの援軍。

俺はその幸運に、思わずいるかどうかも分からない神に感謝の気持ちを捧げる。


「リピ!レイラ!イナバ!」


何故彼らが戦場を放棄してこの場にいるのかは、正直分からない。

だが俺にとってこれ以上の僥倖はなかった。


「あらあら、随分と嬉しそうな顔ねぇ。そんなに彼女達を信頼してるの?」


「ガルガーノ!」


レイラが前に立ち、ラキアに剣を向ける。

続いてイナバも俺の前に立った。


「胸騒ぎがしてあんたを追って来て見りゃ、どうなってる!?なぜブレイブの女があんたと同じ力を纏ってんだ?」


「説明は後だ。今は時間稼ぎを頼む。俺はダメージで動けそうにない。リピは回復を頼む」


「わかった!」


「うん!」


冥界の力を得たラキアの力は未知数だが、元々が戦う事のない王族の女だ。

今のイナバとレイラ二人ならば十分戦える範疇の筈だ。

その間にリピから回復を受ければ……勝てる!


「ふふふ、ひょっとして……今勝てるって思ったのかしら。顔に書いているわよ。本当に分かり易いわねぇ」


「ああ、勝つさ」


俺はきっぱりと返す。

だが気になるのはラキアの態度だ。

明かに不利な状況に傾きつつあると言うのに、その表情は余裕のままだった。

何かまだ隠し玉でもあるのだろうか?


「ガルガーノ。貴方不思議に思わなかったの。レイラ、イナバ、リーン。貴方を手助けした人間が、全員かつての仲間と同じ名前だった事に」


「何が言いたい」


「こういう事よ」


ラキアが手を叩き。

パーンと乾いた音が響いた。

するとレイラとイナバが構えていた武器を下ろす。


「イナバ!レイラ!どうした!?」


焦って彼女達の顔を覗き込むと、その表情は虚ろで目の焦点が合っていなかった。

明かに異常な状態だ。


「イナバ、レイラ。もういいわよ。貴方達は戦場に帰りなさい」


「あ、あぁ……は……い」


ラキアの指示にゆっくり頷いたかと思うと、彼女達はフラフラとその場を去っていく。

まるで操り人形で様に。


「ラキア!二人に一体何を!?」


「せっかく分かり易い名前にしてあげてたのに、貴方ってば最後まで気づかないのね。ホントお馬鹿さん」


「まさか……」


「そ、彼女達は私が貴方の為に用意したナビよ。ブレイブの細胞にレイラやイナバ、リーンの細胞を混ぜて作ったあたしの可愛い人形達。彼女達は復讐の役に立ったでしょ?」


確かに出来過ぎた話だとは思っていた。

全員が全員、かつての仲間達と同じ名だったのは。

だがまさか……すべてラキアが用意した手下だったなどとは……


「魔王様帰還の為には、貴方には出来るだけ多くの力を使って貰わないといけなかったわ。だから、貴方の復讐が恙なく進むように用意しておいたのよ」


「ぐ……」


全てはこの女の手の上だった。

それに最後まで気づけずにいるとは……だがまだ負けた訳じゃない。

イナバとレイラをけしかけられていればアウトだったかもしれないが、奴は二人を下がらせた。


その傲慢さこそ、奴に付け込む隙だ。

俺とリピの二人なら、まだ勝機はある。


「そうそう、実は私とブレイブの細胞を混ぜて作った子もいるんだけど、誰だかわかるかしら」


ラキアの視線がある一点を見つめる。

それにつられて、俺も視線を横に動かした。


「え?」


リピが注目を受けて声を上げる。

まるで何も知らないかの様に。


だが止まっている事に気づく。

彼女がかけてくれていた回復魔法が、いつの間にか止まっている事に。

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