55話 決着そして

神封石。

魔導士殺しの枷と言われ、それを付けられたものは魔力の発動を行なえなくなる。

俺を縛る枷だった。


俺が死ねば、この神封石の封印の効果は消える。

この枷は装着者の生命力で稼働している為だ。

その為、俺が死ねば当然その効果は消えてしまう。


つまり――神炎を押さえる枷も消えると言う事だ。

枷と宿主を失った神炎はリーンの時の様に、新たな宿主を求めて俺の体を飛び出すだろう。


そう、直ぐ近くにいるブレイブ目掛けて。


普段の奴なら兎も角、ボロボロの奴に神炎のコントロールなど出来るはずもない。

つまり俺が死ねば奴も死ぬと言う事だ。


俺の手で直接止めを刺せない事。

それにラキアの奴を仕留められなかった事は無念だが、まあ仕方ない。

あの女には、そのうち天誅が下る事を祈るばかりだ。


≪約束守れそうにない。すまないリピ≫


俺はゆっくりと瞳を閉じ。

心の中で、約束を破ってしまう事を小さな妖精の少女に謝罪する。


結局彼女には借りを返す事が出来なかった。

ある意味、それが一番の心残りだ。


「…………?」


いつまで待っても、剣が振り下ろされる様子がない。

勿体ぶるほどの余裕がブレイブにあるとも思えないが……


ガランガランと金属が地面に転がる音が響く。

眼を開いてブレイブを見ると、その手から剣が落ちていた。

今の金属音は剣が落ちた音の様だ。


口の端から涎を垂らし、白目を剥いているのが見えた。

ブレイブは体がぐらつく。

奴はゆっくりと膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んだ。


倒れたブレイブの顔を覗き込んで、俺はハッとなる。

その顔はまるで老人の様に皺だらけでひび割れ、頭髪は全て白く変わっていた。


「ブレイブ……」


「やっぱり……兄さんは凄いや……僕じゃ……敵わなかった……」


ブレイブは虚空を見上げ口を動かす。

彼の眼には一体何が移っているのだろうか?


「僕は……僕は一番になりたかったんだ……誰よりも……一番に……」


ブレイブは震える手を空に向かって伸ばそうとするが、腕は力なく崩れ落ちる。

その瞳から一滴の涙が零れ落ち、ブレイブは力尽きた。


あっけない……何ともあっけない決着だ。


「ブレイブ……お前は誰よりも強かったよ」


もし3年前に戦っていれば、きっと俺では彼に勝てなかった筈だ。

それ程までにブレイブは強かった。

そしてそんな彼はとても頼もしく。

俺は彼を信頼していた。


ブレイブだけじゃない。

レイラも、イナバも、リーンも。

皆頼もしい仲間達だったんだ。


だから魔王と戦えた。

勝利する事が出来た。


だがそんな仲間達はもういない。

彼らは俺を裏切り。

裏切られた俺は彼らを殺した。


「全然だ……」


仲間達を殺して復讐した。

なのに気分は全く晴れない。

それどころか、鬱屈とした気分が強まるばかり。


復讐は誰も幸せにしない。

そんな綺麗ごとがある。

だがまさにその通りだった。

今の俺の気分は、幸福には程遠い。


俺が復讐を諦め。

ひっそりと牢獄で朽ち果てていけば、少なくともかつての仲間達は幸福になれたのだろうか。

だがそれこそ有り得ない。


良かったんだ。

これで良かったんだ。

そう思い、ゆっくりと立ち上がる。


少し考え事をして休んだおかげか、何とか立ち上がる事は出来た。

だが戦場に戻るのは無理だ。

今の俺では役に立たない。

それどころか、戦場に辿り着く事さえ無理だろう。


兎に角今はゆっくり休もう。

まだラキアが残っている。

あの女が。


ブレイブの死体の横で休む気にはなれないので、俺は何処か休む場所を探――


「あらあら。貴方の方が勝ったのね。おめでとう。ガルガーノ」


「――っ!?」


声に振り向くと、そこには黒一色の装いに身を包んだラキアの姿があった。

彼女がどうやってここまで来たのかは分からない。

だが態々俺の目の前に現れてくれたのだ。


「手間が省ける」


此処でこの女を殺す。

俺は痛む体を引きずる様に、一歩、また一歩とラキアへと歩み寄る。


だがラキアは動かない。

どうやらブレイブが死んだ事で、覚悟が決まっている様だ。

それともブレイブとの戦いで弱り切っている俺なら何とかなると思っているのだろうか?


もしそうだとしたら愚か極まりない。

幾ら弱っていようとも、只の女如きに俺の拳を止める事など不可能だ。


「お前を……殺す」


「あら怖い」


ミスの付いた帽子で顔は良く見えないが、その口調は楽し気だった。

本当にどこまでも人の神経を逆なでするムカつく女だ。

だがこれで最後だ。


俺は拳に力を籠めて、奴の顔面目掛けて突き込んだ。

脳みそぶちまけろ。

糞女。


「――なんっ……だと……」


ラキアは手袋を付けた手で、悠々とおれの拳を受け止めた。

俺は目を見開く。

彼女が俺の拳を受け止めた事もそうだが、何より――


彼女は全身に黒いオーラ。

俺と同じ冥界の力を纏っていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る