54話 世の中上手く行かない物だ

「ガルガーノ!殺してやる!」


斬撃を飛ばし、此方へとブレイブは突っ込んで来る。

明かにその動きは雑だ。


興奮か。

恐怖か。

あるいはその両方か。


どちらにせよ、冷静さに欠けた大振りの攻撃など俺に当たりはしない。

とは言え、演技の可能性も考えられる。

今度は奇策を警戒し、冥界の力できちんと相手の様子も確認しておく。


「どうした!口先だけか!」


全身が痛む。

此方のダメージも軽くない。

だが俺は痩せ我慢して、余裕の表情でブレイブを挑発し続けた。


今までのギリギリの戦いで、俺は多くの痛みを経験してきている。

今更この程度の痛みで俺の動きは止まらない。


「どうした!隙だらけだぞ!」


幾ら冷静さを欠いた相手への消耗狙いとは言え、全く手を出さなければ狙いに気づかれてしまう。

ブレイブの無茶な攻撃を最小限の動きで回避しつつ、隙あらば攻撃のふりをする。


勿論大きな隙が出来れば本格的に攻撃するつもりではあるが、腐っても奴は勇者だ。

焦っていても、流石に早々大きな隙を見せてはくれない。


「くそっ!」


大して力の籠っていない拳だが。

それを見抜けないブレイブは大きく飛んで躱す。

着地した瞬間、ブレイブの膝がぐらついた。

その肩は、荒い呼吸で大きく上下している。


かなり消耗している様に見える。

いくら勇者と言えど、手加減無しのフルパワーで暴れ続ければそう長くは持たない。

もうひと踏ん張りの辛抱だ。


「どうした?休憩か?そんな様で勇者が聞いて呆れるぞ」


動きを止めたブレイブを更に挑発する。

だが奴は動かない。


まだ限界には早い筈だ。

此方の意図に気づかれたか?


「認めるよ。兄さんは俺より……強い」


兄さん?

突然ブレイブの口から飛び出した、訳の分からない言葉に首を捻る。

奴は一体何の話をしているんだ?


「兄さんに勝つのは無理だ……でも……」


ブレイブは熱にうなされたかの様に、言葉を続ける。

ひょっとして幻覚でも見ているのだろうか?


だが幾ら疲れたからと言って、急に幻覚を見出すのはおかしい。

考えられるとしたら、それは剣に仕込まれた邪悪な力による物と考えるのが妥当だろう。

俺が神炎の力を完全にコントロールできない様に、奴も剣に仕込んだ闇の力がコントロール出来ていないのかもしれない。


まあだがやる事は同じだ。

奴が正気だろうがそうでなかろうが、大きな隙があればカウンターを決め。

それが駄目ならひたすら消耗させてから始末するのみ。


「そうだよ……勝てなくても……」


ブレイブは俯き、ぶつぶつと独り言を続ける。

俺はそんな奇怪な行動を続けるブレイブへと、警戒しながらゆっくりと間合いを詰めた。

この行動が演技でないのなら、攻撃を叩き込むチャンスだ。

独り言が少々不気味ではあるが、気にする程の事では無いだろう。


「でも……相打ち位なら出来るはず……そうだよ……だって僕は……」


伸ばせば手が届く距離。

だがブレイブは反応しない

その目は何処かうつろで、完全に正気を失っている。


正に絶好のチャンスだった。

俺は神炎を籠めた拳を、その顔面目掛けて突き込んだ。


「僕はずっと努力し続けて来たんだから!!!」


それまで虚ろだったブレイブの眼が見開かれた。

だがもう遅い。

今更反応した所で――


「なっ!?」


寸での所で俺の拳が受け止められた。

ブレイブに――ではない。

奴の手にした剣から黒いオーラが立ち昇り、それが手の形となって俺の拳を止めたのだ。


「相打ちだぁ……一緒に死のう!兄さん!」


「ふざけるな!!」


ブレイブが振るう一撃を、素早く腕を戻して躱す。

だが、躱した剣から伸びた黒い拳が俺の腹部に突き刺さった。


「がぁ……」


俺は大きく吹き飛ばされ、地面の上を転がる。

急いで立ち上がろうとすると、強い痛みと腹部への圧迫から胃の中の物を吐き出してしまう。


「くそが……」


俺は口元を拭い、痛みを堪えて急いで立ち上がる。

かなりやっかいだ。

此方の回避に反応して追撃してくるあの手は。


「兄さん!兄さん!!」


ブレイブは兄さん兄さん叫びながら剣を振り回し、衝撃波をバンバンと容赦なく放って来る。

そしてその隙間を縫って黒い手が俺に迫った。


「ぐうぅ……」


全てを回避するのは不可能だと判断した俺は、衝撃波を躱しつつ、腕を交差させて拳を止めた。


拳のパワーはそこまででもないが、ブレイブの必殺の一撃で弱っている俺の体には、受け止めるだけでもかなり堪える。

こんな物を受け続けていたら、先に俺の方がダウンしてしまう。


「くそっ!」


更に追撃が迫る、俺は再び黒い拳をガードする。

その衝撃で骨が軋み、体が悲鳴を上げた。


ブレイブ自身の雑な攻撃とは違い。

黒い手は的確に俺の動きを捕えて来る。

こっちは回避不能だ。


せっかく上手く行っていたというのに、世の中どうしてこう儘ならないのか。

神が本当に存在すると言うのなら、ぶん殴ってやりたい気分だ。


「やるしかない!」


俺は再度飛んでくる拳を左腕で弾く。

弾いた腕が痺れるが、気にせずブレイブへと突っ込んだ。


ブレイブがへばるのを待っている余裕はもうない。

消耗戦は捨てて、渾身の一撃で奴を仕留める。


弾いた腕が戻る前に!

今の奴になら!

直撃を入れる事さえできれば勝負はつくはずだ!


「兄さん!!」


「ブレイブ!!」


身をかがめる。

頭上を奴の剣が通り過ぎた。

遅れてやって来た剣圧に後ろに飛ばされそうになるが、踏ん張って堪え。

体を起こしながら拳を突き上げた。


狙うは奴の頭部。

胴だと硬いオリハルコンによってダメージが軽減されてしまう。


俺はその一撃に全ての力を込めた。


「貰った!!」


俺の拳がブレイブの顔面を捕らえる。

俺の勝ちだ!

そう思った瞬間、俺の横っ腹に衝撃が走る。


それは黒い腕だった。


さっき捌いた物とは違う。

それは消えて、変わりに新しい手が剣から生えて来ていた。


「がぁっ!」


「ぐぅっ!」


俺とブレイブが同時に吹き飛ぶ。

直ぐに起き上がろうとするが、腹部の痛み、それに全身のダメージが限界を訴え。

四つん這いになるのが限界で、起き上がれそうにない。


「はっ……はっ……が、あぁ……」


体に力を籠めようするが、力が入らない。

無理をして渾身の一撃を放った事。

それに不意の横からの一撃で体が限界を迎えてしまった様だ。


こうなると、ブレイブが死んでいてくれる事を願うしかなかった。

もし奴が立ち上がれば……


「畜生……」


ブレイブの方を見ると、奴は地面に手を着き、ゆっくりとだが立ち上がる。

そしてフラフラとした足取りで、俺の元へと近づいてきた。


「僕の勝ちだよ……兄さん」


そう笑うブレイブの顔の半分は、俺の一撃でぐちゃぐちゃに潰れていた。

どうやら痛みは感じていない様だ。


「さあ!終わりにしよう!」


ブレイブが剣を高々と掲げる。

それが振り下ろされれば、全てが終わるだろう。


「ああ、終わりだ」


そう、全てが終わる。

俺も、そしてブレイブも。


この勝負……引き分けだ・・・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る