52話 勝負
「とまれ!」
両軍が前進する中、突然連合軍の動きが止まった。
それを警戒したイナバが停止命令をかける。
「これは……」
連合軍が中央から真っ二つに分かれていく。
その光景は、海を割ったとされるモーゼの十戒を彷彿とさせた。
「ブレイブ……」
その合間を悠々と歩く男女の姿が見える。
ブレイブとラキアだ。
奴は黄金の鎧という目立った出で立ちをしている。
その横を歩くラキアはそれとは対照に黒のドレスを身に纏い、ベールの付いた唾の長い帽子で顔を隠していた。
「ち、ラキアめ」
彼女を見て、不安に駆られる。
戦場に出てきて大丈夫かと。
彼女に戦闘能力はない。
その為、戦闘に巻き込まれれば待っているのは間違いなく死だ。
「余計な心配をさせてくれる」
一番ムカつく相手が戦闘のさ中、どこかの誰かに打ち取られる。
全く笑い話にもならない。
戦場から離れた位置に控えていていればいい物を……本当に腹の立つ女だ。
やがてブレイブは連合軍の合間を抜け、一人突出する形で悠然と此方へ向かって来る。
流石にそれにはラキアは同行せず、途中で止まっていた。
「ガルガーノ……どうする?」
ブレイブの行動。
それは袋叩きにしてくれと言っているに等しい。
だが奴は気にせず此方へと向かって来ている。
俺との因縁から、それはないと考えたのか。
それとも雑魚に囲まれた所で大した問題はないと思っているのか。
「恐らく後者か……イナバ、手出しは無用だ。お前達は連合軍にだけ集中していろ」
他の者達では戦いにならないだろう。
例え囲んでも、消耗すら期待出来ない。
ならば無駄死にをさせる必要は無いだろう。
「分かった」
俺は一人、前に出る。
真っすぐ奴に向かって。
「久しぶりだな。ガルガーノ」
一足で飛びかかれる。
そのぎりぎり外の間合い。
そこでブレイブは口を開いた。
「随分と悪趣味な鎧だな」
勇者時代もごつい鎧を身に着けてはいたが、当時は目立たないような鈍色だった。
それがド派手な黄金に変わっているのだ、奴の傲慢さが良く現れている。
「お前の様な罪人と違って、俺は一国の王なんでね。周囲への鼓舞も考えなければならないのさ。何も背負わないお前が羨ましいよ」
「そうか……なら俺が、お前の背負っている物をこそぎ落としてる。死ねば肩の荷も下りるだろう」
「気持ちだけ貰っておこう。残念ながら、俺はお前程度に負けてやる事は出来んから――なっ!!」
先に仕掛けて来たのはブレイブの方だ。
奴が剣を抜き放つと、向けられた先端から火球が飛び出した。
「ふんっ」
俺は拳に力を込め、それを片手で容易く弾いて見せた。
奴の操る魔法は強力だが、冥界の力を得た今の俺にそれ単体でダメージを与える事など出来はしない。
弾かれた火球は地面に激突、爆発して巨大な火柱を上げる。
それが合図となったのか、それまで沈黙を保っていた連合軍が雄叫びを上げて突進してくる。
魔族側もそれに合わせて突撃し、両軍がぶつかり合った。
「やれやれ、勝手に突撃するとはな」
自分に襲い掛かって来る魔族を切り伏せ、ブレイブが呟いた。
どうやら連合軍の突撃は興奮した兵士達が先走って始めたもので、奴の意図した物では無い様だ。
「外野が邪魔だ。場所を変えるぞ。ガルガーノ」
「いいだろう」
ブレイブは魔法で空に浮かび、西へと飛んでいく。
俺は冥界の力を放出し、その反動で空を行く奴の後を追った。
暫くすると渓谷に差しかかる。
ブレイブはそこに着地した。
足元には大小様々な石や岩が転がり、足場はかなり悪と言える。
ブレイブは俺の立ち回りを制限する為にこんな場所を選んだのだろうが、無駄だ。
以前の俺なら兎も角、戦士として体を鍛え続けて来た俺にとってこの程度の悪地形は、もはや大した問題にはならない。
「本当は皆の見ている前でお前を倒し、俺の力を示すつもりだったんだがな。先走った兵士共のせいでパァだ。世の中儘ならない物だな」
「良かったな。皆の見ている前で無残にやられる姿を晒さずに済んで。だが安心しろ。お前の首はちゃんと国に送ってやる」
「ははは、そうか。だったらお前の首はラッピングして晒し台の上に飾ってやろう。世界を裏切った大罪人の首としてな」
ブレイブが剣を構えた。
両足を大きく前後に開き、半身の状態で腕を上げ、その刀身は奴の顔の横に水平に翳される。
確か霞の構えだったか。
独特な構えだったので、興味本位で以前ブレイブに名を聞いた事を思い出す。
「最後に一つだけ聞いておく」
「なんだ?冥途の土産に何でも答えてやるぞ」
「何故俺を裏切った?」
理由はラキアから告げられている。
だがあんな女の言葉を鵜呑みにするつもりはない。
ひょっとしたら、何かやむを得ない事情があった可能性も――
「ぶっはっはっはっはっは」
俺の言葉を聞いて、ブレイブが構えを解いて大笑いする。
隙だらけのその姿に拳を叩き込んでやろうかとも思ったが、まずは奴からの答えを聞く。
攻撃はそれからだ。
「はっはっは……はぁ……まさかこの状況下で、そんな下らない質問をされるとはな。全く笑わせてくれるぜ。まあいい、答えてやる。お前が目障りだったから排除した。それだけだ。どうだ?満足したか?」
「ああ……」
許すつもり等更々無かったが、これで心置きなくブレイブを殺せという物だ。
俺が拳を構えると、ブレイブも再び霞の構えを取った。
「行くぞ!」
「来い!ガルガーノ!」
俺は足場などお構いなしに、力強く地面を蹴り抜いて間合いを詰めた。
突進する俺に対し、ブレイブの剣は弧を描く。
それは目元を狙った薙ぎの一撃。
俺は無理やり身を沈めてその一撃を躱し。
低い位置から奴の顔面目掛け、拳を振るう。
「成程、元魔導士とは思えない良い動きだ」
ブレイブは顔を逸らし、俺の拳をぎりぎりで回避する。
お互いの体が密着する距離で、俺と奴の視線が交錯し、火花を散らす。
「魔導士に殴り殺された勇者として、末永く語り継がれろ!」
もう片方の手で奴の腹部に拳を叩き込んだ。
だが鎧によって、その一撃は弾かれてしまう。
並みの鎧では俺の一撃には到底耐えられない。
どうやら只の鎧ではない様だ。
俺は反撃を警戒して間合いを離す。
「ちっ」
「ははは、これはお前との戦いに備えて作らせたオリハルコンの特注品だ。糞重いのが難点だが、その分防御性能はずば抜けている」
オリハルコンはとてつもない硬度と重量を持つ物質だ。
硬さは凄まじいが、重すぎて鎧に使う事など通常はあり得ない。
ましてやそんな物をフルプレートになどしたら、その重量で普通の人間は潰れてしまうだろう。
だが奴は、それを勇者としての出鱈目な身体能力で無理やり着込んでいた。
全く、とんでもない鎧を用意してくれたものだ。
だが俺には――
「ほぉ……」
俺は拳に神炎を纏わせた。
それを見て、ブレイブの目つきが変わる。
「そんな力を隠し持っていたのか」
如何に奴の鎧が強固だろうと、冥界と神炎、この二つの力が合わさった攻撃に耐える事の出来る物質など存在しない。
次は鎧事打ち貫かせて貰う。
「ならば此方も……」
ブレイブの手にする聖剣――ブレイブソードに邪悪なオーラが漂い出す。
剣に仕掛けてあった小細工を発動させたのだろう。
奴も力の出し惜しみは止めた様だ。
「さあ、本気でいくぞ」
ブレイブは剣を大上段に構え、振り下ろす。
「消し飛べ!」
その剣圧は大気を切り裂き。
聖なる力と邪悪な波動とが混じり合った破壊の衝撃が俺を襲う。
「舐めるな!」
俺はそれを拳で迎え撃つ。
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