58話 帰還

神封石を外す方法は二つあった。

一つは強力な神聖魔法の使い手に解除して貰う。


そしてもう一つは――足を切り落として物理的に無理やり外す方法だ。


今まで足を切り落とすという選択を、俺は選ばなかった。

何故なら、それは余りにもリスクの高かい手段だったからだ。


自ら足を切り落とせば、痛みで意識を失うのは目に見えていた。

たとえ止血を事前にしていたとしても、最悪そのまま意識が戻らず失血死も十分あり得る事だ。

俺はそんな危険を冒すつもりは更々無かった。


では誰かに頼んで外科的処置を受けるのはどうか?


それこそ論外だ。

下手をすれば頼んだ相手に殺されかねない。

信頼する仲間に裏切られた俺に、どこの誰とも分からん人間を信じて命を預ける選択肢などあろう筈も無い。


だからこれまで、足を落とすという手段は封印して来た。

切り落とすのは最後の最後。

本当にどうしようもなくなった時の、一か八かの賭けだった。


そして今、俺はその賭けに勝利する。


「ぐうぅぅぅぅ……」


激痛が走り、視界が赤黒く明滅する。

剣で切り落とした部分が焼けているかの様に熱い。

余りの痛みに一瞬気が遠のいたが、何とかギリギリ堪えて意識を繋げる事が出来た。


「はぁ……ぁ……はぁ……うっく……」


倒れそうになる体を剣で支える。

もしこのまま倒れてしまったら、俺はきっと意識を失ってしまうだろう。


しかしブレイブの剣には感謝しなければならない。

中途半端な鈍らだったなら、一撃で切り落とせなかった可能性があった。

もしそうなっていたら、2発目の痛みに耐え切れず、きっと俺は気絶していた筈だ。


「ふぅ……ふぅ……」


最初は強烈だったが、痛みは直ぐにましになってきた。

恐らくアドレナリンのお陰だ。

だがその代わり、激しい吐き気がこみ上げて来る。


チラリと切り落とした傷口を見ると、出血はしていなかった。

傷口が焼け焦げている事ことから、神炎が焼いてしまったのだと思われる。


道理で糞熱かった訳だ。

だがこれで失血死の心配は無くなった。

結果オーライだ。


「まさか自分の足を切り落とすなんて……」


ラキアが呆然と俺を眺めている。

俺はその姿を見て、愚かな女だと笑う。


もし俺なら――いや、俺でなくともそうだ。

かつての仲間達なら、足を切り落とした瞬間俺に止めを刺していただろう。

決して相手に立ち直る時間は与えなかった筈。

だがラキアは驚いて動けないでいる。


幾ら冥界の力を手に入れようと。


幾ら裏で子狡く人を操っていようと。


戦場において、所詮こいつは只の素人でしかない。


俺の勝ちだ。


「ラキア!大賢者の魔法!その身にたっぷりと味わえ!」


俺は痛みに堪え、呪文を唱える。

ラキアはそれを妨害しようと動くが、もう遅い。


「ガスト・ウォール!」


突風が壁となり、ラキアの体を吹き飛ばす。

俺は額に脂汗を浮かべ、痛みに堪えながら次の呪文を詠唱する。

俺の中で最強の魔法を。


「ジ・エンド!」


ジ・エンドは俺の扱う物の中で、最強の威力を持つ魔法だった。

その破壊力は他の魔法を遥かに凌駕し、魔王ですら直撃を避ける程のパワーを秘めている。

欠点は効果範囲が狭い事だが、人間程度のサイズばなら掠っただけでも粉砕する事は容易い。


俺の手から光が生まれ、ラキアを襲う。


「くっ!?」


起き上ったラキアは横に飛んでそれを躱そうとする。

だが光は彼女の右腕。

その一端を捕えた。


「ぎゃぁああぁぁぁぁ!!」


絶叫と共にラキアは吹き飛び、その肉や骨が塵とな蒸発する。

それは腕だけではない。

彼女の体も蒸発し、地面に転がったラキアの右半身は完全に消滅していた。


「どうだ……これが大賢者の力だ」


俺の勝ちだ。

ざまぁ見ろ。


「さ……流石大賢者ね……」


俺はその声に目を見開いた。

ラキアの体は半分吹き飛んだ状態だ。

普通の人間なら間違いなく即死だろう。


だが奴はまだ息絶えていなかった。


「でも……簡単には……勝たせて……あげないわよ……」


ラキアが口の端を歪めて醜悪に笑う。

何かを仕掛けるつもりなのだろう。

その証拠に、その体から大量の冥界の力が溢れ出している。


「これは……どうかしら!」


ラキアの眼が見開かれる、その瞬間――膨大な負の力が弾けた。

自爆だ。


自分だけではなく俺も巻き添えにする。

糞女ラキアらしい行動だった。

実際直撃すれば、弱っている俺などひとたまりも無かっただろう。


但し、直撃すればの話ではあるが。


残念ながら、既に詠唱は唱え終えていた。

ラキアが生きていると分かった時点で、自爆を警戒して呪文は唱えてある。

自身の前方に防御結界を発生させ、ラキアの最後の悪あがきを俺は力で制した。


「俺の……勝ちだ」


高威力の自爆に周囲が消し飛び、何もない場所で一人呟く。

体はボロボロで、今にも気を失ってしまいそうだが、それでも俺は生きている。

復讐は終わったのだ。


だが達成感や高揚感の様な物はない。

ただただ虚しさだけが胸に残る。


「まあいいさ」


俺はその場に尻もちを搗く。

とにかく今は体を休ませたい。


「まずは回復魔法でダメージを――っ!?」


空を見上げて呟いた所で気づく。

青空の中に、邪悪な波動が漂っている事に。


俺はこの状態を知っている。

かつて魔王を討伐する前、魔族領の空は邪悪な波動に包まれていた。

魔王の邪悪な波動によって。


それと同じ――


「くそっ……やられた」


ラキアの自爆。

あれは俺に対する攻撃では無かった。

命と引き換えに強力な冥界の力を使い、あいつは大きく開いたのだ。


冥界への道。

その扉を。


「最後の最後まで……あの糞女め」


どこまで人に嫌がらせをすれば気が済むのか。

本当にどうしようもない最低の女だった。

俺は回復魔法でダメージを回復させ、片足で立ち上がる。


「魔王は……俺が倒す」


全ては魔王との戦いから始まっている。

魔王はラキアを利用し、俺と仲間達を違わせ。

その結果、俺は力を求めて魔王の復活に貢献してしまった。


全ての責任が俺にあるとは思わないが、魔王に踊らされ、自らの目的のために力を求めた結果である事は間違いなかった。

ならば俺自身の手で決着を付けなければならない。


勝ち目は限りなく0に近い。

だがそれでも……俺は魔王を倒す。

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