59話 魔王城
魔王城。
4年前魔王が倒されて以来、そこに寄りつくものは折らず。
手入れのされていない城は荒れ放題だった。
「元に戻っているな」
城は魔王の配下である悪魔達によって修繕され、以前の威容を取り戻していた。
外観からでは中の様子がよく分からないが、冥界の瞳で見ればわかる。
城内を悪魔達が大量に徘徊している事が。
「やるしかないか……」
それでなくとも魔王は強力だと言うのに、その配下迄一人で始末しなければならない。
厄介な事だ。
俺は左足を踏み締める。
そこに俺の足はなく、膝から下は義足だった。
魔法で作った特別製なので問題なく動けるが、やはり耐久面や柔軟性には少々欠ける部分がある。
明かな不安材料だ。
欠損した部位の再生はやろうと思えばできた。
だが再生には時間がかかってしまう。
俺に時間が残っていたならば再生させ万全の状態で挑むところだが、残念ながら俺に残された時間は多くない。
そのため再生させずに義足で間に合わせた。
「神炎の力さえコントロール出来ていればな……」
以前は神封石によってその力の大半は抑えられていた。
だから神官でも何でもない俺でも、コントロールする事が出来たのだ。
だが神封石を外した今、力の解放された神炎を俺の力で完全に支配下に置く事は出来ない。
その結果、神炎は常に俺の体を焼き続けている。
今は冥界の力と回復魔法で押さえてはいるが、それもいつまで続くかは分からない。持続的なダメージは蓄積を続け、がては俺の命をも焼き尽くすだろう。
その為、俺にはそれ程多くの時間が残されていなのだ。
しかも時間が経てば経つ程、ダメージ蓄積による消耗が進んでしまう。
日を経れば経る程力が弱まる以上、早期決戦以外の道は残されていなかった。
万全でも勝てる見込みが薄いと言うのに……本当に厄介な話だ。
まあ嘆いていても仕方がない。
俺は城門の前に立ち、扉に手をかけた。
「あの時は、イナバが吹き飛ばしたんだっけな」
かつてここへ攻め込んだ時、この門はイナバが体当たりで吹き飛ばしている。
見張り台からの弓や魔法の砲撃があったためだ。
ちんたらしていたら撃ち込まれ放題だと言って、彼は敵の攻撃などお構いなしに突撃して門を吹き飛ばした。
それを見て「脳筋」とリーンが呆れていたのを思い出す。
「ムバカア!」
今の俺なら同じ事も出来るだろうが、出来るだけ消耗を避けなければならないので、地味な開錠魔法で城門を開けて中に進む。
中に入ると早々に悪魔達に出迎えられた。
山羊や蛇の様な頭をした人型の悪魔や、真っ黒な人間サイズの全身目玉だらけのタコと、その種類は豊富だ。
そしてその先頭には良く知る悪魔の姿があった。
「ポトフか」
30センチ程の黒いマリモの様な姿をした悪魔。
ポトフ。
こいつは契約者の寿命の代わりに姿を消してくれる能力を持つ悪魔だ。
「最近はお呼びがかからなかったので、ご無沙汰しております」
「寿命を消費するからな」
無駄遣いを控えていた結果、結局こいつ以外の悪魔を呼び出す事は無かった。
神炎で寿命が削られると分かっていればもっとバンバン使っても良かったが、所詮は結果論に過ぎない。
「魔王様から、貴方様をお出迎えするよう仰せつかっておりますので」
そうポトフが言うと、悪魔達の姿がすぅっと消える。
能力を使ったのだろう。
此方の虚を突くつもりなのだろうが、姿を消しても冥界の瞳を使えば丸見えだ。
そう言えばこの力も最初使った時はかなりきつかったが、もう随分なれたものだ。
今では戦闘中でも問題なく使える。
そして魔王が復活した今、力の制限は必要ないので前回のまま戦う事が出来た。
「ぎゅえぇ」
俺は素早くポトフを拳で粉砕し、周囲の悪魔達も接近戦で始末する。
ポトフが先頭の時点で背後の雑魚共はお察しだ。
まあそれでも普通の兵士ではとても歯が立たないのだろうが、今の俺の敵じゃない。
「ぎゅぎゅ!!」
城に向かって歩くと、悪魔達が物陰から現れては休む間もなく襲って来る。
だが全て雑魚だ。
恐らくは俺を消耗させる作戦なのだろう。
「ムカバア」
再び開錠の魔法で城の扉を開け放つ。
巨大な2足歩行の牛と目があう。
体長は3メートル程だろうか?
筋肉質で青い肌をしており、その目と蟀谷から生える2本の角は真っ赤な血の様に染まっている。
その手には身の丈に匹敵する強大な斧が握られていた。
「ふん、大盤振る舞いだな」
そんな悪魔達が、入り口直ぐの大エントランスに所狭しと居並んでいる。
かつてこの城を守っていたのは、魔王によって操られていた魔族達だった。
明かに異常な状態の操られている魔族に対し、リーンは「死なせてあげるのがせめてもの情けです」と、にっこり微笑んでいたのを思い出す。
当時は「そうだな」と神妙に返したが、今考えると流石に笑顔で言うセリフではないなと思う。
そんな分かり易い異常性にも気づかない。
我ながら本当に間抜けな話だ。
「
俺は悪魔の集団に問答無用で広範囲殲滅呪文を叩き込む。
手の先に魔法陣が現れ、光球を射出する。
それは一番手前の悪魔を貫き、エントランスの中心で大爆発を起こした。
熱と暴風がエントランスに吹き荒れ、悪魔達は跡形もなく消滅する。
流石に斧は残ったが、床に転がる全てが高熱で赤黒く変色していた。
「ふぅ……」
魔力は出来うる限り温存しておきたい所だが、流石に目の前のマッチョ集団を殴り倒すのは骨だ。
いくら魔力を温存できても、体力が尽きてしまっては意味がないからな。
その辺りはバランスよく戦っていく。
因みに城は特別な素材が使われているせいか、壁などが焼け焦げてはいるが大きく破損した場所は見受けられなかった。
まあそれが分かっていたからこそ大魔法を打ち込んだわけだが。
「まずは上だな」
魔王は地下に居る。
一度目もそうだったが、今回もそうだ。
気配は足元から漂って来ていた。
真っすぐ地下に向かわず上に行くのは、悪魔達を始末する為だ。
魔王との戦いの最中、背後から現れたら厄介だからな。
先ずは配下を全滅させる。
2階に上がると翼差の生えた蛇共が待ち構えていた。
中々のスピードだが、それだけだ。
俺は体術と魔法を併せて手早く処理して中央の大部屋へと進む。
「中ボスと言った所か」
2階の中央の大部屋の中には、巨大な蛇が
但しその頭部は蛇ではなく、醜い豚の物だった。
以前この場所には魔族が大挙していたが、今はこの珍妙な悪魔がその代わりなのだろう。
「ぶふぉおお!!」
不細工極まりないその豚蛇は俺に気づき、頭から突っ込んで来た。
冗談みたいな顔面が、驚くべき速度で俺に迫る。
俺はそれを横に飛んで躱しつつ、回し蹴りを入れる。
その瞬間めきっと嫌な鈍い音が鳴り、俺は蹴り抜かずに素早く足を戻した。
「ちっ」
普段の癖からか、つい左足で蹴ってしまった。
義足の出来が悪かったならこんなミスは犯さなかっただろう。
出来が良すぎると言うのも考え物だ。
幸い義足は破損してはいない。
俺は大きく飛びのいて間合いを離した。
こういうミスをやらかした時は、一旦気分を落ち着かせてリセットするのが理想だ。
焦ったままではミスがミスを呼んでしまう。
「すー……はぁ……」
軽く深呼吸する。
豚蛇は唸り声を上げてすぐさま此方へ突っ込んで来る。
一息程度の余裕しかなかったが、気を引き締めるには十分な時間だった。
俺は拳を構え、神炎の力を宿らせる。
完全なコントロールは難しい。
だがそれは抑える事に関してであり、こうやって攻撃として放出する分には今まで通り扱う事が可能だ。
「砕け散れ!」
俺はその拳を突っ込んで来る豚の顔面へと叩きつける。
瞬間豚の顔が弾け、更に衝撃でその長い胴体から血肉が弾け飛んだ。
首位に血肉が散らばり、蛇の骨だけがそのままの形で残っていた。
「さて、次は3階か」
2階にいた悪魔達の気配はもうない。
もうこの階に用は無いので、俺は階段を昇って城の3階部分へと向かう。
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