47話 誘惑

「なあラキア。もうガルガーノに話していいんじゃないか?」


ベッドの隣で俺に寄り添うラキアが不思議そうな顔をする。

まるで俺の言いたい事が理解できていない。

そういう表情だ。


「俺と君の関係の事さ」


ラキアはガルガーノと婚約していた。

だがそれは王が勝手に決めただけのものでしかない。

その証拠に、彼女は俺を選んだ。


兄……いや、ガルガーノではなく俺を。


「言っている事の意味が分からないわ」


意味が分からないと彼女は返す。

だがその彼女の言葉こそ、俺には意味が分からなかった。


「まさかブレイブ?この私が自分の物だとでも言うつもり?」


「あ、ああ。そうだろ。俺と君は愛し合っているんだから」


「ぷっ……何それ」


ラキアが口の端を歪め、俺を見つめる。

その視線はまるで俺の事を見下している様な……そんな冷たい視線だった。


「こんなの遊びに決まってるでしょ。まさかガルガーノとの婚約を解消して、貴方と結婚するとでも思ってたの?」


「え?だって君は俺を選んでくれたんじゃ……」


「そんな言葉、口にした覚えは無いわよ。あなたとの事は只の火遊びに決まってるじゃない。私は1国の王女として、より優れた夫を迎えなきゃいけないの。貴方程度で妥協するわけないでしょ」


「てい……ど?」


さぁ……と、自分の血の気の引く音が聞こえる。

彼女は今、程度と言ったのか?

俺がガルガーノより劣ると?

そう言ったのか?


「なんて顔してるのよ。実際、貴方よりガルガーノの方が優れているでしょ」


違う。

俺はアイツに……兄に等負けてはいない。

俺は勇者だ。

魔法と剣を同時に扱える、この世でただ一人の存在。


「確かに、魔法では敵わない。だが俺には剣がある。前衛としてなら俺の方が上だ」


そう、確かに魔法なら奴の方が上だ。

それは認めよう。

だが俺には剣が、前衛としての能力がある。

決してガルガーノには負けていない。


「ぷっ、なにそれ。賢者相手に前衛能力は自分の方が上だなんて、言ってて恥ずかしくないの?」


ラキアは馬鹿にするかの様に、冷酷に笑う。


「みんな思ってるわよ。レイラも、リーンも、イナバも。全員がガルガーノの方が上だってね」


違う。

俺は負けてはいない。


この世界では俺が……俺が主役なんだ……


「そもそもこのパーティーのリーダーは誰?」


「リーダー?」


そんな者はいない。

決めていないのだ。

リーダーなど。


だからこのパーティーにはそんな者は――


「ガルガーノ、でしょ?」


ラキアは俺の顔を覗き込んでそう告げる。


「違う。リーダーなんていない」


「じゃあ戦いの際、指示を出しているのは誰?」


「それは……ガルガーノだが」


「だったらやっぱり彼がリーダーなんじゃない」


違う。

それは違う。


「後衛は全体を見遠しやすい。だから……だからあいつが指示を出しているだけだ!決してリーダーな訳じゃない!」


思わず声を荒げる。

興奮してしまったが、俺の言っている事は間違っていない筈だ。

そう、これは只のポジションの問題なのだ。


「どんな言い訳をしたって、彼の掌で踊らされている事には変わらないわよ」


なんて嫌な顔をしやがる。

彼女の馬鹿にしたような微笑みが、その見下したかのような視線が、俺を苛む。


「違……う」


「違わないわよ。結局、あなたは兄には敵わない。異世界に来ても、2番手のままなのよ」


「なんで……そんな事を……言うんだ……」


彼女は俺を愛してくれた。

俺の前世の事。

兄に対するコンプレックス。

その全てを彼女は受け止めてくれた。


なのに何でそんな事を……そんな嫌な事を彼女は口にするんだ。


「嫌な事を言っちゃたわね。ごめんなさい、ブレイブ。でも私は貴方に強くなって欲しいの。いつまでも過去を引きずらない強い男に」


「俺は……過去なんて」


「引きずっているじゃない。だからショックを受けた。違う?」


彼女の言う通りだった。

もし乗り越えていたのなら、ガルガーノとの比較にこうも必死にならなかった筈だ。


俺は……いつまでたっても兄の呪縛から逃れられないのか?


「俺は……俺は……」


「だからね、勝てばいいのよ」


「え?」


勝つ?

一体何に?


「貴方の兄の幻影ともいえる、ガルガーノによ。貴方の手で彼を倒すの」


「たお……す?」


彼女は何を言っているんだ?

倒す?

彼を?

どうやって?


「明日の魔王戦で、彼よりずっと活躍しろって事か?」


「違うわよぉ。文字通り、ガルガーノを倒すのよ」


そう言うと、彼女は楽しげに微笑んだ。

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