12話 契約
「馬鹿な……魔王……ガイゼル」
その姿を見て、思わず呟く。
闇を抜けた先、そこには魔王が待ち受けていた。
人の形をした大きな体躯に羊の様な頭。
背には漆黒の翼が生え、その瞳は赤黒く蠢いている。
そこに居るのは間違いなく、この世界から追い出した筈の魔王だった。
「冥府へようこそ、大賢者ガルガーノ」
魔王は髑髏で出来た不気味な椅子に座り、口の端を歪める。
それを見て、俺の背中に冷たい汗が伝い落ちた。
どうやらこれは魔王の罠だった様だ。
自分の軽率さが恨めしい。
「騙されたという訳か」
「騙してなどいない。力を与えるのは事実だ」
魔王は立ち上がり、此方へとゆっくり近づいて来る。
俺は拳を握り込み戦闘に備えた。
勝ち目は勿論ない。
だが逃がしてもくれはしないだろう。
ならばせめて、一矢報いるのみ。
「はぁ!」
魔王が間合いに入った瞬間、魔力を籠めた渾身の一撃をその下腹部に付き込んだ。
硬い。
まるでアダマンタイトに拳を叩き込んだような感触だ。
「くっ……」
拳が割れて血が噴き出す。
相手を見るとびくともしていない。
「落ち着け。戦うつもりはない」
「戯言を」
再び拳を突き込んだ。
今度は左拳を。
だがそちらも砕けてしまう。
痛みから脂汗が流れ落ちる。
分かってはいたが、俺の今の力では一矢報いる事すら……
「落ち着けと言っている。私はお前との対話を望んでいるだけだ」
対話?
いったい俺と何を話すというのか?
とても信じられない話だ。
だが……魔王からは圧倒的な強者の波動を感じはしても、そこに殺気の様な物は感じられない。
「本気で言っているのか?」
「小賢しい嘘はつかんよ」
何にせよ、魔王には敵わぬ身だ。
奴が何を企んでいるのかは分からないが、本当に話があるなら聞いておいた方がいいだろう。
俺はまだ死ぬわけにはいかないのだから。
「良いだろう。俺と何が話したい?」
「まずは称賛を。この私を退けたその手腕。見事であったぞ」
「それはどうも」
魔王を共に放逐した仲間には見事に裏切られている。
正直嫌味にしか聞こえない。
「そこでその力を見込んで、お前と契約を交わしたいと思っている」
「契約だと?」
「そうだ、俺とお前。双方に利のある契約だ」
魔王との契約など、古来より破滅を齎す甘言というのが相場だ。
御伽噺の中の勇者が魔王と契約し、世界の半分を貰った所。
そこは男しかいない世界だったなんて話もある。
当然男と女で分かたれた世界では子孫が残せず。
その本のラストでは数十年で人類は滅びを迎え、その後世界は魔王が支配している。
まあこれは御伽噺だが。
それ位魔王との契約など碌な物ではないと言う事だ。
「お前は力が欲しいのだろう?復讐のための力が?」
「何故……それを知っている?」
「くくく、見ていたさ。ずっとお前達をな。何せこの私を倒した者達なのだからな」
魔王は楽しげに笑う。
人が人生の崖っぷちから落とされるのを見て喜ぶとは、良い性格してやがる。
「俺がお前に力を与えてやろう。この冥界の力を。その力をお前は存分に振るってくれればいい」
魔王は大きく手を広げる。
冥界とは恐らく、この何もない闇の空間の事を指しているのだろう。
「お前に何のメリットがある?」
俺が力を得て、それで復讐したとしても魔王には何のメリットも無いだろう。
魔王が契約を持ちかける以上、此方よりもはるかに大きなメリットが魔王側にはある筈だ。
「お前が通って来た穴があるだろう?あれはこの冥界と現世を繋ぐ物だ。だが残念ながら、小さすぎて私には通れない。ここまで言えば分かるだろう?」
「穴を広げるつもりか」
魔王の目的は俺達の世界への帰還。
恐らく自力で戻る事が出来ない為、俺を利用し帰還するつもりなのだろう。
「そうだ。お前が冥界の力を使う度に、穴は徐々に広がって行く。やがては……くくく」
魔王が口の端を歪めて笑う。
人の弱みに付け込む事を楽しむ、醜悪な笑顔。
「まあそう重苦しく考えるな。余程湯水の如く力を垂れ流さない限り、私が外に抜け出せる程境界が成長する事はない。私からすれば、少しでも穴を広げてくれたら重畳と言った内容の契約だ。何せ人間と違って、私には無限に近い寿命があるのでな」
時間をかけ、魔王はゆっくりと穴を広げていくという。
魔王の言葉が事実なら、その復活は何世代も先の事に成るだろう。
「わかった、その契約を受けよう」
仮に俺が受けなくとも、何れは他の誰かが魔王と契約して
俺の契約の有無で多少早まるだろうが、所詮は誤差の範囲だ。
先の事は先の世代が考えればいい事。
俺は自分の復讐を優先させて貰う。
「但し、その前に
嘘を許さず、その全ての真実を詳らかにする絶対の魔法だ。
これで奴の語った言葉が事実かを確認する。
「いいだろう」
「俺は今魔法が使えない。魔法はお前が使え」
だが全ての魔法に通じる魔王ならば、問題なく使える筈。
「構わんよ」
そう言うと魔王は詠唱を始める。
俺は感覚を研ぎ澄ます。
魔王なら魔法に何か細工しかねない、それを見破る為にだ。
「やれやれ、信用の無い事だ。それ」
魔法陣が輝き、秤へと姿を変える。
この白銀の美しい秤が
俺は手を伸ばし、秤の片方へと手を触れる。
続いて魔王もその反対側へと手を伸ばす。
互いの手が触れた瞬間、秤が白く輝き契約は発動される。
確認したい事は3つ。
一つは先程語った契約の内容。
2つ目は力によってどの程度境界が拡張されるのか。
そして最後は、使われた力をきちんとコントロールできるのかという点だ。
特に最後の3つ目は重要だ。
力を暴走させて止められなくる様な事態に陥っては、一気に境界が開き切ってしまうかもしれないからな。
「答えよう」
魔王は俺の疑問に嘘偽りなく答える。
納得するだけの答えを得た俺は魔王と契約し、冥界の力を手に入れた。
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