19話 革命軍

「下郎とは心外だな、俺は只の密入国者だぞ?」


この船の積み荷が非合法な物であった事は知っている。

だが俺は、金を払って乗せて貰っているだけだ。

脛に傷持つ只の密入国者でしかないので、下郎と呼ばれる程ではない。


「ほう?この船の積み荷には関わっていないというつもりかい?」


「無論だ。夜逃げの為、高い船賃を払って乗せて貰っていただけだ。この船の奴らの悪事に関わって等いない」


基本的に嘘は言ってはいない。

まあ夜逃げと言うのはちとあれだが。


「その言葉を私達が信じるとでも?そもそも密入国も犯罪だよ」


もっともな意見だ。

だが――


「この船はラバンに向かっている。あんたらのテリトリーに入り込むつもりはなかった」


オケアノス諸島は6つの島からなる。

革命軍が押さえているのは上から5つ目の島だ。


俺達の目指すラバンはそのさらに南の6つ目の島になる。

ラバンへの密入国を革命軍に咎められる謂れはない。


とは言え、事情をいくら説明しても無駄だろうな。

この状況下で、じゃあ行っていいぞとはまずならない。

そもそも海の上だし。


「言い訳だけならいくらでもできるわね。それに統治が及ばぬとはいえ、この諸島の安寧を目指すのが私達の志。例え他の島だろうと、見逃すわけにはいかない」


正直、対応に困る。

革命軍は人民寄りの善政を敷いているという噂を耳にしている。

その為他の島は殆ど無法地帯なのに対し、彼らの納める島は比較的治安が安定しているらしい。


どうしようもない糞の集団なら問答無用で蹴散らすところだが、出来れば彼らと事を構えたくはなかった。

このまま素直に捕まって、彼らの島で脱出するのが無難か。


「ん?待てよ。あんたの顔、どこかで見たことがある。あんたまさか……」


「人違いだ」


「大賢者ガルガーノか!」


女が大声で断言する。

兵士達の間にどよめきが起こった。


「私はお前の肖像を一度見た事がある!間違いない!」


完全にバレてしまった様だ。

まさか僻地のオケアノス諸島の革命軍にまで顔が知られていようとは、有名過ぎるというのも考え物だな。


まあバレてしまっては仕方がない。

悪いが彼らには……力で制するしかないだろう。

俺が拳を握り込み、構えると、女は楽し気に目を細める


「魔法は封じられてるって聞くよ?まさか素手で殴り合いをするつもりかい?賢者が」


「魔法など必要ない、この拳で制圧するのみだ」


「言うねぇ。じゃあこうしようか。あんたがあたしに勝てたら、黙ってあんたに従う。もしあたしが勝ったらその逆と行こうじゃないか」


悪くない。

寧ろ魅力的な案だ。

手間が省ける。

しかしこの女の言動、まるで海賊だな。


「いいだろう」


俺は一歩前に出る。

それに合わせて女も前に出た。


「いつでも掛かってこい」


俺は指先をクイクイと曲げて女を挑発する。

フードに隠れているリピが「魔法いる?」と聞いてきたが、余計な手出しはするなと小声で断っておいた。


「私の名はレイラ!革命軍の将軍さ!行くよ!」


態々名乗った後、女は真正面から突っ込んでくる。

かなり早い。

流石に一軍で将を張るだけはある。


しかしレイラか。

嫌な奴と名前が被っているな。


「はぁっ!」


女が突然目の前で跳躍する。

そして俺の頭上を通り過ぎる瞬間、肩に向けて手にした剣を突き出した。


奇襲作戦か……

その手にした剣はオーラを纏っている。

これを喰らうと、今の俺では間違いなく大ダメージだ。


俺は素早く体を逸らして、すり抜け様の一撃を躱す。

素早く動いたせいか、フード内のリピが「あややや」と謎の声を上げる。


「やるじゃないか!今のあたしの一撃を躱したのは、あんたが初めてだよ」


「それはどうも」


「ちょっとー、ぐわんってしないでよー」


リピが苦情を口にしながらフードから飛び出した。

全く困った奴だ。


「妖精!?」


女――レイラがリピを目にし、驚いた様に目を見開く。

こんな場所に妖精がいるとは夢にも思わなかったんだろう。


そんな視線など気にせずリピは俺の周りをパタパタ羽ばたく。

今は戦闘中だと言うのに、びっくりする程空気を読まない奴だ。


「ふむ」


唐突にレイラは剣を終う。


「何のつもりだ?」


「妖精は悪人には懐かないって聞く。どうやら噂は本当だったらしいね」


「噂?」


「そ、噂さ。あんたの罪は濡れ衣だってね」


そう言うとレイラは俺にウィンクを飛ばす。


「あー、私の王子様なんだよ!」


その様子を見て、俺の顔の前でリピが両手両足を広げる。

まるで通せんぼだ。


「王子!?……」


レイラの視線が痛い。


「こいつが勝手に言ってるだけだ」


リピを顔の前からどかし、一応言い訳しておく。

万一周りに言いふらされたら、流石にショックだからな。


「まあいいさ。あんたらの関係を詮索するつもりはないよ。それより――」


彼女は右手を俺に差し出した。


「やけにフレンドリーだな」


「噂が本当なら、あんたは魔王を倒してくれた人類の英雄だろう?歓迎するよ。ようこそ革命軍へ!」


まあ確かに。

奴らが裏切らなければ、今頃俺は英雄として称えられていた筈だ

それが今や世界を裏切った脱獄犯だ。

奴らには必ず借りを返させて貰う。


「その言い方だと、俺が革命軍に身を寄せる様に聞こえるんだが?」


「あんたは今や世界中のお尋ね者だ。態々オケアノス諸島に来たって事は、他に行く当てがないんだろう?」


こっちの事情はお見通しの様だ。


「うちは今、大きな戦の為に腕っぷしの強い助っ人が欲しい。あんたは身を隠す場所を求めてる。完全にwin-winだろ?」


大きな戦か……まあ確かに悪い話ではない。

今の俺にはパワーはあっても、素手での戦いの経験は殆どなかった。

それを実践で積め、更に匿って貰えるなら一石二鳥だ。


それに革命軍なら、ある程度奴らの情報も集められる。

二鳥どころか三鳥迄ある。

断る理由はないか。


「良いだろう」


俺はレイラから差し出された手を握る。


「あーーーー」


それを見てリピが大声を上げるが、無視してレイラと話を進める。

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