20話 素手の理由

女盗賊レイラ。

奴はこのオケアノス諸島に居る。

魔王を倒した報奨金と、俺の装備を売り払い得たその資金を上手く使い、オケアノスに一大犯罪組織を作り上げていた。


この3年で既に6つの島の内、3つはもう殆ど彼女が統治しているような状態に近く。

その状況に危機感を感じた革命軍は、他の二つの島の組織と連携して盗賊レイラを叩く積もりらしい。


「しっかし、まさか賢者様が素手でもこんなに強いなんてね」


目の前で倒れているレイラが俺を見上げて呟く。こっちは革命軍の将軍の方だ。

名前は同じでも、全くの別人である。


彼女とは船旅の間、訓練を兼ねてこうして何度か手合わせしている。

勿論俺の全勝だ。


「賢者様は止めろ。今の俺は魔法が使えん」


魔法の使えない賢者等笑えない。


「俺の事はアレスと呼べ」


ガルガーノと言う名は捨てる。

この名を名乗っていたのでは、いつ身元がばれるか分かった物ではないからな?

たからおれは自らをアレスと改名した。


「分かったよ。アレス」


俺が手を差し伸べると、彼女はそれを掴んで起き上る。


「あーー!また手を繋いでる!」


それを目ざとく見つけたリピが騒ぐ。

どうやら妖精と言うのは嫉妬深い生き物の様で、面倒くさい事この上ない。


「倒れている相手に手を差し伸べるのは、当然の事だろう」


「それはそうだけどー」


「ははは、まあそうけちけちしなさんな。そんなんじゃ女が廃るよ」


「えー」


レイラが助け舟を出してくれる。


「ま、後で甘い蜂蜜を差し入れてやるからさ」


「ほんとー、やったー」


彼女と出会ってまだ二日だが、もう既にリピの扱いを心得てしまっている。

ざっくばらんな性格をしている様で、よく周りの事を見ていた。

流石に将軍だけはある。


「しっかし素手でこれだと、剣を使ったらえらい事になるね」


「残念ながら剣は扱えない」


「そうなのかい?」


彼女が不思議そうに聞いて来る。

どうやら彼女は魔法には詳しくない様だ。


剣に限った話ではないが、魔法使いはおよそ武器と分類されるものを手にしたりはしない。魔法こそが最大の武器だからと言うのもあるが、それとは別の理由がある。


「魔法使いは武器を扱うと弱体化するからな」


魔法使いは武器を持つと、魔法の力が弱くなるのだ。

理由は何故だか解明されてはいないが、武器を手にすると魔法の詠唱が阻害され。

更には魔力の流れまでかき乱されてしまうのだ。

当然そんな状態では真面に魔法を扱う事などできない。


つまり魔法使いは武器を持たないのではなく。

持てないのだ。

持つと最大の武器である魔法が弱体化してしまうから。


「けどあんたは魔法を封じられてるんじゃ?」


確かにレイラの言う通り、俺の魔法は神封石によって封じられている。

魔法の詠唱阻害だけなら問題なかっただろう。

だが俺の場合、問題があるのは魔力のコントロールの方だった。


「俺は肉体を魔力で強化しているからな。武器を持つとそれまでできなくなってしまう」


肉体の強化は魔力コントロールが命だ。

これがかき乱されては、身体を上手く強化できなくなってしまう。


「だから武器は使えない」


フィジカルと武器。

両方を秤にかけたら、圧倒的に魔力による強化に軍配が上がる。

迷うまでもない。


「ふーん、色々制限があるってわけかい」


「まあな」


「まあそれでも腕は立つから、別時構わないけどね。じゃ、あたしは用事があるから戻るよ」


そう言うと彼女は手をひらひらと振って甲板を後にする。

その背中を見送った後、俺は手近にあった樽を両手で掴んで担ぎ上げ――スクワットを始めた。


「えー、また筋トレー。遊ぼうよー」


「断る」


俺には遊んでいる時間はない。

肉体にはまだまだ伸びしろがある。

それを少しでも多く鍛え上げなければならない。


女盗賊レイラへの復讐に備えて。

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