21話 レイラ
私の家は貧しかった。
母は病弱で、その薬の代金を稼ぐために父は朝から晩まで働いていた。
それでも私は幸せだった。
いつもお腹を空かせてひもじくても。
服がボロボロで、髪も余り洗えなくてバサバサでも。
それでも私は母がそこに居てくれるだけで、生きていてくれているだけで嬉しかった。
「私ね!おっきくなったら賢者になるの!」
小さなころの夢は賢者だった。
魔法を覚えて、それで母の病気を治す。
ついでに魔法でお金も稼いで、父も楽にしてあげるんだって思ってた。
実際のところ。
魔法使いは回復魔法なんて物は使えないし、当然病気だって治せない。
只小さい頃の私は、そんな事等知らずに魔法を何でも出来る奇跡だと思い込んでいた。そんな訳ないのに。
ある日父が死んだ。
仕事帰りに、その日の給金を狙った強盗に殺されてしまったらしい。
私は泣いた。
母と一緒に。
翌朝、目覚めると母が冷たくなっていた。
何が起こったのか分からず、私は必死に叫んで母の体を揺する。
でも母は決して目を開ける事はなかった。
悲しくて……悲しくて。
その日は母の遺体にすがって泣きじゃくった。
翌日、大家が家に訪れる。
住んでいた場所は借家で、家賃がかなり溜まっていたらしい。
父が死に、払う当てがなくなった私はそのまま追い出されてしまう。
その際、母の遺体が役所に引き取られた。
「お母さんを連れて行かないで!」
私は必至に縋ったが、取り合ってはもらえず。
遺体は持っていかれてしまう。
その日私はすべてを失った。
父も、母も、思い出の家も……
なにもかも。
何もする気力がわかなかった。
でもお腹だけはすく。
食べ物をくださいって、周りの人にお願いしたけど誰も相手にしてくれない。
余りにもお腹がすき過ぎて、ついに我慢できなくなった私は、露店に並ぶ食べ物を手に取って逃げた。
お母さんが言っていた。
人の物を取ってはいけないって。
でも……でも私は……死にたくなかった。
その日から私は、人から物を奪い生計を立てる盗賊になる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「頑張るわねぇ」
目の間の男に声をかける。
彼の名はガルガーノ。
大賢者と呼ばれる男だ。
「明日は決戦なんだし、休んだ方がいいんじゃないの?」
男は瞑想を行なっている。
只の瞑想ではない。
魔力を体に循環させる、魔法使いにとっては筋トレみたいな訓練だ。
「だからこそ完璧に仕上げる必要がある」
「ヘイヘイ、程ほどにね」
今私達は魔王城の見える場所でベースキャンプを張っている。
明日は魔王との決戦だ。
だと言うのに、彼は普段と変わらずに淡々と訓練を続けていた。
他のみんなは明日に備えて英気を養っているというのに、糞真面目と言うか頑固と言うか。融通の利かないタイプの人間である。
まあそういうの、別に嫌いじゃないけどね。
私はその場を離れてテントへと向かう。
ガルガーノを驚かす為の内緒話があると、ブレイブに呼ばれていたからだ。
一体何をする気なんだろうか?
テントに入ると、ブレイブ以外にもリーンとイナバ、それに表敬訪問に訪れているラキアが来ていた。
「揃ったようだな」
私がテントに入ると、ブレイブが待ちかねていたかの様に口を開いた。
「なんで皆が?」
此処にいる全員でガルガーノを驚かすのだろうか?
「ここに集まって貰ったのは、ガルガーノの処断についてだ」
「は?」
ブレイブの言葉の意図が分からず、思わず変な声が出る。
何かの冗談なのだろうか。
「彼は魔王を召喚して世界を危機に陥らせた。その責任は取るべきだろう?」
魔王を呼び出した?
ガルガーノが?
そんな話聞いた事もない。
ブレイブは何を言っているのだろう。
「あの罪深き男は、極刑に値します」
リーンがとんでもない事を口にする。
「俺はブレイブの判断に従う」
続いてイナバが。
「君はどうする?」
ブレイブの言葉に、全員の視線が私に集中する。
その目は真剣そのものだった。
冷たい汗が背中を伝う。
「本気で言ってるの?」
「至って大まじめだ」
「ブレイブが魔王召喚なんて――「事実なんて些細な事だわ。重要なのは、私達がどう動くかよ」
ラキアが私の言葉を遮った。
その言葉から、彼らの目的を理解する。
彼らは陥れるつもりなのだ。
ガルガーノを。
「君にもメリットはある。ガルガーノが投獄されれば、その分報酬の頭数が減る事になる。なんな、ら僕の分の報奨金を君に渡しても構わない」
こいつ金で私を釣る気か?
ふざけた話だ。
お金が欲しくないと言えば嘘になるが、仲間を裏切って手に入れた汚い金など。
「あたしを舐めないで貰いたいわね。端金であたしを動かせると思ったら大違いよ」
「よく考えろ、レイラ。君1人が真実を訴えても無意味だ。下手をしたら君は共犯者として捕まってしまう。それでもいいのか?」
ブレイブが口の端を歪めて笑う。
私を脅す気だ。
盗賊である私の言葉は軽い。
彼らを告発しようものなら、逆に私が共犯者として投獄される可能性は低くなかった。
「お金は多ければ多い程良いんじゃないかしら?例え魔王討伐パーティーの一員でも、所詮盗賊は盗賊。民衆は一時的に持て囃してはくれるでしょうけど、国は貴方を高い地位で雇ったりはしないわよ」
「ぐ……」
確かにそうだ。
腕を見込まれてこのパーティーに入りはしたが、所詮私は盗賊でしかない。
魔王を倒したとしても、私に先はない。
将来の事を考えるのなら。
資金は多ければ多い程いい。
「私も報奨金に興味がありせんので、差し上げても構いません」
報酬に、リーンの分が上乗せされる。
「そう言えば、レイラはガルガーノの装備に興味を持っていたな?あれも持っていって構わないぞ。大賢者の装備品だ、さぞ高く売れるだろう」
別に私はそんな目で見ていたわけじゃない。
賢者に思いを馳せていた子供時代の夢を思い出していただけだ。
もし自分が偉大な賢者になっていたら、こんな装備を身に着けていたかもしれないと思って……
「分かったよ。あんたらに話を合わせればいいんだろう?」
仕方ない。
盗賊でしかない私が歯向かったって、大した意味はない。
それならば得をする方を選ぼう。
何故なら私は盗賊なのだから。
昔母は言っていた。
人から物を奪うのは悪い事だって。
でもその悪い事に手を染めなければ私は生きてこれなかった。
父はまじめな人だった。
私と母の為に、毎日必死で努力してくれていた。
だけどお金を奪われ殺されてしまっている。
私はそんな人生は嫌だ。
所詮世の中食うか食われるかでしかない。
なら私は食われる側ではなく、喰らう側として生き残る。
所詮私は穢れた盗賊なのだから。
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