41話 取引
明日は魔王討伐。
俺はそれに備え入念に自らの肉体の調子と、相棒たる武器――
「あらあら随分と熱心ねぇ、戦士イナバ」
そんな俺に声を掛ける者がいた。
振り返ると、そこにあったのは王女ラキアの姿だ。
魔王との決戦を控え、慰問に訪れていた彼女は、何故か聖女リーンを引き連れ俺のテントへと訪れた。
「少々お話をしたいのですが」
リーンが笑顔で訪ねて来る。
その笑顔は相変わらず胡散臭い。
人の様子や動向を伺って生きてきた俺だからわかる。
こいつは狂っていると。
「すごく大事な話があるの、失礼するわね」
王女はそう告げると、ずかずかと遠慮なく人の寝床をに侵入してくる。
その図々しさに、一瞬ぶん殴ってやろうかとも思ったが、ぐっと堪えた。
相手は一国の王女だ。
今手を出すのは不味い。
「話というのは、戦後の話よ」
「戦後?随分と気の早い話だな」
明日の決戦で勝敗が決まるとはいえ、いまだ魔王は健在だ。
一番の大勝負を前にして、先の話をするなど……
「そうでもないわよ。私はあなた達が勝つって確信しているもの。ねぇ」
「王女のおっしゃる通り、正義は必ず勝ちます」
王女の投げかけに、リーンがさも当然と返す。
俺も負けるつもりなどは更々無いが、それは只の意気込みでしかない。
だがこの二人は、自分達が負けるとは微塵も考えていない様だ。
「それで、先の事なんだけど。戦後、魔族達の統治を貴方に任せようと思ってるの」
「な!?」
思わぬ申し出に、驚いて声を上げる。
「連合への話は私が付けてあげるわ。引き受けてくれるかしら」
断る理由はない。
寧ろ渡りに船だった。
戦後魔王討伐の功労者という立場を利用し、魔族達の統治に加わるつもりでいた俺からすれば、これほど有難い申し出はない。
だが――
「見返りはなんだ?」
目の前の王女が無償で何かをするとは思えない。
そもそも何故この女は、俺が魔族に関わろうとしている事を知っている?
まさか偶然という事は無いだろう。
「実は……魔王討伐後にガルガーノを告発しようと考えているの。魔王の召喚者としてね」
「は?」
王女はさも楽し気な、いたずらっ子の様な表情を覗かせる。
自分が何を口にしたのか分かっているのだろうか?
「それで、貴方に口裏を合わせて貰おうと思ってね」
彼女はなおも言葉を続ける。
「ああ、先に言っておくけど。断った場合は、貴方が酷い目にあう事になるわよ」
この女は屑だ。
それがはっきりとわかる。
「罪状はそうねぇ。魔王に与してた罪がいいかしら?だってあなた、魔族とのハーフなんですものね」
「!?」
こいつ……何故その事を!?
魔族としての角はへし折り、伸びてくる分は常に削っていた。
その上重戦士というクラスを利用して、常にフルフェイスのメットも着用しているのだ。早々簡単に気づかれる訳がない。
「そうなのですか?」
驚いた様にリーンが尋ねる。
その様子から、彼女は知らなかった様だ。
「……」
直ぐ傍に居た聖女ですら気づかなかった事を、何故王女が……
「まあいろいろと調べたのよ。私なりにね。別に惚けても構わないけど、確認したら一発でバレるわよ」
彼女の言う通り、身体検査をされれば一発でバレるだろう。
言い訳をするのは無駄の様だ。
「それでそうするの?ガルガーノを裏切って貴方を迫害した魔族に復讐する?それとも庇って処刑される?」
考えるまでも無い。
ガルガーノはいい奴だ。
一緒に居て、こいつなら友達になれるかもと思ったりもした。
だが奴も俺がハーフだと知れば、その態度をきっと変えるだろう。
他の奴ら同様。
所詮魔族との混血である俺に、真面な居場所などない。
だから壊すのだ。
その為には、まずは魔族を掌握しなければならない。
「いいだろう。その話を飲もう」
「交渉成立ね」
その為なら手段を選ぶつもりはない。
俺は醜悪に微笑む、ラキアの伸ばした手を握る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「イナバ様!敵襲です!」
寝室の扉が激しく叩かれ、襲撃を知らす声が飛ぶ。
「わかった。お前達は迎撃に当たれ」
魔族領を統括してから4年。
奴らを殺したくなる気持ちを押さえ、俺は可能な限り穏便に統治を進めてきた。
今では魔族の半数は俺の事を本当の王の様に傅いて来る。
自らも鍛え続け、そして力も手に入れた。
俺はベッドから起き上がり、禍々しい髑髏をあしらった巨大な斧をその手に持つ。
手にした瞬間力が体に流れ込んでくるのが分かる。
純然たる破壊の力と衝動だ。
この斧――デビルアックス――は魔王城の地下から発見している。
これの存在を俺に告げたのは、他でもないラキアだった。
何故奴が魔王城の地下にこんな物が封印されていた事を知っていたのか……それは分からない。
あの女には間違いなく何かある。
だがまあいい。
本来なら魔族達の掌握と、力の蓄えに数十年はかかる公算だった。
それがたった4年で、もう目の前まで迫ってきている。
あの女の目的が何であれ、俺は自らの目的――世界征服に邁進するだけだ。
「さて、まずは愚か者どもを始末するか」
魔族の中には、未だに俺に反抗する者達がいる。
だから教えてやる。
俺に逆らう愚かしさを。
ガルガーノの奴も含めてな。
きっと奴もそこにいる筈だ。
俺の本能がそう告げる。
「くくく、待っていろ。ガルガーノ」
最初は少し罪悪感があった。
だが今はもうそんな物は微塵も無い。
デビルアックスのお陰だ。
これを手にして以来、そう言った煩わしい感情は全て吹き飛んだ。
本当に素晴らしい斧だ。
俺は手にした斧を見つめた。
そこには狂気に目を血ばらせる、一匹の鬼の姿が映る。
その鬼は血と殺戮を求めて歩き出す。
俺の邪魔をするものは殺す。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……殺し尽くしてやる!!
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