4話 聖女リーン

「さて、次はリーンの番だけど。彼女何で裏切ったと思う?」


リーンが何故裏切ったか?

そんな事分かるはずがない。

あの時、確かに彼女も俺への濡れ衣を口にしてはいたが。

今でも幻を見たとしか思えない。


何故なら彼女は聖女と呼ばれる超高位神官。

信心深く誰にでも優しい。

正に聖女と呼ばれるに相応しい人物だ。


その彼女が自分の意思で人を裏切る事等あろう筈がない。

それならまだ、呪いの類で操られていたと言われた方がしっくりくるぐらいだ。


だが現実問題。

彼女の聖なる守りを突破し、自在に操るなど例え魔王の力をもってしても不可能だ。

そう考えると、本当に彼女の裏切りは夢幻でも見ていたとしか……


「正直未だに信じられない。何故だ?何故彼女は裏切った?」


「あらあら、賢者様は人に答えを聞いてばっかりねぇ。それでよく賢者だなんて名乗れたものね」


そう言われると返す言葉がない。

だが何かを推測しようにも、情報が足りなさすぎる。

幾ら賢者でも無を有にする事等できはしないのだ。


「まあいいわ、教えてあげる、単純な事よ。彼女は貴方が嫌いだったの」


「……は?」


いきなり何を言い出すかと思えば、くだらない戯言を……


彼女との人間関係は良好だった。

その証拠に、旅の間一度も揉める様な事はなかった。

勿論必要以上に好かれていると思ってはいないが、彼女に嫌われる理由等俺には無い。


そもそも仮にそうだったとしても、彼女ほどの聖人君子が好き嫌いで人を裏切るなどありえん。


「その顔?信じてないみたいね?」


「当然だ。誰がそんな与太話を信じる物か」


冷静に考えれば今までの仲間の話だって本当かどうか怪しいものだ。

これまでの話しは、全て俺を騙す為のラキアの嘘に違いない。


「そう言うと思って、これを持ってきてあげたわ」


そう言うとラキアは懐から小さな球を取り出す。

それはビー玉サイズで黄色に鈍く輝いていた。


「それは……」


「そう伝言珠メッセンジャーよ」


伝言珠メッセンジャーは魔法の宝玉。

これは魔力を乗せたメセージを記録し、再生する事が出来る魔具だ。

よく重要な内容を伝えるために用いられている。


何故なら個人の持つ魔力の波長は固有であり、2つと同じものはない。

その為、封蝋等と違って細工等が不可能な伝言珠メッセンジャーは、絶対の言伝として重宝されていた。


俺の目の前でラキアが伝言珠メッセンジャーを起動させる。

すると魔力の波動が溢れ出し、メッセージが流れ出す。


「ガルガーノさん、ご機嫌如何ですか?」


澄んだ鈴の音の様な声が牢獄に響いた。

この声は間違いなくリーンの物だ。

そして放たれた魔力の波長も、間違いなく彼女の物であった。


「ラキアさんに頼まれて、今、これを吹き込んでいます。思い返せば魔王討伐の旅は、辛くもあり、苦しくもある物でしたね。ですが我々は力を一丸とし、魔王を元に居た世界に送還する事に成功しました。それはとても素晴らしく、晴れやかで事です」


淡々とリーンの言葉が続く。

俺あてのメッセージだと言うのは分かるが、内容は只の思い出話に近い。

だがラキアが意味も無くこんな話を聞かせる筈はないので、俺は黙って彼女の言葉に耳を傾ける。


「ですが、私にはどうしても引っ掛かる事が一つあったのです。それはパーティーに置いての役割分担です」


役割分担?

前衛である勇者とイナバが前に出て敵を押さえ。

レイラが攪乱と中衛を務め。

そして俺とリーンが後衛を務める。


パーティーとして合理的かつ、理想的な動きを俺達は実践していた。

だからこそ世界を救う事が出来たのだ。

その完璧だった布陣に思う所があると言われても、俺には何のことか分からない。


「それは私が防御担当で、ガルガーノさんが攻撃と回復を担当していた事です」


リーンは強力な結界や、補助を行うという役目があった。

その為回復は主に俺の担当だったのだが、それは自然な役割分担と言っていい。


「ふぅ……貴方に分かりますか?この屈辱が?」


リーンの声が1オクターブ低くなる。

明かに先程までとは雰囲気が違う。


「屈辱……何の話だ」


一体何が屈辱だと言うのか?

俺にはそれが理解できない。

只の冗談かとも思ったが、雰囲気的にそれは違うとはっきりと分かった。


「傷ついた者を癒すのが聖女の仕事。それを魔導師――賢者に奪われた私の気持ちが貴方に分かりますか?」


……は?

奪われた?

誰が?

俺に?


「いや……いやいやいや!魔王を倒す為の最善手だ!お互いが出来る事をして全力を尽くす。役割分担は単にその結果だぞ!?何故俺が奪った事に成る!?」


「あたしに怒鳴られても困るわねぇ」


焦って声を上げる俺を見て、ラキアがメッセンジャーを止めてニヤニヤと嫌らしく笑う。


「だが!!」


「黙って聖女様の有難いお言葉の続きを聞きなさいって」


そう言うと。

ラキアは口元に指をあてて黙れのジェスチャーをした後、メッセンジャーを起動させ続きを流す。


「そもそも魔術師如きが、神に仕える我らが持つ癒しを真似る事自体おかしな話なのです」


通常、ドレイン系の様に他者から生命力を奪って自身の力にする魔法はあっても、回復専用の物は存在していない。

但し賢者である俺だけは、自分だけが使えるオリジナル魔法により回復を行う事が出来た。

どうやら彼女はそれが気に入らなかった様だ。


「超えてはならない領分を越えた罪。1000年程度では到底足りませんが、その薄暗い牢獄で心の底から悔い改めてください。それが私から回復の役割を奪った貴方に出来る、唯一の罪滅ぼしと言えるでしょう」


そこでメッセージは途切れる。

俺はその余りの内容に唖然として固まってしまう。

目の前が真っ暗になるとはこの事だ。

まさか聖女たる彼女が、こんな言いがかりの様な理由で自分を裏切ったとは……


「はいはい、だから言ったでしょ。貴方の事が嫌いだったって」


「くそ……くそっ……くそっくそっくそっくそおぉぉぉぉぉぉ!!」


俺の中で少しづつ何かが崩れていく。

それが何かはうまく説明できない。

悔しさから、俺は唯々怒りの咆哮を上げる。

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