6話 筋トレ

「ふん。ふん。ふん。ふん」


広い牢獄に、リズミカルな俺の吐息だけが響く。

ここには俺しかいない。

この3年間、看守以外と顔を合わせていない――因みに話しかけても無視される――どうやらこの監獄には俺しか収監されていない様だ。

世界を滅ぼそうと企んだ大賢者専用の牢獄という訳だ。

これ程嬉しく無い特別待遇も、そうそう転がってはいないだろうな。


「ふん。ふん。ふん。ふん」


俺は黙々と日課の筋肉トレーニングを続ける。

この牢獄での生活には、刑務作業の様な物が無かった。

朝昼晩と食事を与えられ、それ以外は完全な自由時間だ。


俺は3年間、その時間の全てを筋トレと休息に充てて来た。

全ては復讐のため。

あの日誓った5人への復讐、その為の筋トレだ。


「ふぅ……」


筋トレに区切りをつけ、一息つく。

腕を曲げて力こぶを作ってみると、筋肉の塊が力強く隆起する。

細身だった俺の体は3年という月日を経て、今や逞しい戦士の様な体つきへと生まれ変わっていた。


「そろそろだな」


復讐するに当たって、まず最初にする事。

それは脱獄だ。

まずは此処から脱出しなければ話にならない。

だが如何に体を鍛えても、鋼の格子によって閉じられた牢獄からの脱獄は難しい。


戦士イナバなら、その余りあるパワーで簡単に脱出できたかもしれないが。

たった3年。

しかも元が貧弱な魔導師の筋力ではまず無理だ。


普通なら……な。


俺は格子を両手で掴み、力を込めて歪めようとする。

だがびくともしない。


まあこれは当然の結果といえる。

だが本番はこれからだ。


再び力を籠め、格子を歪めて隙間を作ろうとする。

但し一度目とは違い、今度は肉体に魔力を籠めてその動作を行う。

すると格子はギギギと音を立てて歪んでいく。


「おっと、あぶないあぶない」


今はまだ昼間だ。

脱出するにはまだ早い。

俺は歪んだ格子に逆方向へと力を加え、元の状態へと戻す。

少し歪な状態になってしまったが、まあこれぐらいなら看守も気づかないだろう。


「さて、夜中まで寝るか」


俺の足には、神封石と呼ばれる魔法を封じる枷が付けられている。

それは俺を完全に無力化する恐ろしい物だった。


魔法の使えない賢者など、無力極まりない只のゴミだ。

復讐はおろか脱獄さえ不可能。

おれはこの監獄で一生を終えるのだと、最初は絶望していた。


だが俺にとって幸運だったのは、神封石が魔法を封じる枷ではあっても、魔力を封じる枷では無かった事だ。

その事に気づいて以来、俺は筋トレを延々続けてきた。

何故なら、俺は自らの魔力で身体能力を強化する術を持っていたからだ。


筋肉と魔力に寄る強化。

その二つの力を使って、俺は奴らに復讐する。


だが今の俺の実力では、奴らにはまだ届かない。

魔力による加圧を行なっているとはいえ、自重によるトレーニングには限界がある。

更なるパワーアップを果たす為、俺は今日ここを脱出する。


待ってろよ糞共。

いつか必ず俺がお前達に天誅をくれてやるからな。


ああ、夜が楽しみだ……

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