25話 決着
「くたばれぇ!」
雄叫びを上げて、レイラがハンマーを振り上げる。
俺はそれを両手で受け止めた。
「ぐっ……」
想像していたよりも重い。
強烈な一撃に腕がしびれ、足がべきべきと床にめり込む。
どうやら真面に受けるのはよした方が良さそうだ。
「しゃらくさい!」
レイラはハンマーを横に薙ぐ。
俺を吹っ飛ばし、壁にぶつけてダメージを与える作戦だろう。
俺は素早く床にめり込んだ足を抜いて、間合いの外へと逃げた。
「ちょこまかと!」
レイラが再びハンマーを振り上げ、突進してくる。
俺はその一撃を突っ込むように躱し。
レイラの腹部に回し蹴りを入れてやった。
「ぐぇぇ」
吹っ飛んだレイラは豪快に床に転がる。
やはり……弱い。
パワーはあるが、それだけだ。
以前のレイラ相手ならこうはいかなかっただろう。
「ふ、どうだ?魔法の使えない賢者に吹っ飛ばされる気分は?」
さぞ悔しい事だろう。
だがそれは自らが撒いた種だ。
まだまだ苦しんで貰う。
「ぐぅぅぅ、ガルガーノぉ……」
レイラは般若の形相で此方を睨んでくる。
だが豚に睨まれた所で痛くもかゆくもない。
寧ろ楽しいぐらいだ。
「ここでお前は死ぬ。何か言い残す事はあるか?」
俺はゆっくりと這いつくばるレイラに近づき、彼女を見下ろす。
「調子に!乗るなぁ!!」
レイラ激高し、立ち上がりながら俺に掴みかかって来る。
おれはそれを軽く躱して足を引っかけた。
「ぎゃっ!?」
その丸い体がボールの様にゴロゴロと床を転がっていき、壁に激突して止まる。
まるでコメディーだ。
「殺してやる!!」
レイラが勢いよく起きあがり、突進してくる。
今度は奴の腕をつかみ、背負い投げで投げ飛ばしてやった。
轟音が響く。
彼女の頭は床に突き刺さり、じたばたと藻掻いていた。
そんなかつての仲間の間抜けな姿を見ていると、なんだかやるせない気分になってくる。
「くそがぁっ!くそがっ!くそがっ!」
レイラが激しく、床に拳を叩きつける。
彼女はギリギリと歯軋りをしながら起き上り。
口の端から泡を飛ばし、真っ赤に充血した目でぶつぶつと何かを呟きだした。
「くそくそくそくそksgakskopfajikugrhhjj……」
どうやら怒りで完全に正気を失っている様だ。
焦点も定まっていない。
もっと痛めつけても良かったが……俺を裏切った相手とはいえ、もういいだろう。
最後に聞きたい事はあったが、真面に会話ができるとは思えない。
今楽にしてやるよ、レイラ。
俺は落ちているハンマーを拾い。
彼女に向かって振り上げた。
「終わりだ……」
「あんたがね!!」
「なっ!?」
レイラがにたりと笑う。
こいつ……正気を失っていたんじゃ――
「スネークバインド!!」
レイラの手に青い魔法陣が現れ、巨大な青い蛇が飛び出して俺に巻き付いてくる。
「魔法だと!?」
かつてのレイラは魔法など扱えなかった。
そのイメージから、魔法は無いとばかり思い込んでいた。
完全に失態だ。
まさか正気を失ったふりをして、魔法を唱えていようとは……
「が……ぁっ……」
レイラの拳が勢いよく俺の腹部に叩き込まれた。
重い衝撃が走り、息が詰まる。
とんでもない馬鹿力だ。
手から力が抜け、ハンマーは大きな音を立てて床に転がった。
レイラはそれを拾い上げると、大きく振り上げる。
「あたしの勝ちだ。ガルガーノ」
息が詰まりながらも、俺は咄嗟に冥界の力を発動させる。
だが……間に合わない。
力が俺を満たすよりも早く、レイラは手にしたハンマーを振り下ろす。
奴の馬鹿力でハンマーを叩きつけられたら、俺は助からないだろう。
悔しいが俺の負けだ。
死を覚悟して目をつぶる。
「だめぇ!イヴィバインド!」
その時、高い声が響く。
驚いて目を開けると、俺の目の前でハンマーが停止している。
見ると、魔法でできた茨がレイラに巻き付いていた。
「くっ!このっ!」
レイラが藻掻くが、余程強力な魔法なのだろう。
茨は彼女の馬鹿力を物ともせず、完全にその動きを封じ籠める。
「王子様!!」
「リピ!?」
羽をパタパタと羽ばたかせ、リピが真っすぐに飛んでくる。
どうやらレイラの動きを封じているのは、彼女の魔法の様だ。
今のパワー豚と化したレイラの動きを魔法で止めるとは、流石妖精としか言いようがない。
「待機しろと言ったはずだぞ」
「ごめんなさい。どうしても王子様の事が気になって……」
リピがしゅんと項垂れる。
勝手な行動をとった彼女を注意すべきなのだろうが……
「いや、助かったよ。ありがとう」
結果的に救われたのだ。
素直に感謝しよう。
「ぐぅぅぅぅ……ガルガーノぉ……」
「……」
俺は冥界の力を使い、レイラの魔法による拘束を引きちぎる。
レイラは動けない。
後は、止めを刺すだけだ。
そう……今度こそ終わる。
だがその前に――
「レイラ……どうして俺を裏切った?」
彼女に俺を裏切った理由を聞く。
今更理由を聞いた所で、意味はないのかもしれない。
そもそもこの状況下で聞いても、それは嘘塗れの只の命乞いでしかないだろう。
だが……嘘でもいい。
それでも俺は彼女の口からハッキリと聞きたかった。
「それは…………それはあたしが……薄汚れた盗賊だからだぁ!!!」
ぶちぶちっと何かを引きちぎる音が響く。
レイラの体に茨の棘が食い込み、血が噴き出した。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
だが彼女はお構いなしに暴れる。
狂ったように力の限り。
更にぶちぶちと音が響き、遂には体に巻き付いた茨をレイラは全て引きちぎってしまう。
何処にこれだけの力が残っていたのか……恐るべき執念だ。
「しねぇぇぇぇぇぇ!!」
彼女は血まみれの体で、手にしたハンマーを俺目掛けて振り下ろす。
だがそれよりも早く。
俺の拳が……レイラの腹部へと深々と突き刺さった。
「が……あぁ……」
レイラは小さく呻き声を上げて倒れる。
その腹部からは大量の血が溢れ出し、床を赤く濡らす。
この怪我ではもう助からないだろう。
「レイラ……」
「ぐ……ぅ……あたしの……父と母は……敬虔で優しく……まじめな人達だった」
レイラが口から血を吐き、苦し気に口を開く。
「でもあの日……何もかも……奪われて……」
彼女の目から涙が零れ落ちる。
「だからあたしは……生きる為に人から奪う事を……選んだんだ……」
「……」
「あんたを裏切ったのだって……ただ……奪っただけ……意味なんてないのよ……」
レイラが俺に向かって手を伸ばす。
「なりたかったなぁ………あんた……みたいな……けん――」
言葉が途切れ、彼女の手が床に落ちた。
その様を見て。
復讐を遂げたというのに……とても喜ぶ気にはなれなかった。
只々、やるせない気持ちだけが胸に広がって……
≪あたしはレイラっていうんだ。あんたって大賢者なんでしょ?実はあたし、子供の頃賢者になるのが夢だったんだよね≫
初めて彼女と会った時の事を思い出す。
もし俺がもっと親身になって彼女の事を知ろうとしていたら、こんな結末にはならずに済んだのだろうか?
「レイラ。さっきの魔法、凄かったよ」
冥界の力無しでも、今の俺のパワーはかなりの物だ。
その俺の動きを完全に封じるレベルの魔法を、たった3年で収めた彼女は間違いなく天才だったと言える。
もし彼女が盗賊なんかにならずに済んでいたなら、きっと俺以上の賢者になっていた事だろう。
「生まれ変わったなら、今度こそ賢者になれよ」
レイラは死んだ。
彼女への恨みはもうない。
もし来世が本当にあるのならば、彼女の幸福を願うばかりだ。
「王子様……泣いてるの」
「気にするな……」
涙を袖で拭い。
我ながら下らない感傷だと自嘲する。
まだ復讐は始まったばかりだ。
俺に立ち止まっている暇などない。
「さよなら。レイラ」
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