8話 看守長

松明の明かりは扉を照らし出す。

覗き窓は無い。

俺は耳を扉に充て、中の様子を伺った。


……声が聞こえる。

複数人の談笑する声。

数は4人。

どうやら此処は詰所の様だ。


俺は仕方なくドアの前を素通りし、奥へと進んだ。

人の居る所は出居るだけ避けたい。

無用な騒ぎは発見につながってしまうからだ。

だが、暫く進むと行き止まりだった為引き返すしかなかった。


「参ったな」


今取れる選択肢は2つだ。

詰所に居る人間をぶちのめして進むか、一か八かで壁をぶち破り外に出るかだ。


前者を選ぶと、取り逃したり警報を鳴らされてしまう可能性が有った。

その為瞬殺――気絶させるだけ――しなければならないのだが。

相手の腕前次第だが、4人を一瞬でやるのはかなり敷居が高い気がする。


後者を選んだ場合、地上ならそのまま全力疾走で障害物を薙ぎ倒して脱出する事ができる可能性があった。

だがここが地下だった場合、只大きな音を出すだけになってしまう。

そうなったら、当然バレて追い込まれてしまうだろう。


恥ずかしい話。

ここへ連れて来られた当初、俺は心神喪失状態だった。

そのため俺の突っ込まれていた独房がどの辺りにあるのか、きちんと把握していないのだ。


「まあ、ぶちのめすしかないか」


通路に窓が一切ない事から、地下である可能性は高いと判断し。

ぶちのめして進む事を決める。

それが一番無難だろう。


俺は扉の前まで戻り、大きく息を吸ってノブに手を伸ばそうとす――その時、ガチャリと音がして扉が開かれた。

中から制服を着た男が現れ、目が合う。


「やあ」


突然の事に、思わず挨拶してしまった。

礼儀正しいと言うのも困りものだ。


「な!おま――」


男の頭を掴んで引き寄せ、チョークスリーパーで落とす。

当然その姿は中の他の看守からは丸見えだ。


もうなる様にしかならん。

どうにでもなれ。


「貴様どうやって!」


椅子に座っていた男二人が立ち上がり、腰に掛かったサーベルを引き抜いた。

だが部屋の奥で座っていた大男は葉巻を咥え、腕を組んだまま此方を睨みつけるだけで動こうとしない。


随分図太い神経の持ち主の様だな。

いったい何者だ?


「動くな!」


威嚇の言葉を無視して俺は詰所の中に入る。

中はそこそこ広い。

獲物を持つ相手にとってはその方が立ち回りやすいのだろうが、狭い場所に引き込んでいる時間的余裕はない。

俺は速攻を駆ける。


「はぁっ!」


入ると同時に右の衛兵に突進し、電光石火のビンタをかます。

相手はサーベルで受けようと刃を立てるが、そんな細い棒で俺のビンタを受けるには100年早い。

刃は綺麗に折れ、男は左の男を巻き込んで壁にぶつかり動かなくなる。

力加減はちゃんとしたので、頬の骨は粉砕しただろうがまあ死んではいないだろう。


「ほほう、中々やるな」


大男がゆっくりと立ち上がる。

何故かその上半身は裸に袈裟懸けのサスペンダーだけという奇妙な井出達だった。

上半身の筋肉は山の様に膨れ上がり、下半身も余りのボリュームに今にもパンツが弾け飛びそうだ。

間違いなく、イナバと同じパワーファイターだろう。


「俺の名はグイグル。この監獄の看守長を務める物だ」


まるでおもちゃをどかすかのように、重量のある大きなテーブルをグィグルは片手で払い。

葉巻を吐き捨てる。


「ひ弱な賢者かと思っていたが、流石勇者PTにいただけはあるな。だが魔法が使えない事には変わりあるまい。果たして、貴様に拳奴王の称号を持つこの俺を倒す事が出来るかな?」


拳奴。

それは犯罪者を使った格闘技の見世物の出場者を指す。

非人道的な見世物だが、観衆からの人気は驚く程高い。

出場する犯罪者も、勝てば勝つほど恩赦を受けられるシステムであるため、試合は連日行われ盛況を博していると以前聞いた事がある。


「拳奴王か……」


そんな称号、以前なら確実に鼻で笑い飛ばしただろう。

だが侮れない。


拳奴王の称号、その条件は確か30連勝だったはず。

つまり、この男は少なくとも30回は命を賭けた凌ぎ合いを制してきたという事だ。

以前なら兎も角、魔法を失った今の俺が侮って言い相手では無いだろう。


だが……この程度に勝てない様なら、俺の復讐は夢のまた夢。

今の俺の力がどの程度か確認する意味も込めて、ここで粉砕させて貰う。


「行くぞ!」


グィグルが肩から突進してくる。

その重量から繰り出される圧倒的パワーで俺を粉砕する気だ。

だが俺は逃げない。

奴の攻撃を、真正面から受け止めて見せる。


俺は全身に魔力を充足させ、両手で奴のタックルを受け止めた。


「な……これは」


俺は思わず、驚きの声を漏らす。


「ほう、このグィグルの一撃を受け止めるとはな。だがこれはどうだ!」


グィグルは両腕を振り上げ、ハンマーの様に俺の頭上に振り下ろす。

おれはその一撃を片手で――軽く受けた。


「な!?なんだと……」


軽い。

グィグルの攻撃は驚く程に。

奴が見かけだおしのハッタリ野郎なのか、それとも……


まあいい。

今は逃げる事だけを考えよう。

俺は驚いてがら空きになった奴のボディに拳を叩き込んだ。

グィグルはその一発で白目を剥き、その場に倒れ込んでおねんねした。

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