50話 手合わせ

戦況は膠着状態だった。

圧倒的に数で勝る連合軍ではあったが、魔族側は個の力に優れていた為、連日の猛攻を凌ぎきる。

俺も仮面をつけて前線で体を張り続けていた。


とは言え、俺の目的は戦争の勝利ではなくブレイブの首だ。

消耗している所に奴と出くわすのは宜しくない。


まあ一国の王である奴が戦場に現れれば、事前に情報が入って来るだろう。

その為、不意の遭遇を警戒する必要は余り無いのだが、万一奴が素性を隠して戦場に現れないとも限らない。


だから体を張ってると言っても、いつ奴と遭遇しても問題ない様、しっかり温存しつつ調整はしていた。


「よう、こんな所にいたのかい」


鬼人であるイナバに声を掛けられる。

近づいてくる気配には気づいていたが、どうやら偶然ではなく、俺を探してここに来たようだ。


「何か用か?」


「手合わせ願おうと思ってね」


そう言うと彼女は背中に背負っていた巨大な斧を頭上で旋回させ、力強く振り下ろして構えを取る。

その手にある斧はデビルアクス。

戦士イナバが俺との戦いに使用した武器だ。


「扱えるようになったのか?」


「ああ、ばっちりさ……と言いたい所だけど、流石にこれを真面に扱うのは無理があるね」


「だろうな」


強靭な精神力を誇るイナバだからこそ、正気を失わず扱う事が出来た。

彼女には少々荷が重い武器だ。


「だから呪術を使える奴に頼んで封印した」


彼女は持ち手の辺りにある赤い布を指で指す。

冥界の瞳で確認すると、その布には強力な呪術が掛かっているのが分かる。

それが斧の魔性を抑え込んでいるのだろう。


「だがそれでも強力な武器である事には合わらない」


「その様だな」


見た所、完全に力が封じられている訳ではない様だ。

当然その分精神への負担はかかる。

流石に簡単に狂戦士化する事は無いだろうが……長期戦には向かないだろう。


「あんたと手合わせして、少しでも慣らしておきたいのさ。付き合ってくれるかい?」


夕刻のぶつかり合いの後、報告では、連合が大きく後退したと言う知らせが入ってきている。

恐らく一端引いて、大規模な作戦に移る積もりなのだろう。


「いいだろう」


数日程度だとは思うが、時間的余裕が出来た事になる。

やる事が他にない訳ではないが、俺にとって最も重要なのは戦争に勝つ事ではなく、ブレイブに勝つ事だ。

此処は俺自身の訓練もかねて、実戦形式で彼女の肩慣らしを手伝ってやるのも悪くは無いだろう。


「感謝する」


「おやおや。こんな月夜に二人でデートとは、焼けるわねぇ」


「王子様ー!」


レイラとリピがやって来る。


「折角だし、あたしもデートに混ぜて貰うとしようかしら」


「人間如きに私の相手が務まるかな?」


「舐めてると火傷するよ」


レイラは初めて会った時とは比べ物にならない程腕を上げている。

イナバはかなり強いが、今の彼女ならかなりいい勝負がでるだろう。


「じゃあまずはあたしとイナバで勝負デートだ」


「勝った方がガルガーノとやる訳か……いいだろう掛かってこい」


睨み合う二人の間に火花が飛び散る。

実戦形式ではなく、冗談抜きで実践が始まってしまいそうな雰囲気だ。

俺はリピの方をチラリと見る。


「どうしたの?王子様?」


「ああ、けが人が出そうだから。その時は頼む」


「うん!リピにお任せだよ!」


リピがくるりと月夜に舞い。

元気よく返事する。

それが合図となって、レイラとイナバの真剣勝負が始まった。


手持無沙汰なので筋トレでもしようかと思ったが、それだと二人に文句を言われそうなので、黙って勝負の成り行きを見守る事にしておく。


「ふむ……」


2人の勝負を見ながら考える、2対1で戦うのも悪くないと。


訓練で冥界の力を使うつもりはない。

だが今の俺には神炎が宿っている。

十全には程遠い未だ不慣れな力ではあるが、強力な事には変わりない。

1対1なら俺の圧勝に終わるのは目に見えていた。


「2対1ぐらいが、実践訓練としては丁度いいか」


とは言え、始まった真剣勝負に水を差すわけにも行かない。

最初はまあ勝ち抜きでやって、その先は俺が2人を相手取って戦う形をとるとしよう。


俺は二人の動きを脳裏に焼き付ける。

と、同時に脳内で二人との戦いをシミュレートしておく。


訓練とはいえ、負けるのは気分がいい物では無い。

勝負するからには勝たしてもらう。

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