44話 罅

「ぐぅぅぅ……ガルガーノ」


イナバは苦痛に顔を歪め、俺を睨み付ける。

フルプレートの小手の内側から焼かれた腕が痛むのだろう。

単純にダメージならこちらの方が酷いが、両腕に感覚がないのが救いだ。


俺はゆっくりと奴へと間合いを詰める。


動けば互いに攻撃の届く距離。

そのぎりぎりの距離で、俺は奴の出方を伺う。


奴の最大の強みはその防御性能にある。

当然それを生かした戦いカウンターを、最も得意としていた。

腕が潰れているとはいえ、そんな相手に自分から仕掛けるのは出来れば避けたい所だ……


「どうした?腕が動かなければ怖くて戦えないか?」


俺は軽く挑発してみる。

だがイナバは微動だにしない。

刺すような鋭い怒りの視線で俺を睨みつけはしているが、意外と冷静な様だ。


「こないなら此方から行くぞ」


仕掛けさせるのは難しいと判断し、自分から仕掛ける事にする。

状況は圧倒的にこちらの方が有利。

臆す必要は無い。

奴の戦闘スタイルを力づくでねじ伏せるまでだ。


「まさかもう……俺に勝ったつもりじゃないだろうな。ガルガーノ」


俺が仕掛けようとした瞬間、イナバが口を開く。

その口調は何処か楽し気だ。


「斧はもう握れまい。それさえなければ、お前は俺の敵じゃない」


お互い両手は使えなくとも、斧の力を失ったイナバと。

冥界の力を継続して使える俺とでは、此方の方が圧倒的に有利だ。

余程の事がない限り俺が勝つ。


「くっくく、はははは。斧を握れない?それは何の冗談だ。ガルガーノ」


イナバは口元を歪める。

奴も今自分の置かれている状況は理解している筈だ。

なのに何故奴は笑う?


「両手など無くとも!!」


イナバが裂ぱくの気合を込めて叫ぶ!

余りの声量に思わず気圧されそうになる。

だが――


「声で俺が――」


ダンッ!


イナバが足を地面に叩きつけた。

足元にはデビルアクスの長い柄がある。


「んなっ!?」


瞬間、斧が中に弾け飛んだ。

ぐるぐると空中で旋回するその斧を追って、イナバも飛ぶ。

そして旋回するデビルアクスの柄の部分に――器用に噛みついた。


「獣かよ!」


イナバの全身を邪悪なオーラが包む。

奴は空中で一回転し、遠心力を利用して上空から俺に斧を叩きつけてくる。

俺はその斧を、左足の蹴りで迎え撃つ。


神封石とデビルアクスがぶつかり合い、耳障りな金属音が辺りに響く。


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


ぶつかり合いは俺に軍配が上がる。

空中という踏ん張りの利かない態勢の分、俺が競り勝ち。

イナバは大きく吹き飛んで地面に叩きつけられる。


「ぐ……」


足に鋭い痛みが走る。

骨が折れた……とまではいかなくとも、罅ぐらいは入っているかもしれない。

自然と視線が足元に向き、ギョッとなる。

驚くべき事に、左足についている神封石に罅が入っていた。


尋常ではない硬さを誇るこれに罅が入るとはな……


上手く攻撃をぶつけ合えば枷を外す事も……という考えは一瞬で拒絶される。

神封石に入った罅が、見る間に修復してしまったからだ。

世の中そう甘くは無いよだ。


「ぐぅぅぅぅ……ガルガーノォ……」


吹き飛んだ際、奴の歯が折れ。

デビルアクスは明後日の方向に転がっている。

仮に口で拾えても、あのボロボロの歯では維持できないだろう。


今度こそ俺の勝ちだ――と言いたい所だが。


足の痛みがどんどんと増してくる。

冗談抜きで折れてしまっている様だ。


「ゔおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


起き上ったイナバは瞬時に俺の左足の状態に気づいたのか、雄叫びと共に突っ込んで来る。


「本当に世の中、儘ならないな」


俺は痛む足を堪え、イナバを迎え撃つ。

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