62話 リピ

魔王が突っ込んで来る。

その蹴り足の余りの衝撃に、奴の玉座が吹き飛んだ。


「砕けるがいい!」


「俺は負けん!」


魔王の拳を俺は両腕をクロスして受け止める。

だが――


「ぐぅ……」


その凄まじいパワーに、その場で堪える事が出来ずに吹き飛ばされてしまった。

腕が痺れる。

そのパワーの差は明かだ。

まあ分かってはいた事だったが、やはり近接戦でアドバンテージを取るのは厳しい。


なんとか渾身の一撃を決めてる為の隙を作らなければ……


「考え事か!ガルガーノ!」


魔王は休む暇なく突っ込んできた。

受けるにはパワーが足りない。

俺は相手の拳を屈んで躱し、右足を地面の上に滑らせる様に回し蹴りを入れる。


だが蹴り抜けない。

丸で奴の足は根の生えた大木の様に俺の足を止める。


「ははは、痛いじゃないかガルガーノ!」


咄嗟に後ろに飛んで、上から叩きつけられた拳を躱す。

此処の材質は上の魔王城と変わらない。

その為とんでもない硬さを誇るが、魔王の拳はそれを容易く破砕してしまう。

もしそれが自分の体に直接叩き込まれたらと思うと、ぞっとする。


だがこれはチャンスだった。


大量の土砂が巻き上がり、視界が遮られる。

俺は更に後方に飛びのき、冥界の力を使って分身を生み出した。

分身と言っても単純な動きしか出来ないので、とても戦力にはならないだろう。


だが問題ない。

重要なのは拡散して動き、気配をばら撒く事だった。


奴は冥界の瞳を発動していない――此方の瞳で確認している。

恐らく傲慢からくる怠惰だろう。

そしてそれこそが、俺の付け入るべき唯一の隙だ。


後は奴がその傲慢さ故、冥界の瞳の発動が遅れる事を祈るばかりだ。


俺は分身がそれぞれ別の柱の陰に隠れる様動かし、俺も柱の一つに隠れた。

そして素早く魔法の詠唱を始める。


よし!


案の定、冥界の瞳を使っていない奴は明後日の方向の柱を粉砕する。

その次もだ。


「小賢しい!」


だがその次は真っすぐに此方に突っ込んできた。

どうやら瞳を発動させて俺の位置を確認したのだろう。


だが十分だった。

奴の傲慢から生まれた隙は、俺に最強呪文を発動させるに十分な時間を生み出した。


奴が俺の隠れた柱を粉砕する。

俺はそれを横に飛んで躱し、そして奴目掛けて――


「喰らえ!ジ・エンド!」


俺の手から強烈な閃光が放たれた。

魔王に向かって。


これが当たれば大ダメージを――


「っ!?」


だがその一撃を、魔王は難なく回避してしまう。

光は生物のみに破壊をもたらす魔法であるため、壁に当たり胡散して消えた。


「そんな……」


起死回生の渾身の一撃、それを容易く躱され俺はショックで一瞬動きを止めてしまった。

その一瞬で魔王は一気に俺との間合いを詰め。


「今の隙は態と作ったのだよ。愚かだな、ガルガーノ」


少し屈んだ奴の顔が俺のすぐ前に突き出される。

その眼は楽しげに歪んでいた。


「如何に強力な魔法だろうと、来ると分かっていれば躱すのは容易い物だ」


奴の言う通りだった。

馬鹿げた身体能力と反射速度を持つ奴が、正面から飛んでくる魔法等当たる筈もない。

もし本気で当てるのなら、ほぼゼロ距離での発射が必須だった。


だがそれでは俺迄巻き添えで大ダメージを喰らってしまう。

俺と魔王の耐久力に天と地ほどの差がある以上、それで致命傷を負うのは俺の方だ。


つまり……俺には端から1ミリも勝機が無かったと言う事だ。

そしてそれを見せつける為、奴は態と魔法を俺に遣わせた。


「くっ!」


俺は魔王の顎目掛けて拳を振り上げる。

だがそれよりも早く、奴の巨大な拳が俺の胴体に突き刺さった。


「がぁぁぁぁ!」


凄まじい衝撃が胸部を貫き、俺の体は勢いよく吹き飛ばされた。

強烈な痛みに息が詰まる。

俺の体は謁見の間を飛びぬけ、巨大な地下空間の中央付近で止まる。


「くそっ……」


内臓が破裂している様で、吐き気が激しい。

今追撃されたら、俺は間違いなく死ぬ。

痛みに堪えつつ、兎に角急いで魔法で回復させる。


「追撃する必要も無いって事か……」


魔王はその場から動いてこなかった。

まるで逃げたいのなら、逃げてもいいのだぞと言いたげな態度だ。

尤も、本当に逃げだしたなら背後から襲われるのは目に見えているが。


「俺は……何しに此処に来たんだろうな……」


最初っから、俺に勝機など無かったのだ。

まさに無駄骨だった。


「大罪者……か」


正にラキアの言う通りだ。

俺の罪は本当に冤罪でも何でもなくなってしまった。

全ては俺の……


何もかも諦めようとしたのその時、パタパタと小さな羽音が近づいてくるのが聞こえた。

視線を其方にやると、そこには――


「リピか……何しに来た?俺を殺しに来たのか?」


「そ、そんな事しないよ!!だってリピは王子様の味方だもん!」


「味方……ね」


敵であったラキアの作った人造生物に味方と言われて、ああそうですかと返す気にはならない。


「この前はごめんなさい……体が勝ってに動いちゃって。でも今度は違うよ!王子様はリピが守るんだから!」


「ふっ」


俺はその言葉に思わず失笑を漏らす。

何を馬鹿げた事をと。


「ほんとだよ!王子様は絶対絶対!リピが守るもん!」


必死に叫ぶ彼女の表情は真剣そのものだった。


ラキアが死んだ以上、彼女が操られている可能性は低い。

仮に魔王がリピを操る事が出来たとして、この行動には何の意味もないだろう。

小細工など使わずとも、俺など力で捻じ伏せせられるのだから。


つまり今のリピの意思も行動も、全ては本心から来る物なのだろう。

それだけは信じていいのかもしれない。

だが――


「帰れ。俺はもう死ぬ……此処に居れば、お前も命を落とす事になる」


「死なせないよ!王子様はリピが守るもん!それにもし……本当に死んじゃうんだったら……その時は……その時はリピも一緒だよ!だって王子様とリピはずっと一緒だもん!」


「リピ……」


かつて仲間達と、生きて帰ろうと約束した事がある。

だがそれは薄っぺらい表面上の約束だった。

皆が皆、自らの欲望のために行動していたにすぎない。


だが彼女は違う。

死ねばすべてが消えてなくなるのだ。

なのに、その最後の一瞬迄俺の傍に居てくれると……


「分かった。お前を信じるよ」


「王子様……泣いてるの」


「気にするな……」


涙を拭い。

俺はゆっくりと立ち合あがろうとして、バランスを崩してその場に尻もちを搗いた。

傷の回復はもうほとんど終わっている。


だが――


「王子様……足が……」


義足は完全に壊れていた。

かなり頑丈に作ったつもりだったのだが、まさかこの短時間で駄目になてしまうとは。


「決めた!リピね!王子様の足になるよ!」


「なに?」


「リピの魔法にね!あるの!誰かの体になる魔法が!」


そんな魔法は聞いた事も無かった。

妖精固有の特殊な魔法なのだろうか?

いやだが、リピは正確には妖精ではない筈だ。


「そんな魔法があるのか?」


「うん!任せて!」


そう言うと、リピは俺の左足に触れ。

その体を発光させる。


「仮に俺の左足になれるとして、ちゃんと元に戻れるのか?」


我ながら下らない質問だと思う。

俺達は此処で死ぬ。

元に戻れるかどうかなど気にする事ではないのに。


「ううん。一度一つになったらずっとそのままだよ。王子様はリピと一つになるのは……嫌?」


リピが不安そうに聞いてくる。

勿論嫌な訳などがない。


「ずっと一緒だ。宜しく頼む」


「うん!ずっと一緒だよ!」


リピの体が光に変わり、形を変える。

それは義足を止める金具などを弾き飛ばし、俺の欠けた左足へと変わって行った。


「リピ……ありがとう」


足に変わってしまったリピに礼を言う。

ひょっとしたもう意識は失われ、聞こえていないかもしれないが――


≪どういたしまして!!≫


頭の中にリピの声が響く。


≪これからはずっと一緒だよ!王子様はリピがずっと支えるんだから!≫


どうやら足になっても意識等は消えずに残る様だ。


「ああ、ずっと一緒だ」


俺は左足を動かしてみる。

全く違和感がなく、完全に自分の足であるかのようだ。

俺は立ち上がって右足から靴を脱ぎ捨てる。

この方がバランスがいい。


「行こうか」


≪うん!≫


体が嘘のように軽い。

一人ではない。

そう思うだけで、最後まで諦めない勇気が湧いてくる。


ありがとう。

リピ。


俺はリピと共に、余裕をかまして動かない魔王の元へと向かう。

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