第25話 手合わせをする


「それじゃ~……まずはコータくん!」


 五人と一匹がぞろぞろと大広間に到着すると、カムチャマはさっそく孝太を指名した。急に呼ばれた孝太はあわてて姿勢を正す。


「あ……は、はい!」


 どうにも締まらない返事をしていると、広間の中央にて、カムチャマは熊手を床へと下ろした。そして彼女はがっしりと畳を踏みしめ、トンッと胸を叩くと宣言した。


「さあ! かかってきちゃっていいよ~♪」


「ええっ…!? い、いきなりですか!?」


 ふんすと鼻を鳴らしながら、クイクイッと右手を動かし挑発する彼女は早くも臨戦態勢に入っているようだ。

 しかしかかってこいと言われても、ルールも何も聞かされていない。素手での手合わせなのはわかったが、いきなりどうしろというのだろうか……。


「あのさ……。たたかいごっこって言ってもどんな感じでやるのさ? やり方、教えてよ」


 呆れ顔のキタキツネから助け舟が出された。心底ありがたい。


「あ~、そっかそっか! えーとね、みんなの力がどんなもんか知らないから、最初はボクりんに見せてみてねー♪ ボクりんをセルリアンだと思ってやっちゃって♡」


「セ、セルリアンってそんな……やりにくいわよ」


 カムチャマは「へーきだよ♪ へーき、へっちゃら!」と自信満々なようだが、ギンギツネは辟易しているようだ。

 元々乗り気でなく、皆に合わせて仕方なしについてきた以上、彼女は特にやりにくいのだろう。

 また、唯一の男である自分も違う意味でやりにくい。


「…じゃ、じゃあ、どこかを叩くなり触れるなりしたら勝負あり。…って感じのルールにしませんか?」


 曖昧すぎるごっこ遊びに秩序をもたらすべく、孝太はお話なんかでよくある形式を提案した。

 問題は急所をどこにするかなのだが……。


「おお、それは分かりやすくていいねぇ。……ところで、るーるってなにかねねね?」


 カピバラから賛同を得られたが、同時に解説も求められる。この手の文言はなるべく使わないようにしているのだが、うっかりしていた。


「あぁ、その、決まり事……と言えばいいのかな。この場合は、『ああいう武器を使わない』とか、えぇと……『頭に触れられたら負け』みたいな感じです」


「へぇ~! るーる……ルールかぁ! さっすがヒト! じゃあじゃあ、それでいこ♪」


 適当に言った部分も、カムチャマによって即時採用されてしまった。

 しかしぶりっ子でありながらも強者の風格漂う彼女の、それも頭部に、というのはなかなか難易度が高そうだ。とはいえ胴体よりかは諸々の抵抗感も少ない。

 もっとも格闘技の経験もなければ喧嘩をしたことすらロクにない、そんな自分にとっては無用の心配なのだろうが。


 かくして、ここに『たたかいごっこ』の火蓋は切られた。




「改めてぇ~……かかってきちゃって、ど・う・ぞ♡」


 再びどんと身構えたカムチャマは、それまでの微笑みとはうってかわって好戦的な笑顔を浮かべた。

 対する孝太は、とりあえず軽く前のめりな姿勢になってみた。もちろん意味などあるはずもない。

 なにせ誰かと戦うなんて子供のころのごっこ遊び以来なのだ。奇しくも、その遊びも『たたかいごっこ』だったか。

 また、一番槍というのも気が重い。とはいえ、フレンズ同士の超人対決の後よりかは断然ハードルが低いだろう。


「…………っ」


 じりじりと、孝太はわずかずつ横に動いて様子を見ていた。

 が、カムチャマは仁王立ちをしたままで自分から動く気はないらしい。あくまで試し役に徹するようだ。


「んん~? どうしたのかな~? ほらほら、おねーさんがどーんと受け止めてあげるから♪」


 ギラついた瞳でこちらを見据える彼女は、ニヤニヤしながら安っぽい挑発を投げ掛けてきた。

 ずっと睨みあっていても仕方がないし、ダメで元々だ────ようやく意を決した孝太は、一気に駆け出した。


「きたきたっ…!」


 孝太は走りながら右手を突き出さんと構えた。広間の中央、立ちはだかるカムチャマへと愚直に向かう彼の狙いは、頭部へ触れることただ一点であった。


「フフ……まっすぐだね~! そういうの、嫌いじゃないよっ♪」


 動かない彼女へ、孝太が迫る。

 するとカムチャマはカッと目を見開いたかと思うと、迫る手の平めがけて勢いよく左手を突き出した。

 次の瞬間、ガシィッ!と両者の手の平が組み合った。その衝撃に彼女のウェーブがかった髪がわずかに揺れ動く。


「───うっ!」


 思い切りぶつかり合った右手と左手。

 走る勢いが上乗せされていた孝太の腕は、そのカウンターに悲鳴を上げる。

 あたかもそびえたつ石壁に打ち付けたかのように、一方的に孝太の右腕だけが鈍い痛みに震え出した。


「けど、まっすぐやるんだったらそれなりに強くなくっちゃあねっ☆」


 ニッコリと孝太に微笑んだカムチャマは、難なく左腕を振るった。石ころでも投げ捨てるかのように。


「わっ!?」


 彼女の手に突き放されて、孝太は自身の左斜め後ろへと放り出された。背中が軽く打たれ、ドスッと広間の畳に重い振動が走る。


「う~ん……キミ! 朝の時も思ったんだけど、野生解放みたいなヤツが出来るんじゃなかったっけ? そう聞いたんだけど」


 惨めに床に這いつくばる格好の孝太に、ちょっと困った風なカムチャマが尋ねる。

 どうやら謎のフレンズ────イーシュに授けられた力について、皆から聞いていたらしい。


「いたたた……。アレは使うとすっごく疲れるし、結構危なっかしいんです…」


「あらら、そうだったの? むむむ……ヘトヘトになられても困るしなぁ~…」


 弁解を聞いた彼女は、腕を組んで独りでブツブツと何か喋っている。

 ズレた眼鏡を直しつつ、よろよろと孝太が立ち上がると、カムチャマは何かを決心した様子で「よーし!」と発した。


「ギンギツネ~! こっち来て~!」


 カムチャマは大きく手を振って、突然ギンギツネを呼んだ。端の方で壁に寄りかかっていた彼女は、訝しげな顔をしながらもやってきた。


「なに? もう交代?」


「あのね………コータくんに、戦い方を教えてあ・げ・て♡」


「ちょっ、え!?」


 思わず動揺が口をついて出た。

 急にギンギツネを呼び出したかと思えば、これまた急に講師交代の宣告。自身の非力さをわかってはいたが、こうもあっさり見放されるとやはり辛いものがある。

 ギンギツネもギンギツネで、あまりに唐突な提案に思考が追い付いておらず、


「……は?」


 やっと出てきた言葉は、理解不能の一言だった。そしてその言葉とほとんど同時に、


「じゃ、ボクりん次の────カピバラと手合わせしてくるから!」


 と言って、カムチャマはそそくさと歩き去った。競歩かと思うほどの早足で遠ざかる彼女は、あっという間に端っこで待つ二人の元へと行ってしまった。

 そういえば得物が……と頭によぎった孝太だったが、ふと広間の中央を見ると、いつの間にか熊手は無くなっていた。




 取り残された形のギンギツネと孝太は、お互い言葉に詰まっていた。気まずい雰囲気になりかけたところで、ギンギツネがため息をつく。


「……はぁ。ホント、山の天気みたいに急で勝手なんだから」


 まったくその通りだった。

 そうですよね、と孝太は苦笑しつつも同意した。吹雪の中やってきた辺り、本当にカムチャマは雪山の空の化身なのではなかろうか。


「戦い方を───っていうけど、私だってよくわかんないわよ。セルリアン相手の時は無我夢中だし……」


「まぁ、理屈じゃないってことですかね? そもそも僕に関しては身体を鍛える方が先な気がしますよ……ハハハ…」


 自嘲する孝太は、「腹筋か腕立てか、もしくはジョギングからかな…」と独り言を呟く。

 それを聞いたギンギツネは、なにそれ?とにわかに興味をもったようだ。


 孝太は畳に手を付き、腕立て伏せをやってみせた。隣に来たギンギツネも見よう見まねで挑戦し出す。

 身体に力が入っているからか、尻尾がピンと立っているのがどことなくシュールだ。


「ん……! 確かに、なんか、普段、使わない、とこが……鍛え、られそう」


 ギンギツネはせっせと腕立て伏せを実践しながら感想を述べた。

 健康体かつフレンズの彼女は、教えた孝太よりはるかにハイペースで腕立てをこなしている。それどころか片手の腕立て伏せまでもやってみせた。やはり、つよい。

 既に息切れしている孝太は感心する他なかった。


 続けてスクワットやプランク、腹筋といった筋トレ定番メニューを二人でやってみていると、広間の端から歓声が聞こえてきた。

 見ると、カムチャマが手足を伸ばした格好のカピバラを頭の上まで持ち上げて、仲良くはしゃいでいた。カムチャマの高身長も相まって、見上げるキタキツネと見下ろすカピバラの間には頭三つ分もの開きがある。

 向こうから始めたはずなのに、手合わせの件は完全に忘れ去られてしまったようだ。

 

 そんな微笑ましい光景を見て、ギンギツネがふふっと笑う。その横顔を見ている孝太もまた、自然と笑みがこぼれるのだった。




「ねぇねぇカピバラ…! あの二人、組み合ったりして笑いあってるし……思ってたのとは違うけど、良い感じじゃな~い?」


「あれは、取っ組み…合って……いるのかねねね?」


 仕掛人の二人が殊更に声をひそめて話し合う。カムチャマとカピバラは遊ぶフリをしつつ、逐一彼らを観察していたのだった。

 現在、孝太とギンギツネは腹筋を行うため、お互いの足を組んで抑えとしていた。


「あれはなんか、別な気がする…」


 キタキツネもひそひそ声でするりと会話に加わる。それを聞いたカムチャマはとても残念そうな顔をした。


「えぇ~そうなの~? …ん? あれ??」


「なんでつがいがどうこう聞くのかと思ったけど……そういうことね」


 ようやく合点がいった、といった風なキタキツネがうんうん頷いた。

 その様子を上から眺めるカピバラは、わずかに細目と口を開く。


「ついにキタキツネもわかっちゃったかぁ。これでは我々三人、全力でお膳立てをするしかないよよよ……」


 待ってましたと言わんばかりに怪しく目を輝かせ、カピバラがほくそ笑む。それを見るキタキツネもまた、にんまりと微笑む。

 意図を察したカムチャマも、パァァ…と笑顔の花を咲かせる。


 特に根回しも打ち合わせもないというのに、キタキツネは早くも共犯者と化していた。この三人の同盟には、たしかに共通する一念があったのだ。



 だって……面白そうだから─────!


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