第16話 日々を過ごす 一

 曇り空だった昨日とは違って、雪山の上空には青空が広がっている。

 日の光に照らされた白銀の世界は、眩しくも美しかった。



 ちょうど朝の9時を過ぎた頃。


 孝太は、ラッキービーストとギンギツネに起こされた。

 右腕の包帯を変える時間らしく、ギンギツネは経験を買われてボスに召集されたらしい。なんとも申し訳ない話だ。


「どうしてみんな、彼をボスって呼んでるんですか?」


 フリーな左手で右腕にあてがわれたガーゼを抑えつつ、孝太は昨日からちょくちょく気になっていたことを尋ねてみた。


「いつもフレンズにジャパリまんを配ってくれるから…だと思うわ。それに、呼びやすいし。誰が言い始めたのかは知らないけど……」


 一度の手当てでやり方をものにした様子のギンギツネが、孝太の腕に包帯を巻きながら答えた。

 各地のラッキービーストは食料の配給役でもあるようだ。八面六臂の活躍だが、いったい一機何役のロボットなのだろうか。

 ペット用の自動エサやり機のグレードアップ版……どころの話ではないが、なるほど、それならボス呼びも納得できる。


「だったら、僕もボスって呼んだ方がいいのかな? ずいぶん助けられてるし」


「……キミはお客さんダカラネ。ドウ呼んでも構わないケド、期待に応えられるかドウカはワカラナイヨ」


 紫のラッキービーストは遠慮がちな返事をした。給仕係の者が客にボス呼ばわりされるのはどこか抵抗がある、といった風だ。

 しかし、間接的にジャパリまんを作ってもいそうなので、店主や料理長と考えれば、結果としてボスという名も間違っていないのかもしれない。


「よし、出来たわ。……早く治るといいわね」


 しかと包帯を留めたギンギツネが、孝太の腕を見つめながら言った。

 特別な包帯だとは聞いたが、治りが早くなるのかどうかは謎だ。


「すいません、何から何まで…。ギンギツネさんの怪我は大丈夫なんですか?」


「あぁ……私のはもう塞がってきたし、全然平気よ。ほら」


 彼女は、いまだ残るブレザーの切れ込みを人差し指で示した。そこから見える傷口は、彼女の言う通りにかなり治癒が進んでいて、既にカサブタすらなくなりつつある。

 フレンズたちの身体を巡るサンドスターの神秘はやはりとてつもないな……と孝太は感心した。


「フレンズはよっぽど消耗シナイ限り、傷も病気もアッという間に治るンダ」


 ラッキービーストは補足をしつつ、カゴを床に置いた。孝太とギンギツネは、そこからジャパリまんをひとつずつ手に取った。

 夜中にもらったものとは異なり、このジャパリまんは黄色い生地に包まれている。


「朝のジャパリまんは『ジャパリまん・マーマレードジャム風味』ダヨ」


 マーマレードとは、偶然にもまたまた好物のひとつだ。

 ありがたいチョイスに感謝した孝太は、ギンギツネと共に饅頭へかぶりついた。





「───だったし、今さら一人増えたところで大差ないわ」


「じゃあ、その……しばらくお世話になります」


 なあなあで済ますのは良くないと感じた孝太は、ギンギツネに宿への滞在の可否を尋ねてみた。結果、見知らぬヒトの加入はあっさりと受け入れられ、孝太はほっと胸を撫で下ろした。

 これで衣食住の基盤は大体整った。

 残るは『衣』に関する部分だ。今身に付けているものだけでは、臭いや汚れの問題にいずれ直面するだろう。

 代わりとなる服や下着が、あの倉庫にでもあれば良いのだが────


「ねぇ、コータ。昨日言ってたやつ……ボク、やってみたいな」


 いつの間にやって来ていたのか、開いたふすまの側にキタキツネが立っていた。

 おずおずと切り出した彼女の言葉を聞いて、孝太はそうだった、と部屋の隅のリュックへ目を向けた。


「ああ、ゲームだね。……ん。ちょっとここを掴んでてくれない?」


 孝太はリュックの左上の端を指し示した。「うん」と答えたキタキツネが、指定された箇所を軽く握る。孝太は左手で、彼女の手の近くにあるジッパーをぐいっと引っ張り開けた。

 携帯ゲーム機は、リュックの表面にあるポケットの中に、落ちる前と変わらない状態で仕舞われていた。

 取り出した『相棒』を、孝太はキタキツネに手渡した。


 黒くて四角く、思ったよりは重量のある物体を手にしたキタキツネは、言われるがままにパカリとそれを開いてみた。

 上下に二つの液晶が並ぶ、独特な構成。

 孝太が下側面のボタンをカチッと押すと、二つの画面にパアァ…と色とりどりの表示が浮かび上がった。


「おぉ~…! これが手で持って遊べるゲーム…!」


「えっ、こんなちっこいのがゲームなの? 何か色々と…書いてあるのかしら、これは」


 未知の機械を前にして、キツネたちは興味津々といった様子だ。


「これが僕の世界で売られている携帯ゲーム機……あ、3DSっていいます」


「すりーでぃーえす? ヘンな名前だね……ちょっと言いにくいし」


 正確には大型かつアップグレード版の『Newニンテンドー3DS LL』だが、わざわざここで言う必要もないだろう。

 孝太は3DSについて簡単に説明しようとしたが、その過程で彼女らの知らない単語がどうしても出てきてしまう。そのため質疑応答も交えることになった解説は、素人には困難を極めた。

 そしてその途中、画面を見た孝太はあることに気付いた。


「あっ、充電が……」


 下画面の左上にある、バッテリー残量を示すゲージが三分の二になっている。

 この3DSは孝太によって使い込まれているため、今やバッテリーの持ちはかなり悪くなっていた。そのため三分の二から三分の一、そして強制終了してしまうまでの時間は、普通ではあり得ない短さなのだ。


 孝太は再びリュックに手を突っ込み、中から充電器を取り出した。

 普段は持ち歩いていないのだが、落ちる前の予定ではネットカフェに寄るつもりだったので、今回は運がよかった。

 孝太は部屋にコンセントの差し込み口があることを既に見て知っていたため、コードを紐解きつつ充電器のプラグを差し込んだ。

 続けて、謎の機械を不思議がるキツネたちの前で、ゲーム機の端子にカチリと充電器を繋げる。

 しかし微妙に規格が合わないのか、充電器はコンセントからポロリと畳へ抜け落ちてしまった。どうやらプラグ受けの穴のサイズが、充電器と比べて少々大きいようだ。

 やはり、違う世界ではそう簡単にはいかないか……。


 再びプラグを差し込み、手で支えながら3DSの画面を見ると、一応充電はされているようだ。つまり、抜け落ちないように何かで支えてやれば解決するはず。

 孝太は周りをキョロキョロと見回した。

 が、部屋には利用出来そうなものは見当たらない。


「なにしてるの?」


 キタキツネが孝太に声をかけた。

 目の前のヒトは、壁とゲーム機を行ったり来たりして何をしているのだろうか?


「あ、ええと…ゲームはこの明かりなんかと同じで、電気っていうもので動いてるんだ」


 今は点いていない天井のライトを指差して、孝太は説明を続ける。


「だからその電気を、ここの穴からこの線に通してゲームに供給───えっと、食べさせる必要があるんだけど……」


 そこから先はうまく言葉に出来なかったので、孝太は差込プラグから手を離した。

 充電器がポロリと落ちてしまう様を見せると、こちらの言いたいことを彼女らもなんとなく察したようだ。


「あー……それが落ちなければいいのね?」


「そうです…! なにかこの部分を固定できるような、ガムテープとかがあれば───」


「テープの類いナラ、倉庫に予備ガ置いてある……カモしれないヨ」


 しばらく置物と化していたラッキービーストが、急に声を発した。

 えっ、と驚く三人の前で、彼はピョコピョコピョコと廊下へ歩み出た。


「倉庫はコッチダヨ」


 部屋の外でラッキービーストが軽く跳ねる。ついてこい、と言わんばかりの様子だ。


「そうですね。どうせ他の件で倉庫の中は調べたいと思ってたので、丁度良い機会かな」


 テープと共に、服などの生活用品も見つかれば一石二鳥だ。そう考えた孝太は、珍しく先陣をきって歩き出した。

 一刻も早く携帯ゲーム機で遊んでみたいキタキツネも、「ボクも探す!」と彼らの後に続いた。

 ギンギツネは少し迷ったが、特にやることもないので、二人と一匹についていくことに決めた。コータといると、暇をしないで済むのは間違いなかった。


 ギンギツネは、新規移住者が起こす新たな風を楽しみにして、廊下を早足で進んだ。


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