第17話 日々を過ごす 二
「よいしょっ…と。これで、やっと…!」
ドサッとダンボールを置いたキタキツネは少しばかり鼻息が荒く、そわそわしている。散々焦らされたせいで、ゲームをやりたい欲が大分高まってしまったようだ。
その様子を見たギンギツネは、荷物を下ろしつつ、やれやれといった風に呆れている。
孝太たち三人と一匹は、倉庫内の大捜索を終えて元の部屋に戻ってきたところだった。
目的のガムテープは、倉庫の入り口脇の棚からすぐに見つかった。
続けて孝太は、ひとり生活用品を探り始めたが、何だかんだで気付けばキタキツネたちも手伝ってくれていた。
三人でいくつかのダンボールを探った結果、使い古された青いジャージと、未開封の職員用制服───まるでTVで藤岡弘探検隊が着ていたような───が入った袋を発見した。また、服を見つける過程でコピー用紙や文房具なども出てきたので、そういった何かしら使い道のありそうな物品はまとめて持ち帰った。
ラッキービースト曰く、よれよれのジャージは作業・清掃などに使われていたもので、制服はもしもの時のスペアらしい。どちらも雪山の宿には不釣り合いな薄着だが、かつての職員たちは寒くなかったのだろうか? 寒い地方にありがちなように、以前は暖房をガンガンにきかせていたのかもしれない。
ともかく、着替えが見つかっただけマシだと考えるべきだろう。サイズが合えばいいのだが……。
「とりあえず、これで固定……されたね」
孝太は、コンセントに差し込んだ充電器をガムテープで貼り付けてみた。
試しに手を離してみても、プラグは抜け落ちない。ひとまず解決だ。
「やったね…! じゃあさっそく、これ……かな?」
キタキツネは、早くも3DSを手にして座り込んでいた。筐体での経験が活きたのか、彼女は何も説明されていないのに十字キーとボタンを操作している。あちらの台より細かいボタンが多いのでどうかと思ったが、特に問題はなさそうだ。
「おおー…!」
孝太が画面を覗き込むと、キタキツネは既にどれかのゲームを起動していた。
今セットされているはずのゲームカードと、吹雪の映像に浮かび上がる文字列から、答えはすぐにわかった。
「えっ、えっ!? これ、ヒト!? なにこれ!?」
「サーベルタイガー!? …と、ネコ?」
画面へ食い入るように近づくキタキツネと、横からぐいっと割り込むギンギツネ。
二人は筐体のゲーム以外の映像というものを見たことがないようで、次々移り変わる画面にキャーキャーと騒いでいる。
ゲーム機の内には青い氷の大地が描かれていて、大仰な武器防具を身につけた者たち───三人とネコ一匹───と、琥珀色の牙を生やしたサーベルタイガーのような巨大生物がぶつかり合っている。
「怖そうだし飛ぶし……こんな強そうな動物がいるの…!?」
「ヒトってやっぱり、すっごく強いのね!」
映っているのはすべて架空の存在なのだが、どう説明したものか。フィクションに目を輝かせる二匹の子狐を前に、孝太は夢を壊さないべきか否か悩んだ。
今起動しているのは、少し前まで孝太が遊びまくっていた『モンスターハンターXX』というゲームだった。
オープニング映像に文字や言葉がほとんど使われていないので、ある種フレンズの彼女らにやさしいチョイスとなったようだ。
そこまで考えたところで、孝太はあることを失念していた自分に気がついた。それは、一般的な義務教育を受けてきたヒトには当たり前のことだったので、彼自身、今の今まで忘れていた。
多くのゲームは、文字を読めることが前提の作りだということを。
「ねぇコータ、これも文字!? 何て書いてあるの?」
映像の最後に派手な演出で現れたタイトルロゴを見て、興奮冷めやらぬキタキツネが質問してきた。
そう、このゲームには大量の文字が使われている。ひらがなにカタカタは基本として、このタイトルのように英数字もなかなかに多い。更には、孝太も全ての読みを把握していないような難読漢字や、当て字的に使われる普通の読み方をしない文字までもがあった。
一応、ゲームの肝といえるアクション部分に関しては、ほとんど文字は介在しない。
しかしそれなりに複雑なシステムが多く、見るだけのオープニング映像とはうって変わって、中身は明らかにゲーム初心者向けとは言い難かった。
「これはモンスターハンターダブルクロス、と読むんだけど……ちょっと待ってて」
「えっ、ハンター?」
ヒトもハンターなの? と何やら話し始めた二人を尻目に、孝太はリュックのポケットへ左手を突っ込んだ。
他のゲームは持っていただろうか?
こんなことならゲームカード収納用のケースでも使っていればよかった……と悔やんだところで、指に硬く平たいものが触れた。
これは─────
「そのゲームは難しい文字が多いから、二人にはこっちのゲームの方が分かりやすいかも」
そう言って、孝太はキタキツネを説得することになった。彼女は初めてみた映像に心奪われた様子で、別作品への切り替えの提案には不満そうだった。
また、ギンギツネにも聞いてみたが、「わ、私は別に……なんでもいいわ」と、内心ゲームへの興味が隠しきれていない言葉だけが返ってきた。
仕方がないので、所有者特権を行使して強制的にゲームカードを入れ換えた。キタキツネの恨めしさを秘めた目線が、背中に突き刺さる。
リュックの中から見つけたのは、自分の世界ではとても有名な『ポケットモンスター』だった。最新作からいくつか前のバージョンであるこの『Y』は、やらなくなってからポケットの内に入れっぱなしだったようだ。
人気作のポケモンは老若男女に遊ばれるだけあって、ひらがなとカタカナと、ほんの少しの英数字さえ読めればプレイ可能だ。
そこで孝太は、あることを思い付いた。
「このゲームをやりながら、文字を覚えてみない?」
気付けば、ゲームのメインプレイヤーはキタキツネからギンギツネに交代していた。
とはいえキタキツネも全く興味がないわけではなく、ギンギツネの真横でずっと画面を見て、ちょくちょく口を挟んではいる。
シューティングのような忙しい操作性に慣れているため、それなりに受け身なゲームには手が伸びづらいのだろうか。
「──ってことで、この三匹の中から一匹だけ選んでね」
「……かわいい」
タッチペンを握るギンギツネは順々に下画面のボールに触れて、上画面に映るポケモンへキラキラした瞳を向けている。
最初からここまでのチュートリアルの間、孝太はゲーム中の文章をほとんどすべて音読、および解説していた。
まずはゲームに興味が湧いて、自力でやれるようになりたいと感じてもらえなければ、勉強は捗らないと考えたからだ。
とりあえず、ギンギツネは陥落寸前といった様子だ。キタキツネは最悪モンスターハンターの方でスパルタ方式をとらざるを得ないか? と孝太は内心身構えていたが、すぐに状況は変わった。
「これ、ひょっとして闘うゲームなの?」
少しゲームを進め、ついにポケモンバトルが始まったところで、キタキツネの目に輝きが戻りつつあった。彼女は、パッと見た感じ闘争心など欠片も感じさせない雰囲気だが、ゲームとなると話は別なようだ。
ちなみにギンギツネが選んだ最初のパートナーは、やはりというべきか、炎のキツネ『フォッコ』だった。
はじめ、フォッコの名前は色合い的にキタキツネにしようかと提案した彼女だったが、本人の猛反対に折れて、結局デフォルトネームのままとなった。
フォッコを連れた女の子『ギンギツネ』はライバルたちを見事下し、これから本格的な旅が始まる……というところで、ひと息つくことにした。
いつの間にか時刻はとうに昼を過ぎていて、ラッキービーストが部屋からいなくなっている。
どこに行ったのだろう、と孝太が廊下に顔を出すと、彼はちょうど戻ってきたところだった。その小さい体で、また新たなジャパリまんを運んできたようだ。
「ヤァ、コータ。そろそろお腹ガ空いたんじゃナイカナ。ジャパリまんヲ持ってキタヨ」
「あぁ、ありがとうございます」
「あっ! ジャパリまん…!」
その匂いを嗅ぎ付けて、キタキツネもやって来た。ふとカゴの上を見ると、ジャパリまんは五つある。
「カピバラさんの分を含めても、ひとつ多くないですか?」
「コレはコータ、キミの分ダヨ。キミの推定年齢ヤ怪我の具合を考慮シタ結果、ジャパリまん1つでは少し足りない可能性があったカラネ」
「ふーん……。確かにコータって、ボクたちより大きいもんね」
隣のキタキツネが背伸びをして、肩の高さを合わせようとしているが、ギリギリ届いていない。かわいらしい。
個人的にジャパリまんは一つでも十分なのだが、わざわざ追加注文してくれたものを残すのも忍びない。もし食べきれなかったら、彼女たちにも手伝ってもらおう。
「お昼のジャパリまんは、各売店デ定番ノ『ジャパリ肉まん・牛丼風味』ダヨ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます