第49話 顔を見知る
「さて……目覚めたからには聞きたいことがあるのです。それも山ほど」
雨上がりの森をのんびりと見渡していると、白と灰色の装いのフレンズが話しかけてきた。
一度聞いたことのある声と、妙にかしこまったような(?)独特の口調。それらの情報と照らし合わせて、孝太は自身の傍らへ立った女の子が『博士』その人であることを理解した。
博士は想像していたよりもだいぶ小柄で─────というより、正直なところ子どもにしか見えない。
見た目だけでいえば中学……いや、小学校の高学年ぐらいだろうか。膝上まで覆い隠すふわふわのロングコートと、丸っこいセミショート的な髪型も相まって、余計に幼く感じられた。
だがそこはフレンズである。
幼さからか、はたまたフクロウ由来か。くりっとしたまん丸お目目の彼女はまさに『お人形さん』のようで、子どもがあまり好きでない孝太の目にも可愛らしく映った。
「ええと、まず何から話せば─────」
「その前に博士。ひとまず下へ降りましょう」
どこまで話が通っているのだろうか、などと考えて口ごもった矢先、博士の後ろから声がかかった。
「この屋根がどれだけ脆くなっているかわかりませんし、黒の除去も残っています。……あと、万が一ヒトが落っこちでもしたら困るのは我々ですよ」
冷静に、淡々と述べたのは、博士をそのまま茶色く染め上げたような格好のフレンズ。
とはいえ違うのは色味だけでなく、茶色い彼女は博士よりも背格好が大きくて、ちょっと大人びた雰囲気があった。
「ふむ……それもそうですね。では降りますよ、ヒト」
「え?」
勝手に進む話に着いていけず、孝太の口からとぼけた声が漏れ出たその時。
背後から両脇へするりと博士の腕が回され、と同時に身体がぐいっと持ち上がる。それはまさしく羽交い締めの体勢であり、つまりは飛翔のための拘束であった。
「いっ……!?」
心も身体もまるで準備が出来ておらず、喉を通して肩の関節が叫び声を上げる。
が、既につま先は屋根から離れていて、下手な行動をすればより危険な目にあうことは明白であった。
「まぁ、すぐそこです」
博士の言う通り、宙に浮いていたのはほんの数秒のことだった。
なにせ屋根からロッジの中央ホール前へと移るだけである。その距離わずか4、5メートル。
これくらいなら飛ぶ必要もなく、ただただ下りるだけでよかったろうに。親切心と見るべきか、飛べるが故の横着と見るべきか。
無駄に肩を痛めた孝太は、枠組みだけの入り口横で壁に寄りかかった。「いてて…」と顔をしかめる男を見て、博士はぼそっとこぼす。
「……あんな無茶には耐えたというのに、よく分からないヤツなのです」
何も言い返せなかった。
「───では改めて。私こそがこの島の長であり、森の賢者の異名を持つフレンズ、アフリカオオコノハズクです」
「……どうも、よろしくお願いします」
ふん、と胸を張っての偉そうな自己紹介をされ、孝太はぺこりと頭を下げる。
ほんの数分にも満たない関係ながら、孝太には既になんとなく博士の人となりが見えてきていた。
「私のことは、皆と同じく敬意を込めて博士と呼ぶといいのです」
言葉の端々に現れる気質が、何というか、とにかく分かりやすい。絵に描いたような尊大っぷりだ。
「そしてこちらは、助手を務めるワシミミズクです」
静かに隣へ降りた茶色い彼女を目で示して、博士はそう言った。その紹介された張本人は、黙ってコクリと頷くことで自己紹介を終える。
起きてから今まで徹底してこちらに目を向けない辺り、助手の方はかなり控え目な性格なのだろう。我の強そうな博士と組む以上、それで正解なのかもしれない。
孝太は小声で「どうも」と言って、目を合わせないよう一礼した。通常なら失礼にあたる行為だが、同類であるなら話は別だ。
続けて孝太は、バッサバッサと羽ばたいて、最後に降り立った女性へと声をかける。
初めて『見る』フレンズはそのひとりを残すのみだったので、孝太は消去法でもって尋ねた。
「あなたが……ハシビロコウさん、ですよね?」
全身灰色で、側頭部には大きな翼。
左で結った黄色い髪の房は、鳥のクチバシを思わせるシルエットで。そして極めつけに、眼光鋭い大きなつり目。
それらは種としてのハシビロコウの特徴と見事に合致していた。テレビで見た程度の浅い知識が、思わぬところで役に立つものだ。
「……? うん、そうだよ?」
頭に翼をたたみつつ、ハシビロコウは戸惑った風に言う。今さら何を、とでも言いたげな顔をしていた。
直後、彼女は口に手をやって「あっ」と小さく声を上げる。
「目、見えるようになったの……!?」
ハシビロコウは少し前のめりになって、こちらの顔をまじまじと見てきた。
前髪で隠れているからか、もしくは元々そういうものなのか、鋭い目付きの彼女に見つめられるとそれ相応の威圧感がある。
「……すごく綺麗だったんだね、コータの目。治ってよかったね」
「───えっ!?」
想定外の賛辞をもらい、一瞬遅れて孝太は驚いた。人生で一度もかけられたことのない言葉だったからだ。
そもそも綺麗な目が云々だなんて台詞、現実に聞ける機会はそうそうないだろう。
目元の化粧やケアだってロクにしたことがないし、むしろ酷使しすぎて眼鏡と目薬頼りだったというのに──────
「…………あ」
そこで気付いた。
今、自分は力を使っていないのではないか?
「……どうかしましたか?」
急にキョロキョロし出した孝太に、博士が目を細めて尋ねる。
「あ、いえ……。視力が悪かったんですけど、なんかよく見えるなぁ、と思って」
「ほう…?」
素直に心情を伝えると、ハシビロコウに続いて博士までもが目を覗き込んできた。
言えばこうなることは自明の理であったのだが、やはり注目の的になるのはつらい。
と、そこへ聞き慣れた声が届く。
声の出所は博士たちのはるか後方、吊り橋の向こう側であった。
「皆さーん!! コータさんは見つかりましたかーー!?」
大きな声でそう呼びかけるのは、キンシコウだった。なかなかの距離があるにも関わらず、彼女の声はよく通り、かつ孝太の目はその姿をくっきりと捉えていた。
─────見える。
それも、眼鏡をかけていた時より鮮明に。
……そういえば、宙に身を投げたあの時。
頭の中にイーシュの声が響いて、ふっ…と視界が開けて、それから見えるようになったのだ。
土壇場における、いわゆる火事場の馬鹿力のような、瞬間的な出来事だと思ったのだが……
『私の光をあなたに──────……!』
まさか、本当にあの言葉の通りに……?
「───ええ、良い報せがあるのですよ!」
博士が、皆が振り返り、見知った顔触れと言葉を交わし合う中。
孝太はひとり、神妙な面持ちで俯いていた。
ほどなくして、中央ホール前へキンシコウとヒグマ、タイリクオオカミの三人がやって来た。
吊り橋の途中でヒトの存在に気付いた彼女らは、すぐさま急ぎ足で駆け付けると口々に言い出す。
「だ……大丈夫だったんですか…!? あんな風に落っこちて……」
「やあやあ英雄くん。本当に特攻を仕掛けるなんてねぇ、さすがに肝を冷やしたよ」
「……まったくだ。お前は………………っ、いや……」
三者三様の言葉をかけられ、孝太はまず何と答えるべきか、判断をつけられずにいた。
キンシコウはひたすら心配をしているし、タイリクオオカミはどこからともなく紙と鉛筆を取り出すと、勝利者インタビューのような質問攻めを開始する始末。
一方、ヒグマはヒグマで難しい顔をしたまま押し黙ってしまい、これまた話しづらい雰囲気を出している。
「……ん、そういえばアリツさんは?」
ノリノリで記者役をしていたオオカミが、急に素に戻って尋ねた。いきなりの転換にも怯まず、助手はさらっと答える。
「たぶん、アリツカゲラは屋根上の黒いのを片付けています。量が多いので、誰かしら手伝ってやった方がいいでしょうね」
「あぁ、ね。ヘラジカやライオンならまだ元気そうだったよ」
両者共に自分たちを勘定に入れないあたり、結構ちゃっかりしている。こうなると、率先して動かなくては空気の読めないヤツになってしまう。
マンツーマンの記者会見を抜け出すのも兼ねて、孝太は「じゃあ…」と振り返った。
が、それよりも早く動いた者が二人。
「そういうことなら私、行ってきます」
「……あ、私も。いいよ、コータは。休んでて」
そう言って、キンシコウとハシビロコウは素早く屋根上へと登っていった。つくづくできた人……フレンズたちである。
だが、ここに取り残されるということは、知的好奇心のけものたちの狩り場へ放り出される、ということでもあった。
まあまあ…お言葉に甘えておこうよ、とタイリクオオカミの右手が孝太の肩を掴む。加えて、左からは獲物を見定めるフクロウの目。
ロッジの外という開放的な空間でありながら、場に漂う雰囲気は既に袋小路のそれであった。
何時間拘束されるのだろうか……ううむ、南無三。
孝太の心に念仏が唱えられた、諦めの瞬間。
「……ちょっといいか?」
ヒグマが、割り込んだ。
「うん?」
横やりを入れられて、オオカミが背後に目をやる。博士と助手も同様にそちらを見る。
皆の視線がヒグマへと向けられ、彼女は言いにくそうに言葉を続けた。
「少し、こいつと話したいことがある。だから……その…」
特に何があるわけでもない足下を見ながら、ヒグマは口ごもる。しかしてその表情には真剣な思いがにじみ出ていて。
フクロウとオオカミにもそれは伝わったようだった。
「……ふむ。まあ、こうしてセルリアンが倒された今、話はいつでも聞き出せるのです」
「うーん、ネタの鮮度ってのは大事なんだけど……すぐ返してくれるのなら」
そう言うと、二人は一歩引くことで譲渡の意を示した。
いい感じの空気をかもし出しているが、彼女らは人のことを玩具か何かだとでも思っているのだろうか。
言い方からして、いつの間にか首輪を付けられている扱いである。助け出された手前、実際問題、強くは出れないのだが。
と、不意に手首をがしりと掴まれた。
ヒグマだ。
「……こっちだ」
一瞬だけこちらの目を見て、彼女はパッと踵を返すとズンズン歩き出した。当然、その力強さには抵抗などする意味もなく。
孝太は半ば引きずられながら、吊り橋を越えた先の道へと消えていった。
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