第4話 打ち解ける

 眼鏡を見つけて宿に戻ってきたギンギツネと孝太を、玄関でキタキツネが待っていた。


「……あ、帰ってきた。どこ行ってたの? 心配したよ。なんか大声が聴こえたし…」


 キタキツネは不安と不満が入り混じったような表情で、ギンギツネに駆け寄った。


「そういえば言ってなかったっけ……悪かったわね。コータのメガネを探してたのよ。ついでに小さいセルリアンも見つけちゃったけど」


「えぇ……噂をすれば、ってヤツだね……。逃がしてないよね?」


 キタキツネが心底めんどくさそうな顔に変わる。セルリアンが相当嫌いなようだ。

 そもそも好きな者がいるのかは疑問だが。


「もちろんやっつけたわ。そういえばあの小さいの、メガネを食べようとしてたけど、セルリアンってフレンズ以外も狙うのね。初めて知ったわ」


「ふ~ん……。全然おいしそうじゃないのにね」


 話しながら、二人は靴を脱ぐことなく廊下を進んでいく。

 郷に入れば郷に従えとは言うが……やはり気になるので、孝太は玄関で靴を脱ぎ、早足で二人を追った。不思議なことに廊下は全然汚れていない。

 二人に追い付いたところで、先ほどのギンギツネの言葉からふと気になることが浮かんだ。聞かぬは一生の恥という。孝太は早速尋ねてみた。


「さっきフレンズを襲うって言ってたけど、ヒトは狙われるんですか?」


 廊下の分岐路に差し掛かり、三人は立ち止まった。


「うーん……あなた以外のヒトに会ったことがないからわからないわ。博士たちでも知っているかどうか…」


「博士? その博士って、ヒトじゃあないんですか?」


「博士はフクロウのフレンズなの。フレンズだけど、文字が読めたり色々難しいことを知ってるのよ」


 役職かあだ名かは分からないが、博識であろう存在までもがヒトではないとは。ここには自分しかヒトがいないのだろうか……。

 いや、今現在はいないだけかもしれない。


「なんでヒト…? あっ、そういえばコータが何の動物かわかったの? メガネってことは……メガネザルのフレンズ?」


 キタキツネは孝太とギンギツネを交互に見ながら己の推測を口にする。


 そうだった。

 自分がヒトだと言った時、彼女は部屋にいなかったことを思い出した。

 しかし言われてみれば、自分こそメガネザルに相応しい気もしてきた……見た目的に。人の世であれば罵倒の言葉になりかねない表現だが、ここでは妙に納得がいく。

 いや、自分ごときがメガネザルというのはむしろ彼らに失礼かもしれない。フレンズ化したならば自分の上位互換になるのは目に見えている。

 そうだ。元々賢い猿やカラスがヒトの身体を得たならば、放っておいても何かしらの文明が花開くのでは─────



「なんで考え込んでるの? ボク、何か変なこと言ったかな……」


 キタキツネは小声でギンギツネに耳打ちする。自ら答えるだろうと思って口を挟まなかったギンギツネは、孝太の様子を見てキタキツネに教える。


「コータはヒトなんだって。フレンズじゃないみたいよ」


 それを聞いたキタキツネは目をパチクリとさせ、驚きの表情を浮かべた。……かと思えば、あっという間に目を輝かせた。


「えっ、ヒト!? じゃっ、じゃあ文字が読めるんだよね…!」


 唐突に声音が変わった彼女に、ギンギツネは不可解な視線を向ける。


「そ、そうね。前に博士たちが言ってたけど、こういう模様はヒトの文字らしいわね」


 ギンギツネが指差した先、ふすまの横の壁には『鳥ノ間』と達筆で彫られた木製のプレートが掛けられていた。プレートの文字の上には、火の鳥が飛び立つかのようなシルエットも彫られている。

 メガネザルの疑惑を向けられたことを無駄に考え込んでいた孝太は、それを見て意識を会話に戻した。

 どうやら使われている日本語は、自分の知っているものと変わらないようだ。


「とりのま………あ、文字はまぁ、大体読める…と思いますよ」


 孝太は弱々しくも言い切った。

 いきなり難読漢字を読まされることはないと思いたい。


「やった…! ならこっち来て!」


 キタキツネは孝太の手をがっしり掴むと、力強くズンズンと廊下を引っ張っていく。


「わっ!?」


 ギンギツネのジャンプといい、彼女らのパワーはとんでもない。行儀が悪いが、ドタドタと早歩きにならなければ転んでしまいそうだった。


「あっ、ちょっと! あなたもコータもお風呂に入っておきなさい!」


 ギンギツネの叱り声が背中にふりかかるが、キタキツネはちっとも気にせず奥へ奥へと孝太を引きずっていった。




 連れていかれた先は、畳と土間のある休憩所のような場所だった。いや、これは土間のように見えるが、似せて作ってあるカーペットだ。近くにスリッパが置かれていたので、ありがたく拝借する。

 ここには座布団や小さなテレビ、ゴミ箱に……何かの筐体が置かれていた。


「これ見て!」


 ギンギツネが素早く筐体の前に陣取り、ボタンをカチカチ押している。どうやらゲームの筐体のようだが、ずいぶんとシンプルで古ぼけた外観だ。ボタン操作に反応して画面に『japari games』というロゴが映り、陽気な音楽が流れ始めた。


「これゲームっていうんだけど、コータは知ってる?」


 キタキツネがこちらに期待の眼差しを向けてくる。ゲームはもちろん知っていた。


「あぁ、知ってますよ。でもこういう感じの台についてはそこまで詳しくないかな……」


 孝太は過去、ゲームセンターで遊ぶことは滅多になかった。

 付き合いで行くことはあっても、筐体のゲームの独特な操作体系にイマイチ適応できなかった……そんな記憶しかない。


「え、ゲームってこういう四角いのの他にもあるの?」


「ありますよ。あそこのテレビみたいに画面に繋げて遊ぶゲームとか、手で持てる大きさのゲームとか」


 キタキツネは興味津々といった様子で、真剣に話を聞いている。

 もしかすると、自分と同類かもしれない。


「確か僕のリュックに3DS……あ、えーと、手で持って遊べるゲームが入ってますよ」


「ホント!? それ…やらせてくれない? ボクの分のジャパリまん、あげるから!」


 ジャパリまん……?


 ギンギツネ曰くここはジャパリパークという名前らしいので、恐らく土産用のお菓子か何かだろう。それにしてもキタキツネの食い付きがすごい。


「いやいや別にそんな……見返りなんていいですよ。後で部屋に戻ったらやりましょう」


「やった!! ……あ。わ、忘れちゃってたね。コータはここに出てる文字、読める?」


 我を忘れて大喜びしたのを照れているのだろうか、急にキタキツネの声のトーンが元に戻る。

 彼女が指差す画面には、八つのゲームタイトルと思わしきロゴが規則的に並んでいた。どうやらこの筐体のゲームは選択式らしい。

 幸いなことに、読めないタイトルはなさそうだ。


「え~っと……左上から『ファンタジーフレンズ・バトルロード』『銀河大狼記』『闘龍伝説ドラゴニア』『けもぱね2』『ジャガーマン』……」


 どれもまるで聞いたことのないゲームだ。

 強いて言うならばジャガーマンはチーターマンのような名前だが、それはそれでどうなのだろうか……。

 しかし、いよいよもって異世界説が真実味を帯びてきた。たまたま自分の知らない作品群だった、というオチなら笑い話で済むのだが。


「へぇ~……ボクがいつもやってたゲーム、ギンガたいろうき っていう名前なんだ」


 キタキツネは感心しながら、慣れた手つきで『銀河大狼記』をセレクトした。

 細かく分割されたロゴが、画面の両端からBGMの盛り上がりと共に中央へと合わさっていき、『銀河大狼記』のタイトルが組み上がった。

 どこか宇宙を感じさせるような、少しエコーがかったチップチューンのBGM。拡張音源をつんだ後期のファミコンソフトのような、レトロ感が漂う音質だ。タイトル画面のドットの描かれ方も含めて、なかなかに古い作品だと思われる。

 ……この世界では今どきのゲームだったりするのだろうか?


「これは……シューティングゲームか。横スクロールのはあまりやったことがないなぁ」


 キタキツネのゲームプレイを見ながら、孝太が独り言を呟く。


「シューティング……ってなに?」


 画面を見ながらキタキツネが尋ねてくる。

 彼女はオオカミの横顔をモチーフにしたようなスペースシップを巧みに操り、次々と敵を撃破していく。

 これは敵の出現位置を覚えている動きだ。何回も遊んでいることがよくわかる。


「大雑把に言うと、攻撃を避けながら敵を撃って倒していくゲーム……かな」


「まさに…っ! これだね」


 キタキツネは喋りながら敵の攻撃をギリギリでかすり回避した。右上のスコアが加算されていく。

 多数の敵を打ち破り、彼女の操る自機は平和な小惑星帯───実際に宇宙船で通るのならば平和とは程遠いところだろう───にさしかかった。

 見知らぬゲームを楽しげに見ている孝太に、キタキツネが嬉しそうに話しかける。


「もしかしてコータって、ゲーム好きだったりする……?」


「そう…だね。暇さえあればゲームばっかりやってたかな」


 はは…と自嘲気味に笑う孝太に、キタキツネは楽しげな笑顔を見せる。


「ボクとおんなじだね。楽しくってずっとやってると、よくギンギツネに叱られるんだ」


「ギンギツネさんはお母さんみたいな存在なんだね。どこにでもあることなんだなぁ、やっぱり」


 キタキツネに「コータも怒られるんだぁ~悪いヒトだね」とイタズラっぽく人差し指でつつかれる。あはは、そうだね、と屈託のない笑いが自然に出た。

 気付けば、孝太は敬語で喋るのをすっかり忘れていた。ゲームという共通点でもって、孝太はキタキツネとかなり打ち解けられた気がした。


「でもね、ギンギツネはお母さんというか、うーん……おねぇ───あっ」


「誰がお母さんですって?」


 いつの間にか、孝太の背後にギンギツネが腕を組んで立っていた。


「いつまで経っても戻ってこないと思ったら、コータまでゲーム仲間になってるだなんて……」


 ギンギツネは呆れたような、それでいてムスッとした顔で二人を見ている。

 これは、お世話になった初日からやらかしてしまったのでは……?

 孝太の笑みが固まった。


「いい加減お風呂に入ってきなさい! コータもよ!」


 ピシャッ!と雷が落ちた。


 キタキツネと孝太はむんずと襟元を掴まれ、まるで子供のようにギンギツネに引きずられて行くのだった。


 最後にチラリと見えた筐体の画面には、『GAME OVER』とだけ表示されていた。


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