第24話 釣られる


「つがいの、成り方…?」


 ポチポチ、ガチャガチャと、いつも通りの操作音が響く休憩室。

 背後に立つカムチャマの質問が、あまりに唐突かつ予想外のものだったので、キタキツネは面食らった。


「うん♪ キツネのオスとメスって、どんな感じで……こう、結ばれるの~?」


「どうって────あっ」


 返事に気をとられた瞬間、筐体の画面内にて、キタキツネの操作する鎧の戦士がのけぞった。一対一の真剣勝負に隙が生じたため、鎧の戦士は敵方の魔人の攻撃を喰らってしまったのだ。

 魔人の小さな一撃は、流れるような連撃へと繋がっていく。咄嗟のレバガチャもむなしく、あっという間に戦士の体力ゲージは空にされてしまった。


「むむ…! ……まぁ、丁度いいや」


 勝敗が決し、『YOU LOSE』の表記を見送ると、画面はキャラクター選択画面へと戻った。

 忙しい操作から解放されたキタキツネは、座席の上で身体を180度旋回させ、後ろの二人と顔を合わせた。


「ゴ、ゴメンだよよよ…」


「ん…別にいいよ。まだ練習中だし」


 申し訳なさそうなカピバラに、キタキツネは後腐れのない返事をした。そして、腕を組んで天井を仰ぎ、「つがいかぁ…」とぼやいた後、キタキツネはゆっくりと口を開いた。


「んーと……じゃれる、っていうのかな? オスとメスで取っ組み合って、転げ回って、お互いが気に入ったら……みたいな。そんな感じ」


「……えっ、それだけ? …ホントに?」


 キタキツネのどこかぼやけた答えに、カムチャマが疑いの眼差しを向ける。


「そう言われても…ボク、経験ないし。なんとなくそういうもの、って感覚なんだもん」


 ちょっぴりムッとした様子のキタキツネは、その心情を体現するかのように、ぷいっと身体ごと横を向いてしまった。


「だいたい、なんでそんなこと聞くのさ。……ん? もしかして、オスって───」


「あーっ!! えーっとね!」


 核心に迫りかける彼女の言葉に、カムチャマがわざとらしい大声で割り込んだ。

 急な爆音に、カピバラとキタキツネの身体がビクリと跳ねる。


「実はボクりん、博士たちのお手伝いをすることになっちゃってね! ──そう! PPPについて深く調べてもらう代わりに色んな動物のつがいについて調べてくるよう頼まれちゃったんだよねー!」


 ほぼノンストップで、まくし立てるかのように理由がでっち上げられていく。

 横に並ぶカピバラは、よくもまぁそんなにスラスラと嘘を思い付くもんだ…と、ある種 感心していた。


「うんうんキツネのつがいはそーゆー感じでくっつくんだねー! 忘れない内に────カピバラ!! カピバラに文字で書いてもらわなくっちゃ!」


 とてつもない早口から繰り出される嘘八百に、キタキツネは明らかに気圧されていた。

 軽くのけぞる彼女を尻目に、カピバラをひっぱるカムチャマは、ドタドタと休憩室から出ていったのだった。





「別にキタキツネが気付いても問題なかったんじゃ…?」


「あっ、そういやそうだったね~。なんか、反射的に遮っちゃた♪」


 女湯側の静かな脱衣所にて、用心深く声をひそめて会話する二匹のけものたち。

 彼女らが内緒話をする場所は、決まって脱衣所か浴場内のどちらかであった。

 話の対象の聴力が優れているがため、宿の端に位置していて、かつ住人の出入りが少ないお風呂場周りが会議場になるのは当然のことであった。


「それにしても、オスとメスで取っ組み合いねぇ~? キツネって可愛らしいね♡」


 頭の中に愛らしい光景でも浮かべているのか、虚空を見つめるカムチャマはにへらと微笑んでいる。


「クマの取っ組み合いなんて、子供の遊びか本気の殺し合いか、だもんね~☆ メスは負けたら屈服するしかないしー」


「わ、笑えないよよよ……」


 にやけているカムチャマとは正反対に、カピバラの頭にはクマ同士の血生臭い殺し合いの光景が浮かんでいた。その恐ろしい想像に、雪山のもたらすものとは異なる寒さがカピバラの背筋を伝う。


「まぁそれはともかく。ギンギツネがコータくんを認めるには、組み合って互いの相性を判断する必要がある───って事かな~?」


「キタキツネとそっくりだし、そうだと思うねねね。しかし、組み合うといっても…」


 二人は悩んだ。

 フレンズの身体になって以来、誰かと取っ組み合うことなんて一度もなかったからだ。

 もちろん喧嘩や遊び、力比べなんかで取っ組み合う者もいるだろうが、フレンズ同士の交流が少ない雪山地方ではまず見られないことだった。寒さが厳しく、あまり遠出をする者もおらぬこの地において、元気に駆け回って遊ぶようなフレンズはそういない。


「なんかこう、それっぽい理由でやれないかな~?」


「………あ。出来ないことも、ないかもだねねね。ちょっと無理やりだけど……」


 いつになく真剣な表情のカピバラが、カムチャマの耳元でひそひそと何かを伝えた。「なるほどね~♪」と目を輝かせるカムチャマ。


 秘密の作戦会議は、再び熱を帯び始めた。





「───たたかいごっこ?」


 皆が集まった一室にて、昼食の最中。

 眉をひそめたギンギツネは、初めて聞いたその言葉を疑問形で繰り返した。キタキツネと孝太も食べる手を止めて、発案者の方へと視線を向ける。


「うん♪ カピバラに聞いたんだけど、なんかつよーいセルリアンに襲われて大変だったんだって~?」


 じとーっとした目線で以て、カムチャマはキツネたちと孝太を見やる。彼女は早々に二つのジャパリまんを平らげていて、暇をもて余しているようだ。


「そうだけど…。それで、なんでいきなり『たたかいごっこ』なの…?」


 キタキツネが気だるげな口調で聞き返す。

 彼女はとりあえず理由を聞いてはいるが、そういうのは勘弁してほしい、と既に顔に書いてあった。そんな言外の意思表示は気にも留めず、カムチャマはわけを話す。


「危ないセルリアンが今後も出てくるかもだし、みんなで戦いの練習をしといた方がいいのかなーって思ったの♪ だからさ、まずは遊び程度でもいいから、かるーく手合わせしてみない?」


 彼女がウィンクと共に語り終えると、しばしの沈黙が流れた。誘われた側の三人は、それぞれが食べかけのジャパリまんを手にしたまま、静かに考えている。

 ギンギツネもキタキツネも、更には孝太までもが揃っておとなしいタイプで、あまり積極的にのって来ないであろうことは二人も折り込み済みだった。


「……実はこの話、私が言い出しっぺなんだよよよ」


 沈黙を破って、おずおずとカピバラが『種明かし』をした。掩護射撃であることは言うまでもない。


「そう……なの?」


「あの鏡をはっつけてたセルリアンとの戦い、ホントのところはすっごく怖かったんだねねね。長らくセルリアンと出会ってなかったし、何よりあんな凶暴なのは初めてだったから……」


 場の空気が、わずかにしんみりとしたものへと変わった。

 実際、誇張はしていても嘘はついていない。───いないのだが、情に訴えかけて話を通そうとする自分に、カピバラは少し罪悪感を覚えた。

 我ながら悪いけものだねねね……。


「一歩間違えれば、もっと大変なことになってたかもしれない───そう思ったら、また怖くなったんだよよよ……。だから、丁度いい機会に鍛えておいた方がいいのかな……なんて」


 口振りはいかにもな感じを出せているが、表情までは偽りきれていない。カピバラは体勢を変え、ゆっくりと皆に背を向けた。

 それは演技と悟られないための行動であったが、その動きが功を奏した。


「そう、ですね……やってみますか」


 意外にも口火を切ったのは孝太だった。

 朝の熊手の件で、己の力不足を示されたばかりの彼は、今のままではいけないと考えていた。

 もちろん仕掛人の二人は、オスの強さ☆見極め作戦の失敗が生み出すシナジーなど、まるで考慮していなかった。が、当初の目論見通り『対象A』がすんなりと釣り針にかかって、カムチャマとカピバラは思わず目を見合わせた。


 コータくん、ゴメン…!

 けれども許しておくれ……君の幸せを願ってのことなんだよよよ…!


 ───なんて、ますます悪人じみてきたなぁ。後で何かしらの埋め合わせをしとかないと、バチが当たりそうだよよよ……。


 今やウキウキなカムチャマとは対照的に、カピバラは事の運びの順調さに戦々恐々としていた。


 まもなくして皆がジャパリまんを食べ終え、少しの食休みを挟んだ後、五人と一匹は大広間へと移動し始めた。

 珍しく同行する様子のラッキービーストに、孝太が理由を尋ねてみると、「危なくナッタラ止めに入るヨ」とのことだった。


「アハハ、だいじょぶだいじょぶ♪ 誰も本気でやったりしないって~!」


 カラカラと笑うカムチャマの凶悪な熊手を見て、当然の対応なんだろうなぁ…と、カピバラはパークガイドロボットの心中を察したのだった。


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