第20話 力を使う


「───で、そのフレンズがイーシュって名前なんだって」


 ジャパリまんを食べ終えたキタキツネが、孝太の説明に補足を付け加えた。

 まだ食事途中のギンギツネとカピバラは、「ふーん…」とか「へぇ~」といった当たり障りのない反応だ。


 現在の時刻は朝の9時。

 三時間ほど前に飛び起きた孝太は、釣られて起きたキタキツネに夢での出会いのことを話したのだった。当事者の自分ですら突拍子もない話だと思えるのだが、キタキツネは案外すんなりと信じてくれた。

 普段より少し早起きをしてしまったので、朝食までの時間は、彼女がモンスターハンターをプレイするのを隣で補助して過ごした。

 そして今、朝食の合間にギンギツネとカピバラにも夢の話をしてみたのだが、二人はいまいち信じがたいといった様子だ。

 なにせ他人の夢なので、当然といえば当然ではある。


「イーシュ……それにピンクと白、ねぇ。そんなフレンズ、聞いたことないわね」


 ギンギツネが、うーんと天井を仰ぐ。カピバラも知らないらしい。

 念のためラッキービーストにも尋ねてみたが、「該当するフレンズはイナイネ」という結果だけが返ってきた。

 そもそもピンクの髪のフレンズが滅多にいないようで、孝太が説明したイーシュの情報からは、動物のデータにすら何もヒットしなかった。ラッキービーストが云うには、該当種がいない場合は伝承上の生き物や妖怪、UMAなど、元の実体が存在しないフレンズの可能性が高いそうだ。

 夢に関連する空想の存在というと、孝太が思いつくのは夢を喰らう『貘』ぐらいだった。しかしイーシュの頭の大きなけもの耳は、どう考えても貘のそれ───姿は文献によって異なるらしいが───ではないように思える。

 それに夢を喰われるどころか、むしろ見せられたと言えるような……そんな気がした。


「セルリアンに食べられたまま話しかけてくるだなんて、ありうるのかしら?」


「そうだねぇ…。でも、あの時のコータくんのすんごいパワーについては、なんとなく筋が通る気はするよよよ…」


 二人は疑いのこもった瞳で、チラチラとこちらを見ていた。ただでさえ妄想をぶちまけているようで気恥ずかしいのに、これでは余計に居心地が悪い。

 何か証明するものは────


「そうだ。力を使ってみれば……!」


 孝太はあることを思い付いた。厳密には証明とはいえず、出来るかどうかも定かでないが、上手くいけば一石二鳥(?)だ。


「使うって……何に?」


 キタキツネが首を傾げる。


「まぁ、見ててよ」


 そう言って孝太は、おもむろに右腕の包帯を外し始めた。腕の怪我には既にかさぶたが出来はじめ、包帯を巻いておく意味も薄くなっている。しかし少しの痛みが未だ残っているので、一週間経った今も保険として付けていたのだった。

 三人の前で、孝太は目をつむって右腕に意識を集中した。実際のところ、具体的な力の使い方なんて孝太自身わかっていないので、ものは試しとイメージでやってみていた。

 果たして自由意思で行使できるだろうか?


「あっ! キズが…!」


 少ししてから、ギンギツネが驚きの声を上げた。同時に、孝太の右腕の内に血液が勢いよく巡るような感覚が走った。過去にそんな感覚を覚えたことなどないが、強く脈打つざわざわした感じは、そうとしか言い様のないものだった。

 ゆっくりと瞼を開いた孝太は、右腕の傷が徐々に縮小していく様を目の当たりにした。かさぶたの下の赤黒い部分はあっという間に肌色へと変わり、むず痒さが強まったかと思うと、パラパラとかさぶたが剥がれ落ちた。

 ほんの僅かの間に、右腕の傷は傷痕へと変貌したのだった。


「なんと…! こりゃあスゴいねねね…!」


 カピバラが目を丸くしている。

 彼女はいつも細目気味なので、目がカッと見開かれた表情を孝太は初めて見た。


「本当にできた…。けど、やっぱり───」


 治癒を見届け、ふっと腕から力を抜いた瞬間、孝太の右肩から右手にかけて一気に疲労感が押し寄せてきた。続けて、胸の内にもズキズキとした痛みが広がり始めた。


「……! つぅっ……」


 心臓の鼓動が急速に高鳴る。それに伴う痛みと苦しみに、孝太は右手で胸を押さえてうずくまった。


「え、ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」


 あわてて立ち上がったギンギツネは、すぐさま孝太に駆け寄った。苦しみ悶える彼を見たギンギツネは、部屋の隅に畳まれた布団を広げ、横になるよう促した。

 孝太は青い顔でよろよろと布団に近付き、そのまま寝床へと身体を投げ出した。


「う……夢で…聞いた通り、力を使うと……えらく疲れる…みたいだ……」


 怪我は治せたが、その代償に寝込むことになるとは……。孝太は荒い呼吸に混じって、ため息をついた。

 単純な損得で考えれば、治癒に何日もかかる傷を一時の苦痛と疲労で帳消しにできるのは、間違いなくプラスの結果と言えるだろう。反動としては、この前のように即座に意識を失わないだけマシだ。


「そんなに苦しいんじゃ、あんまりたくさんは使えないね…」


 キタキツネがポツリとこぼした。

 治癒を見ていた時の目の輝きは消え、一転して悲しそうな顔をしている。


 これまでのことから予想するに、反動は力の使い具合にしっかり比例するようだ。

 最初は無意識の内に視力の補助として使っていたらしいが、その後に疲れなどは感じていなかった。次に使ったのはセルリアンを追い詰め、バラバラにした時だったが、あの時は明らかに自分の身体の限界を超えていた。その結果、すぐに事切れて十時間ほど眠ることとなった。

 ロクに運動をしていない自分にあれだけの事が出来るのならば、傷の治癒同様かなり良心的な反動だ。今後は上手く使って、力に慣れていきたい。


「うーん……今日の勉強会は、お休みってことでいいかな……?」


「そうだねぇ…。じゃあ私も、今日は寝て過ごすとするよよよ」


 よいしょっ、と立ち上がったカピバラは、こちらに軽く手を振ってのそのそと部屋を出ていった。何もすることがない時の彼女は、大抵寝るかお風呂に入るかの二択なのだ。


「だったら私は、ポケモンでもやろうかな」


「えぇ~ギンギツネ、いっつも孝太とやってるじゃん…。ボク、モンハンやりたい……」


 寝に入ろうとする孝太の横で、二匹のキツネの希望がバッティングする。

 3DSがひとつしかないため、このような事態は今までにもちょくちょく起こっていた。こういう場合には、二人で話し合ってどちらかが譲るか、孝太が教えた『ジャンケン』で決めるかが通例だった。

 今日は双方譲る気がないのか、ジャンケンで決定するようだ。


「じゃあ、いくわよ……! 最初はグー! ジャンケン───」


 ギンギツネの掛け声を聞いて、横たわる孝太は細目のまま二人を見た。

 振りかぶる彼女らの右手は、いつもやたらと勢いがついている。


「ぽんっ!」


 空を切って繰り出された二つの黒い手刀は、ギンギツネがパー、キタキツネがグーの形をとっていた。ギンギツネの勝ちだ。


「やった! 今日も私の勝ち~」


「うう…! な、なんで……?」


 ギンギツネは軽いジャンプと尻尾の動きで、勝利の喜びを体現している。かわいい。

 一方のキタキツネは、耳を垂らして見るからにしゅんとしている。その愕然とした表情からは、納得できないという気持ちがにじみ出ている。ギンギツネが「今日も」と言ったように、一昨日のジャンケンでも彼女は勝っていた……同じパーで。

 実はこれまでに練習含め、計六回のジャンケンをしているのだが、キタキツネはその内四回の勝負でグーを出していた。癖なのか、ものぐさな性格から来ているのかは分からないが、ギンギツネはその偏りに気付いたが故に二連勝しているのだろう。

 今のところ、キタキツネは自分のミスに気付いていないようだ。


 もしも次もグーで負けるようなら、その都度手は変えるべきだと教えてあげよう───孝太はぼんやりと考えながら、疲れに負けて眠りについた。


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