第12話 呼びかけられる


「…こ……さん………孝太さん!」


 女性の声が聞こえる。

 誰かがすぐ隣から呼びかけているようだ。ギンギツネやキタキツネの声ではない。ましてやカピバラの声でもない。名を呼ばれているが、自分は他のフレンズと会ったことなど無いはずだが……


「……ぅ……ん?」


 眠い目を擦りつつ孝太は身体を起こした。

 なにやら、周りの景色が白い。ひたすらに白く、何もない空間が広がっている。地平線の果てがわずかに暗くなっていなければ、遠近感すら掴めなくなりそうなほどに白い世界だった。


「やっと目が覚めましたね」


 孝太は声のした右方向に顔を向ける。謎の声の主は、見知らぬ女性だった。ギンギツネやキタキツネよりも少し大人びて見える。


 まず目を引いたのは、白の世界ではとても目立つピンクのセミロングヘアーだった。その髪の合間から、大きなけもの耳が上へ向かってピンと伸びている。目元まで伸びる長い前髪の隙間からは、美しい金色の瞳がわずかに覗き見えた。いわゆる『メカクレ』というやつだろうか。

 そして、そんな派手な見てくれに反して、彼女はシンプルな白いワンピースを纏っていた。寒々とした雪山のフレンズたちとは真逆の、夏場に映えるような薄着だ。


「あなたは……フレンズ、ですか?」


 孝太は寝ぼけた頭で質問をした。こんな色合いの動物が、自然界にいただろうか。


「あっ……ごめんなさい。私は自分が誰なのか、何のフレンズだったのか……覚えていないのです」


 ピンク髪の女性はしゅんとして、うつむいてしまった。自分が何者か分からないとは、それすなわち記憶喪失ということだろうか。下を向いたまま、彼女は続ける。


「私はかつて、とあるセルリアンとの戦いに敗れて、飲み込まれてしまいました。それ以来どういうわけか、そのセルリアンの中に私の意識と力だけが取り残されているのです。もっとも、記憶も力も今や消えかけですが」


「…セルリアンの中? フレンズが食べられたら、動物に戻るって……」


 孝太はギンギツネたちの説明を思い返していた。セルリアンの中に意識が残留し続ける……早くも例外のケースだろうか。

 しかし鏡のコウモリ型も彼女ら曰く新種らしいので、今や何が起ころうと不思議ではないのかもしれない。


「そう、フレンズがセルリアンに食べられたら動物へと戻る……私も昔、誰かに聞いた覚えがあります。ですが私を食べたセルリアンは、私のサンドスターを利用して何かを企てているようなのです」


 セルリアンが利用するということは、以前の彼女には何か大きな力があったのだろう。見た目からはまるで想像できないが、ワニやトラのような猛獣だったのだろうか?


「───だから私は、脅威に対抗すべく助けを求めました。私に残された力を使ってヒトを……孝太さんを、この世界へ呼んだのです」


「……えっ?」


 予想外の、かつ突然の告白に、孝太の眠気は消し飛んだ。

 自分が異世界に落ちてきた原因が、目の前の彼女の力によるものだったとは……。


 白い世界に、しばしの沈黙が流れた。


 その間、孝太はうつむいて何かを考えていた。押し黙るヒトとの気まずい雰囲気に耐えかねたのか、謎のフレンズはおずおずと切り出した。


「あ、あの……本当に、ごめんなさい。何の関係もないあなたを巻き込んで……。その力を持ったばかりに、大怪我までさせてしまって────」


 ……その力?

 女性の言葉に、孝太はピクリと反応した。


「そう、いえば……そうだ。急にセルリアンを倒せるような、そんな感覚が湧いてきて……。あれは、あの力はあなたのものだったんですか?」


 孝太は、セルリアンを引き裂いた時の自分を思い出した。スローな世界の中での、人間離れした自分の動き。火事場の馬鹿力では説明しきれないあのパワーは、彼女の授けた能力だと考えれば納得がいく。


「…そうです。私の力は、既にあなたの内に宿っています。セルリアンたちはその力をいち早く感知して、あなたに襲いかかったのです」


 落ちて早々にセルリアンとの遭遇を二度も経験したのは、不幸な偶然ではなかったようだ。


「こうして説明するよりも早く奴が動き出したのは、想定外の────あっ!」


 話の途中で、彼女はいきなり驚きの声をあげた。びっくりした孝太が顔を上げると、目の前の彼女の姿が薄まっていくのが見えた。

 同時に、周囲の白い世界も急速に暗闇に覆われていく。


「……言いそびれていましたが、ここはあなたの夢の中。もうすぐあなたは…目を覚ますでしょう……今の私は……無意識にしか……介入できないのです…」


 彼女の言葉は徐々にエコーがかったものになっていき、質の悪いスピーカーから聴いているようなくぐもった声へと変わっていく。


「ゆ、夢…!? あっ、まだ聞いていないことが───」


 消え行く彼女へ、孝太は必死に手を伸ばす。しかしあっという間に視界のすべてが黒に塗り潰され、彼女も、世界も、伸ばした自分の手すら見えなくなってしまった。

 暗闇の中、どこからともなく彼女の言葉が頭に響いた。


「また……すぐに…会えるでしょう…………孝太…さん……今は…身体を癒すのです……すべてはそれから────」


 ついにはその声も聞こえなくなり、孝太の意識も、何もかもが闇に閉ざされた。


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