第2話 気が付く
何か、暖かいものが顔に当たっている。
触覚への刺激で、男の意識がぼんやりと目覚め始めた。同時に身体の所々に鈍い痛みを感じる。
それに、背中と床の間に何か挟まっているような─────
「あっ……起きたみたいね」
瞼を開くと、銀髪の女性と目が合った。手には濡れた白いタオルを持っている。
どうやら顔を拭いてもらっていたようだ。
「……えっ?」
起き抜けの男の第一声は、戸惑いに満ちていた。彼は普段、人の顔をまじまじ見ることなど初対面であっても滅多にしないのだが、今回ばかりは見ざるを得なかった。
銀髪という点だけでも驚きだというのに、頭に動物の耳が、生えているのだろうか? 見ている側からピクリと動いている。
あり得るのか、そんなことが。
「いきなり落っこちてくるなんてびっくりしたわ……。あなた、何のフレンズなの? 見たところ亀か、サルのような感じだけど」
亀やら猿やら皮肉でも言われたのかと一瞬戸惑ったが、フレンズという言葉への疑問が勝った。男の頭には友を意味する英単語が浮かぶ。しかし言葉の流れから違う意味であることは明白だ。
要はあなたは誰かと聞いているのだろう。
「ええと、石井 孝太といいます。……ここって、どこですかね」
自分の名前を言いつつ、首を左右に動かして辺りを軽く見渡す。
今寝ている場所は和風の旅館の一部屋といったところか。自分は布団に寝かされているようだが、何故か掛け布団はかかっていなかった。
それと、銀髪の人とは別にもう二人、女性が座っていた。片やロングヘアー、片やショートボブ。それぞれ金髪と茶髪に近い髪色をしている。
そして当たり前のように動物の耳が生えていた。
「イシイコータ? 何かけものっぽくない名前ね…」
「フードが付いてる上に、亀みたいなものを背負ってるなんて……もしかして相当珍しいけものなんじゃ」
「名前を聞いても何の動物だかさっぱりわからないねぇ。毛皮は黒と茶色だけど、背中は青っぽいのなんて見たことないよよよ……」
三人が顔を見合わせて、うんうん唸っている。対する自分も置かれている状況がまるで飲み込めていない。
少しの沈黙の後、銀髪の女性が口を開いた。
「まあ、いいわ。ここは雪山地方の温泉宿。私はギンギツネっていうの。こっちはキタキツネ。あっちの子はカピバラよ」
問いの答えと自己紹介が一辺に押し寄せてきた。暗闇を落ちた先が雪山の温泉宿とはまるで意味がわからなかったが、冷えた身体の謎は解けた。
また、彼女らの名前も気になった。
聞き間違いでなければ動物の名前そのままではないか。
「キツネと、カピバラ……? いや、確かにそんな感じの格好に見えますけど、それが名前……なんですか?」
疑問がそのまま口をついて出た。
その問いを聞いて、ギンギツネはあぁそうかといった顔をする。
「あなた、成り立てのフレンズなのね。だったら色々説明しないとわからないでしょうし、教えてあげるわ。とりあえず……起き上がれそう?」
「あっ、はい。」
反射的にハイと答えてしまったが、上体を起こしてみると軋むような辛さがあった。
落下の衝撃で腰辺りを痛めたのかもしれない。むしろその程度で済んでいるのは幸運だろう。
ふと、身体を起こして気付いたことがあった。
「……リュックか」
背中に感じる異物感の正体は、己のリュックサックだった。
さらに冬用の厚いダウンコートも着たままであり、これではでこぼこの地面で寝袋を使っているようなものだ。リュックには僅かだが物が入っていたはずなので、中身の確認のためにも外すことにした。
もぞもぞとリュックサックを床に下ろす孝太を見て、三人は驚きの表情を浮かべた。
「それ、取れるの!?」
「えっ!?」
彼女らが驚く理由に驚かされた孝太は、フレンズについての説明を聞く前に服の説明をする羽目になった。
目覚めてから一時間は経っただろうか。
その間、落ちてきた男───石井孝太は、フレンズやサンドスターについての説明を受けていた。主にギンギツネに。
他の二人もしばらく部屋にいたのだが、カピバラは「温泉に入るんだったよよよ」と言ってのそのそ去っていき、キタキツネは「ボク、ゲームしてるから」と言ってそそくさと出ていった。
彼女らにとって成り立てのフレンズを見つけるのは珍しいことではないようだ。
それ故に大した面白味もないらしい。
「え~っと……これで大体のことは話したかしら」
区切りの良いところでギンギツネが説明を終えた。
サンドスターと、フレンズ。
フレンズは動物にサンドスターが当たると生まれる存在ということだが、目の前の彼女はしっかりと会話が出来るし、人間の女性にしか見えない……耳と尻尾を除けば。
そもそも、ファンタジーが過ぎる話だ。
謎の空間に落ちたこともあって、ここは現実と地続きの場所ではないような気がしてきた。巷で流行りの題材である、異世界にでも来てしまったのかもしれない。
「で、あなた。いったいどこから来たの? 落ちてきたようにしか見えなかったけど……下が高く積もった雪で良かったわね」
やはり自分は落ちてきたようだ。
「電車から降りた……はずだったんですけど、突然落ちて、気がついたらここに」
たどたどしい証言に、ギンギツネが首をかしげる。頭の上にクエスチョンマークが見えるかのようだ。
しかしてそれは当たり前のことだった。孝太自身、何と説明すれば良いのかわからないのだから。
だが、彼女が疑問を持った箇所はまたもや想定外の部分だった。
「でんしゃ……って何かしら。降りた、ってことは、船みたいに乗れるもの?」
言われてハッと気付く。元が動物である以上、自然界に存在しないものは知らないということか。
電車についての詳細な知識は持ち合わせていないし、今掘り下げる意味もない。ここは簡潔に述べて話を進めるべきだろう、と孝太は考えた。
「えぇと、電車というのは人間が作った乗り物でして。ヒトが歩いたり走ったりするより速────」
「……ちょっと待って。今、ヒトって言わなかった? あなた……もしかしてヒト!?」
本日二度目の話の脱線。
電車繋がりかな、と孝太は心の内で一人、苦笑した。
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