十六話 城山高校へ その2
高校二年生の俺が通っている学校、城山高校に向かう道中に、最弱モンスターのヒトカミダケの群れを発見したので、経験値狩りならぬキノコ狩りをする事にした。
「あっ、キノコ発見……!?」
「おー。取り敢えずシロに渡しておけよ。後で昼飯とか夕食に出すから」
「分かったー」
ヒトカミダケのドロップアイテム『美味しいキノコ』を手に持つニアは、満面な笑みを見せながらシロの元に運んでいる。
「ヒナ―。キノコ持ってきたよー」
「ありがと、ニア。これで六本目ね……。そろそろキノコ狩りはお開きにしてもいいんじゃない?」
シロはニアから受け取ったキノコをマジックバッグの中に入れている。
「そうだな。全部で五十体以上のヒトカミダケを潰したし、そろそろ先に向かおうかな――っと」
俺は直ぐ近くにいたヒトカミダケを踏み潰す。
すると『ピギュ!?』と可愛らしい断末魔が聞こえ、踏み潰した筈のヒトカミダケが跡形もなく消え去っていった。代わりにドロップアイテムのサイン『光る物体』がその場に残り、その光る物体が徐々に変化していく。
「キノコはっけ~~ん……!」
宙に浮く事が出来る妖精のニアが、滑空するようにキノコを掠め取っていった。
「自在に空を飛べるとは言え、今のは危ねぇぞ。木とか電柱に当たっても知らねぇからな」
「へーきよ、へーき。空を飛べる妖精からすれば、目を閉じてもイケるって。ほらほら、こーんな事や、あーんな事まで」
ニアはキノコを持ったままアクロバット飛行をしている。
道路の脇にある木々の枝をすり抜けたり、交通標識や電柱の周りをくるくる舞い踊っているのだ。
そしてしばらく宙を舞い踊ったニアは、綺麗なフォームで地面に降り立つ。
そんな妖精のニアは、
「ど、どんなものよ……うっぷ……」
リバース寸前のドヤ顔をしていた。
「大惨事になる前にキノコを寄越せ、ポンコツ妖精」
「だ、大惨事って、な……なんのこと……かしら……う、うぐぐぐ……」
「痩せ我慢してねぇでサッサとキノコを寄越しやがれ!」
吐瀉物まみれのキノコなんて誰も食いたくねぇんだよ、分かれ!!
「痩せ我慢なんかして……ないし……うっぷ……。あっ、や、ヤバい、かも……。こ、このキノコ、持ってて……」
顔を青ざめるニアはキノコを俺に押し付けてきた。
そして近くの木の根本にフラフラと飛んでいくニアの様子が目に入り、そのまま木の裏側に移動するニアを確認する。
「うぉええぇぇ……」
酔っ払いのオッサンが電柱と戯れるような声が聞こえてきた。同時に液体が滴る音も聞こえた気がしなくもない。
「とんだゲロインだな……っと、そろそろ切り上げるとするか」
「そうね。ニアが落ち着くまで休憩したら――って、ザキが持つキノコの色が赤いんだけど?」
「えっ……!?」
シロの指摘を聞き取った俺は、ニアから受け取ったキノコを確認する。
するとヒトカミダケのドロップアイテムの青いキノコではなく、傘の部分が真っ赤なキノコを掴んでいることが分かった。
どう言うことだ?
ヒトカミダケのドロップアイテムは、ヒトカミダケをそのまま縮めたようなキノコである筈なのだが……。
ヒトカミダケに似た別のモンスターを倒してしまったのだろうか?
「見るからに毒がありそうなキノコね……」
シロは俺の手に持つ赤いキノコの感想を口に出した。
「そうだな……。このキノコはニアにやろうか。腹ペコ妖精なら喜んで食べるだろうし」
「そ、それは流石に鬼畜過ぎるんですけど……じょ、冗談だよね……?」
「さてな」
なんて冗談はひとまず置いておこう。
神使。聞きたい事があるんだけど、大丈夫か?
俺は暗闇のコートの内ポケットにあるスマホ――神使に思念を送ってみる。すると暗闇のコートの内ポケットから勝手に出てくる神使の様子を目にした。
『おはようございます、マスター。それと私になんのご用でしょうか?』
俺の目の前に浮く神使の念話が聞こえてきた。
そしてそこから神使と念話のやり取りを開始する。
さっきも言ったけど、聞きたいことがあるんだ。この赤いキノコの正体についてなんだけど……?
『私に頼ってくれるのは大変嬉しいのですが、マスターが手に入れた赤いキノコについての情報はありません』
赤いキノコについての情報がない……ってことは、未発見のドロップアイテムだったりするのか?
『おそらくそうだと思います。異界浸食に対するデータベースには、マスターが手に入れた赤いキノコについての情報は一切ありません。なので鑑定してもよろしいでしょうか?』
ああ、よろしく頼む。
『かしこまりました。では赤いキノコを動かさずにお待ち下さい』
神使は俺の手に持つ赤いキノコに近づいている。そして十秒ぐらいが経過した。
『お待たせしました。それと結論から申し上げますと、この赤いキノコは毒があります』
やはりか……。赤いキノコの見た目がヤバそうだし、毒があってもビックリはしねぇな。
ちなみにどんな毒だったりするんだ?
『地球上にある毒の一つ、トリコテセンに似た構造をしています。食べたら十分前後に腹痛、嘔吐、下痢に襲われます。そしてめまいや手足のしびれ、呼吸困難、言語障害などの症状が現れます』
……ヤバくね?
十分で症状が現れるキノコって、マジでヤバ過ぎるんじゃねぇの?
『ハッキリ言ってヤバいです。一口だけでもあの世に旅立てるレベルの危険極まりないキノコです。なので名称は『ヨミダケ』なんてのはどうでしょうか?』
ヨミダケねぇ……。
黄泉に旅立てるからヨミダケって、安直すぎないか? 分かりやすいから別に構わないんだけどさ。
『では赤いキノコについては『ヨミダケ』だと報告しておきましょう。それと万が一のことがありますので、そのまま廃棄することをおすすめいたします』
確かに。うっかり口にしたら怖いしな。うん、神使の忠告は受け止めておこう。それと相談ありがとな。
『どういたしまして。では私はこれで』
俺との念話を終えた神使は、暗闇のコートの内ポケットに戻っていく。
「それで何か分かったの?」
神使とのやり取りを見届けたシロが、ヨミダケと俺の顔を交互に見ながら言った。
「未発見のドロップアイテムだとさ。そんで神使に鑑定を頼んだら毒キノコだと判明した」
「ふ~ん……。そんで赤いキノコはどうするの? ニアに本気で食べさせる気じゃないわよね? 本気でやったらヘッドショットも辞さないつもりだけど」
「流石にジョークでは済まされないからやらねぇよ。それと赤いキノコはヨミダケと命名したんで、そこのところよろしく」
「黄泉ダケって、凄くヤバそうな名前ね……」
「まぁな。だからこのヨミダケは廃棄することに「ねぇねぇ、ハヤト!!」」
オーバースローでヨミダケを遠くに放り投げようとする俺の目の前に、ニアがピューっと飛んできた。
「俺の正面に飛んで来るな、危ないだろ」
「危ないって、何のことよ? それより一大事なんだけど!!」
ニアはかなり興奮した表情をしながら俺の髪を引っ張っている。
「地味に痛いんで止めてくれませんかねぇ、ニアさん……。生え際がヤバい中年のオッサンだったらぶちギレしてるぞ、ゴルア!!」
「いや、キレてるじゃないのよ……」
シロの冷静なツッコミが聞こえてきた――が、聞こえないフリをした。
「……それで一大事って何のことだ?」
「大物を発見したから逃げる前に倒さないと!!」
「逃げるって、何か珍しいモンスターでも見つけたのか?」
「そうよ! だから私に付いて来て!! ヒナも一緒に!!」
俺の髪をグイグイと引っ張るニア。
そんなニアの行動に俺はめんどくさそうな顔をしながら移動する。シロは俺の後ろからついて来ているようだ。
そして数分もしない内にピンク色のモンスターの後姿を発見した。畑の野菜に夢中になっているモンスターであり、後ろから近づく俺達に全く気付いていないようだ。
「ニア、あれはモンスターなのか? 何処からどう見てもピンク一色の丸々太ったブタにしか見えないんだけど……」
雑草や木などの物陰に隠れる俺は、ニアに小声で問いかけた。
「間違いなくモンスターよ! それで名前はワイルドポーク、美味しいお肉を落とすモンスターなの!!」
「美味しいお肉ねぇ……。貴重な食料を手に入れられるのはいいんだけどさ。あのモンスターは強いのか?」
「ゴブリンより強いと思うけど、ハヤトなら絶対に勝てると思う! だから美味しいお肉を私にちょうだい!! お礼に肩たたきしてあげるから!!」
「妖精のお前に肩を叩いて貰っても効果はないだろ。でもまぁ、美味しいお肉は俺も食べたいけどな」
どれぐらいのお肉を落とすかは知らないけど、バーベキューとかしてみたい。先程手に入れたキノコと、ワイルドポークのお肉が主役のバーベキューを。
「あっ、ちょっと待って」
コンバットナイフを出しながらバーベキューの事を考えていると、シロの呼び止める声が聞こえてきた。
「ニアは戦う力はないの? 妖精って魔法を使うイメージがあるんだけど」
「うぐっ……」
シロの疑問にバツが悪そうな顔をするニア。
「こいつ強化魔法しか使えないみたいなんだよ。記憶喪失だからなのか分からないけど、攻撃魔法は使えないらしい――んでいいんだよな?」
「う、うん……。妖精の癖に攻撃魔法が使えなくてゴメンね……はぁ……」
「ため息つくなよ。つーか、気にしていたのか? 攻撃魔法が使えない事に」
「そりゃそうでしょ! 私は妖精なのよ!! 攻撃魔法が使えない妖精なんて、ゴキブリと同じレベルよ!!」
「ゴキブリは流石に言い過ぎだろ」
つーか、例えのワードが酷過ぎる……!! 少なくとも『ゴキブリ』はねーよ!!
「そうよ。少なくともゴキブリよりは可愛いわよ!」
「可愛い……かなぁ、私……? 攻撃魔法が使えないのに?」
「ええ! もちろん!! ザキもそう思うでしょ!!」
「頼むから俺に振らないでくれ。ってか、練習してれば出来るんじゃね?」
「……練習って?」
ニアのキョトンとした顔が目に入った。
「いや、思い付きで言っただけなんだけどさ。ゴブリンメイジがファイアーボールを使ったのを覚えているか? それを真似する形であのモンスター、ワイルドポークにぶつけてみればいいんじゃね――と思っただけだ」
「練習したら出来るかな……?」
「何もやらないよりはマシ、と言ったところだな。それでワイルドポーク相手に攻撃魔法でもぶっ放してみるのか?」
「……うん。やってみる!」
そう言いながら俺の前に出てくるニアは、ゆっくりと両手をワイルドポークが居る方向に突き出した。
「紅の妖精が告げる。燃え盛る火球で敵を燃やし尽くしたまえ」
魔力らしき光が両手の先に集まるのが見え、その光が直径五十センチの火の球に変化していく。
そしてワイルドポークの後姿を睨むニアは、
「ファイアーボール!!」
攻撃魔法の一つ『ファイアーボール』の名前を叫んだ。
すると火の玉はワイルドポークの臀部に激突し、爆発炎上するのを確認した。
「ブヒィィィィィィ!!」
真っ赤に燃え盛るワイルドポークの悲鳴が聞こえてくる。
それはワイルドポークの断末魔であろう、そう思った瞬間。
「ブヒィィィ……」
後ろを振り向くワイルドポークの目が合った。『道連れにしてやる!!』そんな目をしているのだと俺は直感する。
「ヤバい!! 逃げるぞ!!」
「ええっ!? ハヤトが止めを刺してくれるんじゃないの!!」
「火達磨の豚相手にどうやって攻撃すんだよ!! それにどうせ絶命するまでそんなに時間は無いだろ!!」
だからここは大人しく時間を稼げばいい、そう思っていると。
「仕方がないわね。ザキの代わりに私が止めを刺してあげるわ」
自信満々のシロの声が聞こえてきた。
そんなシロの両手には何故かショットガンを持っている。
「うぇぇっ……!? な、なんでこんな武器を持って――いや、よろしく頼む!! 火達磨相手に接近戦は無理だから!!」
「一つ貸よ、ザキ」
ハリウッド映画でしか見たことがないショットガンを構えるシロは、火達磨状態のワイルドポークの眉間を良く狙い、
「これでも食らいなさい!!」
情け容赦なく引き金を引いた。
そしてその弾丸はワイルドポークの頭部に命中する。
「ブヒィィッ……!?」
ワイルドポークは短い悲鳴を出しながら地面に倒れ伏した。脳幹がある頭部を損傷させたからだろう。
そして数秒もかからずにワイルドポークの姿が消え去り、代わりに光る物体が落ちているのが分かった。
「やった! ワイルドポークの美味しいお肉よ!!」
ニアはワイルドポークのドロップアイテムを素早く回収し、それを両手で高らかに掲げている。
そんなニアの両手に持つワイルドポークのドロップアイテムは、肉屋で良く見かける肉の塊であった。それも何故かプラスチックのトレーに乗せた肉の塊であり、肉が外気に触れないよう丁寧にラップまで包んでいる。
「スーパーに売ってる豚肉にしか見えねぇんだけど……」
「私もザキの言葉に同意するわ……」
世界の異物でもあるモンスターのワイルドポークを倒した
デタラメ過ぎんだろ……。
持ち運びや保管に便利だとは言え、プラスチックのトレーなどの化学製品と一緒にドロップするって、いくらなんでも有り得なさすぎるわ!! 生肉を素手で持つよりはマシだけど!!
「わーい! わーい! 今日の昼ごはんは豪華な御馳走だー!!」
ワイルドポークの『美味しいお肉』を掲げるニアは、嬉しさのあまりにクルクルと回っている。
「またゲロるぞ。ドロップアイテムを手に入れられた事が嬉しいのは分かるけど、取り敢えずシロに渡せ」
「分かったーっと、ヒナ! これお願いね!」
「ええ」
シロはニアから受け取った肉をマジックバッグの中に入れた。
「楽しみだなー。ワイルドポークの美味しいお肉……(じゅるり)」
「食欲に支配されているところに悪いんだけどさ。攻撃魔法が使えた……んだよな?」
「うん。私自身もビックリしたわよ! でもヒナの一撃の方が凄かったと思うんだけど!!」
「ああ、ショットガンのことか……。あれはクエストか何かで手に入れたのか?」
「一日一回の無料ガチャで手に入れたのよ」
「マジで! どんだけ運がいいんだよ!! 俺にも分けて欲しいくらいだぞ!!」
拳銃、マジックバッグ、ショットガン。それらを手にする強運って、控え目に言っても凄すぎるぞ!! 俺の代わりに宝くじを買わせたらどうなる事やら……。
「使わない銃、あったりする?」
「あってもザキにはあげないわよ。仮にあげたとしても、銃弾とかどうするつもりなの?」
「そ、それは……」
「銃弾も一緒に貰う――なんて事は絶対に嫌よ。そもそもザキには遠距離攻撃に対するスキルを持っているの?」
「持ってないな」
「だったら潔く諦めなさい」
「へ~い……っと、忘れてた」
俺はヨミダケを持ち続けている事を思い出した。煮ても焼いても食えない毒キノコを。
なので俺はヨミダケを地面にポイ捨てする事にした。
「さて、そろそろ城山高校に向かうか」
「そうね。まだまだ時間に余裕があるとは言え、ここに長居するのは止めた方がいいと思うわ」
「だろ。そんじゃ「あっ、ハヤト……!」うん? どうしたんだ、ニア?」
出発の号令を遮った事に疑問を抱きながらニアの姿を目にする。
そこには何かを考えているニアの姿があった。
「何か気になることでも発見したのか?」
「う、ううん……。な、ナンデモナイデスヨー」
「何故にカタコト……!? それと何で顔を逸らす……言え!! 何があったんだ!!」
「ダカラナニモナイデスヨー」
俺の追求を拒むニアの視線は泳ぎまくっている。
怪しすぎる……!
俺の目を見ようとしないし、カタコトだし、何かを隠してるのは明白だ! あるいは何かを企んでいるのかもしれない!
けれどそれは状況証拠みたいなものなので、それを深く追求する事が出来ない……!
「本当に何もないんだろうな?」
「ウン。ホントニナニモナイアル」
絶対に嘘だ!
それと日本語を覚えたばかりの中国人みたいなフリしてんじゃねぇ! ないのか、あるのか、どっちなんだよ!!
「……仕方がない。このまま出発するぞ」
ニアの企み(あるいは隠し事)を見抜く材料が乏しいので、俺は一抹の不安を抱きながら出発の号令を放った。
そしてそれから三十分ぐらい進んだ頃、俺達は立派な森林の入り口前に辿り着いたのであった。
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